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星 「苦悩と決意」

ほし 「ジークハルトとシズル」



 それでも『原初のミゼン』のシズルへの干渉をどうするかの問題が残った。

 ジークハルトたちが思案していると、ザカリが自信ありげに胸をはって宣言した。



「ザカリ、シズルマモル」



「さっきミゼンにいいようにされてたじゃないか」



 そんなザカリにテッセラが馬鹿にしたように鼻を鳴らした。ザカリはテッセラを無視してシズルに説明を始めた。



「ティポタ、ミゼン、ミンナイッショ、イッショ、ナイ」



「んん?! 一緒だけど一緒じゃない?」



 シズルが戸惑ったように聞き返している。

 ジークハルトもザカリから最初に話を聞いた時は、てっきり『同じものの別称』だと思っていたが、ザカリの言うティポタと『原初の(ミゼン)』はどうやら同じものではないようだった。



「ティポタ、ミゼン、シズルマモル。ミゼン、シズルイジメタ。ウソツイタ。ワルイモノ、イラナイ」



「ザカリが魔除けになると?」



「姿かたちのないものをどうやって区別するんだ」



 シルベスタがザカリに問うと、ザカリは何の躊躇いもなく至極当然のように言った。



「シズル、ナル。ザカリオナジ」



「駄目だ」



 ジークハルトが固い声で言った。

 ザカリはシズルに『自分と同じものになれ』と言っているのだ。



 魔物になれなどど、そんな事を簡単に言ってのけてしまうところが、いくら姿かたちを人間に似せようともザカリが人とは価値観が違う生き物だという事なのだが、シズルはぽんと手を叩いて、さも名案だとでもいうように平然と言ってのけた。



「なるほど。確かに魔物になれば『原初のミゼン』の干渉の外ですね」



「それは駄目だぞシズル! ザカリも駄目だ」



 シルベスタは血相を変えてシズルとザカリ、ふたりの腕を掴んだ。

 シズルはシルベスタに腕を掴まれたまま、何か問題でもあるのか?という口調で言った。



「一番簡単で確実な、いい方法だと思いますけど?」



「許さんぞ」



 ジークハルトは本気で怒りを露わにした。

 さすがにシズルも、それ以上は何も言い募ることはなかった。


 その場では誰も明確な答えが出せないまま、夕暮れを迎えることになった。


 




 

 ジークハルトは眠れない夜を迎えていた。

 嫌な予感がいつまで経っても去らないからだった。



 シズルは何故躊躇しないのか。

 いつでも全てを捨て去ることができる覚悟はどこから来るのか。



 ふと窓の外を見ると、庭の隅で何か光るものがある。

 エイシカ村の夜の出来事を思い出して、ジークハルトは光の場所へ足早に向かった。



 そこにいたのはシズルとザカリだった。

 ふたりは月明かりの中、地面に座り込んで、額を付き合わせるようにして笑っていた。

 時折、シズルがザカリの口に何か放り込んでいる。何か小さな菓子のようなものだった。



「ホシ、アマイ」



「うん。砂糖ザカリはどこでも同じ味みたいだよ」



「ザカリ? イッショ?」



「あはは、そうだね。味覚は人と変わらないんだ。それじゃあ問題ないか」



「大ありだ。俺は許さんと言ったぞ」



 ジークハルトの声にふたりが振り向いた。

 眉間に皺を寄せ、仁王立ちしているジークハルトを見上げながら、シズルは悪戯が見つかった子供のようにへらりと笑顔を見せた。



「やっぱり見つかっちゃいましたか」



「何をしている」



「ザカリと星のお菓子(こんぺいとう)を食べながら話をしてました」



 ジークハルトがザカリに視線を向けると、先ほど見た光の正体が分かった。ザカリが光る何かを両手で包むように持っている。

 その光からは人間とは異質な強い魔力が感じられた。



「ザカリ、それは何だ」



「ザカリ」



 緋い目で真っ直ぐジークハルトを見上げている。



 その光はザカリの魔力か、ザカリを構成する魔素の一部なのだろう。



 ジークハルトはふたりの側にどっかりと腰を下ろした。どうやってシズルを止めるか、未だ思案していた。



「理解しているのか? 人間ではなくなるんだぞ。たとえこの場にいなくても、お前の家族はお前が魔物になるなど、きっと望まないぞ」



 卑怯な言い方だが、ジークハルトはどうしても、シズルをこちら側に留めたかった。

 苦虫を噛み潰したような顔の、ジークハルトの気持ちを分かっているのか、シズルは珍しくいつもの無表情ではなく、苦笑してから淡々と事実だけを簡素に話した。



「それは聞いてみないと分かりませんが、生憎、両親は私がまだ子供の頃に事故で亡くなってます。じい様はこの世界に来る前の日に亡くなりまして、火葬場からの帰りにこっちに召喚されたんです」



 ジークハルトは初めて聞く話に拳を固く握り込んだ。

 塔に飛ばされてきたときに()()()()()()()だった理由が、今やっと分かった。




 どこから来たのか。


 この世界に来るまで何をしていたのか。


 誰と暮らしてきたのか。


 何を想っているのか。




 誰も問わなかった。

 ジークハルトも。



「決めたのか」



「はい」



 どこまでも穏やかにシズルは答えた。



「すまない」



 そんな言葉がするりと自然にジークハルトの口から出た。

 シズルは破顔したあと、くすくす笑いだした。



「全く、主従で同じこと言うんですね。決めたのは私です、誰のせいでもありませんよ」



 そう言って、手に持っていた袋から出した、小さな菓子を自分の口に入れた。


 ザカリにもひとつ。



「食べます?」



「貰おうか」



 ジークハルトの手のひらに小さな菓子がひとつ落とされた。口に入れると砂糖の甘さが溶けて拡がった。



砂糖ザカリ菓子(ケイク)か」



「ザカリイッショ」



 ザカリが楽しそうにそう言った。



糖衣菓子コンフェイトです。似たものを小さい頃、よく両親が買ってくれました」



「そうか」



 ジークハルトはそのまま黙って、笑顔で菓子を食べ続けるふたりを見ていた。


 家族を亡くしたシズルが、無理やり連れてこられた世界で、家族に選んだのは人ではないものだった。

 それしか選べないようにこの世界がしてしまったのだ。



「ザカリ」



 シズルが声をかけると、ザカリは手の中の光の塊をシズルに手渡した。

 手渡されたその光をそっと胸に抱き込み、シズルは不敵な笑みをジークハルトに向けた。



「平気ですよ。どこに行っても何になっても、私は私です。それより、アウレーの森で話した事を覚えてますか? もし今後()()()()()()()()躊躇わないでください。私も全力で抗いますからね。約束ですよ、ジーク」



 シズルは目を閉じ光の塊を心臓の辺りに強く押し当てた。光の塊はシズルに吸い込まれ一瞬その全身が銀色に輝いた。

 光が消え、シズルを見ていたザカリが、楽しそうに幸せそうに笑った。

 ジークハルトは何もできなかった自分自身に、言いようのない怒りとやり切れなさを感じていた。



 その直後、シズルは意識をなくし熱を出した。








 シズルの部屋に呼ばれたアフセン医伯は、シズルを診察した後ジークハルトに言った。



「体の防御反応のようなものじゃ。元々魔力を持たぬ異世界人だったところに、人間のものではない魔力を注ぎ込んだんじゃ、当然の結果でこうなるわい。全く無茶をしよってからに」



「で、どうだ?」



「魔物のものとはいえ、魔力があるなら魔法マギア治療は可能とは思うが、前例がないからのう。取り敢えずはこのまま様子見というところかの」



「わかった」



 寝台の上には高熱で顔色の悪いシズルが横たわっていて、寝台の横からしがみつくようにザカリがシズルの顔を覗き込んでいる。人型のまま寝具に潜り込むのを禁止されているザカリは、出来る限りの範囲で精一杯シズルに触れようとしている。アフセンが苦笑しながらザカリに話しかけている。



「ザカリよ、少し離れてくれんかのう。きちんと診察ができんぞ」



「ザカリ、シズルマモル」



「わかっとるよ」



 腕を組んでその様子を見ているジークハルトの背後から、シルベスタの悲痛な声がかかった。



「何故だジーク。何故止めなかったんだ」



「シズルが決めた事だ」



「それでも・・・!」



「それよりお前も覚悟を決めろ。この先()()()()()と敵対することになっても迷うな。シズルは言ったぞ、自分も抗うから躊躇うなと」



 シルベスタの目が驚愕に見開かれた。

 ジークハルトはシズルに視線を向けたままだった。





 三日後、何事もなかったように目覚めたシズルだったが、その目はザカリと同じ緋色になっていた。










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