荒廃
目を覚ました時、視界に広がったのは曇天だった。背中の感触もベッドのシーツではない。上体を起こそうとして、全身にずしりとした重みをナタリは感じたが、鞭を打つつもりで腹筋に力を入れ、起きた。
そこは町の中だったが、見渡す限り瓦礫に占められており、森を出たところの廃墟を思い出す光景と化していた。それだけ見晴らしがいいにも関わらず、人の姿は異様なほど少ない。
ふと見ると、傍らにフィオーレが寝かされていた。右足に包帯が巻かれていたが、脛から下がなかった。無表情で目を開け、空に視線を投げていた。
「フィオーレ……」
呼びかけると、彼女はおもむろに首を彼の方に傾けた。
「よう」
「……その、足……」
「もういいだろ、それは。お前のせいとかじゃないんだ」
そう言われずとも、ナタリは責任を感じて沈痛をたたえているわけではなかった。ただその姿が痛ましく、そして二度とかつての姿を取り戻せないことに、打ちひしがれていた。
神話の中では、カンディドは生物の命さえ操ることができたという。それがほかの神々の逆鱗に触れ、その力を大きく削がれてしまったとも。
お伽話の内容なのに、ナタリはそこにたらればを拭えなかった。この魔術が、この世の絶対の理さえ壊してしまえるほど便利であったなら。それができると、自身の信仰として確信を抱かせてくれたなら。
生きものは死ねば、二度と生き返らない。
生物の肉体は、生物が元から備えた治癒能力で叶う範囲でしか再生されない。クロエが使った魔術にせよ、新陳代謝を急速に早める程度のものだった。
「しかし、お前もよくやったじゃないか」
「え……?」
「お前が、この町を救ったんだとよ。まあ、もう町って呼べるもんじゃないけど。とにかく全滅だけは免れたらしい」
フィオーレの視線の先に、広大な更地が広がっていた。彼女のおびただしい魔力の一部を譲り受けて、彼が神の力を引ったくってぶちまけた場所。迫っていた「何か」のみならず、その周りの全てを消し飛ばしていた。どれくらいの時間経過をぶつけたのかはわからない。数百万年、もしかしたら数億かもしれない。それだけ経っても土は土のままで不変でいることが、どこか奇妙でもある。
ナタリは直感した。あれだけの魔力を人間が持つはずがない。自分が知らないだけで、世界には想像を絶するほどの実力を持つ魔術師がいると思おうにも、その想像に現実味を見出すことはできなかった。
それも、彼女が彼に分け与えたのは「いつもより多め」でしかなかった。
もし、その全てを譲り受けて、魔術を使おうものなら。
それだけの魔力をこの体で生み出し、平然としている彼女とは。
「……教えてくれるかな。君が本当は、何者なのか」
「いいけど……その前に補給しとくか? いざという時すぐに動いてもらわなくちゃ困るし」
フィオーレは自身の唇を指して、いつものように笑った。その口振りもあって、ナタリは自分が手駒にされようとしているのではとも想像する。実際、篭絡されかけていると自覚するぐらいには、彼女の唇とその美しさへの憧れもある。彼女がその気になれば、経験のない自分を骨抜きにすることぐらい容易いのではないか。
けれど彼女のいつも通りの笑いからは、そうした狡猾な表情は覗けそうになかった。森で会った時からの、不敵でひょうひょうとした、何だか頼りになる少女。それでいてくれるのなら、それでいいのかもしれない。
それに「何か」に襲われた時だって、彼女の言う通りにして間違いはなかった。ならこれからも、彼女に従えばいいのではないか。
「ナタリ! もう大丈夫なの!?」
瓦礫を飛び越えて駆けてきたハーリンの声に、はっとしてナタリは顔を上げた。目前の唇を逃したことに、体の奥が渇きでひりつくのを覚えた。




