(閑話)夕餉 「ばんごはん」
ゆう−げ 「国王夫妻のご招待。母親無双」
ちくしょう嘘つき謀られた。狸親父はどこにでも棲息していたのだ。
確かにごく内輪だが、とても夕餉とは言い難い。
給仕がついた立派な晩餐ではないか。ジークハルトのところの『食堂』とは大違いだ。
しかも。
シズルは、斜向かいで涼しい顔をしているジークハルトを思わず睨みつけた。
シズルは今、どこからどうみても正真正銘の女性になっている。
勿論、普段だっていつも女性なのだが、夕餉の前にルカと連れていかれた控えの間で、城の侍女たちに取り囲まれたかと思ったら、あれよあれよという間にひん剥かれ、ドレスを着せられてしまったのだ。
どうやら女児を持たないオルタンシアの望みで、着替えさせられたようだ。
しかし借り物とはいえ、着用したドレスはある一部分がすかすかで、初っ端からシズルはダメージを受けた。
この世界の女性はどうなってるんだとシズルの眉間に皺が寄ったが、そういえばあの女魔導士もやたら発育がよろしかったと思い出した。
そのままでいい、というミゼンの口車にまんまと乗せられ、お城の食事に釣られ、ほいほいついていった結果がこの有様だった。
シズルはミゼンという『魔導士』の言葉を信用した自分を呪った。
さて、席の配置はこうだ。
オルタンシアの右隣にジークハルト、左隣にシルベスタ。テーブルを挟んでオルタンシアの正面にバシレウス。その左隣にルカ、右隣にシズルとシズルの隣にザカリ、となっている。
ザカリが若干涙目なのは、おそらくジークハルトたちと入った別の部屋で、シズルと同じような目に遭わされたのだろう。彼もいつものシャツとズボンではなく、上着を着せられ胸元はクロスタイで、いつもの鬣のような銀の蓬髪も、きちんと櫛が入れられ結わえられていた。
うん。私も恐ろしかったよ、とシズルは心の中でザカリを慰めた。
そして何故か今現在、シズルはオルタンシアの怒涛の口撃に捕まっている。
「まぁあ、この方が噂の方なのね、ジーク、あなたの話から想像していたよりもずっと可愛らしいわ」
一体何を話したのか、シズルはジークハルトをぎっと睨んだ。
「シズルと呼んでも構わないでしょう? 構うと言っても呼ぶけれど」
オルタンシアそう言って、少女のようにころころ笑っている。
これはルカとは違ったタイプの連射型の武器だ。しかも凶悪な天然の匂いがする。
「初めてお目にかかります、オルタンシア殿下」
「今は気取った貴族の晩餐会ではないのよ。堅苦しいのは嫌だわ。シアでよろしくてよ」
いやいやいやいや。
仮にも、この国の女性第一位の王妃殿下を、そんな気安く呼べるわけがない。
シズルが悩んでいると、隣に座るバシレウスがオルタンシアに声をかけた。
「シア、それはいけないよ? その呼び方は私だけのものだ」
純国産のシズルは、こういったやり取りとは全く無縁で、そのため免疫もなく間近で目撃しただけで、国王夫妻のその砂を吐くほど甘い空気に思わず鳥肌がたってしまった。
ジークハルトとシルベスタの主従は、悔しいことに慣れているのか、微笑ましいものを見るような視線を向けているだけだった。
ルカは恥ずかしそうに頬を染めぽおっとしている。
自分だけ周囲と違う反応だったことに愕然としながらも、シズルは早々に面倒くさくなって、もはやどうでもよくなってしまった。
「それはそうとシズルあなた、とても綺麗な瞳だわ。これは生まれつきなのかしら?」
「いえ、これは」
「ザカリイッショ」
シズルの隣に座っていたザカリが、オルタンシアに向けてひょいと顔を突き出した。
シズルは更なる混乱の予感に頭痛がした。
「まあ、同じ瞳の色なのね、全然似ていないけれど、あなたはシズルの兄妹なの?」
「キョウダイチガウ、ナカマ。シズルザカリ、イッショ」
「あのですね、このこはザカリといいまして、一応私の使い魔で」
「まあ! 魔物なの? でも人だわ、どうしてなのかしら」
「本当は魔狼なんですが、体が大きいので周囲の人間が怖がっていたんです。それで」
「あら、今も大きいわよね」
「ザカリ、ジークハルトウエ、オオキイ、エライ」
ザカリがいつものように、胸を張って得意そうに言った。
「まあそれは困ったわねぇ、ジークもバシレウスも大きくて、話をする時に見上げなくてはいけなくて首が痛くなるし、それに一緒にいるとやたらと場所を占領してしまって、ときどき本当に鬱陶しいと思うのに、ザカリあなたもなの?」
「シア、酷いよ」
「姉上、酷いです」
王様が眉を下げ、ジークハルトが苦笑している。
「それとシズル、貴女随分と痩せているけれど、ジークのところではちゃんと食べさせてもらえていないのかしら?」
オルタンシアの両隣が咳き込んでいる。
「姉上、シズルは元からああいう体格なのです」
『ああいう』とはどういうことか。大体の想像はつくが、否定できないところが尚更腹立たしい。
「まあ、そうなの? ジークはそれでいいの?」
「いいもなにも。姉上、シズルは私の護衛官ですよ? 仕事ができれば体型など関係ありません」
「まあ、つまらない子ね。こんなに素敵なお嬢さんが、四六時中側にいるのにそんな反応しかできないなんて。そんなだからお嫁さんが見つからないのですよ」
「姉上、勘弁してください」
困ってる困ってる。
シズルは、オルタンシアに頭の上がらない様子のジークハルトを見て、普段からの拳骨や鷲掴みの刑に対する仕返しが、間接的にでもできたことに溜飲を下げた。
「シズルもこちらでいい人を見つけたら、ちゃんと捕まえるのよ? 大丈夫よ、着飾って補填すればちゃんと女性に見えますからね」
補填・・・。何を? どこを?
シズルは再びダメージを受けた。
「それはそうとルカ、あなたは本当にルークでいいの?」
「えっ? あの、それはどういうことですか?」
「だって、母親のわたくしがいうのもなんだけど、あの息子ったらお馬鹿なんですもの。素直といえば聞こえはいいけれど、少し考えが浅いところがあって、煽てられるともうそれは遥か彼方まで舞い上がってしまうのよ。見目が良いのは取り柄だけれど、しっかり操縦しないといけなくてよ? でもそれが意外と大変なの。大丈夫かしら。あ! そうだわルカ、貴女今後はわたくしの離宮にいらっしゃいな。わたくしがルークの上手な操縦法を伝授してあげるわ。その代わり、異世界の楽しいお話をたくさん聴かせてちょうだいな。ああ! 楽しみだわ」
お母さんが息子の愚痴をぶちまけ、あっさりとルカに売り渡した。
わかった。
魔力なんて関係ない、この国で一番強いのはこの人だ。
そもそも十番目に次ぐ魔力を持つのだから実際に強いのだろうが、小柄でほんわりゆったりしているのに、やたら押しの強い、このなんとも逆らえない雰囲気は、なんと表現すればいいのだろう。
傍若無人? マイペース? いやもっと簡単な言葉がある。
どこの世界も『母は強し』だ。
 




