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魔導士 「図書館での私闘」

ま−どう−し 「高価(たか)そうなローブの男、ジークハルトの憤慨」



 ジークハルトに鷲掴みで鍛錬場から連れ去られ、やっと解放されたシズルは、今度はシルベスタに大人しくしていろと説教され、今はひとりで図書館にいた。



 文字の勉強をするためだった。



 これも異世界仕様なのか、随分中途半端な気遣いだとシズルは残念に思っていた。

 言葉は難なく通じるのに、文字がさっぱり理解できなかったのだった。数字もシズルが見知った形ではなく、最初は訳が分からなかった。数の単位に関しては十進法が使われていて、直ぐに数字との紐つけができたので問題なかったが、文字についてはそういう訳にはいかなかった。


 読み書きが出来なければ、いくら言葉が通じても普通の生活は困難だ。ジークハルトの提案に乗っておいて良かったと、シズルは今更ながら思った。


 シズルは図書館で、できるだけ文字数の少ない幼児用の教本のような物を探し出した。なんとか見つけ出したそれは、挿絵がふんだんに使われていて、文字の勉強をするのに丁度良かった。


 ジークハルトから貰った手帳に、こちらの文字と日本語を並べて書き、即席の翻訳辞書を作っていく。手帳と一緒に貰った鉛筆で一心不乱に文字を綴っていく。


 この世界の筆記用具は通常インクと羽ペンだが、どこでもすぐに書けるようにシルベスタから鉛筆を貰った。鉛筆といっても、黒鉛を棒状に伸ばしたものを糸で巻いただけの物で、使いにくい上に手が黒くなるのが難点だった。




 シズルが黙々と手帳に文字を書き写していると、不意に目の前に影が落ちた。


 顔を上げると、ローブを着た男がシズルの手元を、興味深そうに覗き込んでいる。ローブ姿には嫌な思い出しかないので、シズルは無視を決め込んで作業に戻った。


 しかしいつまで経っても男が立ち去る気配がない。


 一難去ってまた一難。

 またもや厄介ごとの気配がするが、仕方がないのでシズルは渋々顔を上げた。



「・・・何か御用でしょうか」



 年齢不詳のその男の白いローブは、よく見ると銀糸で細やかな刺繍が施されていて高価そうだった。顔はのっぺりしていてあまり特徴がない。細身の身体を足元までのローブで包んでいるので、白い棒が立っているようだった。

 ローブ男は、貼り付けたような笑顔でシズルに話しかけてきた。



「きみ、聖女様と一緒に来た異世界人だよね」



 どうやらこの魔法使いっぽいローブ男は、シズルの事情に詳しいようだった。上等そうなローブといい、ジークハルトの話していた『事情を知ることのできる、ある程度の地位にいる人間』なのだろう。



「そうですが」



「あっちの世界って、みんな魔力がないってホント?」



「そうですね」



「どんな感じなの? ちょっと調べさせて貰ってもいいかなぁ」



「お断りします」



 いいわけあるか、とシズルは心の中で抗議した。



「ここで何してるの? 遊んでるの? 何の役にも立たないから、辺境に捨てられたんでしょ? それを()()()()、役に立ててあげようって話なんだから、いいじゃない」




「生憎ですが、今はジークハルト様に仕事を頂いています。もし何か御用があるなら、雇い主であるジークハルト様か、その側近のシルを通して下さい」



 捲し立てるローブ男の相手が心底面倒くさくなったので、シズルはまたもやジークハルトに丸投げを試みた。これで引き下がってくれれば良かったが、どうやらこの男にも通じなかったようだ。


 ローブ男がにやにやしながら顔を寄せて囁いた。



「ふぅーん、異世界人ってのは随分強かなんだねぇ。そんなナリして、カラダを使ってジークハルト様の庇護でも受けたのかい?」



 そのにやけた顔に、問答無用で正拳突きをかました自分は悪くない、とシズルは思った。




 近くの椅子を巻き込みながら、大きな音を立ててローブ男が吹っ飛んだ。

 静かな図書館に突然響き渡った破壊音に、仕事中の文官たちが何事かと一斉に立ち上がった。遠巻きにする者、図書館を足早に出ていく者、様々な反応をみせた。


 シズルは筆記用具を片付けながら立ち上がった。

 ローブ男は見た目に反して意外と頑丈だったのか、鼻血がだらだら流れる顔を押さえて、のろのろと立ち上がり怨嗟を吐き出した。



「魔力も無い、只人がよくも」



 そう言うと、血まみれの顔から手を離して何やら唱え出した。

 長々と歌うように呪文を唱えながら、右手で空中にくるりと円を描くと、そこに魔法陣らしきものが浮かび上がった。


 なるほど、魔術を使おうというわけらしい、とシズルは冷静にその行程を観察していた。ただ長い詠唱じゅもんなので、半分以上何を言ってるのか分からなかった。


 突っ立ったままのシズルが恐怖で動けないと思っているのか、ローブ男は口の端を吊り上げた。



(はず)れの野蛮な異世界人が!」



 ローブ男が叫ぶと同時に、陣が輝き炎が出現した。周りで成り行きを見ていた文官たちがどよめいた。

 炎はバレーボール程の大きさの塊になると、シズル目掛けて一直線に飛んできた。



 シズルは慌てた。



 直前まで観察していたのが仇になった。いくら何でも、飛んでくる火の玉をまともに喰らっては堪らない。


 咄嗟に火の玉を避けようと、ボールを叩くように思わず手ではたき落としてしまった。すると、勢いよく叩きつけた火の玉が、床の上で拡散して消えてしまった。

 ローブ男が驚きの声を上げた。



「なっ?!」



 シズルは内心ほっと胸を撫で下ろした。床が少し焦げたようだったが、手は何ともなかった。どうやら魔術は失敗したらしい。

 びっくりさせられて、むっとしたシズルは憎まれ口を叩いた。



「図書館で火を使うとか馬鹿なんですか? 術が失敗して良かったですね」



 ローブ男が顔を羞恥に染め、もう一度魔術を使おうとさっきと同じ動作に入った。


 シズルは少し拍子抜けしていた。


 呪文を唱えて陣をく。冷静に考えると、この男の魔術は発動までに時間差タイムラグがあり過ぎる。シズル相手に詠唱が()()()()のだ。これなら、短い呪文で、さっさと身体強化している兵士の方が、よっぽど使えるとシズルは思った。



 シズルは一度確認出来たものを、もう一度観る気はさらさらなかった。

 また火炙りになるのも嫌なので、詠唱の途中でいつものように一気に近づいた。驚いて慌てているローブ男にラリアットを喰らわせ、背中から盛大に倒れたところで、その首を踏みつけた。喉が潰れ、耳障りな軽口も詠唱もその口から漏れることはない。

 シズルは、踏みつけた足に少しづつ体重を掛けていき、もがく男に向かって冷淡に言い放った。



「動くと首の骨が折れます」



 またもや、静まり返った図書館にシズルの声だけが響いた。

 そこでやっと、文官の誰かが呼びに行ったのだろう、複数の兵士が駆けつけて来た。

 その集団の中にシルベスタの姿もあった。


 シズルはその姿を確認してから、ゆっくりとローブ男の首から足を退()けた。そして何事も無かったように平然とその場に立った。

 足元には鼻血と涙で、顔をぐちゃぐちゃにした男が転がっている。

 近寄ってきた兵士たちは、唖然としてその現場を見ていた。



「お前は少しも大人しく出来ないのかよ」



「カッとしてやりました後悔はしていません」



 シズルがしれっとそう言うと、シルベスタは頭を抱えた。






 今度は図書館で騒ぎがあったようだ。


 ジークハルトは執務室で、シルベスタからその報告を受けていた。

 魔力はさほどでもないが、領地で抱える貴族出身の魔導士とシズルが一戦交えたらしい。


 図書館でその騒ぎに遭遇した文官が、慌てて警備担当の兵士を呼びに行った。先の兵士との一件を知っていたその兵士が、シルベスタを探し出し、共に図書館へ駆けつけた。

 騒ぎを起こしたシズルと魔導士は、それぞれ警備兵に連行され、別々に事情聴取を受けた。


 結局、武器も持たない女性に向かって、貴重な蔵書もある図書館内で炎の魔術を使った魔導士に非がある、ということになった。



 しかし血だらけになっていたのは魔導士の方で、そいつは身分を盾にシズルの厳罰を求めて(わめ)いた。だが目撃者全員が、図書館で静かに本を読んでいたシズルに、魔導士が執拗に絡んでいた事を証言した。その事もあり先に手を出したシズルだが、厳重注意を受けるのみになった。

 今頃は警備責任者に、こってりと絞られている事だろう。



「あいつが居ると飽きないな」



 ジークハルトは率直な感想を述べた。

 邸に連れて来て自由を与えた途端、この有様だった。側で控えるシルベスタは苦い顔をしている。



「慌てふためいた兵士がオレを呼びに来た時は、何事かと思いましたよ。現場は想像の遥か斜め上だったですけど」



「今度は魔導士をぶん殴ったんだってな」



「オレが飛んで行った時には、顔面血だらけの魔導士を踏みつけてました」



 その場面を思い出したのか、シルベスタは長い溜息を吐き出す。

 くつくつ笑うジークハルトを、笑い事じゃないとシルベスタが睨みつける。



「当のシズル本人はけろっとしてるし」



「俺も見たかったな」



 ジークハルトは本気で、その場に居合わせなかった事を悔やんだ。



「相手の魔導士は魔術を使ったらしいじゃないか。シズルはどうやって(かわ)したんだ?」



「シズルの相手は、火炎の魔術を使うやつだったんですが、どうやら最初の火炎弾は失敗だったみたいで。相手が二発目を撃つ前に、シズルが例の早業で近寄って制圧したとか」



「・・・ふぅん」



 ジークハルトは僅かに違和感を覚えた。

 魔力不足なら相手に届く以前に四散するし、そもそも術式に失敗したら発動しない。ふたりの距離は近かったと聞いている。軌道が逸れるほど離れてはいなかった筈だ。


 続けて話をするシルベスタが、若干愉快そうにジークハルトの反応を窺っている。



「シズルは魔導士の野郎に、色仕掛けでジークの庇護を受けたと言われてキレたらしいですよ」



「はぁ? なんだそれは。俺は清楚で、ちゃんと出るとこが出てる女が好きなんだぞ。俺の女の趣味が悪いみたいじゃないか。とんだ風評被害だ」



 ジークハルトが大いに抗議すると、シルベスタが呆れ顔で言った。



「気にするのはそこかよ」



「当たり前だ。これ以上モテなくなったらどうするんだ。それでなくても、碌でもない女しか寄ってこないのに」



 ジークハルトは本気で憤慨した後、気を取りなおして言った。



「何にせよ今回の一件で、シズルが実力で護衛官になったと、一気に周囲に知らしめることができて良かったじゃないか」



 シズルが認知されるのは問題ないが、無手で兵士の肩を外したり魔導士を血祭りにあげるような娘が、己の守備範囲などという噂が広まるのだけは是非食い止めたい、とジークハルトは真剣に思った。









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