虚空 「なにもない、すべてがある」
こ−くう 「なにもない、すべてがある」
生まれて死んで繁栄して滅びる。
どんな事が起こっても手は出さない。
出す手が無いからだ。
いつも、ただ観ているだけだが、目は無い。
何も無い。ただ在るだけ。
そういうものだからだ。
でも感じる事はできる。
愛することも。
世界を愛した。
そこに存在する全てのものが愛おしかった。
生まれることも死ぬことも。
繁栄することも滅び去ってしまうことも。
人も魔物も。
そこに正邪は無い。
そこに善悪は無い。
全て愛おしいわたしの世界。
でも人は滅びることを「是」としなかった。
そして滅びを止めようとこちらにやってきた。
それは神の定めた理に反すること。
だがわたしはそれに口出ししない。
口が無いからだ。
だがこちらにやってきた者には口があった。
その口で人だけの決め事を創った。
その口で人だけの正邪を決めた。
その口で人だけの善悪を決めた。
わたしの愛おしいもののひとつを変えてしまった。
わたしの愛おしい人が変質してしまった。
変わってしまったものは元には戻らない。
それで人と魔物が分かたれた。
最初その者は高潔だった。
人はその者を称えた。
だけど人は生まれて死んでいく。
その者を知る者もやがていなくなる。
人はどんどん変わっていく。
良くも悪くも変質していく。
それはその者も同じ。
その者は賞賛の声が聴こえなくなったのがわかった。
耳があったからだ。
その者は慟哭した。
口があったからだ。
その者はただ観るだけでは我慢できなくなった。
目があったからだ。
その者は自分の創った決め事で身動きできなくなった。
からだがあったからだ。
その者は本当は元の世界に未練があった。
その者は元の世界の営みに混ざりたかった。
ただ在るだけのものになりきれなかった。
世界の営みを観ているうちに。
世界の声を聴いているうちに。
世界を漂ううちに。
その者は長い長い、長い間に妄執になった。
その者は人の決め事を創っただけでは満足しなかった。
その者は手を出そうとした。
わたしの世界の愛おしいものに。
わたしの愛おしい魔物に。
わたしはどんな事になっても手を出さなかった。
出す手が無かったからだ。
でも感じる事は出来た。
感じているうちにわたしに変化が起きた。
差し伸べる手ができた。
妄執を払い除ける手ができた。
ただ在るものから存在するものになった。
そうしてわたしは虚空から魔物の守護者になった。
次章へ続く




