義賊
「とにかく、落ち着いて状況を整理しよう」
コーエンと名乗った男に、ナタリはどこかで聞いた名だと引っかかった。コーエンは三人を集めて切り出す。フィオーレは議論に立ち止まることがじれったそうにしていたが、助けられたとあってはさすがに言うことを聞く気になっているようだった。
「みんな、どうしてここに来たのか覚えていないんだな?」
「は、はい」
「最後に覚えてることはどうだ? ここに来る前、何をしていた?」
「ええと……僕は町の図書館にいて、探していた本が上の棚にあるって聞いたから、梯子をかけて、そこまで上ろうとして……」
直近の記憶をたどって、その結末を思い出そうとするが、ナタリの記憶はそこでぶつりと途切れていた。
「……そこまでしか、覚えてないです」
「俺はラサの王都近くの街道で、仲間といた。元老院議員の輸送団が通るって話でな」
ラサとは彼らの世界で最大の国である。貴族とそれ以外での身分差別が最も激しいことでも知られる。
「元老院議員?」
「脂ぎった自分の腹だけじゃ飽き足らず、なおも肥え太ろうとする豚がいてな」
コーエンは明言こそしなかったが、武骨な出で立ちとその口振りは、彼が実際その手の人間を襲うことを生業とした賊だと容易く想像させた。そこにナタリは恐れよりも、彼の名前を聞いた時に覚えた引っかかりの正体に近付いたような気がした。
「で、お前は」
コーエンがハーリンに促す。
「……町のギルドで、仕事を探してた。郊外に出る魔族の駆除を引き受けて、一緒に行くことになった傭兵たちに顔を合わせようとして……それからは、わからない」
無言のまま目でフィオーレに促すコーエン。
「何もしてなかった」
「何もとは」
「家で寝てたか、そんなところだ。いつから寝たんだか覚えてない」
臆面もなくいい加減に答えたフィオーレだったが、コーエンはそれ以上穿鑿することはなかった。
「出身も、身分も、歳もバラバラか。ますますわからんな」
深く息を吐くコーエン。しかし焦る気配はなく、沈着な面持ちを崩さなかった。代わりに不安を募らせたかのように、たまりかねたらしいハーリンがまくし立てた。
「そ、それで誰が、何のために? あの怪物は? やっぱり魔族なの?」
彼女は胴を二つに分けて横たわる「何か」を指す。しかし見れば見るほど、彼らの知識どころか想像の範疇を飛び越えた存在でしかなかった。彼らが「魔族」と呼ぶ、人間とはかけ離れた異形の者たちを思い浮かべても、その正体としては当てはまらなかった。
「俺が一番わからんのはこれだ」
そう言ったコーエンが指したのはその「何か」ではなく、自身の手にした斧だった。ナタリたちは一様にきょとんとしてそこに視線を集める。黒い両刃で、柄は持ち主と同じほどの長さと頑強さをたたえている。
「俺があの豚の頭を叩き割るのに使おうとしていた物だ。軍にいた頃からの相棒でもある。お前たち、持ち物はどうだ」
ナタリは元よりこれといった荷物がなく、同じように手ぶらなフィオーレと顔を見合わせた。それから二人して、ハーリンのことに気付く。
「……私の剣も、前から使っていたものだった。壊されたけど」
恨めしそうに言ったハーリンとナタリの目が合った。僕のせいなの? と言いたいのをこらえて彼は唇を軽く噛む。
「もし、何かの意思でここに集められたのだとしたら、なぜ武器を奪わなかったんだ?」
それは、と何か答えようとするが続きが浮かばず、言葉に詰まるナタリ。
「この『何か』をけしかけているやつがいるとして、殺すのが目的なら抵抗力を剥ぐはずだ。そうでないということは……」
「何か、別の目的があると?」
「そこが見当もつかない。想像も及ばない以上、そろそろ考えるだけじゃしょうがない頃だ」
そこまで言ってコーエンは、さて、とばかりに佇まいを改めた。
「ここに来るまで、ほかにもこの『何か』を見た。火を噴くやつもいれば、飛び道具を使うやつもいる。ひとつ言えるのは、早いところこの森から出ないと命がないことだな」
どこへともないようにコーエンは歩き出した。ようやくか、と息をついてフィオーレもそれに続く。はっと気付いてナタリも後を追った。殿だと気付いたことに焦ったようにハーリンが小走りで彼に並んだ。
「ど、どうすれば出れるか、当てがあるんですか」
「近くに川があった、それを辿ってみよう。ほかに目印もない」
こうなると、この屈強な男だけが頼りだった。そう思うと、先ほどまで得体の知れなさに似た頼もしさを抱いたフィオーレが、本当に考えなしに歩いていたのではないかと軽く辟易した。ちらと彼女を見やるナタリだったが、その視線に気付くことなく歩を進めている。
「なに、軍にいた頃は山から一ヶ月出られなくなったこともある。なりふり構わなければ、森でしばらく生きていく術くらい知っているさ」
振り向いたコーエンは、出会った時に浮かべたのと同じ笑みを作った。年長者として、少年少女たちを労わろうとする姿だった。ナタリにはそれが凶暴な賊のものに見えない。ふとして浮かんだのは「義賊」という単語だった。途端、知識の底に沈んでいた情報と、彼の名前が繋がって、思わず声を上げた。
「まさか……シャーマン山賊団!?」
コーエンがぴたと足を止めた。きょとんとしてナタリを見るハーリンと、どうでもよさそうに振り返るフィオーレをよそに、彼は本から得た知識を引き出すことに躍起となった。
「二十年以上前から、ラサで貴族や役人を襲ってるって……」
「そ、それが?」
「団長はラサ軍の歩兵連隊の元隊長で、ええと、星暦五〇一二年の魔族侵攻では、王都からの援軍が到着するまで国境を守ったっていう……」
星歴とは彼らの世界における紀年法で、神話における「神が地上を作った」瞬間から、星の循環を目安にして年月を記録しているものである。
「そ、それが何なのよ」
「団長の名前はコーエン・シャーマン。ラサ軍は討伐隊を派遣して征伐したと発表したけど、死体は見つかってない。生きていれば、ちょうどあなたくらいの歳のはず」
「……ずいぶんよく、勉強しているな。というか、誰なんだそんな本を書いたのは」
呆れ半分のコーエンだったが、笑みは崩しておらずそこに不快さは表れていなかった。そして否定もしないことに、ナタリは感激して彼に駆け寄った。その実は本になるほどの功績を持つ武人が味方にいるという安心以上に、本の中でしか知らなかった存在が目の前に現れたことへの興奮が勝っていた。
「誰でもいいから、早く行こうぜ」
しびれを切らしたようなフィオーレの声も気にさせないほど、男の正体はナタリに絶対の安堵をもたらしていた。




