瓦礫と少女
川の流れを遡って進むうち、木立の奥から光が漏れていた。どれくらい歩いたのかは時間の感覚がおぼろげだったのでやはり定かでなかったが、彼らの見つけた眩しさは少なくとも今が日中であることを証明していた。
森を抜けると、荒野が広がっていた。遠目からは、それが岩と砂の集まりだと四人は思った。しかし森から離れてその風景に近づくと、その詳細がことごとく異質なものであると彼らは気付かされた。
岩に思えたそれは、コンクリートの瓦礫が折り重なったものだった。砕けたそこから錆びた鉄筋が突き出ている様は、森の中で見た死体の肉から露出した骨を思い起こさせた。
しかし見渡してみると、瓦礫ばかりというわけではなかった。原型を留めた建物も、ぽつぽつとではあるが残っている。それらはいずれも、彼らの世界における普遍の光景ではなかった。代わりに覚えたのは、森で襲ってきた「何か」と同じ、自分たちの想像を超えたそれらの正体への不安。
「本当にどこなの、ここ……」
そう口に出さずにはいられなかったハーリンのみならず、四人とも自分たちが生きていたはずの世界からかけ離れた現実をどう受け入れればいいのかに、思考を巡らせている。
「こんな国や場所があるとか、本で読んだことないの?」
不安からかどこか責めるような調子でナタリに迫るハーリン。覚えのあるはずもない彼は首を横に振るしかなかった。それでも彼女に言われた通り、今までに得てきた知識の引き出しを全てこじ開け、この光景のヒントになるものがないかと探した。けれどもここが自分の住む世界のどこかだと行き着ける答えは浮かばなかった。
最後に浮かんだのは、大衆娯楽である冒険小説の話である。
六つの国からなる大陸アルテラが、自分が生きている唯一の世界だ。だから初めて、アルテラ以外の世界を描いた小説を読んだ時は、その奇想の舞台に心躍った。
もしかすれば、そうした小説のような世界がどこかにあるのではないかと想像するのも当然のことだった。しかし大陸の外に広がる海の果てを目指して、帰ってきた者はいない。神話の戦争で水の神アプスがアルテラ以外の大地を沈めたからという言い伝えがあって、長距離航行の技術を持たない彼らはそのお伽話を価値観の根底に置かざるを得なかった。
そして海の向こうに世界がないのなら、彼らが生きるのはそのアルテラだけのはずだった。
しかし何度考えても、彼らの想像に収まりきらないこの現実は、誰かの書いた娯楽小説の舞台にしかナタリには思えなかった。ほかに可能性を見出せるとすれば「ネの谷」こと魔族の住まう地だったが、この不可解さの全てを人間が「忌むべき」彼らのせいにする方が無理があるようにさえ感じられた。
それでも、この世界の真実を知るには、進むよりほかない。積み重なった瓦礫の間を縫って、彼らは歩いた。
「止まれ」
先導していたコーエンが立ち止まり、後ろの三人を制した。彼の注意は前方にそびえる崩れかけの建物に向いている。
「ど、どうしたんですか」
「中で何か動いた」
彼は背負っていた斧を手に取る。それに合わせてハーリンも、失った剣の代わりに彼から渡されたダガーを手に身構えた。武器を持たないナタリは後ずさりかけるが、同じ丸腰のフィオーレがその場で平然と佇んでいるのを目にして思いとどまった。
コーエンが一歩踏み出し、声を上げた。
「そこ、誰かいるのか」
建物の入り口はドアが外れており、その中もまた瓦礫と埃で埋められていた。だが外の光の届かない奥までそうなのかは窺えない。コーエンが注視しているのは、その奥の暗闇に潜んでいるだろう誰か、あるいは「何か」に向けてである。
じりじりと、コーエンが距離を詰めていく。何が飛び掛かってこようと手にした斧をそれより早く振り下ろせるよう、または投げつけられる構えを崩さない。
「待って、殺さないで。敵じゃない」
入口まであと数歩、というところに来て、奥の暗闇から少女の声が聞こえた。怯えているようではなかったが、殺気らしさも孕まれていない声色で、拍子抜けさえした。コーエンが斧を下ろすと、やがて声の主らしい少女が顔を出した。歳はナタリよりも一回り下らしく小柄で、全身にまみれた埃が相対的に大きく見えるほどだった。
「……ここに住んでるのか?」
「ううん。町がある」
「どこに」
「この下に道がある。そこから行ける」
コーエンの問いに、少女は自分の出てきた建物の奥を指さした。入口の前に立っても、その向こうはやはり光が届いておらず、地下道があるかは判然としなかった。
「う、嘘じゃないでしょうね。私たちを騙して、身ぐるみ剥ごうだなんて思ってるんだったら……」
「ち、違う。ほんとにある。少し歩くと、ここに連れてこられた人たちが集まって暮らしてるところに出る」
ハーリンの疑念ももっともだとナタリも身構えていたが、この少女もまた自分たちと同じアルテラの人間で、さらにほかの人々のことも知っているのなら、彼女はその町への案内人ではないかという想像がついた。その方が、このあどけない少女が盗賊まがいの行為を目論もうとしていると考えるより彼には受け入れられた。
「……案内してくれるか」
コーエンが促すと、少女は頷いて背を向け、建物の奥へと戻った。それに彼は手にしていた斧を背中に戻し、後へ続いた。
「い、いいの? そんな簡単に……」
「子供は殺さない」
疑いを拭いきれないハーリンを、自身の信念でもって彼は短く一蹴した。
「それに、あのくらいの年頃の扱いは慣れてる。万が一があろうと片手でいなせるさ」
「慣れてるって」
「上の子が、ちょうどあのくらいなんだ」
そう呟く彼の面持ちは、戦士である以前に父親としてのそれだった。
「ましてや子供まで残しちゃ、死ぬものも死ねない」




