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考察 「いろいろ考えてみよう」

こう−さつ 「魔素と魔術について」



 シズルはローブ男こと元貴族の魔導士をぶん殴った事で、邸を警備する兵団のナイスミドルの兵団長に、あちこちでやたらと喧嘩をしてはいかん、と説教を喰らった。


 ナイスミドルの警備兵団長こと、アディス・ナヴァルホスは、ジークハルトに劣らぬ体格の良い壮年の男で、シズルにひと通り注意(説教)を終えると、退出前に小さいのに無鉄砲だなぁ、と苦笑し頭を撫でた。

 完全に子供扱いだが、目尻に皺を寄せ困ったような笑顔で優しく撫でられてしまっては、怒れば良いのか嘆けば良いのかシズルは判断できなかった。



 シズルの身長は決して低い方ではない。

 ジークハルトといいナイスな団長といい、武闘派の連中は揃いも揃ってデカ過ぎではないかと、とっくに成人しているシズルは物申したかった。



 先の私闘の一件は、既に殆どの兵士たちに知れ渡っていた。兵士に続いて今度は魔導士を血祭りにしたと、更に邸全体の注目を浴びたようだった。すれ違う人たちが危険生物を見るような視線を寄越すのは、決してシズルの気のせいではないと思う。



 アディス団長に説教を受けた後、シズルは雇い主にも説教を受ける覚悟をして執務室の扉を叩いた。誰何すいかの確認の後、入室した。


 シズルが執務机の前に立つと、書類から顔を上げることなくジークハルトが声をかけて来た。



「随分絞られたようだな」



「はい。兵団長さんに、子供なのに無鉄砲な事をするなと叱られました」



「アディスか。まあ普通は、魔力が強いといわれる魔導士に喧嘩は売らないからな」



 ジークハルトは可笑しそうに言った。


 しかし先に手は出たが、こちらから仕掛けた訳ではないので、シズルはその辺りを明確にしておくことにした。



「先制攻撃はしましたが、先に喧嘩を売って来たのは相手の方です。不味かったなら謝罪します」



「謝罪は要らないぞ。お前は最初にきちんと無抵抗主義じゃないと俺に申告してる。俺はそれを承知でお前をここに連れて来たんだ。まあそういう訳だから、何かあれば俺が責任を取るさ」



「どうも」



 ありがとうございますと言うべきか、すみませんと言うべきか迷ったシズルは言葉を濁した。


 ジークハルトはふと手を止め、書類から顔を上げた。



「そう言えばお前、魔導士に火炎弾を撃たれたらしいな。大きさはどのくらいあった? 目の前で見てたんだろう?」



「えっとですね、こう、私の顔より大きいくらいですかね」



 この世界にバレーボールはないので、シズルは自分の手で大きさを示してみた。それを見たジークハルトは僅かに眉を顰めた。



「・・・大きいな。それで?」



「ええ、流石にびっくりして、思わず手ではたき落したんです」



「手で」



「はい。手応えはあったんですが、床で消えてしまいました。不発弾だったんでしょうか」



 ジークハルトはシズルの問いには答えず質問を続けた。



「二発目はどうした。撃たせなかったんだったな」



「どうやるのか最初の時に見てましたから。相手が長々と呪文を唱えてるうちに対応できました」



「そうか」



 ジークハルトはそう言ったきりそれ以上何も言わず、また書類と格闘し始めた。暫く待ってみたが、どうやらもうシズルに用はないらしい。

 てっきりまた拳骨か鷲掴みの刑が待っていると思っていたシズルは、やや拍子抜けしたものの特に何の責めを受けることなく、そのまま退出の挨拶をして執務室を後にした。






 シズルが出て行ってから、ジークハルトはシルベスタに、先程のシズルの話の感想を聞いてみた。



「どう思う?」




「どうも何も、やはり術の失敗だったんじゃないのか。それより不完全だったとは言え、火炎弾を素手ではたき落した事の方が驚きだ。火傷も負わずよく無事だったよ。全く怖いもの知らずにもほどがある」



 シルベスタは心底呆れたように言った。


 炎の塊を素手で叩き落としたのはさておき、シルベスタの言うことはもっともだと思った。


 しかし、大きさがはっきり視認できる程、近くまで火炎弾が迫っていたのなら、術が不完全だったとは思えない。

 しかも()()()()()()()というのならなおさらだ。シズルは一体どうやって、顔ほどもあったと言う火の塊を、素手で退しりぞけたと言うのだろうか。


 ジークハルトは納得がいかなかったが、シズルの行動にはいつも舌を巻く思いだった。


 シズルはいつものように、何でもない風を装い、相手を冷静に観察していたのだ。たった一発相手に撃たせただけで、初めて見た魔術に対応してみせたのだ。

 こんな娘が只人と言うのだから信じられない。ジークハルトの最初の見立て以上に、シズルという異世界人は得体が知れなく、恐ろしい。



 だが、同時に面白くもある。



 やや強引ではあったが、手元に置いて正解だったとジークハルトはほくそ笑んだ。






 その後暫くは何もない静かな日々が続いた。

 シズルは相変わらず、書類を抱えて敷地内をうろつき、図書館で異世界の文字と格闘した。

 お手製の翻訳辞書が充実してくると、図書館の他の本も読めるようになってきた。


 図書館には勿論、魔素や魔力に関する本もあった。

 だがそれらには専門用語が多く、まだそこまでの解読力のないシズルは、仕事中のシルベスタを強引に図書館に引っ張り込んで、単語の説明を受けながら読み深めていった。



 この世界には、魔素というものが満ちている。

 ここに生きるもの全てが、その魔素を体内に取り込み、あるいは術によって集め、それをさまざまな魔力に変えているという。



 呪文や術式といったものには様々な種類があり、その組み合わせによって魔力の種類や出力、方向性を決定するのだという。


 貴族などの位の高い者ほど、魔素を沢山取り込むことができ魔力が強い。強ければ半ば力技(ちからわざ)で、呪文の短縮・簡略化ができるので、短い呪文で魔力を操ることも容易(たやす)くなる。対して力が弱い者が複雑な魔術を使うためには、正確で細やかな呪文を唱える必要がある。それでもやはり魔力の強いものには及ばない。


 なので貴族がその地位を維持できるのは、魔力でできる事が多く、その影響範囲も広く()()からということになる。



 平民も貴族ほどではないが、生活に不自由無いくらいには魔力を使うことができる。子供でもごく簡単な呪文で魔術は使えるというのだ。

 ただ、平民の中には魔素が少量しか取り込めず、魔力を充分に使えない人間がいる。只人と呼ばれる人間だ。



 しかしシズルは魔力が全く使えないどころか、魔素というものが取り込めているのかどうかも怪しい、只人以下の只人だった。



 生活の中で使用する他にも、魔力の強いものは周囲の魔素に干渉して、爆炎や稲妻あるいは竜巻を発生せさせたりと、自然環境を左右するような様々なことを可能にする者もいるという。兵士が使った身体強化にも魔力の強弱で様々な種類バリエーションがあるようだった。

 ただし人間が一度に扱える魔素や魔力には限界があるので、効果や持続時間は限定的だ。


 しかし限定的とはいえ、魔力を使った『即席の超人』の出来上がり、というわけだ。



 シズルにとっては、完全にファンタジーな世界だった。



 もちろんジークハルトやシルベスタは貴族なので、強い魔力を持っている。

 だがシズルは、ふたりが魔術を使うところをまだ見た事がなかった。



 図書館で一緒に本を読んでいたシルベスタに、どんなものか見せて欲しいと頼んでみたところ、芸じゃないからほいほい見せびらかす(たぐい)のものじゃないとやんわり断られた。

 シズルはがっかりしたが、シルベスタは他の仕事があると言って、そそくさと図書館から去っていった。



 またひとりになった図書館でシズルは考えていた。



 この世界の事が分かってくるにつれて、シズルは自分が魔素というものに、少なからず影響を受けているのではないかと思うようになった。

 今まで何度も感じていた事だが、こちらの世界に来てからやたらと身体能力が上がっている事が、その証拠のような気がしてならなかった。


 もしかするとシズル自身もこの世界で、空気のように魔素を取り込めているのではないか。自身がそれに何か反応しているのなら、自分にもいつか魔力が生まれ、魔術が使えるのではないかとシズルは密かに期待していたのだった。


 シズルは今度またシルベスタを捕まえて、呪文の一つでも教えて貰おうと考えた。




 夕方近くになり、一旦自室に戻って手帳の整理をしていると、大声で何かがこちらに近づいて来るのが分かった。


 その声の主は、ノックも何もなくいきなりシズルの部屋のドアを開け放った。









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