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一対二 「喧嘩、ではない」 【挿絵あり】

いち−たい−に 「ひとりをふたりでボコること。喧嘩において一対一(タイマン)ではないこと」

 


 ヘイスとトリアが、何故デュオがここへ帰ってくるのがわかったか、と問うのは愚問だ。

 一番目のヘイスには、信奉者に近い子飼いの魔導士が国中の至る所にいる。それは辺境伯のところでも例外ではなかった。


 事実、以前ジークハルトの邸にいたシズルの所へ乗り込んできたルーデリックも、シズルの邸での行動をほぼ把握してた。あれは辺境伯(ジークハルト)のところの元貴族の魔導士が、シズルに倒されたことを根に持って、逐一城の五番目ペンテに報告していたからだ。


 ペンテは番号持ちの中でも変わり者で通っていて、他人の噂を収集しそれを面白おかしく吹聴するという悪癖を持っているが、またそれが意外にも貴族の情報収集に役立つということで、魔力以外で重用(ちょうよう)される魔導士という稀有な存在だったりする。

 シズルの『真実』がどこまでヘイスに伝わっているかはわからないが、少なくともミゼンは全て知っているようだった。



 それがデュオの不安を掻き立てる。



 辺境伯のところで聞いた話では、今の『原初のミゼン』はただの高潔な人物とは言い難かった。早くミゼンに会い聞きたいことが山のようにあったが、ヘイスとトリアは転移の間からデュオを逃す気はないようだった。



「デュオ、そういえば貴方、辺境伯のところに居たと聞いたわ。あそこで一体何をしていたの?」



「俺が何してようがお前には関係ないことだ」



 獲物を捕らえて逃さない食虫植物(サルコファーガ)が、(しな)を作って赤い口を開いた。デュオは嫌悪感を隠さなかった。

 続いて自己顕示欲の化け物が濃紺の特注ローブをはためかせてデュオに問う。



(われ)も知りたいな。何の用があって今更城へ戻ってきたのだ?」



「あんたに用あるわけじゃないのは確かだな。もう行ってもいいか? ここであんたらと世間話をしに来たわけじゃないんだ」



「あら、駄目よ。貴方の転移に巻き込まれて、ルカ様がいなくなってしまわれたんだから、ルーデリック殿下に申し開きをしてもらわないと」



 トリアが笑みを浮かべたまま意外そうに言った。



 正式に先触れを出して転移してきた者が、何故、申し開きをしないといけないのか。(とが)があるとすれば、稼働中の転移陣の逆走を指を咥えて見ていたトリアにこそあるのではないか。



「俺は正式な手順で転移してきたんだ。何故殿下に申し開きする必要があるんだ」



「正式? でも誰も先触れを受けていないわよ? 知らせも何もなくいきなり転移陣が稼働したから、何もご存じないルカ様が向こう側へ行けると勘違いなさって飛び込んでしまわれたのよ?」



 やられた。



 先触れを出した後、わざわざ転移時間の指定までしてきたのはこの為だったのか。デュオは(ここ)が、魔導士がどういうものかしっかりと思い出した。

 自分がここでどんな風に思われ扱われてきたのか、長く城を離れ『安全な』外の世界で暮らすうちに綺麗さっぱり忘れてしまっていたのだ。



「それはいかんなデュオ。転移の決まりごとはここ、城では特に遵守されねばならないものだ」



 シズルは召喚間もない頃に、この世界のことを殆ど知らず、只人で身を守る手段を何も持たず、事前情報もなし、先触れもなしの無い無い尽くしで、いきなり幽閉等へ飛ばされたとデュオは聞いている。

 そんなことを平気でやれる奴らが何を言っているのか。


 デュオは笑い出しそうになった。



「わかった。で? 殿下はいつ戻られるんだ?」



「さあ? いつだったかしら。ヘイスはご存じ?」



「さていつだったかな? 我も失念している」



 笑顔で会話を交わしているが、ふたりの目の奥に危険な気配がちらちらと見え隠れしてる。



 成る程。喧嘩(ころしあい)は一対一とは限らないということか。




 魔導士の喧嘩には怪我がつきものだ。だから魔導士は皆、ローブに防御魔法の込められた銀糸の刺繍をしているといえる。喧嘩といっても魔力の強いもの同士となれば、それは最早喧嘩の域を超えた、命のやり取りとなることもよくあることだった。

 デュオは今まで魔導士との『喧嘩』では負けたことがない。

 しかし番号持ちふたりに同時攻撃されたらさすがに防ぐのは骨が折れそうだな、とデュオは緊張感を悟られないように思考を巡らせはじめた。


 そういえばシズルが何か変なことを言っていたなと思い出した。『防御は最大の攻撃』とか。相手の攻撃がそのまま相手に返る『作用反作用の法則』とか。


 魔術とは既存の呪文の組み合わせでやれることは無限だ。

 ただそれを行うためには強力な魔力が必要になる。幸いなことにデュオは二番目(デュオ)だ。この国の数多の魔導士の中の二番目というのは伊達じゃない。


 『目隠しの霧をオミヒリ・ティフィロタス深く発生(・ミスティ・パルシア)』させ『反作用の盾を廻らせアスピーダ・アンティデラシ・スウェイ』ふたりの攻撃を蹴散らして『跳び(メターバシ)』外へ出る。



 頭の中で術式を組み立てながらデュオは呼吸を整えた。



「オミヒリ・ティフィロタス・ミスティ・パルシア」



「あらあら、こんなものでわたくしたちと隠れ鬼でもするつもりなのかしら」



 デュオが発生させた霧で視界が悪くなった中、トリアがくすくす笑った。



 自己顕示欲が強く、自己愛も人一倍な目の前のふたりの魔導士はど派手な魔術が大好きだ。

 しかし視覚的に派手な魔術が必ずしも強力なものとは限らない。次の一手のための時間稼ぎなら、地味な術でも充分役に立つ。

 ぶっつけ本番の新しい術式のために、どれくらい魔力が消費されるのかわからないデュオは、ヘイスとトリアがいきなり強力な魔術でこちらを攻撃できないよう、取り敢えず視界を奪った。



「じっとしておれんのなら拘束もやむを得まい」



「まあそれなら、(わたくし)ちょうど良い術式を開発したばかりですの。彼で試してもよろしくて? ヘイス」



 何故ヘイスに確認を取るのか。

 試される側の自分に確認しろよとデュオは思ったが、こちらもたった今構築したばかりの、新しい術式を試せるということだと自分を納得させ、トリアのむかつく発言を我慢した。



「拘束するだけだけれど、魔物で試したら術が強すぎて潰れてしまったの。加減はするけれど怪我したらごめんなさいね、デュオ」



「トリア、心配せずとも我ら魔導士なら、銀糸の防御術が使えるではないか。そうだな、簡単に避けられてもつまらないから、我が足止めを手伝ってやろう」



 霧が晴れ、視界が戻ったヘイスは、ローブも銀糸も何もないことが充分わかる軽装のデュオを前に笑いながら言った。



「ミ・ベラセキ・アポエキ」



「シンクラティシ・シヴィエシィス」



 ヘイスとトリアが同時に呪文を唱え出したが、デュオはふたりが口を開いた瞬間、最初の一音が発せられる前に新作の術を発動させるべく呪文を唱えた。



「アスピーダ・アンティデラシ・スウェイ!」



 デュオは唱えながらトリアの呪文の中に『圧縮シヴィエシ』が含まれているのを聞き取って呆れ返った。

 物とは違って生き物の構造は複雑なのに、そんなものをかければただですむはずがない。実験した対象の魔物も、最初から捉える気などなかったということだ。

 それは勿論デュオに対してもだ。



 デュオの『反作用の盾』の効果は絶大で、術を跳ね返されヘイスがその場に立ったまま石のように動かなくなった。



 そしてトリアの絶叫が転移の間に響き渡った。







 デュオはヘイスとトリアの攻撃を、シズル謹製デュオ監修の『反作用の盾』で弾き飛ばすことができたが、初めての術式で力加減がわからず必要以上の魔力を使ったため、盾どころか最終的に見えない巨大な壁になり、その巨大化のあおりを受けて転移の間のひとつがめちゃくちゃになってしまった。

 隙を見て一旦他所(よそ)へ飛ぼうと思っていたが、その思惑が外れ王城の中を走り回って逃げるほかなかった。


 王城の転移の間を出てミゼンの元へ向かおうとしたが、デュオたちの起こした騒ぎで王の側の警備が魔術レベルで強化されてしまい、生半可なことでは王の側にいるミゼンの元へいけなくなってしまった。



 庭園の温室の影に隠れてこれからのことを思案していると、そこへ小太りのローブ男が、何やら辺りを気にしながらやってきた。

 その男はデュオに気づかず温室の中に入ると、王族専用として丹精込めて育てられている異国の果物をもぎ取って、あたりを伺いながらいきなり食べ始めた。

 デュオは食べるのに夢中な男の背後から気配を殺して近づき、いきなりその肩を抱くようにして声をかけた。



「よお、五番目ペンテ相変わらずだな。盗み食いは美味いか?」



挿絵(By みてみん)



 ペンテは飛び上がらんばかりに驚いたが、あいにくがっちりとデュオに押さえつけられていたため、その手から食べかけの果物を落とすにとどまった。



「や、やあデュオ、いつ帰ってきたの? びっくりしたな。げ、元気そうで何よりだよ」



 デュオの帰城の情報を言い触らした張本人が、白々しくにこにこと愛想よく話かけてきた。



「ああ。この通りピンピンしてるよ、おかげさまでな。さっきはヘイスとトリアに危うくこの世界から消されそうになったけどな」



「へ、へぇ、そうなんだ。無事でよかったね」



 ちっとも無事ではない。魔導士同士の喧嘩(ころしあい)はいざ知らず、このままではデュオは謂れのない罪で追い回されるお尋ね者になってしまう。



「お前俺が今日、いやもっと前から、城へ帰ってくるのを知ってたろう?」



「えっ? い、いや、その」



「別に責めたりしねぇよ、秘密にしてたわけじゃないしな。それより、今日ここへ帰るのに先触れを出してた筈なんだが、聞いてないか?」



「ええっと」



 デュオはペンテの肩を掴む手にぎりぎりと力を込めた。その部分が心なしか熱くなっている気がして、ペンテは真っ青になった。



「悪いなペンテ。今ちょっと気が立ってるから、ついうっかり危ない呪文を口走るかもしれないなぁ」



「し! 知ってるよ、デュオからちゃんと先触れがあったことは。実際に受けたのは今月転移の間を担当してるヘイスんとこの魔導士だよ」



 デュオは舌打ちをした。

 ヘイスの子飼いの魔導士では証言は望めない。



「お前、眩惑サヴォンニ、得意だったよな」



 ペンテは噂の収集癖があり、それを振りまいて噂に右往左往する人間を観察するのが生きがいなだけあって、『誤認(シナゲレモス)』『錯覚(シンセト)』『錯誤(ラソス)』『幻惑(イラシオン)』といった認識や知覚を操り人を混乱させる術式が得意だった。



「その担当の魔導士の代わりに、ちょっくら証言してくれよ。俺がちゃんと先触れを出した上で城に帰って来たってことをよ」



「ええっ?! 嫌だよ」



「・・・何だって? 聞こえねぇな」



 ペンテの肩が今度は凍りそうに冷たくなった。










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