繋属 「世界との繋がり」
けい−ぞく 「シズルと繋がるものたち」
王城から帰った途端、ジークハルトはテッセラの突撃に遭った。
ジークハルトは王城でバシリウスやオルタンシア、そしてミゼンと会話の内容を思い返し、これからシズルに対しどうすればいいのか考えながら転移を終えた。ミゼンに頼まれた『見極め』とその後の選択肢がジークハルトに重くのしかかっていた。
そんな陰鬱な気持ちに浸る暇もなく、邸に帰った途端にテッセラの突撃を食らったのだった。
「フロトポロス伯、あなたもシズルを説得してください!」
転移の間から出た途端、十代の少年に腰のあたりにがっしりとしがみつかれ、なおかつ懇願されてジークハルトは困惑を隠せなかった。がしかしこの突撃劇の原因であろう、問題児の名前はしっかり聞き取っていた。
シルベスタは、ジークハルトの帰りを知らされた途端、客間を飛び出したテッセラを止めようとして間に合わず、後から駆けつけてきた。息を切らせているシルベスタに理由を問いただし事情を聞いた途端、ジークハルトは眉間に皺を寄せた。
ただ普通に街に出かけ、菓子を買って帰るだけのはずが何故、高位の魔導士の魔術を封じることになるのか。しかも何故そんなことが可能だったのか。
ジークハルトの頭の中では、王城で聞いたミゼンの話が駆け巡っていた。
「それで、その元凶はどこだ」
「自室で休んでいます」
「叩き起こして連れてこい」
「鍵をかけて立て籠もってます」
シルベスタが困ったように話している。
帰ってからひと息つく暇もなくこの有様であった。ジークハルトのこめかみに青筋がたった。
客間にテッセラを押し込め、ジークハルトは帰宅時の正装のまま大股でシズルの部屋に向かい、扉の前で躊躇なく呪文を唱えた。
「アペレフセロスィ・ト・キルディ」
シルベスタが制止する間もなく、扉からばきんと嫌な音がした。ジークハルトは鍵のかかった扉を強制的に開錠すると、ずかすかと部屋の奥の寝室に踏み込んでいく。
「ジーク! いくらなんでもまずいって」
「シズル! 出てこい説明しろ!」
ジークハルトの大声に寝台がもぞもぞ動いたかと思うと、掛け布の下から銀髪の青年がのっそり顔を出した。ジークハルトの眉間に深い皺が刻まれる。
「・・・誰だ。シズルはいつのまに男を引っ張り込むようになったんだ」
ジークハルトの剣呑な低い声の問いかけに、銀髪の男は不機嫌そうに声を潜めて抗議した。
「シズル、ネテル。ウルサイ」
「ザカリ、元に戻ってたんじゃなかったのか?」
シルベスタが呆れたように近寄っていくと、寝台の上に起き上がったザカリが鼻を鳴らした。どうやらシズルは魔狼と一緒に不貞寝を決め込んでいた様子だった。
「シズルイッショ、ケガワ、アツイ」
「・・・あ! お前まさか?! シズルに見つかったら怒られるぞ」
シルベスタがザカリを寝台から引っ張り出すと、案の定全裸だった。
「シズルオコル? オコルコワイ」
「ザカリ、だと?」
ジークハルトは自分とさほど身長の変わらない、銀髪の全裸男を正面から見据えた。確かにザカリと同じ緋い目をしている。
ザカリはジークハルトを見ると、その顎を上げ、得意げに宣言した。
「ザカリ、ジークハルト、ウエ、オオキイ。エライ」
「・・・ほう?」
「何張り合ってるんですか」
ふたりのやりとりにシルベスタが呆れた声を出していると、掛け布が再びもぞもぞ動き出した。
「・・・うるさい。何事?」
寝ぼけ眼のシズルが周囲を見回し、その目がジークハルトの姿を認めると寝台の上から律儀に挨拶した。
「あ、おかえりなさいジークハルト様。ん? あれここ私の部屋」
シズルは周囲をきょときょと見回して、そして全裸のザカリを見つけるとぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「毛皮のないザカリは寝室への入室は許可してません。出て行きなさい」
「シズル」
顰めっ面で戸口を指差すシズルに、ザカリが眉を下げ情けない顔をした。シズルはまだ半分眠っているのか、若干ろれつが回っていない。
「というか、全員即刻出ていくように」
「おい、ちゃんと目を覚まして説明しろ」
「私は今大変機嫌が悪いので強制排除します。あしからず」
周囲の状況を無視してそう言うと、シズルは全てを遮断するように掛け布を頭から被ってしまった。
次の瞬間、ジークハルトの目の前で扉がばたんと音を立てて閉まった。
「え」
周囲を見回すとそこはシズルの部屋の前の廊下だった。
「シズル、モウシナイ。イレテ」
何が起こったのか訳がわからないまま、顔を見合すジークハルトとシルベスタの隣で、ザカリが情けない声をあげた。
「どういう事だ。何が起こった」
「解らない、一体どうなってるんだ?」
「シズル、イレテ、シズル」
困惑するふたりをよそに、ザカリは扉をかりかり引っ掻きながらべそべそ泣き出した。
ジークハルトは扉の取っ手を引っ張るがびくともしない。さらにもう一度解放の呪文を唱えたが、やはり扉は沈黙したままだった。
「ダメ、イレテクレナイ」
ザカリは涙に濡れた顔をジークハルトに向けて言った。
「ザカリ、説明できるか?」
シルベスタがザカリの肩に手を置いて、その顔を覗き込んで静かに促した。
「シズル、ホシ、ミツケタ。ヨロコンデタ、フルサトオナジ。デモキエタ。マドウシノ、ヒ、ワルイ」
「ユメミテタ。オキテ、カゾクキエタ。シズルガッカリシタ」
「カナシイ、コワイ、カベ、イレテクレナイ」
たどたどしくそう言って、ザカリはまたシズルの名を呼びながら泣き始めた。
「さっぱり解らん」
ジークハルトがそう溢すと、ザカリは涙を拭いてジークハルトに向き直り、言葉を探しながら話し始めた。
「シズルイッショ、ツナガッテル」
「何とだ? 使い魔のお前とか?」
「ツナガッテル、ゼンブ。ザカリ、ティポタ、ミゼン」
「何?!」
「ザカリ、シズルマモル、シルシツケタ。シズル、ツナガッタ。ティポタツナガッタ、ミゼンツナガッタ。ツナガル、チカラカシテクレル、シズルマモル」
「なんて事だ・・・」
ジークハルトは壁に凭れかかったまま動けなくなった。
どれくらい経ったのだろうか、薄暗い部屋の中でシズルは目を覚ました。
「・・・あれ? ザカリ?」
不貞寝する前に抱き込んでいた、アニマルセラピストのもふもふザカリの姿が見えない。そういえば、なんだか泣いている声が聞こえていたような気もする。哀しいような、楽しいような夢を見ていた気もするが、シズルは何も覚えていなかった。
シズルは外出から帰って着替えもせず、そのまま眠ってしまった為に服はしわくちゃだったが、ザカリを探しに行こうとのそのそと寝台を出た。
寝室を出て居間を横切り部屋の扉を開けると、すぐそこにザカリが膝を抱えて座り込んでいた。一緒に寝ていた時の魔狼の姿ではなく、街に出た時の人型の装いに戻っていたが、靴は履いておらず素足のままだった。
大きな体を小さく丸めて蹲っていたザカリは、シズルに気がつくと立ち上がってがばりと抱きついてきた。
「シズル、カベ、キエタ」
シズルは何のことかよく分からなかったが、大きな体に涙声で抱きすくめられ、足をぷらぷらさせながらザカリに尋ねた。
「ザカリどうしたの? 誰かに虐められた?」
「お前が虐めたんだ」
すぐ側でジークハルトの声が聞こえた。何が何だかわからないまま、シズルはザカリに問いかけた。
「そうなの?」
その問いかけにザカリは、シズルを抱きしめたままふるふると首を横に振った。シズルはザカリの背中を叩いて自身の解放を促し、地に足をつけてから声のした方を向いた。
「おかえりなさいジークハルト様。いつ戻られたんですか?」
「・・・覚えてないのか」
「あれ? そういえば夢でも挨拶したような。あと、寝室に侵入してきた不届きものを追い払ったような?」
むう、と考え込んだものの、ジークハルトが渋面をしているのに気がついたシズルは、街での出来事を思い出し取り敢えず弁明した。
「何か怒ってるんですか、ジークハルト様。今回はクソガキ、いえ、どこかのおぼっちゃまの尻叩き以外、何もしてませんよ? あれは教育的指導というやつです」
「その指導とやらで魔術が使えなくなってるようだが?」
「あの時は頭に血が上ってまして、その場で咄嗟に頭に浮かんだことで脅かしただけで何もしてませんよ」
本当に自分が何かしたという心あたりがなかったシズルは、その時の状況をありのまま伝えた。するとザカリが続けてシズルを庇うようにジークハルトに話しかけた。
「シズル、ワルクナイ。ミンナミテタ。チカラカシタ」
「皆、とは?」
「ティポタ、ミゼ」
「もういい解った」
ジークハルトはザカリの言葉を途中で遮ってシズルを見たが、彼女は何のことかわかっていない様子だった。
しかし、ザカリが話していた『繋がる』とはどういうことか、ジークハルトは理解した。
この世界に満ちる『原初のミゼン』と繋がる、そういうことのようだった。




