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幻惑 「本当に望むもの」

げん−わく 「めをくらませ、まどわせること。心の底で本当に望むものがみえる」

 

 ほかの魔導士同様好きにやればいい。


 デュオはペンテにそう言ったが、そんなことを言われても、元々の小心な性格を一朝一夕に変えることなどできるはずもなく、ペンテはトリアに見つからないように、いつにも増して城の中をこそこそ移動していた。


 ミゼンの話の内容もペンテに重くのしかかっていた。


 話の内容の半分も理解できなかったけれど、デュオが気になると抱きついてトリアが探らせようとした『シズル』とかいう女性と、何か関係があるということはわかった。

 ペンテを『脅迫してお願い』したトリアにこのことを話せば、きっとその女性をどうにかしてしまうだろう。



「も、もしかしたらこ、こ、ころ・・・」



 そう思っただけでペンテは自分自身が死にそうになった。

 それにデュオが好いている女性を、そんな目に合わせるのは嫌だとも思った。

 でも黙ったままでいると自分がトリアに酷い目に合わされてしまう。


 そんなことをぐるぐる考えているうちに、心的負担ストレスが限界値をとっくに超え、ペンテは自分が何をしているのか、どこにいるのか、訳がわからない状態にまで追い込まれていた。



「こんなところにいらしたの?」



 真新しい深紅のドレスのトリアが、ペンテの前に満面の笑みを浮かべて現れた。いつもの温室で、いつものように盗み食いをしていたペンテは、果物に(かじ)りついたままゆっくり振り返った。



「このあいだのことは水に流して差し上げるわ、()()()



 ペンテは口の中のものをごくりと飲み込み、恐る恐るトリアに話しかけた。



「そうかい? それは有難いな」



 背中には滝のような汗をかきながら、つっかえないように慎重に、ゆっくり話をする。



 ペンテは今、自分自身にありとあらゆる眩惑サヴォンニの術を重ねがけして、自分自身を消し去り、『相手が心の底から望むものの姿』に幻視()えるような状態になっていた。



貴方(デュオ)が果物がお好きだとは知らなかったけれど、王家の専用のものを、勝手に召し上がってはいけないわよ」



 そう言って、少女のようにくすくす笑うトリアを見て、ペンテは微妙な心持ちになった。

 他の魔導士たちの憧れの美女にこんなに好かれているのに、デュオは何故あんなにもトリアを毛嫌いするのだろう。



 ペンテがじっと見ていると、トリアは不意に真顔になった。



「今日はきちんと()()()()()()くださるのね? デュオ?」



「あ、う、うん。トリアはき、綺麗だもの」



 先程までの柔らかい雰囲気が一気に消え去り、そのことに緊張したペンテは、いつものように言葉がつっかえてしまった。

 ()()()()()()()デュオの言葉を聴いて、彼女は素晴らしい笑顔を浮かべて()()()を見た。



「・・・貴方、デュオではないわね? ・・・ペンテ?」



 空気がびしりと鋭い音を立てた。







 先日、ミゼンに会ってもらうためにシズルに登城の打診をしたところ、シズル()()からはとても積極的アグレッシブな返答をもらったが、ジークハルトの大反対に遭いフロトポロス邸は随分と揉めたらしい。


 ルカの一件でシズルのその怒りが、王太子だけでなく城の魔導士たちにも向いていた為だが、そのルカ捜索の微かな希望でもある、シズルやザカリの力をなんとか有効利用する方法を、デュオはミゼンと一緒にシズルたちと話し合い、探りたかった。


 フロトポロス邸での話し合いの結果、結局シズルだけでなく、ジークハルトも含めた大人数での登城となってしまったため、表向きはバシレウスの義理の弟である、辺境伯とその従者一行の往訪(おうほう)ということになった。


 姻族(おとうと)としての、非公式な訪問ではあるが辺境伯の来訪ということで、城が俄かに騒がしくなった。ミゼンもデュオもほんの軽い気持ちでシズルを誘ったのだが、思いのほか大事になりそうだった。


 自分たちの話を盗み聞きしていたペンテを解放したあと、デュオはミゼン所有の特別な彼の(いおり)に移動し、そこで彼と久し振りに転移の間を破壊した、『反作用の盾』を肴に魔術談義をした。

 デュオは久々に充足し晴れ晴れとした気持ちで、ミゼンによって復元された転移の間で、先触れのあったジークハルト一行を待っていた。



 すると突然そこへ何者かが血相変えて飛び込んできた。



「助けて! 殺される!」



 そう言いながら、いきなりデュオの腰にしがみついてきたのは()()()だった。



 緋衣草(サルビア)の花のような(あか)い瞳に黒い髪の、抱き心地のよくない細っこい、いい匂いのする半分魔物の、口の減らない可愛げのない笑顔が子供のような女。



 ぎょっとしたが、頭の()()()()()()の部分がデュオに『否』と告げた。こんなことを可能にするのはひとりしかいない。



「・・・ペンテ、お前何やった?」



「来るから! 殺されちゃう! 怖い! 早く!」



 いつもとはうって変わって、すらすらと、シズルのなりをしたペンテが叫んでいる。デュオは眼鏡越しに、こちらに近づく異様な魔素を感じ取った。



 いつもは朝露を含んだような、煌めく深紅の薔薇のような美しい魔素が、枯れかけの薔薇のようにどす黒く滲んで、転移の間のすぐ側まで漂っている。


 トリアだ。



「デュオ、お願いだから! 助けて!」



 ()()()がデュオの腰にしがみついて、下から見上げるようにして緋い瞳を潤ませて懇願している。今まで感じたことのない、理解不能な感情が沸き起こり、デュオは頭がふらついたが『魔導士デュオ』が冷静に指摘する。

 ()()()()絶対にありえない行動で、ありえない光景だ。



「気色悪いから取り敢えず術を解けペンテ、ここから蹴り出すぞ」



 デュオが顔を顰めて言うとシズルはあっさりとペンテに戻った。

 デュオは内心ほっとしながら、何故ペンテが、自身が()()()()()()()シズルを、術に組み込めたのかは分からなかったが、それどころではない。

 どす黒いまでに深紅な災厄が近づいてくるのは、今は不味い。



「あら。()()()()デュオがいるわ。本物なのかしら?」



 災厄が妖艶な笑みを称えて転移の間に足を踏み入れた。デュオは腰にペンテを抱えたまま、いつにも増して顔を顰めた。



「さあな、今からここに客が来る。出てってくれ」



「そこの欺瞞者うそつきを渡してくれたら出て行って差し上げるわ」



 ペンテはデュオの腰にしがみついたままがたがた震えている。 

 この有様では、人目を忍んでこそこそはできても、とても他の魔導士のように堂々と、手前勝手に行動を起こすのは無理のようだ。デュオはペンテのあまりの怯えように思わず苦笑した。



「何されたか知らねぇが許してやれよ」



 初めて間近で見た、デュオの嘲笑以外の笑顔にトリアの毒気が削がれた。それにしても、とトリアは思った。

 わざわざデュオが出迎えるというのはどんなお客だろうか。



「・・・それはそうとお客様って、どなた?」



「お前には関係ない」



 トリアの窺うような質問をデュオはぴしゃりとはね退けたが、トリアはなおも諦めず質問を投げかけてきた。



「そういえば辺境伯から先触れがありましたわよね? 貴方のその、親しいとおっしゃる女性かた もご一緒されるのかしら」



 トリアのその粘っこい言い方に苛つき、辟易としたデュオは『反作用の盾』のことを持ち出して、その盾が跳ね返したトリアの魔術を(あざけ)った。



「てめぇに関係ねぇって言ってるだろうが。また吹き飛ばされ、ああお前は()()()()()()ところだったんだっけ? とても『拘束シンクラティシ』とはいえないがありゃあ大した術だったよ」




 デュオに鼻先で嘲笑(わら)われ、その時の痛みと恐怖と屈辱を思いだしたのか、トリアの笑みが引き攣り、激怒のあまりわなわなと震えだした。



「どうせその女も貴方と同じ下賤の者なのでしょう? たかが平民の分際で(わたくし)をそこまで虚仮にするなんて、その(アフティ・)(イゾイ・)で贖えっ(アポジミオシ)ペリシテレープステ・ピルガギア!」



「シィデドロヒィオ・カテギィダ・ディアボロス」



 デュオはトリアの声に被せるように、冷え冷えとした声で冷静に、最上級(ディアボロス)の呪文のひとつを唱えた。



 トリアが叫ぶと赤黒い高温の大蛇のような、渦巻く業火がデュオに襲いかかった。

 しかし魔力(ちから)に勝るデュオが放ったいくつもの雷がそれを寸断し打ち砕き、そのまま檻のようにトリアの周囲を囲んだかと思うと、轟音を響かせて身体を(かす)めるように落ちた。


 僅かながら身体のどこかに掠ったのか防御魔法の施された銀糸が、デュオのあまりの魔力の強さに耐えきれず全てが消し飛び、深紅のドレスまで裂けてしまった。


 銀糸の守護のお陰で肉体的な怪我はなかったようだったが、トリアは破れたドレスも気にせずその場に座り込んで恐怖に震えだした。

 ペンテはいつの間にか、ふたりの喧嘩ころしあいに巻き込まれないように、素早く壁際に避難していたが、彼もまたトリアに負けないくらいにがたがた震えていた。



()()()が欲しけりゃいつでもくれてやる。その代わり二度と俺にそのツラを見せるな!」



 デュオはトリアを見下ろしてそう吐き捨てた。


 平民だの下賤だの、いつもはそう呼ばれても何とも思わなかったが、今は何故か無性に腹が立った。


 普段は殆ど、視線を合わせることのないトリアを睨みつけていたデュオは、いきなり背後から膝裏を思い切り蹴られその場に倒れこんだ。



「綺麗なお姉さんに何やってんですかっ。やっぱり女性の敵でしたかこのエロ魔導士!」



 両手両膝をついた、四つん這いの状態でデュオが振り向くと、いつのまにか転移を終えたジークハルト御一行がぽかんと陣の中央に立っていた。


 どうやら転移が終わった直後にシズルがひとり、先に陣を飛び出してデュオに一撃くれたようだった。



「相変わらずなんて凶暴なやつだ」



 四つん這いのまま呆れたように言うデュオを無視して、シズルはトリアに駆け寄りその手を取った。



「大丈夫ですか? こんなに震えて。今から私があの外道を成敗してやりますからね」



 緋色の瞳を貴石のようにきらきら、というか()()()()輝かせてシズルがトリアの薄青の瞳を真っ直ぐ覗き込んだ。

 トリアは惚けた顔で、鼻息荒く宣言するシズルを見てぽつりと言った。



「・・・綺麗」



 どこかの誰かと同じ言葉を発したトリアに顔を顰めたシズルを、ザカリがすっ飛んできて即座に回収した。










 

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