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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
第一部01 傾国が課せられたもの
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果たすべきもの


エステル王女とスカーレットを双子のための特注乳母車に乗せ、オフェリアは散歩に出かけていた。ベルダにマサパン、護衛のアレクを連れてゆったりと散歩を楽しんで来たオフェリアはご機嫌だった。


「ただいま!たくさんの人にエステルとスカーレット見てもらって、可愛いってたくさん言ってもらっちゃった」

「良かったわね。それにありがとう――あなたがエステルを連れ出してくれたおかげで、私もセシリオと二人きりでじっくり過ごすことができたわ」


ブレイクリー提督がオルディス領へ来たことで、ローレンスは父親にたっぷり構ってもらい――それと入れ違いに、シルビオは故郷へ帰ってしまって。父親がいなくて寂しそうにしているセシリオのため、今日のマリアは次男のフォローに専念していた。


おかげで、少しセシリオも元気を取り戻したようだ。

……マリアももうすぐ王都へ帰るので、そうなったら子どもたちと一緒にいられる時間は減ってしまうだろう。


「ねえねえ。ユベルは今日来るって約束だけど、もう来てる?」

「まだよ。夕方頃って言ってたもの。さすがにまだ早いわ」


まだヒューバート王が来ていないことにちょっぴりがっかりしながらも、オフェリアは夫を出迎える準備をしに、庭へ行ってしまった――たぶん、花を摘みに行ったのだろう。花の飾りを添えて、ヒューバート王のために作ったケーキを用意すると昨日計画を立てていた。


「マリア、すまないんだが仕事を手伝ってもらってもいいかな」


右手に資料を抱え、おじが申し訳なさそうに声をかけてくる。

マリアはオルディス領にいる間、領主の仕事を手伝うことがあった。書類整理や書記が得意で、執事のいないオルディス家では、昔からマリアが領主の補佐を務めることも多く。


いまさら、そんなに改まって頼まなくても。

マリアは苦笑した。


「おじ様、その本は私が持ちますわ」

「いや、これぐらい自分で持てるから。マリアは荷物を持つなんてそんなこと、絶対しちゃだめだ」


おじは昔、暴漢に襲われた。その後遺症で、左手と左脚に若干の不自由を抱えている。日常の動作に大きく差し障ることはないのだが、しゃがんだり、荷物を持ったりすることに、いささか難儀していた。


「私のほうが、安全かつ確実だと思うのですが」

「絶対だめ。ちょっとでも許すと、君はすぐにお転婆になるだろう」


おじまでそんなことを。

マリアが拗ねて見せれば、やりとりを見ていたナタリアに笑われてしまった――前科があり過ぎるんです、とたしなめられ、マリアは唇を尖らせる。


「私、これでもう五人目ですよ。ベテランなんですから。もっと信頼してくださいませ」

「……メレディス君からも忠告されたんだが。放っておくと陣痛も言い出さなくて、本当にこっちをヒヤヒヤさせるって」


心当たりがありすぎて、さすがのマリアもそっと視線を逸らす。おじも困ったように笑う。


「ごめん。うるさく言って、君に嫌な思いをさせたくはないけど……でも、今回ばかりは僕も黙っていられなくて」

「仕方がありませんわね。私にとっては五度目の経験でも、おじ様にとっては初めての経験ですもの」


マリアとしても、父親としての楽しみを奪うのは本意ではない。小言も我慢……するふりぐらいはしておこう。

ナタリアが呆れているが、だって、我慢しますと断言することはできないんだもん。


執務室で、マリアはおじの仕事を手伝った。

おじは領主としては優秀だ。だからマリアも、仕事を手伝う時は余計なことは考えずに仕事に専念しないといけない。書類をまとめ、時折おじから助言をもらい、参考資料を引っ張り出す。


静かな屋敷が、急ににぎやかになった――ヒューバート王が来たのだ。嬉しそうなオフェリアの声を聞きつけ、マリアはすぐに悟った。


「オフェリア、久しぶりだね。すっかり顔色も良くなって、安心したよ」


馬から降り、ヒューバート王は愛情を込めてオフェリアを抱きしめる。オフェリアは顔を赤らめ、ちょっぴり太っちゃったの、と恥ずかしそうに打ち明けた。


「健康的になっただけさ。出産後の君は、心配になるほどやつれていて……これぐらいふっくらしていたほうが魅力的だよ」


ヒューバート王に言われれば、オフェリアも納得したらしい。

ダイエットしなくちゃ、と険しい表情で余計な決意をするオフェリアを、マリアや侍女のナタリア、ベルダがよってたかって説得していたところで――愛する男の言葉ほど、効果のあるものはない。


「マリアがいけないんだよ。君があまりにも完璧な美貌を保つものだから……オフェリアも、憧れのお姉様みたいになりたいと真似したがって」


ヒューバート王からたしなめられ、侍女たちまでそれに賛同する――が、マリアは悪びれることなく、私は仕方ありません、と首を振った。


「妹と姪と、私の子どもたちを守るためにも、外見について手を抜くわけには参りませんもの。思いの外、恵まれた体質で、体型維持が楽にできるというのはありますが」


オフェリアは、エステルを抱いて部屋に戻ってきた。


「ほら、エステル。お父様だよ」


ヒューバート王はエステル王女を腕に抱き、愛おしそうに娘を見つめる。生まれたばかりの頃に比べ、王女は顔立ちがはっきりしてきた。ぱっちりと目を開けて、久しぶりの父親をまじまじと見つめている。

心なしか、王を見て緊張しているような。


「やっぱり、しばらく会ってなかったから忘れられちゃったのかな」


王が言った。

きっとそうなのだろうな、とマリアは思った。オルディス領に来て色んな人と会って来たから人見知りして泣くことはないが、知らない人に抱かれ、王女は身体を強張らせているのだ。


「エステルは、目元は私にそっくりだけど、全体的にはユベル似だね!」

「そうなのかな。自分だとよく分からないな」


ヒューバート王とオフェリアのそんなやりとりを聞きながら、マリアは静かに部屋を出た。

これ以上、自分がここにいるのは野暮というもの。久しぶりに会えたのだから、夫婦水入らず……親子水入らずで過ごしたいに違いない。




――と、マリアは気遣って二人きりにしてあげたと言うのに。

夜も更けた頃ヒューバート王自らマリアを呼び出して来て。


貴賓用の客室に呼び出され、マリアは首を傾げていた。夜に男から呼び出される――ヒューバート王でなければ邪推したが、彼に限ってそれはあり得ない。いくらなんでも、妻と同じ屋根の下で浮気できるような男ではないはず。

でも、久しぶりに会ったオフェリアを差し置いてまで、なぜ自分を……。


「オフェリアならもう眠っている。僕が来るのが待ちきれなくて、昨夜楽しみでほとんど寝れなかったとベルダが話していた」


王が笑い、マリアも苦笑いする。


「ようやく妊娠前の体調に戻ったばかりなのだし、僕も無体な真似はしたくない」


それは……オフェリアを気遣っただけではなく、王自身の恐怖心もあっての配慮なのだろう。王は危うく、妃を喪うところだった。もうあんな思いは、二度と味わいたくないはず。


「君は、五人目の子を身ごもっているそうだね。領主殿が父親と聞いたが」

「はい。おじのエリオット・オルディスの子――この子は、オルディス公爵家の後継ぎです」

「性別は……いくらベテランの君でも、分からないか。それに、男だろうと女だろうと、公爵家の後継ぎと君が決めているのなら、その子はもう対象外だな」


王の言葉に、マリアは目を瞬かせる。


「……マリア、エンジェリクの王として、私は君に命じる。ウォルトン侯爵もしくはドレイク侯爵を父にする男児を、必ず生んで欲しい」

「……男児を。それも、そのお二人のどちらかで?」

「必ず男児だ。父親に関しては、他に望む者がいるのなら別の男でもいい――ただ、高位の貴族でなくてはならない」


マリアは押し黙った。


王が言おうとしていることについて、なんとなく察しがつく。マリアが生む男児……父親は高位の貴族で……そんな子供を望む理由はひとつ。

穏和で甘いぐらいに優しいヒューバート王が、そんな無慈悲で思いやりのない命令を強制してくる理由など、それ以外にあるはずがない。

――すべては、オフェリアを守るため。


「僕はもう、オフェリアが子を生むことを望まない。一度目の出産であれほど苦しんで……次は助かるとも分からない。そんなことを、もう一度させるなんて絶対に御免だ。だがそうなると、王国の後継ぎはエステル王女だけになってしまう」


女王の前例はある。

前例があるからこそ、避けたがる貴族たちも多いのだ。女王は、王配の存在に悩まされることになる。


女が王になれば――諸外国の王がこぞって婿に名乗りを上げ、そして婿となった男がエンジェリクの統治権を要求してくる。女王の正当性を認めず、継承権を求めて戦を起こしてくる国もあるだろう。

実際、そういった過去が繰り返されて来た。だから男児の後継者が望まれる。


女王が確定しているのなら、王配も確定させておきたい――ヒューバート王は、マリアの息子をそれに選びたいのだ。


「ホールデン伯爵は称号を持つだけの平民。平民を父親に持つクリスティアンでは、例え君の息子であっても女王の夫にはなれない。そしてブレイクリー提督――彼も爵位が低く、母親は外国人の平民……王配の父親には相応しくない。血筋についての問題を唯一クリアしているのはセシリオだが……」

「シルビオが結婚したことにより、あの子は庶子となりました。庶子では、いくらキシリア王家の血を引いていると言っても女王の夫にはなれないでしょう」


メレディスもだめだ。生家は由緒ある伯爵家だが、彼は家を出てしまって、いまはただの市井の男。


だから、ウォルトン侯爵家の当主である王国騎士団ライオネル・ウォルトン団長か、宰相を父に持つジェラルド・ドレイク侯爵を父親に、男児を生めと。


「言っておきますが、オフェリアほどでないにしても、私だって妊娠や出産に命を削っているのですからね」

「分かっている。けろっとした顔で乗り切るから皆忘れがちだが……君だって命賭けだ。オフェリアのためでなければ、こんな恥知らずな命令はしないさ」


申し訳なさそうに話す王に、マリアはふっと笑った。

王とて、こんなことを強要したくないのはマリアも分かっている。


だからせめて、信頼できて、互いに憎からず想い合っている相手を候補に挙げたのだ。ヒューバート王が冷酷に徹するのであれば、より相応しい男を宛がった……ただ子を作るために、道具のようにマリアを利用して……。


「陛下。ひとつだけ条件がございます。その命令……レオン様やジェラルド様が拒否された場合は潔く諦めてくださいませ。こればかりは私たちの意思で決定して良いことではありませんから……お二人が嫌がったら、私も拒否いたします。父親から望まれぬ子を生むのは、さすがの私もきついですわ……」

「ああ。それだけは僕も誓おう。二人が拒否したら、この命令は撤回する。エステルの大切ないとこを……父親に憎まれると分かっていて君に生ませたりしたら、オフェリアから嫌われてしまう」


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