管理者 「原初のミゼン」【挿絵あり】
かん−り−しゃ 「原初の0。神、ではない、憑依するもの」
この日から、シズルに付き纏う人物が増えた。
ひとりは人型になったままのザカリ、そして未知の力を発現したと思われるシズルの監視のため、常時側にいるようになってしまったシルベスタ、最後のひとりはテッセラだった
シズルは頭を抱えたくなった。ジークハルトが王城に出向く前よりも、状況が更に悪化してしまっている。
テッセラは、魔術が使えなくなったのは、シズルが何かしたからに違いないと信じ込んでいて、事あるごとに術を解けと迫ってくる。
ザカリは相変わらずシズルにへばりついて、テッセラを威嚇し続けている。
「オマエキライ。クルナ」
「お前こそいつまで人の真似してるんだよ。獣はけだものらしく四つ足に戻れ」
「ザカリ、ケモノナイ。シズルイッショ」
「なあシズル、ぼく何でもいうこと聞くからさ、元に戻してよ」
「イウコトキク、ザカリ。オマエイラナイ」
いつから自分は、男どもの引率者になったんだろうかとシズルは思った。
言い合いをしているのは、鬣のような長髪の、大柄な緋色の瞳の青年と小生意気な反抗期まっ盛りの栗毛の少年。ふたりとも可愛いとは程遠い。しかも残りのひとりは浮かない顔の同僚。
シズルにとっては、鬱陶しいことこの上ない顔ぶれだった。
せめてザカリが魔狼の姿ならよかったが、邸内を移動するのは魔狼の姿よりも人型の方が周囲の人たちの抵抗が少ない上に、ザカリ自身がシズルと何処へでも行けるのを喜んで、寝る時以外は殆ど人の姿をとったままだった。
シルベスタはシルベスタで、言い合いをするふたりを止めるでもなく、ただ不安そうな顔でシズルに付いて回っている。
言い合いをするふたりを見ないふりして、シズルはシルベスタを連れて食堂へ向かった。
「ジークハルト様の仕事はいいんですか? シル」
「ジークが暫くお前についてろと言ったんだよ。シズルは何か身体が変なところはないか?」
「まだザカリの刻印を気にしてるんですか? 大丈夫、特に何ともないですよ」
後ろにぞろぞろ引き連れて歩くシズルは、ガストロに同情の視線を受けながらいつものように食事を受け取った。
シズルを挟んで両隣にザカリとシルベスタが座った。テッセラは言い合いをしながらそのままザカリの隣に座った。席について食事をしていると、シズルとザカリの間からすっと手が伸び、シズルの皿の隣に小さな紙の袋がそっと置かれた。
「この間、駄目にしてしまったと聞いたからね。後で食べなさい」
アディスがシズルの頭を撫でた。シズルが紙袋を開けると、中には糖衣菓子が入っていた。
感極まったシズルは立ち上がり、思わずアディスに抱きついた。
紙袋を横から覗き込んだザカリも目を輝かせた。
「・・・ありがとうございます!」
「ホシ、モドッタ。アディス、スゴイ! シズルウレシイ、ザカリウレシイ」
喜ぶシズルとザカリに苦笑したアディスは、もう一度シズルの頭を撫でてその場から去っていった。
ザカリの隣で見ていたテッセラが不満げに呟いた。
「なんだよ、そんなもので機嫌が直るなら、ぼくが部屋一杯分でも買ってやったのに」
「モノ、チガウ。マドウシ、アタマワルイ」
「なんだと! けだものの癖に!」
ザカリに見向きもされず、馬鹿にしたように言われたテッセラは激高し、ザカリに向かって手にしていたフォークを振り上げた。
「イロアス、やめなさい」
シズルの静かな声に、ザカリの背中に振り下ろそうとしていたテッセラの手がぴたりと止まった。ザカリの体越しに、シズルがテッセラをじっと見ていた。
その目を見た瞬間、テッセラの手からフォークが離れ床に落ちた。かしゃんと金属音が響く中、テッセラはその場に立ち上がり、真っ青な顔をして立ち竦んだままシズルを凝視していた。
正確にはシズルのその目を見ていた。
シズルの目が青と緑の色違いに変化していた。
「ミ、ミゼン」
テッセラのその言葉を聞いたシズルは、椅子から滑り落ちるようにその場に倒れ込んでしまった。
「シズル!」
ザカリとシルベスタが、それぞれシズルの名前を呼ぶと、真っ青になったザカリに抱え込まれたシズルが頭に手を当て呟いた。
「・・・誰かが入ってきて邪魔した、きもちわるい」
そういって開けた目は元の黒い瞳に戻っていた。
シズルはそのまま医務室へ運ばれ、そのことはすぐにジークハルトに知らされた。
医務室に駆けつけたジークハルトが見たのは、医務室の診察台の上に座り、何故か不機嫌な様子でテッセラの腕を掴んで、詰問しているシズルだった。
シズルのあまりの剣幕に、ザカリはシルベスタにへばりついて怯えている。アフセン医伯は椅子に黙って腰掛け、愉快そうに様子を伺っている。
アフセンの落ち着きようから見て、シズルの容体は心配ないようでジークハルトはひと安心した。
「魔術で人に寄生も可能なんですか? 人権蹂躙で訴えますよ」
「寄生ってなんだよ、知らないよぼくじゃない」
「じゃあ『ミゼン』て何です? 何の呪文ですか」
「呪文じゃないよ!」
ジークハルトは『ミゼン』の名が出たところで、ふたりの会話に割り込んだ。
「テッセラ、説明してくれ」
「ぼくがそのけだものを刺そうとした時、シズルが名前を呼んだんだ」
「名前?」
「ぼくの本当の名前だよ、四番目になる前の。今じゃ誰も呼ばないし覚えてもいない名前だよ。それを呼んだ時、シズルの目がミゼンと同じ色違いになってたんだ」
ジークハルトはテッセラの話を聞き、本格的に『原初のミゼン』とシズルの繋がりが、より深刻な問題になりつつあると感じた。
この世界の理と繋がるということは、ある意味世界を思うがままに操れるということに等しい。今代のミゼンの杞憂が当たってしまったことにジークハルトは焦燥を感じていた。
ところが、シズルはとんでもないことを言い出した。
「じゃあそのミゼンとかいうやつのせいなんですね。勝手に人の身体を使うとは許すまじ」
「・・・シズル?」
「ザカリに悪さしようとした、そこのクソガキをぶっ飛ばそうと思ったのに、こそこそと姿も見せずに邪魔して喧嘩を売ってくるとはいい度胸です。そいつはどこにいるんですか?」
シズルは拳を握りこんで、既に臨戦体制だ。自分の意思を無視した『原初のミゼン』そのものに対して、怒っているのだった。
それにしても少年をぶっ飛ばすというのも如何なものか、と思ったジークハルトは溜息をついた。
「いくらお前でも、姿かたちのない相手とは喧嘩なんぞできないぞ」
「え・・・相手は幽霊か怨霊の類いですか? それはちょっと」
苦手かも、と小声で言う。先程までの勢いがなくなってしまったシズルに、ジークハルトは思わず苦笑した。状況は深刻なはずなのに、きっと大丈夫と言ったオルタンシアの言葉が蘇ってきた。
ジークハルトは思い出した。シズルの言動はいつだって想像の斜め上を行くことを。
医務室を一時立ち入り禁止にし、念の為防音の結界も張った。
その場には、ジークハルト、シルベスタ、医務室の主アフセン医伯、シズルとザカリ、それにシズルのミゼンへの変化を目撃していたテッセラがいた。
ジークハルトが聞いた今代のミゼンの話と、ザカリの話を繋ぎ合わせ推察するとこういう事らしい。
太古の昔、人は魔力を思うがまま自由自在に使っていたが、ある時人の感情による魔力の暴走によって世界自体が危険な状態になった。そこで強大な力を持っていた一番初めの『原初の0』と呼ばれる人物が、魔力が感情に左右されることのないよう、呪文や魔法陣を使わないと力が発動しないという魔術の法則を創った。
『原初のミゼン』はその法則が世界に広がり人々が遵守するよう、自分自身がその天則と成るべく、人の身体を捨て世界の一部になった。それによって呪文や魔法陣を使って、魔力を持つものが等しく魔術を使えるようになったが、それ以外では魔力が発動しないという世界になった。
ザカリたち魔獣は人の天則とは関わりなく、太古のままに魔力を扱うことができるため、呪文などの言葉は必要ない。ただ人と同じくこの世界に生きるものではあるので、ミゼンの影響も少なからず受け、人が使う魔術や魔法陣も知っている。
ザカリが言うには、ザカリを通してシズルと繋がったミゼンがシズルの願いを叶えるべく、力を貸しているのだという。
「つまり最初のミゼンという人は魔術のマニュアル、えっと手引書を作って、それが機能するように世界の管理者になったという事ですか?」
「世界の管理者?」
「この世界にその概念があるかどうかは知りませんが、端的にいうと『神様』ですね」
「神は神だ、ミゼンは人で神ではない」
ジークハルトは断言した。
この世界そのものを創造したのは神であって、その神が創造したものを人が何らかの思惑を持って管理するなど、あってはならないことだと思った。
例え最初の動機が善意からだったとしても、人というものは常に変質を内包していて、純一無雑ではいられないものだからだ。
「そうですよね。だから何様なんだよてめえこのやろう、ということです」
「シズル、言葉が汚いぞ」
腕を組んで『原初のミゼン』に悪態をつくシズルを、シルベスタが窘めた。
「魔術の手引書を創った、魔導士の始祖のようなお偉い人かもしれませんが、一線から退いたのなら現実世界に横から干渉すんなって話です」
「シズル、オコル?」
ザカリが恐る恐るシズルに尋ねた。
「怒ってるよ、凄く。自分の体がないからって、私を勝手に使ったこと」
「ミンナツナガル、シズルイッショ。ザカリ、シルシツケタ。シズル、オコル? ワルイザカリ、モウイラナイカ」
「ザカリは大事なもふもふ要因のセラピストです。使い魔契約は私が納得するまでは解消しません」
「・・・シズル!」
ザカリがシズルに抱きついた。
ザカリにしがみつかれたままシズルは話を続けた。
「過去の亡霊が、自分自身が創った理の縛りのない私を通して、この世にちょっかいかけてるって解釈で合ってますか? そんなに現世が恋しいなら、身体を捨てずに人のまま仙人にでもなればよかったんです」
「センニンって前に言ってた不老不死のあれか」
シルベスタはシズルの話に納得しているが、シルベスタの言う不老不死というのは、あながち間違ってはいないかもしれないとジークハルトは思った。
「過去の、というのは少し違うな。今代のミゼン殿の話が本当のことなら、原初のミゼンは魔素になったという話だ。それなら今も存在しているということになる」
「なんてたちが悪い」
シズルが憮然とした表情で言った。
ジークハルトたちの話を聞いていたテッセラが、ようやく事の特異さに気がついたのかシズルの腕を掴んで叫んだ。
「ちょっと待ってよ! 理の縛りがないってなにさ」
「何でもできるってことだよ」




