失望
町の住人は五十人ほどにまで数を減らしていた。
建物もそのほとんどが崩れ、集めた物資や武器も散逸した。時間をかければ、ナタリの魔術で復興することはできる。しかし社会として機能するだけの人員も労働力も失われ、ほぼ振り出しからとなってしまった。
何より「何か」への対抗手段となる戦士がカイトとハーリンのほか、指折り数えるほどになってしまった。大きな傷がないのはそれこそ彼と彼女の二人だけだった。
「……とにかく、やるべきことを整理しましょう。幸い防壁には傷が及んでない。集められるだけの食料を集めて、皆が動けるまで回復するのを待ちましょう」
「でも、またやつらが襲ってきたら? あいつら地面から出て来るんだぞ? ここにいたらむざむざ殺されるのを待つのと同じだ!」
「もう働けない傷を負ったやつもいる。そこまで面倒を見る余裕はないぞ」
「馬鹿なことを……誰も見捨てはしないわ。それにいつ攻めてこられるのかわからないのでは、どこに逃げても同じよ。今こそ皆で力を合わせる時でしょう? 何年かけてここまできたと思ってるの」
「ここまでも何も、全部なくなっちまったじゃねえかよ!」
議論は紛糾するほど、中身のない怒号の応酬に成り果てていく。そこに自分が入り込む余地も、その必要もないとナタリは場から抜け出した。せめて自分ができることをしようと、フィオーレの杖になりそうなものを探そうと瓦礫を漁った。
「何してるの」
同じように議論から抜けてきたらしいハーリンが、疲れた顔をして声をかける。
「フィオーレの杖になるものがないかと思って」
「私も探す」
ナタリの返事も聞かず、ハーリンは瓦礫に向かっていった。ふと見えた表情はたった今のそれよりも凛々しく見えた。何かしていたい、という気持ちは彼と同じだった。二人とも無言で、フィオーレの右足の代わりとなるものを探す。
「あった、これとかどう?」
ハーリンの声に顔を上げると、彼女の手に中ほどで折れた槍の柄が握られていた。ナタリは思わず自分の顔がほころぶのを覚えた。ささやかな発掘が、この陰鬱の中にあっては嬉しかった。
「何をしてる」
頭上からハーリンとは別の声が降りかかった。カイトが冷ややかな面持ちでそこに佇んでいる。彼も議論から抜けてきたか、とナタリは緩んだ顔のまま返した。
「フィオーレの右足を支える杖を探してて……ちょうどよさそうなのがあったよ」
「あれか」
ハーリンの手にある槍の柄を見た彼は、疲れを滲ませた冷たさをもって二人に言った。
「あれは槍だろう。直せば使える」
「え?」
「武器が足りてないんだ、怪我人を立たせるよりもやるべきことがある」
「け、けど……」
「あの女には渡すな」
そう言い捨てるカイトの目は、敵に対する時と同じ形と色をしていた。それが杖を必要としている彼女に向けられたものだと、当初ナタリは受け容れられずに幾度か瞬きを繰り返す。
「ど、どうして」
「あいつには近づくな。動けるなら、怪我人の世話より本当にやるべきことをやれ。行くぞ」
踵を返すカイトの足は、未だ紛糾する議論の輪の方へと向いていた。ハーリンは槍を握ったまま呆然としている。ナタリは思わず立ち上がった。
「そ、そんな言い方ないじゃないか。だいたい、僕らがついてあげなければ、どうやって」
「いいか」
歩きかけたカイトが再び彼の方を向き、ずいと詰め寄った。敵を殺す時と同じ顔をして、冷たい声色で言い放った。
「あいつは魔族だ」
「え……?」
「それもただの魔族じゃない。俺たちの力を遥かに超えるほどの魔力を持っている。やつの足の手当てをしたクロエが、血に含まれた魔力からそう気付いた」
フィオーレが魔族という、真偽はどうあれその言事態にナタリはさほど驚きはしなかった。元より、そんな想像もしたことはあったから。そう考えれば違和感もなかったから。
カイトの迫力に気圧されながらも、ナタリがぽかんと口を開けてしまったのは、彼の言動そのものに対してだった。
「……そ、それが? だとしたら?」
「本気で言ってるのか」
カイトの表情が、失望と憎悪にまみれたものへと激変した。
「やつは敵だ」
「そんな、フィオーレは何もしてないじゃないか! それどころか、僕らを助けてくれて……」
「クロエもおかしいと言っていた。なぜ武器ひとつ直すのにも苦労したお前が、一日であれだけ修復術を使いこなせるようになったのかとな」
彼の目には蔑みの色も表れている。憎むべき魔族に篭絡された者を糾弾する光が、切れ長の目に灯っている。
「いいか、お前は利用されているんだ。どういうわけか、やつ自身は魔術を使えないが、代わりに人間の魔術師を使役する。やつの言いなりになったお前が、俺たちを襲わないと信じられると思うか?」
「勇者」にあらぬ疑念を向けられたことに、ナタリは愕然とした。もう勇者と思う気もしなかった。人格に著しい欠陥を抱えた殺戮者でしかないと感じた。きっと向こうの輪と同じで、これと議論したところで得られるものはないと直感した。
「……彼女を敵だと言うんなら、僕はもうあなたたちの味方じゃない。誰にも協力なんかしない」
「おい、目を覚ませよ! お前の力が必要なんだ!」
「そ……それこそ僕を利用しようとしてるだけじゃないかっ!」
「みんなが助かるためなんだぞ!?」
「みんなじゃない! 僕と彼女と、あなたたちだ!」
「やめてッ!」
悲鳴に近い声でハーリンが叫んで、ナタリとカイトは彼女を見た。その足は震えている。「勇者」に歯向かったことへの畏怖か。彼の苛烈な一面を見たからか。ふとすれば、ナタリは自分の膝も同じように笑っていることに気付いた。思えば生まれてこの方、人と怒鳴り合った経験などなかった。
「……このままにはしないぞ」
去り際、カイトがそう残した。ナタリの目にはもう、彼と貧民街のごろつきとの区別もつかなかった。




