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無名 「名前がわからないこと」

む−めい 「身元不明。やがて、わすれさられる」

 


「ミゼン、話がある」



「私もだ、デュオ」



 ふたりは僅かな時間を惜しんで、そのまま修復された転移の間で話を始めた。






 まずデュオが、ジークハルトの所で聞いた、シズルが魔物側についたといわれていたことの顛末をミゼンに話して聞かせた。


 静かにデュオの話を聞いていたミゼンだったが、『原初のミゼン』の現在についての事実を知るに至って、僅かに眉を顰めた。


 続けてデュオがずっと不安に感じていることをミゼンに尋ねた。

 異世界人のシズルの意識を乗っ取ろうとし、それが可能だったならば、『原初のミゼン』の姿を模倣し続けているこの世界の人間であるミゼンには、シズルよりも強く何らかの影響があるのではないか。


 ミゼンは静かに首を振った。



「姿かたちを模倣しているが、『原初のミゼン』と呼ばれるものと、一番初めの『魔導士ミゼン』は違うものなのだ。今、代々のミゼンが引き継いでいる知識はその魔導士ミゼンのものであって、オリジナルの『原初のミゼン』のものではないのだ」



 そうしてミゼンはミゼンの根源を語り始めた。






 太古の災厄の時、魔術を人に良きものとするため(ことわり)を創り、自ら肉体を捨て自身を犠牲にし、世界を平定した()()()魔導士がいた。


 災厄を生き残ったものはその魔導士を、『るもので無いもの』、『始まりで終わり』という意味を持つ『(ミゼン)』という名で呼び表した。


 そして生き残ったもののひとりが、その魔導士の姿かたちを受け継ぎ『魔導士(ミゼン)』と()り、在りし日の魔導士に敬畏けいいを込め、またその姿を見て過去の惨事を思い出し忘れぬよう、(いまし)めとしたのだ。


 そして災害後から永永(えいえい)と魔術の記憶を積み重ね、今の『魔導士(ミゼン)』がある。


 だが皮肉なことに『(ミゼン)』という名が独り歩きしてしまい、長い間に世界を平和に導いたその魔導士の本当の名前は失われてしまった。






「我々は『原初のミゼン』()()()()を受け継いでいるのではないのだ。『原初のミゼン』の姿を受け継ぎながらも、『魔導士ミゼン』が災厄以前の太古の魔術が使えないのはその為だ」



 それを聞いてデュオはひとまず胸をなでおろした。



「しかし人というものは、良いも悪いも刻々と変化するものだ。過去の出来事の教訓とされたそんな『(ミゼン)』も今では形骸化されて、この姿に過去の惨事の(いまし)めを感じるものなどいない。現在はこの姿はただ、魔導士の頂点という符丁(きごう)に過ぎなくなってしまっている。だが私はそれでも良いと思っているよ。いつまでも過去に囚われたままでなく、先に進む変化があっても良いのだ」



 そう言ってミゼンは微笑んだ。



「ただデュオ、お前の話を聞く限り『原初のミゼン』は変化(それ)を良しとしないのだろう。『原初のミゼン』は肉体を捨てたが、最終的に人であることを捨てきれていなかったのだな。人としての、変化を内包するその本質のせいで、『ミゼン』は長い間に本来の目的を忘れ、ただ人を管理することのみを目的とした『カノナス(支配するもの)』に変じてしまったのだろう。だから変化の兆しになりそうな、シズルという招聘者に手を伸ばそうとしたのだ。変化を嫌っている『原初のミゼン』そのもの自体が変じてしまうとは、なんとも皮肉で本末転倒なことだ」



「そういえば、そのシズルの使い魔が『ティポタ』というもののことを話していたな」



ティポタ(なにものでもないもの)か」



 何か思い出したのかミゼンが珍しく笑っている。



「ティポタなら私がミゼンになった時に『見物』にきたぞ」



 デュオは、ザカリがティポタのことを人間好きで悪戯をする、と話していたのを思い出した。



「アレは何もしない。ただ見ているだけなのだ。だが悪いものは寄せ付けず、払いのけてしまうから側にいれば守護にはなる。気まぐれなものだから捕まえるのは難しそうだがね」



 それを捕まえていたのに、シズルに逃がされたデュオは苦い顔をした。








「辺境伯には私が直接話したが、陛下の物病みは実は物病みではなく、陛下の体内からの魔素の流出が止まらず、枯渇状態にあったのだ」



 今度はミゼンが周囲に伏せていた事実をデュオに話し始めた。



「事が事だけに周囲には伏せられていたのだがね。私は陛下の魔素の補充の手助けのためこの場から離れられなかったが、私も私なりに陛下のそばで原因を探っていたのだ」



 ミゼンはバシレウスの不調の真相を、独自に探り当てていたようだった。


「ルーデリック殿下が、想定外の召喚術を強行した事が原因で、世界が揺らいだようだ。その揺らぎの原因の異世界人を、この世界に()()させるために、陛下の魔力がそちらに回されていたのだ。そもそも聖女召喚に王家の血筋が必要なのは、王家を通じてこの世界に異世界人を認識させ、定着させるためなのだ。招聘者ルカはルーデリック殿下が『聖女』と『認識して』この世界に定着していたが、招聘者シズルは王家のものには誰にも認められず、その存在は宙に浮いたままで、正にこの世界に『存在しないもの』だったのだ」




 ひどい話だ。

 シズルはあんな風だから、もしこの話を知ったとしても大して気にも留めないだろうが、召喚時の扱われ方といい、その後の『原初のミゼン』の件といい、厄介な事がまるでシズルを狙って降りかかっているようだ。



()()()()()()()がいることで世界が揺らぐ。世界はその揺らぎの原因が起きた、エデル国の象徴(シンボル)である国王(バシレウス)から魔力を引き出して、その揺らぎを抑えようとしたのだ。陛下から常に流れ出している魔素の軌跡を追うと、いつも辺境の方角に向かっていた。私はそこに招聘者がいることを思い出したのだ。そしてそのシズルという異世界人が、魔物によって『魔物(なかま)』として『認識』されこちらに定着したと同じくして、陛下の力の流出が徐々に収まったのだ。その異世界人(シズル)が、こちらの世界に定着するまでに使われたと思しき陛下の力の流出量からして、揺らぎは世界を維持するのが危ういほどのものだったのだろう。そのことから考えるに、シズルという娘は人間としての器も大きく、秘めた力も強いのだろう」



 デュオは考える。

 召喚された時、シズルが聖女として認識されていたら魔物になどならずに、人のままでいられたというのだろうか?

 もう過ぎ去ってしまった結果を、ここで何と言おうがどうにもなるものではない。

 召喚されたものが二度と元の世界に帰れないのと同じ事だ。



 ふと、何かを思いついたようにミゼンが言った。



「デュオ、私も一度、そのシズルという娘に会ってみたいのだが」



「構わないが、あいつかなり変わってるぞ?」



「デュオがそういうのならばその娘、相当な変わり者なのだろうな」



「ちぇっ言ってろ。そういうお前だって相当変わってる癖に」



 デュオの放言を微笑で(かわ)して、ミゼンが転移の間の出入り口に視線を向けた。



「それはそうと、デュオ。さっきからずっとペンテがこちらの話を聞いているのだが、どうするね?」



「はあ?」



「私が結界をはっているのでこの場から逃げ出せずに、さっきから泣きそうになっているのだよ」



 ミゼンは困ったように言うが、そもそも盗み聞きに気づいた時点でどうにかするべきではなかったのかと、デュオはミゼンを睨みつけた。



「ペンテ、デュオには乱暴なことは何もさせないから君の術を解くが、いいね?」



 ミゼンがそう言うと、転移の間の扉に涙目で張り付いているペンテの姿が現れた。



「ペンテ!」



「ご、ご、ごめんよデュオ。ゆ、許して」



 あまりの怯えようにデュオは鼻白んで舌打ちをした。




「・・・大方トリアあたりの差し金だろう。あの色ボケのくそ女」



「デュオ」



 ミゼンが(いさ)めた。



「まあいい。トリアに話すなり何なり好きにすればいいさ」



「ええっ?!」



「私としては、かなり繊細な問題を含むので他言は控えて欲しいが、判断は君に任せる」



「ミ、ミゼン様までそ、そんな。ぼ、私にそんなことは、判断できません!」



 冷や汗をかいて半泣きで言い募るペンテに、ミゼンは微笑を浮かべ静かに諭した。



「誰が何を言おうとも、君はちゃんとした五番目ペンテの魔導士なのだよ、ペンテ」



「そうさ、お前だって他の番号持ち(やつら)みたいに、自分のやりたいように好き勝手やりゃあいいんだ。やってもいいんだぜ?」



 魔導士の皮を被ったふたりの魔人が、色とりどりの綺麗な瞳でペンテを(そそのか)した。








 デュオがシズルに禍根(くちづけ)を残して邸を去った次の日、食堂でシズルはこれまでにないほど怒り狂っていた。



 時間は少し遡る。

 帰りがけに、シズルに余計な『挨拶』をして城へと去ったデュオが、その翌日、朝食の最中のシズルの目の前に再び現れた。


 それを確認した途端、シズルは拳を握りしめ、ほとんど脊髄反射で上からそれを力一杯叩き潰した。



「はっはー残念。魔導通信エピキノニアだから痛くも痒くもねぇ」



 手のひらサイズのデュオがへらへら笑ってシズルを煽った。

 思い切りテーブルを叩いてさすがに手が痛かったのか、シズルは悔しそうにデュオの魔導通信を睨みつけた。



「朝っぱらから何の用です? というか何故私のところに来れるんですか、これって私信専用(プライベート)の通信手段ですよね?」



「何言ってんだ、お前とは()()()抱き合った仲じゃないか」



 びきっと空気が鳴った。実際にはシズルの隣に座っている、ザカリの手の中の木製カップにひびが入った音だった。



「自ら寿命を縮めるためにわざわざ魔導通信を寄越すとは。てっきり生き汚い人だと思ってたので、自殺願望があったとは驚きです」



 シズルの周りだけ冷気が漂っている。



「デュオ、要件は何なの?」



 最近は殆どシズル、というかザカリと一緒にいるテッセラが、食堂にいる他の人たちを(おもんばか)って、仲裁のため溜息と共に口を開いた。これ以上騒ぎが大きくなると、またジークハルトの威圧を浴びながら食事をする羽目になってしまう。



「そうだった。シズル、城のミゼンがお前に会いたがっているんだ。こっちに来れないか」



 そう言われてシズルが気まずそうに黙り込んだ。



「・・・もうそこに行かない、って瑠花ちゃんに啖呵(たんか)切っちゃったから」



 顔を合わせ辛い、とぽそりと言った。

 行動的なシズルが自分でやらずに、他人のデュオに『守ってくれ』と頼んだ理由がわかった。しかし。



「あー・・・それだがな、ルカは今ここにはいないんだ」



「え? 何処かへ旅行中とかですか」



「言いにくいんだが、ルカは殿下が留守の間に、魔導士の足の引っ張り合いの駒に使われて、俺が転移した時に騙されたか放り込まれたかして、転移の道を逆走して行方不明に」



 そう言って説明をし始めたデュオの魔導通信に、今度は力任せの勢いでフォークが突き刺さった。が、すり抜けて卓に深々と刺さって、あまりの勢いにフォークは根元でぽっきり折れてしまった。



「赤毛のチャラ男の役立たずっ! 魔導士()()()の手綱も取れないで王太子の癖に権力の持ち腐れとか馬鹿なのか! 女子高生ひとり守れないなんて、やっぱり直接ぶちのめす! ついでに魔導士もぶっ潰す!」



「まあ取り敢えず来られるならそれでいいぜ」



 怒り心頭のシズルを目の当たりにしながらも、小さなデュオは我関せずの様子でのんびり言った。テッセラは取り敢えずデュオに忠告をしておくことにした。



「どうなっても知らないからね、ぼく」












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