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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
幕間(小話たち) 幸せのかたわらで
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臆病者は後悔したくない


数時間前まで、オルディス領主エリオットは浮かれていた。


もうすぐ彼の誕生日。いまさら、誕生日が楽しみなんて年でもないけれど、自分の誕生日を祝うために、マリアが娘のリリアンを連れてオルディスへ来てくれることになっていて。

誕生日プレゼント、楽しみにしててね――娘から、そんな可愛らしい手紙も届いて、エリオットはその日を心待ちにしていた。


それが……今朝手紙が届いて、オルディスへ行けなくなったと……マリアから。

末娘のセレンが熱を出し、乳母の乳も嫌がって泣くので、母親のマリアがつきっきりで看病することになり……誕生日パーティーを延期させてほしい――その手紙を受け取ったとき、エリオットは一も二もなく了承した。


エリオットの娘リリアンも、小さく生まれ、あまり丈夫なほうではなかった。

娘が赤ん坊の頃は、どんな些細な不調も見逃さず、過保護なぐらいに大切に育てた――だから、マリアの不安な気持ちはよく分かる。

自分のことなんかより、生まれたばかりの幼い子どもを優先してあげてほしい。それは、偽りのないエリオットの本心だった。


……でも、ふとした時に、やっぱり落ち込んでしまう。

本当だったら、もうすぐやって来るマリアと娘のために、ケーキやお返しの贈り物を用意したり、部屋を整えて、歓迎の準備をしていたはずなのに……。


「ご主人様」


複雑な内心を押し殺して仕事に打ち込むエリオットに、召使いのダニエルが声をかけてくる。

その手に、旅行用のマントとカバンを持って。


「ご主人様。思い切って、ご主人様のほうからマリア様やリリアン様のもとを訪ねてみてはいかがでしょう。お二人も、きっとご主人様に会いたいと思っていますよ」


差し出された旅行用セットをじっと見つめ、それを受け取った。


「……そうだね。私はいつも、周囲に流されてばかり……マリアに動いてもらってばかりだ。自分からも、行動すべきなのだろう」


今回だけではない。いつも……自分は臆病で、色々な言い訳を並べ立てては、一歩を踏み出すことをためらっていた。

例えば……義理の娘マーガレットのこと。


マーガレットは、生まれながらに醜悪な少女だったわけではない。彼女が真っ当に育つ機会を、その権利を、周りの大人たちがことごとく奪い、何一つ与えず……エリオットもまた、それを見て見ぬふりをした。

オルディス領のことで忙しいからとか、実の母親がいるからとか……結局は、ただの言い訳。


マリアは、自分が家を乗っ取るために邪魔ないとこを死に追いやったのだと語ったが、マリアが手を下さなくても、きっとマーガレットは命を落としていた。

マリアがいなければ……オルディスの財政は破綻し、苦しい生活を強いられ続けた領民たちの怒りが爆発し、自分たちを顧みなかったオルディス家当主や、その娘に怒りの矛先を向けたに違いない。

そして、もっと惨たらしく殺され、領民たちも、おぞましい反逆者として歴史に刻まれることになって――その泥沼を、マリアが救ったのだとエリオットは思っていた。マリア一人が、泥を被って……エリオットがそう話すと、存在しなかった未来のことなんて、とマリアは苦笑するけれど。


会いに行くのは、すごく怖い。

マリアやリリアンにとって、迷惑なことだったら……それが怖くて、いままでずっとオルディスに引っ込んでいた。

自分はオルディス領を治める義務があるから……仕事があるからと言い訳をして。


「いまは閑散期ですから、ご領主様が数日留守にしていても大丈夫ですよ。どうぞごゆっくり、マリア様やリリアン様と誕生日を楽しんできてください」


ダニエルを始め、屋敷の召使いたちに笑顔で見送られ、エリオットは王都へ向かった。

馬車に揺られ、流れる景色を見つめながら、やっぱり止めておいたほうが良かったかな、とか後悔の気持ちに何度も苛まれていた。


王都にあるオルディスの屋敷に着いても、呼び鈴を鳴らす勇気が出なくて、門の前でうろうろと……結局、庭で遊んでいたセシリオとローレンスに気付かれ、二人がエリオットが来たことを大声で屋敷に伝えに行った。


「お父様!」


兄から父の訪問を聞かされたリリアンが、室内用の寛衣のまま飛び出してきて、エリオットに向かって一目散に駆けて来る。


自分に抱きつくリリアンを抱きしめ返し、エリオットは自分のコートを着せた――冬の寒さが厳しい日が続くというのに、娘は上着を羽織ることも忘れて父に飛びついてきたのだ。

その姿を見られただけでも……来てよかった。本当に……。




「ありがとうございます、エリオット様。来てくださって……あんなに嬉しそうに笑うリリアンを、私も久しぶりに見ましたわ」


子どもたちも寝静まった頃、マリアが改めてエリオットの訪問を歓迎してくれた。


熱を出していた末の子は、すっかり回復したそうだ。元気になったと聞いて、エリオットは胸を撫で下ろした。

エリオットと血の繋がりはないが、リリアンにとっては可愛い妹で、マリアの大切な子どもだ――二人が悲しむ姿は見たくない。


「優しい子ですから、オルディスに行けなくなったこと……私の前では素直に聞き入れてくれましたが、本当は、お父様に会えないのが辛くて堪らなかったはず。エリオット様が来てくださったおかげで、娘を傷つけずにすみました」


マリアが、困ったように笑う。


「こんな季節ですし……おじ様の身体のことを考えると、王都に呼びつけるのは迷惑かと思って控えておりましたが……素直に、会いに来てほしいと言うべきでしたね。つまらない遠慮をして……それで娘を悲しませてしまうなんて」

「マリアは何も悪くない」


エリオットは、慌てて口を挟んだ。

まさか、マリアもそんなふうに思ってくれていたなんて……自分を気遣って、言い出せなかった……もっと早くエリオットが勇気を出していれば、二人も悩まずに済んだのに。


「僕が臆病だっただけだ。意地を張って、平気なふりをして……会いたい気持ちを誤魔化したりせず、会いに来ればよかった」


臆病な自分……それで、失ってしまったものもある。後悔もある。

……だから、これからは。後から悔やんでばかりになるぐらいなら、もう少しだけ、勇気を持とう。


お誕生日おめでとうございます――そう言って微笑むマリアに笑い返し、エリオットは彼女を抱きしめた。


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