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糖菓 「魔狼と変化と全裸男」 【挿絵あり】

とう−か 「砂糖菓子、金平糖(コンフェイト)。懐かしい思い出の星」



 シズルは悩んでいた。



「ふたりとも仲良くしてよ」



 ジークハルトが王城に出向いてからずっと、シルベスタとザカリが険悪な雰囲気になっていた。

 相変わらずザカリはシズルから離れなかったが、今はシルベスタまでシズルに張り付いている始末だった。



「何呑気なこと言ってるんだシズル。こいつはお前に噛み付いた上、刻印しるしまでつけたんだぞ。信用なんかできるか」



「ガウ、グルルルル」



「凄まじく面倒くさい」



 シズルは渋面になった。



 なりゆきではあったが、せっかく手に入ったもふもふを堪能できないばかりか、そのもふもふに餌扱いされている上に、それを心配する同僚シルベスタが片時も離れず自由がきかないので、シズルは珍しく苛立っていた。



「とにかく今日私の邪魔をするのであれば、ふたりとも呪いますからね」



 シズルは午後から兵団長のアディスと邸を出て、領都の市街地へ出かける予定になっていた。

 邸に来てから暫くして同伴者ありの外出は許可されていたが、なかなか機会に恵まれず、やっと街に所用のあるアディスについて出かけられることになっていたのだった。

 しかし、さすがに大きな魔狼を街中に連れて行くことはできないので、ついて行きたがるザカリをシルベスタに見ていてもらおうと、ひとりと一頭を説得している最中だった。



「ザカリ、普通の人は魔獣を怖がるの。お土産買ってくるから、ね。シルと留守番しててよ」



「ガウガウガウ、ウウウ」



「こいつ使い魔のくせに命令に従わないじゃないか。()()()でいいんなら、シズルが帰るまでオレがそいつをその辺に縛り付けておいてやるよ」



「ガウ!」



 ひとりと一頭はまた睨み合う。

 先程からこれの繰り返しだった。そんなやりとりを仕事中の女中たちが足を止め遠巻きに見ていた。



「お前がいくら頑張ったって獣は街には行けないんだよ。いい加減諦めろ・・・ってオレもシズルに毒されてるな。こいつに話が通じるわけないか」



「グルルルル・・・」



 ザカリが低く唸り全身の毛を逆立てた。と同時にザカリの周囲の空気が変わり一瞬輝いたと思うと、さっきまでザカリがいた場所に大柄で逞しい精悍な青年が現れた。



 男は(たてがみ)のような長い銀髪をぶるぶる振るうと、貴石のような綺麗な緋色の瞳でシズルを見下ろした。



「ケモノ、ナイ。シズルイッショ、イク」



「却下」



 シズルは動じた風もなく腕組みをして即答した。



 シルベスタはあまりの出来事に言葉を失い、自分より頭ひとつ分大きな男をまじまじと見ることしかできなかった。今自分の目の前で起きていることを、頭が理解するのを拒否している。



「ニンゲン、ザカリ、オナジ」



「全裸で街中は歩けません」



 渋面のままで答えるシズルに、気にするところはそこじゃない、とシルベスタは心の中で異議を申し立てた。さっきからこちらの様子を伺っていた女中たちは、突如現れた全裸の男に悲鳴をあげた。

 女中たちの悲鳴がこだまのように響き渡る中、シズルは人型になった魔狼ザカリにその場から動くなと厳しくいいつけ、小走りで彼女たちの元へ向かった。



「シズル様、あれ、あの男は」



 女中たちは、顔を赤くして手で覆ってはいるが、全裸で突っ立ってこちらを見ている男を、指の間からちらちらと覗き見ている。



「うん、どうやらザカリみたいです。悪いけどそれ、貸してもらえますか」



 シズルはそう言って、女中の抱えていたシーツを一枚借り受けた。

 ザカリの元へ戻るシズルの後ろから、聞き覚えのある女中たちの嬌声が聞こえてきた。また何やら想像逞しい彼女たちの妄想に火をつけてしまったようだった。


 ザカリにシーツを巻きつけながら、シズルはまだ惚けたままのシルベスタに声をかけた。



「いつまで硬直フリーズしてるんですか、シル。ザカリの服を調達に行きますよほら」



「・・・シズルはなんでそんなに平然としているんだ」



「何を今更。異世界転移だの魔術だの魔獣だの、元の世界になかった事ばかり経験してる私が、魔物が人に変身するくらいではもう驚きませんよ。なんならザカリが火を吹いたって平気です」



「ザカリ、シナイ」



「はいはい」



 シルベスタは、ザカリの手を引いて邸に向かって歩いていくシズルを後ろから追いかけた。




挿絵(By みてみん)





 アディスの前には三人の人物がそれぞれ違う表情で立っていた。


 ジークハルトよりも大きな男はご機嫌で、背後からべったりと、しがみつくように腕をまわしてシズルを抱え込んでいる。

 そのシズルは珍しく眉間に皺が寄っているし、その隣に申し訳なさそうなシルベスタが立っていた。



「ザカリがどうしてもシズルから離れないんです」



「シズル、チイサイ、ザカリマモル」



「・・・こんな感じなんですが行けますかね?」



 シズルは諦め半分でアディスに尋ねてみた。

 シズルと知り合って、シズルの関わることではもうあまり驚かなくなったアディスが、子供に言い聞かせるようにザカリに話しかけた。



「シルベスタと私がいればいざという時、抑えくらいにはなるだろうが。ザカリ、シズルの言うことを守れるか?」



 ザカリは緋い目でじっとアディスを見てから真面目な顔でこくりと頷いた。



「マモル。シズルイッショ、イク」



「・・・なんでアディス団長の言うことは聞くんだよ」



 シルベスタが恨めしそうにザカリを睨んだ。



 さすがに背後にべったりでは歩きづらいとシズルが抗議すると、ザカリは渋々手を繋ぐことで妥協した。精悍な美丈夫と手を繋いで歩くというのも、シズルにとってはなかなかに羞恥心を刺激する行為ではあったが、ザカリの中身は子供と変わらないと無理矢理自分を納得させた。







 領都の街はシズルが以前行った塔の近くの町とは比べものにならないほど賑わっていた。

 銀の髪の美しい青年姿のザカリが緋い瞳を貴石のように輝かせて、少年のようにしか見えない平凡な(シズル)の手を一生懸命引っ張っているのを、すれ違う人々が興味深そうに振り返る。



「シズルシズル、コレ、ナニ」



「私も知らないよ。シル、何ですか?」



菊苦菜(キコリオ)だな。ここは薬草ピュッロンを売っている店だな」



「ウマイ? シズル、タベル」



「元気だから要らないよ」



 さっきから何度も、ザカリがいろんな店先にシズルを引っ張っていっては質問し、シズルがシルベスタに又聞きしている。



「ザカリ、私は知らないことの方が多いんだから、シルに直接聞きなさい」



「イヤダ。シズルガイイ」



「オレだって嫌だ」



 何故なのだ。

 シズルは溜息をついた。

 そういえば、ザカリが何を食べるのか知りたかったのだと思い出し、シズルは尋ねてみた。

 するとザカリはぷるぷると首を振った。



「イラナイ、シズルガイイ」



「は?!」



 シルベスタが殺気立つ。



「あー、非常食わたしの話じゃなくて普段は何を食べるの? お肉?」



「イラナイ、タベナイ」



 どうやらアフセン医伯の話していた、『魔素を糧にする』ということは本当の事だったらしい。シルベスタが殺気を抑えて、念を押すようにザカリに確認した。



「シズルは獲物じゃないんだな?」



「タベル、ナクナル。シズルナクナル、イヤダ。シルベスタ、アタマワルイ」



「何だと!」



 つんとそっぽを向いてしまったザカリに、シルベスタは本気で怒り出してしまった。


 心配してくれているシルベスタには悪いが、シズルはつい吹き出してしまった。ふたりは仲が悪いようだが、案外上手くやれているのかもしれないとシズルは思った。

 完全に引率者になっているアディスも苦笑いを浮かべ、シズルに一軒の店を指し示した。



「シズル、あそこの店は最近できたパン屋だが、タルトや糖菓も売っているらしい」



「えっ行きます!」



 今度はシズルがザカリをぐいぐい引っ張っていった。





 そこは煉瓦造りのこじんまりとした建物で、壁に真鍮の看板がかかっていた。

 からん、と音を立ててドアを開けると、パンの匂いと共に甘い匂いが鼻をくすぐった。鼻をひくひくさせているザカリの手を振りほどいて、シズルは一直線に陳列台に向かった。

 ザカリは手が空を切ったことに不満の声をあげたが、シズルは既に目の前のタルト・タタンや糖菓に釘付けだった。



「いらっしゃいませ」



「こんにちは。これって糖衣菓子コンフェイトですよね?」



「ええ、よくご存知ですね」



「故郷によく似たお菓子があるので」



 色とりどりの小さな粒が大きなボウルに入れられている。量り売りをしているようで、シズルのよく知るそれとは色も形も少し違うが、大まかなお菓子の分類では間違いなく『金平糖』だった。



「へぇ、()()にもあるんだ」



 赤青黄緑白。子供の頃によく食べた、でこぼこの星の形の小さなお菓子。



「シズル」



 シズルが背中に重みを感じて見上げると、ザカリの心配そうな緋い目が見下ろしている。シズルは肩から回されたザカリの腕を、安心させるようにぽんぽんと叩いてから、店の従業員に声をかけ商品を注文した。



 シズルは袋のなかの金平糖を見て、子供の頃を思い出していた。まだ小さかった自分の手に両親が落としてくれたそれを見て、まるでふたりから星をもらったような気がした、あの懐かしい高揚感を思い出していた。



 またどうぞの声を後に店を出ると、すぐ近くでシルベスタとアディスが待っていた。



「今日はありがとうございました」



「気をつけて帰りなさい」



 念願だった甘味の補給もできたシズルは、自分の要件を後回しに、街の散策に付き合ってくれたアディスに礼を述べ、別れて邸に帰ることにした。

 シルベスタは荷物を持とうと申し出てくれたがシズルは断って、ザカリと繋いでいない方の腕に、金平糖とタルト・タタンの入った袋を抱え込んだ。

 シズルは腕の中の甘い匂いで幸せな気分だった。



「帰ったらタルトでお茶にしましょう。シルは甘いもの、大丈夫ですか? ザカリは食べれるのかな」



「タベル。シズルイッショ」



「お前さっき何も食べないって言ったじゃないか」



「シズル、タベナイ。シズルクレル、スキ。シルベスタ、アタマワルイ」



「ああそうかよ」



 ザカリが当然のように話すのをシルベスタは軽く流している。次第にザカリの扱い方が分かってきたようだった。





 アディスと別れて、次第に建物の数が少なくなり、街の外れに差し掛かかろうとした時、ザカリが急に足を止めた。

 シズルの手を離し、やや前屈みになり警戒の態勢に入った。



「ザカリ?」



「キライ、ニオイスル、マドウシ」



 ザカリは鼻に皺を寄せ、髪の毛を逆立てて唸り声をあげ始めた。



「おかしいなぁ、聞いてたのと違うよ」



 そう言いながら建物の陰から少年がひょっこり顔を出した。










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