変態 「テッセラの成果」
へん−たい 「異常性欲ではない、姿かたちが変わること」
デュオは混乱していた。何もない部屋の真ん中に、いきなりシズルとザカリが現れたのだ。
シズルは心の底から軽蔑したような視線をデュオに向けて言い放った。
「痴漢からひとでなしに転職ですか。落ち着きのない野郎ですね」
シズルの口撃を受けて、どうにか混乱から立ち直ったデュオは負けじと言い返した。
「ふん、どうせお前だって、力づくでテッセラにいうことを聞かせてるんだろうに」
「失礼なひとでなしですね、そんなことしませんよ。大体、私は争い事は嫌いです」
どの口が言うんだと、塔での急所攻撃や先日腕に火をつけられたことを思い出したデュオは苦い顔をしたが、すぐに悪い笑みに変えてシズルに言った。
「へえ。そこまで言うなら大人しくしてろよ、今までの礼をしてやる、アストゥラピ・マザ」
デュオの手の中に雲のようなものが出現し、それがぱりぱり音をたてながら雷光の塊になった。シズルはそれを見ても何ら動じる事なく、デュオを鼻で笑ってさらに煽った。
「また離れたところから魔術で相手を甚振るんですか、テッセラ君にしたみたいに。ひとでなしの卑怯者らしいですね」
「うるせぇ! 俺だって肉弾戦は得意なんだよ!」
そう叫びながら、デュオは手の中に雷を握り込んだままシズルに飛びかかり殴りつけた。が、その手がシズルに触れる寸前、デュオは見えない何かに体ごと弾き飛ばされ、窓の側の壁際まで吹っ飛んだ。デュオと一緒に弾き飛ばされた雷の塊が手から離れ、吹き飛ばされたそのままの勢いで窓を突き破って、ガラスの破片を撒き散らしながら大きな閃光と雷鳴と共に空に消えた。
「専守防衛ですよ、防御は最大の攻撃です。ってあれ? 違ったっけ。とにかく、争い事が嫌いだからってなんで黙ってやられなきゃいけないんですか。馬鹿ですか馬鹿なんですね」
「マドウシ、アタマワルイ」
シズルの言葉にザカリが真面目な顔で頷いてから、テッセラに振り向いて近寄りその正面に立った。
ザカリはアディスがいつもシズルにするのを真似るように、優しく微笑んでテッセラの頭をそっと撫でた。
「テッセラ、イイマドウシ。ダイジョウブ」
大きな手に頭を撫でられながら、目を丸くしてザカリを見上げていたテッセラは、ぽろりとなみだをひと粒零した後、堰を切ったように泣き出してしまった。褒めたつもりが泣き出され、ザカリがおろおろしている。
シズルはそれを見ながら溜息を吐くように言葉を吐き出した。
「心の作用を切り離した魔術を使うからって、本当に人の心までどこかに置きざりにするとか、全く魔導士は救いようがない」
壁際に叩きつけられた状態のまま床に座り込んでいたデュオが、傍目も憚らずわんわん泣きだしたテッセラを見てばつが悪そうな顔をしていた。
騒ぎを聞きつつけたジークハルトとシルベスタが客間にすっ飛んできた。
窓ガラスが割れ床が凍り、倒れた机や散乱した資料で騒然としている客間を見て、一瞬で元凶を判断したジークハルトは迷わずシズルの頭に拳骨を落とした。
「痛い! 酷い! 推定無罪ですよ、しかも今回私は手を出していません。冤罪です!」
ジークハルトは窓際のデュオに視線で問いかけた。
「ホントですよ。そいつは一切手を出してません」
客間にはテッセラのしゃくり上げる音が絶え間なく聞こえている。そのテッセラの頭をザカリがずっと撫で続けている。
「ただいきなり部屋に現れて、手も足も使わず俺を弾き飛ばしたんですけどね」
デュオの証言に、ジークハルトは取り敢えず力を込めずにシズルの頭を掴んだ。すると上から見下ろされているシズルの視線が泳いだ。
「部屋への『瞬間移動』はザカリの力を借りました。ザカリは一番初めにここへ来た時、いきなり裏庭に現れたじゃないですか。あれですよあれ。それとひとでなしを弾き飛ばしたのはバリアー、えっと障壁? みたいなもので身体強化の発展型で攻撃系統のものじゃないです。私の身体のまわりに作った壁にぶつかった力が、そのまま相手に返っただけなので、作用反作用の法則ってやつですね。ですから厳密には私は一切手は出してません。ようするに殴りかかってきたひとでなし野郎の自爆です」
その自信満々の答えにどこからどうつっこめばいのか分からず、思わずシズルの頭を掴んでいるジークハルトの手に力が入ったが、断じてわざとではない。いつものようにシズルの悲鳴があがった。
「瞬間移動? バリアー? 何の話だ」
初めて聞く言葉にデュオの眼鏡の奥の瞳が好奇心できらりと輝いた。テッセラが鼻をぐしぐし言わせながらシズルに尋ねた。
「それって例のあれだよね?」
「そうあれに似たやつ」
短い会話で分かり合うテッセラとシズルに焦れたデュオが叫んだ。
「なんだよ! テッセラお前は知ってんのか? 俺にも教えろよ!」
デュオの言葉を聞いてテッセラが魔導士の顔になった。真っ赤な目のまま胸を張りデュオに先ほどの返礼をした。
「人にものを頼む態度じゃないよね、それ」
ぐ、と言葉に詰まったデュオにテッセラは交換条件を持ちかけた。
「ぼくに圧縮のコツを教えてくれたら教えてあげる」
まだ頭を撫でているザカリをそのままに、テッセラは目と鼻の頭を赤くしたままにやりと笑った。
テッセラとデュオを客間に残してシズルたちはその場を去った。シルベスタが感心したようにシズルに話しかけてきた。
「よくあのふたりが揉めてることが分かったな」
「ザカリですよ。ほら、術のためにテッセラ君にザカリの毛を一房渡したじゃないですか。テッセラ君があれを持ってたから、ザカリが彼に異変が起きたことを感じたみたいです。私はザカリがテッセラ君のところに『跳ぶ』のに便乗したんです」
「ザカリはいつの間にテッセラと仲良くなったんだ?」
「テッセラ、ツクルタノシイ、コワスイヤ、ハナシタ。テッセラ、フクツクル、ヤクソクシタ」
「そう、頑張ってるもんね」
「へえ、そうなんだ。それで助けに行ったのか」
「テッセラ、イイマドウシ」
シズルとザカリ、シルベスタの呑気な会話を聞いていたジークハルトが呆れた声で言った。
「お前ら和んでる場合か。俺は邸を壊されたんだぞ。というかシズル、お前の『壁』がデュオを弾き飛ばしたんだったな」
なんだか雲行きが怪しくなってきたと察したシズルが、胡散臭い商人のように手揉みしながらジークハルトにお伺いを立てた。
「えーっと、修理代金はひとでなし野郎と折半でお願いできますか? できれば本当は七三がいいんですけど」
「お前が七か。安心しろ、ちゃんと給金から差し引いといてやる」
「酷い、何故?!」
ジークハルトの無慈悲な言葉がシズルを打ちのめした。が、シズルはすぐに立ちなおって珍しく微笑んだ。
「でも瓢箪から駒? 嘘から出た誠? なんだか本当に、ザカリの変身の術が完成しそうで喜ばしいです」
「テッセラへの嫌がらせで言ったんじゃなかったんだな」
「確かに最初はそれもありましたけど、できるに越したことはないですよ。魔狼から人への時の全裸も大問題ですけど、なにせ人から魔狼になる時には服がばりーんと破れてたんです。でもさすがに毎回それじゃあ衣装代もばかにならないので、就寝前には別室に移動して着ている服を脱ぐように命じて、そこで魔狼に変化を済ませてから寝室に来させるようにしてるんですけど」
シズルはむうっと顔を顰めてぼそりと言った。
「毎回途轍もなくイケナイことを命令してるようで微妙な気持ちになるんです」
美丈夫の青年に服を脱いで寝室に来るように命じる女。
確かに詳細を省いた場合の字面がなんともいかがわしい。
ぶふっ、とジークハルトとシルベスタが同時に吹き出した。ザカリはふたりが何故笑うのか分からずにきょとんとしていたが、シズルの顔はますます顰められることになった。
静けさの戻った客間で、割れた窓から入る風に吹かれながらデュオはテッセラに尋ねた。
「それで、何をどうしたいんだ?」
テッセラはシズルから依頼を受けた、魔法少女たちや戦隊の『異世界の秘術』件をデュオに説明した。
「んだそりゃあ。異世界じゃあそんな事してんのか、変わってんなぁ。まあいいや」
デュオはそう言いながらも興味を惹かれたのか、テッセラにこれまでの経過を詳しく聞きはじめた。
自尊心の塊と言われる高位の魔導士ふたりが、顔をつき合わせひとつの作業をするという、世にも珍しい光景が深夜まで繰り広げられることになった。
日が昇る頃に漸く形になったそれは実装実験をするのみになった。朝食の時間も待てずにシズルの元に向かおうとするテッセラをデュオは欠伸をしながら眺めていた。
「ひと眠りしてからでいいんじゃないか?」
「うんでも今ならまだザカリが魔狼のままなんだ」
「俺はひと眠りするわ。あと約束忘れんなよ」
そわそわと落ち着かないテッセラを見て、デュオは好きにしろと片手をひらひら振ってみせた。客間を出ようとしたテッセラは一旦立ち止まり、
「ありがとうデュオ」
そう言って客間を飛び出して行った。
目を丸くしてそれを見送ったデュオは、苦笑したあと欠伸をしながら寝室へ引っ込んで行った。
テッセラは術の篭った注文品を持って、一直線にシズルの私室に向かった。部屋の扉が見えた途端、叩くのももどかしく開放の呪文を唱えそのまま入室した。
「シズル! ザカリはまだ魔狼のまま?」
「だから鍵かかってましたよね?」
部屋に飛び込んできたテッセラに、シャツのボタンを留めながらシズルが溜息混じりに言った。
「知ってると思いますけど、ここは女性の部屋なんですけど」
「まだなんだね」
そう言ってシズルを無視して、ザカリが居る寝室へテッセラが飛び込んで行くと、直後にぎゃわんとザカリの悲鳴が聞こえた。シズルがザカリの悲鳴を聞いて寝室に入ると、テッセラがザカリに馬乗りになって何やらやっているところだった。
テッセラが準備したのは細長い紋様のある紐状のもので、それを前足に結びつけようと躍起になっているようだった。
ザカリは寝起きにいきなり突撃され、その相手がテッセラとわかって反撃もできず、シズルを見てぴすぴす鼻を鳴らしている。
「できた。ザカリの毛と銀糸を縒りこんだもので、ローブの素材も使って作ってあるから、ザカリの魔力を流せば思い通りに作動するよ。魔導士が使う魔力が込められるほど丈夫な銀糸だから、大抵のことでは切れないからね」
紋様の紐をつけられ、ほら早く、とテッセラに期待を込めた目で急かされて、ザカリはのっそり立ち上がって一度肢体を震わせた。
するといつも変化の時に見られるように体全体が光ると同時に、腕につけられた紋様の紐からも光の粒子のようなものが湧き上がり、体からの光と一緒に混ざって全体に拡がった。
一瞬の輝きが収まると、そこには全裸ではない平凡な白いシャツと黒いズボン姿の普通のザカリがいた。
「おー! 凄い! やったね、テッセラ君!」
シズルが知る特殊効果ほどの派手さはないが、充分感動的ではあった。シズルはひたすら感心していたが、ザカリの全身を調べていたテッセラは渋い表情をしてぽつりと呟いた。
「・・・靴がない」
それってどんなオチ? とシズルは心の中で呟きながら、がっくりとその場に両手をついたテッセラのその肩を、優しく叩いて慰めた。




