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組紐 「約束の、プロミスリング」 【挿絵あり】

くみ−ひも 「魔法の銀糸とザカリの毛でできている。約束のプロミスリング」



 靴はないものの『装着の組紐』は完成して、シズルはその出来栄えを面白がって、さっきから何度もザカリに人から魔狼、魔狼から人へと変化(へんげ)をさせている。



「変身の時叫ばないところが本家的には減点かもしれないけど、元々魔物は魔力の発動に呪文要らずだもんね。テッセラ君、本当に凄いよ!」



「シズルウレシイ、ザカリウレシイ。テッセラ、イイマドウシ」



 大喜びのシズルの様子に、ザカリも嬉しそうになんども変化を繰り返している。

 くすぐったい気持ちでその様子を眺めていたテッセラだったが、魔導士としては不完全なものを完成品として渡すことには抵抗があった。



「そんなに喜んでくれるのは嬉しいけど、やっぱりもう一度靴も組み込んで作り直すよ。いや、材料はまだあるからもう一つ作るかなぁ」



「え? また作れるの?」



「一度構築できたものは何度でも可能だよ。寧ろ二回めからの方が楽かも。それに魔物のザカリなら魔力さえ組紐に通せれば、多少複雑な術式になっても長々とした呪文も要らないしね」



 それを聞いたシズルがにんまりと、とても上品とは言い難い笑顔でテッセラに迫ってきた。



「じゃあさ、私用にも作ってよ」



「シズルは別に必要ないだろ?」



「何言ってんの。魔法少女的な変身は女の子の憧れ、子供の頃に一度は夢見るもんです。それにこの世界ではまだ経験してないけど、寒い朝とかお布団に篭ったまま念じるだけで着替えができるとか、素晴らしく最高じゃないの」



 シズルは力説して、自分用もぜひ作ってくれとテッセラに強請っている。



「夢とか憧れとか関係ないよね、それ」



 テッセラは開発までのあの苦悩は一体なんだったのかと呆れかえって呟きながら、そういえばシズルは自分のことを『恩恵だけを甘受している一般人』だと話していたのを思い出した。



 シズルとザカリを朝食に誘いに来て、開け放たれた扉越しにテッセラとのやりとりを見ていたシルベスタは、やっぱりシズルにかかるとどんな魔術もただの便利道具に成り果てるのだな、としみじみと実感していた。








 デュオは客間の寝室で眠り込んでいた。

 なんだかよく分からない、異世界の魔術道具を作っていたテッセラの手助けをした為に、徹夜を余儀なくされていたからだ。

 ぐうぐうと気持ちよく熟睡しているところへ、突然声が響いた。



「デュオ何をしている、起きたまえ」



 半分ほど覚醒した頭で即座に声の主は理解(わか)ったが、気づかないふりをしてそのままでいると、声の主は更に言い募った。



「寝たふりをするものではない。こちらに来ると話してから随分日数が経っている。一体どうしたのだ」



 さすがにミゼン相手では誤魔化せないようだった。デュオが仕方なく寝台の上で寝返りをうち目を開けると、正に目と鼻の先に手のひらほどのミゼンの魔導通信(エピキノニア)が立っていた。



「・・・いくらなんでも近すぎる」



 デュオはむくりと寝台に起き上がり、胡座をかいてミゼンに向き合った。



「そっちに転移をしようとしたんだが、ちょっと転移元で変事があって、無作為転移をする羽目になったんだ」



「それでフロトポロス領へか」



 そう言ってミゼンの魔導通信は考え込んだ。



「どうも最終的に物事がそこへ集約されているようだ。それはともあれ、とっくに転移陣を使用できるまで魔力が回復しているのに、そこに居座るのは何か理由があるのか?」



「まあいろいろ興味を引くものが多くてね」



「裏で動くのを得意とする慎重派のヘイスも、さすがにテッセラの帰還が遅いのを気にし始めて、何やら画策しているようなのだ」



「あのおっさんもなぁ。一番なんだからそれで満足できないもんかね」



「その上が欲しいのだろう。人間は一旦欲を抱くと際限がない。私も君も望んで成った立場ではないというのに皮肉なものだ」



「じゃあくれてやれよ。それで昔みたいに、面白いものを追っかけてふたりで世界中を廻ろうぜ」



 デュオの言葉に半透明のミゼンが薄く微笑んだ気がした。



「そうできれば良いが、人は色々なものに縛られているからな」



 ミゼンのその言葉に、ここで放し飼いにされている魔物たちのことがデュオの頭をちらりと過った。



「あと一日待ってくれ。テッセラから聞きたい話があるんだ。それが済んだらすぐに城へ行く。今度は普通の転移だから魔力の心配はないし着き次第、城の只人に会いに行く」



「了解した」



 そう言ってミゼンは消えた。



 ミゼンとの会話で思い出したが、今の状況に陥ったのは使い捨ての転移陣を作動した時に、いつもと様子の違うセラスに出くわしたことが原因だった。

 デュオは小物入れからセラスを封印したガラスの小瓶を取り出し、目の前にかざして中身を確認してみたが、こちらのセラスには異常がないようだった。見慣れた緑の燐光を発しながら揺蕩うセラスを見て、ほっと一安心してガラスの小瓶をベルトの小物入れに戻した。

 すっかり目が覚めてしまったデュオは、急に空腹を感じて寝台から抜け出し食堂へ向かった。







 シズルたちは食堂に行き、いつものようにガストロから皿を受け取る。

 シズルは緋く変わってしまった目を特に隠すことはしていない。邸の住人たちは、魔獣と主従契約をし尚且つ噛まれたことで、魔力を持たない只人だったシズルが魔物の魔力の影響を直接受け、そのことで瞳の色が変化してしまったものだと思っている。正確ではないが、あながち間違いということでもないので住人たちの誤解はそのままにしている。


 食堂では今は当たり前のように、食事を摂らないはずのザカリの分も用意されている。



「ありがとうございます」



「アリ、ガトウ」



「おう」 



 シズルの真似をするザカリは、ガストロに礼を言うとシズルを振り返り頭を下げて()()()()催促をする。シズルは無表情でザカリの頭を撫でるが、その目は死んでいる。撫でられたザカリはご機嫌で、皿を持ってシズルの後をついて行くのをガストロたち食堂で働く面々が生温かい目で見送っている。


 これももう食堂では見慣れた光景になっていて、ザカリは殆ど青年の姿のままいつも雛鳥のようにシズルの後をついて回っている。その行動がいつの間にか凶暴な魔狼の印象を薄れさせ、邸の住人たちがザカリを自然に受け入れられるようになっていった要因のひとつになっていた。



「その組紐だけど、普通に旅の時の旅装の収納なんかに使えないのか?」



 (テーブル)に着いて朝食を摂りながら、シルベスタが隣に座っているテッセラに問いかけた。



「無理。作るのがすっごく面倒くさい上に、人の魔術で展開させようとするともう呪文どころか詠唱が必要になるよ。着替えの度に詠唱して魔力消費するくらいなら、普通に着替えた方がまし」



「そうかぁ」



 それもそうだよな、と納得するシルベスタとは違い、シズルはずいっと身を乗り出して正面に座るテッセラに言い募った。



「だ・か・ら、私ならその詠唱が必要ないんだから」



 そんなシズルにテッセラは呆れ顔で説明をした。



「シズルは根本的なところで間違ってるよ。ザカリは装着前は全裸だよ? 解除したら毛皮の魔狼に戻るけど、シズルは装着解除したら裸だよね? まさか服の上から服を装着するとか言わないよね? それって本末転倒だから」



「うぐ」



「シズル、ケガワナイ」



 シズルの隣のザカリも頷いてテッセラと同意見のようだった。シルベスタも笑ってシズルに進言した。



「まあ無精せずに普通に着替えるんだな、シズル」



「ファンタジー世界の癖に夢も希望もないとは」



 シズルは悔し紛れに行儀悪くがじがじとスプーンを齧った。



挿絵(By みてみん)



 四人がわいわいやっているとそこにデュオがやってきた。その姿を見た途端にシズルの機嫌が急降下する。シズルは決して温厚な性格とは言い難いが、いくら初対面が最悪だったとはいえ、ひとりの人間をこれほど執念深く毛嫌いするのは珍しいとシルベスタは思っていた。


 デュオは茶化すように嘲笑(わら)いながら声をかけてきた。



「朝っぱらから雁首そろえてどうした? 失敗でもしたのか」



「してませんよ。あっち行ってください」



 シズルはデュオに対し、しっしっと手で払う仕草をしている。



「服にばかりに気を取られてて靴のことを綺麗さっぱり忘れてたんだ」



 テッセラは、失敗だったわけではないが完全に成功とは言い難いと、デュオに正直に本当のことを話した。デュオは意外にも真面目な顔でふむと眼鏡を押し上げた。



「靴か。俺もそこまでは気が回らなかったな」



 そう言いながらテッセラの隣にどっかりと腰を下ろした。



「それよりせっかく面子が揃ってるんだから、交換条件の例の話をしてくれよ」



「ここで?」



 テッセラはそう言って、ちらりとシズルに視線を寄越すとシズルは溜息を吐いて頷いた。



「構わないよ、テッセラ君。どのみち番号持ちの高位魔導士なら、私の事情は多少なりとも知ってるだろうし、例の力のことで私をどうにかしようとするんなら対抗措置を取るまでだし。シルもそれでいいですか?」



 対抗措置、の言葉にシズルがザカリと混ざった夜のジークハルトの言葉を思い出して、シルベスタの顔が僅かに強張った。それに気づいているのかいないのか、シズルは正面から真っ直ぐシルベスタに視線を合わせ、今度は目覚めた時のあの顔でにやりと笑った。



「シル、もしもの時はまずどこかに隠遁しますよ、()()()()()()



 仙人、の言葉にシルベスタは苦笑した。

 シズルとシルベスタのやり取りの、()()()()()のわからない魔導士ふたりは怪訝な顔をしていたが、シズルが『こちら(人間)側』と対立せずに済むような方策を模索する気があるようで、シルベスタは取り敢えずほっとした。



「プロイプシ・ティディアロイ・フォニスフラグマ」



 テッセラが呪文を唱え、(テーブル)のひと区画に結果を張った。



「周りに漏れるとちょっとまずい感じの話だから、あんまり大声出さないでね」



 テッセラはデュオに、シズルが魔物となるまでのことをかいつまんで話し始めた。










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