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銀糸 「テッセラとザカリを繋ぐもの」

ぎん−し 「魔法の糸、魔力を込めることが可能。テッセラとザカリ繋ぐもの」

 


 けだものが泣いている。

 そもそも、その姿かたちと中身の年齢が合っていない。

 大きな大人の男の姿の癖に、幼児のようにべそべそ泣いている。


 もの凄く鬱陶しい。テッセラは顔を顰めた。






 シズルに聞かされた『異世界の秘術』がなかなか成功しないことに、テッセラは今まで経験したことのない気分を味わっていた。


 テッセラはこの国で『(ミゼン)』を除いて、四番目に強力な魔力を持つ魔導士である。年齢も魔導士の中では群を抜いて若い。足りない経験は強い魔力のごり押しで補ってきたし、どんな魔術でも使いこなせるという自負もあった。


 しかしそれは既にある呪文や魔法陣を使いこなすという話で、自らが新しい魔術を開発したことは未だなかった。今回のシズルの『宿題』に飛びついたのは、単に攻撃魔術の封印を解くためではなかった。新しい魔術を自分で開発したとなれば、年齢が低いことで自分を侮る、ほかの番号持ちの魔導士たちの鼻が明かせると思ったからだった。


 テッセラは気が進まなかったが、ザカリと名付けられたけだものと実験を重ねていたのだ。

 いつもシズルにべったりとへばりついて、実験の時も必ず一緒にテッセラのところにやってきていたが、今日は領地にある塔で何かあったらしく、ジークハルトに話を聞いてくるからひとりで行けとシズルに言われたらしい。



「ハヤクスル。シズルマッテル」



「お前に言われなくても分かってるよ。けだものには分からないだろうけど、呪文ていうのは繊細なんだぞ」



「マドウシ、アタマワルイ」



 そういってザカリはふいっとそっぽを向いた。

 大きな体で大きな態度をするこのザカリの正体は魔狼(ヴォロリュコス)だ。



 この世界に人間を擬態する対象に選ぶ魔物はあまりいない。今までテッセラはそれに疑問を持ったことがなかったが、このあいだの『原初のミゼン』の話を聞いて納得した。

 魔物たちは人の(ことわり)に縛られて雁字搦(がんじがら)めな人間の事など、はなから眼中にないのだ。彼らは呪文や魔法陣を使わなくても、自分の魔力を、周囲の魔素を自由に操れるからだ。

 そんな彼らから見れば、呪文に頼らなければ魔力を使えない人間など正に「アタマワルイ」と思えるのだろう。



「そもそもお前がどうやって人型になるのかが分からないと先に進めないんだよ。ちゃんと協力しろよ、けだもの」



「ケダモノナイ。ザカリ」



「ぼくだって『マドウシ』じゃない。大体、それだけ精密に人間に擬態できるのに、なんでいつも裸なのさ。服ごと一緒に擬態すればいいじゃないか」



「ニンゲン、ウマレル。フクウマレナイ、ザカリイッショ」



 確かにザカリの言うように人間は服を着て生まれてくる訳じゃない。



「カラダツクル、カタチカエル。フク、カラダナイ。カタチナイ」



 身体を構成しているものの形を変えるだけから、元々身体の一部じゃない洋服は擬態できないと。



 こんな風に、まずザカリの言っていることを()()()()ことから始めなければならないので、とにかく時間が掛かって仕方がない。そもそもシズルと繋がっているなら、もう少しすんなりと人語が話せてもいいようなものだ。


 疑問を持ったテッセラがザカリに聞くと、



「シズル、ヘヤ、タクサンアル。イッパイ。ハイレナイ」



 と要領を得ない返事が返ってきた。

 ザカリは首を傾げて本当に疑問に思っている様子でテッセラに言う。



「ウマレル、ハダカ。ホントウノカタチ。フクキル、ニンゲン、ヘン」



「じゃあけだものもそのままいればいいじゃないか」



「シズルオコル、オコルコワイ。フクキル、マドウシハヤクスル」



 一事が万事この有様で、いつまで経っても『異世界の秘術』のきっかけも掴めなかった。


 シズルがいないせいで落ち着かないザカリに、今日は中止だと言おうとしたところに、この邸の主人であるジークハルトがやってきた。



「ザカリ、今日は暫く俺の側にいろ」



「イヤダ。シズルガイイ」



 大柄で威圧感のある領主(ジークハルト)にも、全く物怖じせず『否』と即答するところを見て、年齢差や地位や立場といった人間の(しがらみ)を一切気にしないザカリはやっぱりけだものだと、そうテッセラは思った。


 しかしジークハルトは特に気分を害した風もなく、ごく普通にザカリに理由を説明している。



「そのシズルが今ここにいないからだ、我慢しろ」



 ジークハルトのその言葉にザカリはきょとんと首を傾げた後、(くう)を見上げきょろきょろしていたが、急にその場に硬直したかと思うと、信じられないとでもいうように緋い目を大きく見開いた。



「・・・イナイ。イナクナッタ」



 そういうと今度は立ち竦んだまま泣き出してしまった。



「ザカリ、ケガワナイ、フクナイハダカ。シズルオコル。キラワレタ、オイテイカレタ。イナクナッタ」



 ぼろぼろと流れる涙もそのままに、青年の姿で泣き続けているザカリに、テッセラはうんざりした。






 テッセラは、いつまでも泣き続けるザカリを最初は鬱陶しく思っていたが、次第に落ち着かない気分になっていった。

 ザカリはまるで迷子の子供のように、本当に心細そうに泣くのだ。


 その泣き方を見ているうちに、テッセラはテッセラになる前の小さい頃を思い出した。テッセラはその生まれつき強い魔力のため、魔導士になるべく早くに親元から離され、自領の子爵家の子飼いの魔導士に預けられていた。


 殆どの貴族は平民よりも強い魔力を持つが、一族の中から魔導士を輩出することは貴族にとっては一種の格式ステータスのようなものだった。

 テッセラの生家はもう何十年も、魔導士になれる程魔力の強い者が生まれることがなかった。そのためテッセラが生まれた時は英雄を意味する『イロアス』と名付ける程に両親も親族も喜んだ。

 ずっと両親や親族の愛情や関心の全てがテッセラのものだった。欲しいものは全て与えられ、何をしても満面の笑顔で受け入れられ許された。



 弟が生まれるまでは。



 二年後に弟が生まれると、子爵家の後継の心配がなくなり、テッセラを心置きなく魔導士に育て上げることができると判断され、六歳の誕生日を待たずして子爵家子飼いの魔導士の元へ預けられることになった。


 そこから世界の全てが自分のものであったようなテッセラの生活は一変した。

 今までの華やかさは遥か夢の彼方に消え去り、質素で厳格で厳しい魔術漬けの生活が始まった。魔導士のテッセラへの対応は事務的で愛情のかけらもないものだった。

 時折漏れ聞こえてくる両親や弟の楽しげな様子に自分は両親に棄てられたのだと、幼かったテッセラは夜な夜な、今のザカリのようにめそめそしていたこともあった。



 四番目になった今では、幼い頃から無理矢理にでも魔術を叩き込まれ、詰め込まれたことを寧ろ感謝しているくらいだが、ザカリの心細さはテッセラにもなんとなく理解できた。



 ザカリは泣きながらテッセラを見るとおもむろに言い出した。



「マドウシ、フクツクル」



「ぼくに針仕事なんてできるわけないじゃないか」



「シロイ、ナガイフク、イトツカウ。マドウシ、フクツクル、デキル」



「防御魔法のかかった銀糸を使う、魔導士のローブの事か?」



 ザカリが泣き止むのを辛抱強く待っているジークハルトの問いに、ザカリが涙目でこくりと頷いた。

 テッセラはかっこ悪くて嫌いな魔導士のローブを思い浮かべる。



 魔導士各々が工夫を凝らして、独自の文様の刺繍を施している()()()()な白い布。持ち主の魔力によって、防御効果もごく簡素なものから最大級のものまで色々ある。その魔力の篭った刺繍は、普段はただの華美な文様だが、実際に防御に使用するときは、銀糸に自分の魔力で発動のきっかけを与えて、魔法を展開させる仕様になっていたはずだった。

 テッセラは考えた。


 魔力を込められる銀糸に、防御魔法じゃなく他のもの、例えば衣装を込める? 糸みたいな細いものにどうやって? 圧縮の魔術? 可能なのか? でも収納するのはいいが、出すだけじゃ駄目。それじゃあ鞄に入れて持ち歩くのと大差ない。出した服を展開して体に纏わせなければ。


 次々と着想が浮かんでテッセラは嬉しくなった。思いついたことを早く纏めたくてそわそわし始めると、それに気がついたジークハルトが苦笑してザカリを促した。



「行くぞ。心配しなくてもシズルはすぐに帰ってくる」



 ザカリは頷いて、しおしおとジークハルトの後ろについていった。部屋を出て行く時ザカリはまだ泣いていたが、一度立ち止まってテッセラを振り向いた。

 そしてザカリは真摯に、祈るようにテッセラの名を呼び願いを乞うた。



「マドウシフク、ツクル、オネガイ。テッセラ、オネガイ」



「わかった。期待しといてよ、()()()



 テッセラはなんだか本当にやれそうな気がしてきた。







 ザカリはその瞳に負けないくらいに目の周りを赤くして、ジークハルトの後ろをとぼとぼとついてくる。大柄な男ふたりが、片方は憮然とした表情、もう片方は泣き腫らした目をして、廊下を一直線に歩いている。

 テッセラが居座る客間から執務室までの道程、すれ違う邸の住人たちに好奇の目を向けられ続け、ジークハルトはあの魔物になりたての破天荒娘が帰ってきたら、どうしてやろうかと考えていた。


 ザカリが意図せずシズルと離れたら、こういう状態になるのは二度目だが、シズルにも充分予測できていたはずだ。それなのにあの娘は自分の欲求を優先した。

 塔に現れた男が心配だなどと見え透いた嘘をついて、大方一度行ったあの町にでも、ひとりで羽根を伸ばしに行ったんだろうとジークハルトは思っていた。



 シルベスタとシズルが塔に転移してきた男の確認に行って、数時間経った。


 確認作業をするだけのはずなのに、時間が掛かりすぎている気がして、ジークハルトが嫌な予感を募らせていると案の定、滅多に使われることのないシルベスタからの魔導通信(エピキノニア)が、突然執務机の上に出現した。










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