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類人園アルテラ  作者: J・S・フランコ
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誰か、何か、どこか

 肩を貸せ、とフィオーレが言った。自力で立てないなら無理するなとナタリとハーリンは勧めたが、意地を張る子供のように彼女は聞こうとしなかった。さして痛がる風ではなかったので、仕方ないと思いつつもナタリが彼女を支えて立たせた。


「何ならおぶってくれると楽なんだけど」

「いや、そこまでは……」

「嫌かよ」

「そうじゃなくて……」


 寄りかかるフィオーレの左側の膨らみが、確かに二の腕に当たるのを感じて、ナタリは自身の顔の紅潮が知られないかと焦った。ともすれば、間近にある彼女の顔が意地悪く緩んでいるように見える気もする。からかわれていること以上に、彼女がそうすることに抵抗を示していないことが彼の小さなプライドを傷つけた。


「引きずってけばいいじゃない。行くわよ」


 ドアを開けかけたハーリンが振り返ってじれったそうに言う。森の時とは立場が逆になっていた。それが何だか可笑しいと思える自分に気付いて、精神に余裕が生まれつつあるのかもしれないとナタリは感じた。


 建物は町の住人たちの居住施設らしく、部屋を出た廊下にはほかにも何枚かのドアがある。そこに出入りする人々とすれ違いながら、三人は外の町並みへと出た。


 建物の形や素材の異質ささえ除けば、そこはナタリの暮らしていたものとさして変わらない風景だった。活気ある、というほどではなかったが、道に面して露店が立ち並び、そこで人々がやり取りをしている。ある店を覗いてみれば、見覚えのある果物や動物の肉が売ってもいた。


 道なりに進むと広場に出た。中央の地面には地下道に続く穴が開いている。そのさらに向こうを見渡せば、建物よりも高く積み上げられた瓦礫が壁となって、町を囲んでいることに気付いた。


 ふと、地下道からぞろぞろと男たちが這い出てきた。いずれも武装し、それでも防ぎきれなかったらしい生傷を無数に刻んでいる。

 穴から出てきたのは十数人。最後に現れたのはカイトだった。いつからか穴の傍らで佇んでいた女が彼に歩み寄る。フィオーレの足を治癒した魔術師だった。


「首尾は?」

「予定通りだ。昨日の連中の残りの始末も済んだ」

「十二番地の封鎖も?」

「ひとまずだが。やつらが数でもって押し寄せれば、どのみちまた破られる」


 会話する二人をよそに、ほかの男たちは散り散りに街並みの中へ紛れていった。一仕事終えて家に帰るという風で、日常の動作らしいことを窺わせた。


「あ、あの」


 そこへ近付いた三人のうち、ナタリが最初に声をかけた。それに気付くカイトと女だが、二人とも面持ちから緊張を崩さない。


「……ああ、大丈夫そうか?」

「う、うん。ひとまずは。それで……」

「話を聞きたいんだろう?」


 わかっている、とナタリを遮って、カイトは隣の女に目で促した。彼女が三人に向き直る。


「ここでは何だし、話しやすい場所に変えましょうか」


 そう発した女の声は、それまでの表情の冷たさとは打って変わって柔和で温かみのある音色だった。それに少し安堵して、ナタリは二人と共に彼女とカイトの後についていった。歩きながら、三人を見やった女が名乗る。


「私はクロエ・グァダニーノ。ここに来る前はダリの王宮で魔術師をしていたわ」


 ダリ王国はアルテラの最北部に位置する寒冷地である。作物が育ちにくい風土と、産業や交易も盛んでなかったことから、生活水準の低い国だとナタリは本の知識から認識していた。王宮にいたということは、相応の身分あるいは実力の持ち主であることを意味する。


「例によって、あなたたちもアルテラのどこかから、気が付いた時にはここにいたんでしょう?」

「は、はい……『例によって』ということは」

「この町の住人は皆、お前たちと同じ境遇というわけだ。俺も含めてな」


 それは彼女たちが、この町に人が流れ着くたび、これからするだろう話を幾度となく繰り返してきたということを示していた。それにナタリは少し引け目を感じてしまう。

 と、何か思い出したようにカイトがはっとした表情をする。


「……と、そうだ。俺はカイト。出身はワの国だが、ここに来る直前までは各地を転々としていた」

「ワの国って、魔族に滅ぼされた……あ、それもカイトって、カイト・エドガウ……!?」


 彼の正体に気付いたハーリンが、露骨なくらい驚いた。アルテラに生きる人間であれば、魔族の征伐で数々の有名を轟かせる「勇者」の名を知らぬ者はいなかった。本で読むまでもなく、口伝えでそれが広められていた。


「わ、私はハーリンっ、ハーリン・カットスロートです! お、お会いできて光栄です、勇者様っ……!」


 ナタリを追い抜かして彼に近付き、熱っぽく名乗ったハーリン。特に武人を志す彼女であれば、その存在に憧れていただろうことは想像に難くなかった。


 次いで彼の見やった視線がナタリの方にも向いて、彼は右肩に寄りかかるフィオーレを肘で軽く小突いて促した。彼女はどこか気だるそうに口を開く。


「……フィオーレ」

「あ、僕はナタリ。えっと、覚えてる? 前にブレアで会った……」


 続いたナタリの言に、カイトは眉一つ動かさなかった。思い出せずにいるのか、思い出してはいたが気にも留めていない素振りだったのか、それだけではわからない。


「……ああ」


 少しの間を置いてから、ようやくのように生返事を上げたのみで、彼は視線を彼から外して前を向いてしまった。

 ほんの十数分の出会いなら、顔など覚えていなくて当たり前だと、ナタリは自分に言い聞かせた。


「こちらへ」


 そうしているうち、先導するクロエが瓦礫の壁のふもとにある建物を指した。中には「何か」の一部や破片があちこちに散乱し、そこで行き来する人々がなおもそれらの分解に努めていた。

 動かなくなった「何か」たちが、無数に転がっている部屋。


「これは……」

「私たちを襲ってくるやつらの残骸をかき集めて、ここで研究してるの。一向に捗らないけどね」


 言って、クロエがある台の上に寝かされている「何か」を指した。原型を留めているのは頭と胴の部分だけで、ほかの部位は全て切り離され、分解されている。バラバラというより粉々と言えるほど、細かい部品単位と化していた。


「見ての通り、これを生物と呼べる気は全くしないわ」

「……むしろ、武器そのものが動いているような?」

「そんなところね。意思があるのか、誰かが操っているのかまでは定かでないけど」


 ナタリの例えに頷いて、クロエは台に置かれた「何か」の腕を拾い上げた。拳にあたる部位には、コーエンの体を貫いたのと同じ形の棘が伸びている。いかに頑強な鎧であろうと容易く貫ける鋭さをたたえて光っていた。


「けどこいつらの仕組みを究明して、その技術を私たちの武器として利用できるなら、状況は今よりずっとよくなるはず。こっちはここへ来た時に持っていた武器や魔導書以外の装備がないし、信仰のある魔術師も数えるぐらいしかいない。五年かけて外の防壁を作ったけど、あれだって数で攻めてこられたら長くはもたないでしょうね」


 来たばかりの三人にとって、少なくとも五年以上、ここで生き続けている彼女の存在そのものが驚きの対象となった。中には彼女よりも長く滞在している人もいることだろう。

 そしてカイトにしても、ナタリと会ってからの半年の間に、ここへ来たことになる。クロエとのやり取りや「何か」との戦いでの手際から、すでにある程度の時間を経ていることが窺い知れた。


「……じゃあ、この町は全部、ここに連れてこられた人たちが?」

「全部ではないわ」

「というと」

「ここに来る途中、崩れかけた建物を見ただろう」


 カイトに言われ、森を抜けた先の荒野にぽつぽつと佇んでいた建物を思い出した。この町にそびえているものの多くは、それらに補修を加えたものだと気付いた。


「ここに来て、生きるためになりふり構う余裕はなかった。使えるものは何でも使ったわ。元からあるものも含めて、手探りでね。ようやっと、ここまで来れたわ」

「元からあるって……」

「どこかは定かでないにせよ、誰かが使っていた土地らしいのは確かだ」


 誰かとは。


 建物の異質さから、それが自分たちアルテラの人間とかけ離れた存在なのではという発想が浮かぶ。「何か」をけしかけているのも、その意思なのかもしれない。


 「何か」が無機物であり、そして自然に作られたものでない建物が残されている以上、何かしらの生物の手が加えられた地であることだけは確かだった。


「まあ結局……魔族以外にそれが当てはまるものはないだろうというのが、今の私たちの考えだけどね」


 魔族。


 人ならざる者にして、人間を襲う異形の怪物たち。

 人類共通の敵。

 この世の悪は、全て彼らの所業にしてしまうことが最も単純で明快、気楽でさえあった。

 便利な概念でもある。


「今のところ、魔族らしいやつは見てないぞ」


 不意にフィオーレが声を上げた。名乗った以外一言も発さなかった彼女の言葉に、場の全員がその方向に視線をやった。面持ちは相変わらずどこか退屈そうだったが、それが行き過ぎて呆れの色さえ浮かべているようにも見える。


「見ていないからこそよ。この『何か』たちは、魔族を襲っていない。そもそも魔族はここに連れてこられていない」

「安直すぎやしないか。このくらいの不条理は、もっと超常的な想定でもって捉えるべきさ」

「超常的?」

「冒険小説みたいなね」


 寄りかかるフィオーレに耳元で囁かれたようで、ナタリはどきりとした。


 彼女の例えはすなわち、ここが自分たちの常識の通用しない世界であるということ。


 違う世界ではないかという想像。

 大衆娯楽のために仕立てられた、荒唐無稽な舞台。

 ならそこに集められた自分たちは、その物語の読者のための見世物である。


 きっとその読者にとっては、自分たちの世界アルテラこそ奇異で荒唐無稽そのものなのかもしれないと、ナタリは思った。

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