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蜻蛉 「懐かしい故郷の遊具」

せい−れい 「竹製の蜻蛉(とんぼ)。村での最後の一夜。静かな、夜」



 エイシカ村への滞在はせいぜい一日二日の予定だったが、子爵家への対応や魔狼のこともあって、十日程に伸びてしまった。

 その間ずっと村長の家に世話になるのも心苦しく、ジークハルトたちは魔導士たちが居座っていた猟師小屋を使わせてもらうことにした。


 エイシカ村の住人は、森に放した魔狼については自分たちで対応すると言ってくれた。魔狼は村に損害を出したわけでもなく、すぐに駆除する理由がないという。村の子供たちと遊んでいた事が功を奏したようで、特にこちらから危害を加えない限り加害されないだろうと村人たちは判断したようだった。

 今までも、森の奥深くにひとりで入らないなど、自衛手段をしっかりと守り、森の魔獣たちとは共存関係を築いていたので問題ないという。もし怪我人や人死(ひとじに)が出た時は、その時また対処するとも話していた。

 厳しい辺境の寒村で暮らす者らしい、なんとも大らかで逞しい人たちだった。


 ひと月ぶりに森での採取が解禁になり、子爵家からは補償金代わりの物品も届けられていたので、村ではちょっとした祭りになった。

 ひと段落ついて、帰路につこうとしていたジークハルトたちも引き止められ、宴に参加することになった。


 村人総出のその宴は、ジークハルトたちの仮住まいの近く、森の見える場所で行われた。

 宴といっても田舎の寒村で催されるそれは、華美なこととは無縁の素朴なものだった。男女に分かれ思い思いに車座を組んで、地面に敷いた引敷ひしきの上に直に座っている。

 沢山の木の皿が並べられ、それぞれに(マニタリ)山菜(ラハニカ)果物(フルータ)野うさぎ(コウネリ)鹿エラフィの肉が焼かれ山のように盛られていた。それら沢山の食料は、エイシカ村の人々がようやく森に入れたことの証のようだった。数個の大きな樽には子爵家から送られた(クラシー)が入っていた。 



「いやぁシズル様は領主様の護衛官でなければ、うちの孫娘の婿(むこ)に欲しいくらいですわ」



 宴が始まって暫く経って、すっかり酔いのまわった村長がそんな事を言い出した。ジークハルトの隣でシルベスタが噎せている。

 村長の言葉をきっかけに、車座にいたほかの男衆も口々に語り始めた。



「線は細いし娘っこみたいなのに、貴族を一発でやっつけた、ってあの日以来うちの息子が大騒ぎで」



「うちの坊主もだ」



「うちの末娘なんかシズル様の嫁になるって言い出して。一緒に領都までついて行くって聞かないんですよ」



「うちのちびもだ。こないだまでおれと結婚するって言ってたのに・・・」



 父親のひとりはそう言って遠い目をしている。村長はうんうん頷きながら男衆の話を聞いている。



「シズル様は肝が座ってるといいますか、貴族も魔獣もものともしないとは、いやはやなんとも漢らしい」



「ははは確かに漢らしいな。婿か。貰ってくれるか」



「冗談でございますよ、領主様もお人が悪い」



 ジークハルトと村長は、どこまでが冗談か分からない会話をしていた。

 寒村のためか、若い男手はいくらでも欲しいのだろう、今度はシルベスタがその標的になったようで、村長に捕まってしまった。

 村長はシルベスタに向かって、しきりに村の娘たちの話をしている。シルベスタには災難だが、酔っ払いから解放されたジークハルトはほっとした。


 (くだん)のシズルはといえば、少し離れた所に座り込んで子供たち相手に何かやっていた。

 ジークハルトは側に歩み寄って、子供たちの輪の上から覗き込んだ。



「ほらできた」



 シズルは子供たちにそう言って、掌ほどの大きさの、三角の形に折られた紙を片手で持ち上げた。



「見てて」



 立ち上がると、紙を持った手を空に向けて振った。

 手を離れた紙がついとヘリドーのように飛んでいった。子供たちがわっと歓声を上げてそれを追いかけていく。

 少し先でそれが地面にぽとりと落ちると、走り寄って紙を拾い上げた子

供が、そっとそれを持ち上げシズルを呼んだ。



「なあシズルー、これどんな呪文で飛ばしたんだー?」



 子供のその言葉に、シズルが例の魔術もどきを使ったのかとぎょっとして、ジークハルトは隣のシズルを見下ろした。そんなジークハルトを安心させるかのように、シズルは答えた。



「おい」



「大丈夫、ただの()()()()ですよ。力は使わなくても、ああやって誰でも飛ばせるものなんです」



「カミヒコウキ・・・」



「空を飛ぶ乗り物をカルティで模したものです。本物の飛行機は転移陣を使わなくても、空を飛んで一度に数百の人を運べます。私の世界の乗り物のひとつです」



 わらわらと子供たちがシズルに駆け寄ってくる。



「なあなあ、どうやったんだよ」



「呪文を教えてよ、シズル」



「呪文がなくてもさっきみたいに飛ぶんだよ。ちょっとコツはいるけどね。色々試してごらん」



 ほら、と言ってシズルはもう一度『カミヒコウキ』を飛ばせて見せた。子供たちはシズルから離れて、あれこれ言いながら『カミヒコウキ』を拾い上げると空へ投げ始めた。

 その様子を見ながらシズルは溜息をついた。



「やれやれ、やっと離れてくれました」



「随分懐かれたな。お前、子供が好きなのか?」



「いえ特には。でも好奇心旺盛で、生きる事に貪欲なものは好きですね」



 まるでお前(シズル)みたいだな、とジークハルトは思ったが口には出さず苦笑した。



「煩わしく思ったら容赦なく追い払うと思ってたがな」



「いくらなんでも子供相手にそこまで鬼畜じゃないですよ、何ですかもう。まあでも確かに、ずっと体術を教えてくれと煩かったんですけど。貴族の似非(えせ)魔導士を蹴りつけるのを、子供たちの目の前で見せたのが失敗だったので、まあ自業自得というやつです」



「ああ、()()か」



「特に男の子は大興奮で。あ、女の子からはあの時のお礼だとかいって、お花を貰いましたよ。女の子って可愛いですよね」



 シズルは可笑しそうに上着のポケットから、野の花を麻紐で結んだだけの小さな花束を見せてくれた。それを見て、さっきの男衆たちの話を思い出したジークハルトは、声をあげて笑い出した。






 夜も更けて宴は終わりを迎え、仮住まいの家にはジークハルトたちだけになった。明日の朝はいよいよ帰途につく事になる。


 そろそろ就寝しようとふと窓の外を見たジークハルトは、月明かりの中、庭で何やらやっているシズルを見つけた。また何かやらかしているのかと、ジークハルトは外へ出てシズルのいた裏庭に回ったが、家の角を曲がったところでジークハルトはぎょっとして足を止めた。


 薪を割るための切り株の上にシズルは前屈みで座っていた。その身体全体が発光しているように見えたのだ。

 それは瞬きするほどの一瞬の事だった。


 ジークハルトの気配に気がついたシズルが顔をあげた。



「あ、ジークハルト様」



「・・・何をしているんだ」



 ジークハルトは動揺に気づかれないように、できるだけ平静を装って問いかけた。

 シズルは手元を見せ苦笑した。ナイフで何かを削っているようだった。



「紙飛行機が破れてしまって。よく考えたらこんな小さな村では紙は貴重だし、長く遊ぶには向かなかったみたいです。それで、以前串焼きを食べたのを思い出して、村の人に聞いたら同じような(モス)の串があると教えてもらったんです。それで、えっと素材は違いますけど、竹とんぼなら作れるかなと思って作ってるんです」



竹のとんぼ(バブリヴェルリ)? 蜻蛉リヴェルリみたいに飛ぶのか?」



「いいえ、これはプロペラみたいに回って上へ飛ぶんです」



 ジークハルトは『プロペラ』がどんなものか分からなかったが、そのことは聞かずにおいた。



「・・・出来上がったら見せてくれ」



「まだ時間がかかりますよ?」



「構わん」



 ジークハルトがそう言うと、シズルはまた手元の作業に集中し始めた。小刀マケリで器用に平たい木片を削っている。

 ジークハルトは家を囲む柵に凭れて、黙ったまま木を削るシズルに問いかけた。



「いろいろな遊具を知っているみたいだが、作り方を誰かに教わったのか?」



「母方の祖父ですね」



 そういえばシズルの身内の話など、聞いたのは初めてだとジークハルトは思い至った。シズルは何かを思い出したように、薄く笑みを浮かべて続きを話した。



「偏屈で、田舎で世捨て人みたいに暮らしてる人でした。じい様からはお金のかからない、いろんな遊びを教わりました。刃物の扱い方もじい様からですね」



「器用なもんだ。拳にものを言わすことだけが得意じゃなかったんだな」



「ジークハルト様が私をどう思ってるのかよく分かりました。針仕事だって料理だってできますよ、ちゃんと教えてもらってますから」



 手元から目を離さないまま言ったシズルの言葉に、ふと両親はどうしてる、と口にしそうになったがジークハルトはその言葉を飲み込んだ。聞いてもどうにもならないと思い出したからだった。

 会話が途切れて、木を削る音だけが辺りに響いていた。



 月明かりの中、ジークハルトはさっき見たもののことを考えた。

 今、シズルには特に変化は見られない。さっきのあれはやはり、何かの錯覚だったのだとジークハルトが思い始めた頃、シズルが顔をあげた。



「出来ました。上手くいけばいいですけど」



 そう言って見せたのは蜻蛉リヴェルリと言うよりはスフェンダミの種のような形をしていた。

 串の部分を両手で挟んで擦りわせるようにしてから手を離した。

 竹の蜻蛉(リヴェルリ)は、羽の部分をくるくる回しながら、夜空の煌めく星の中へ真っ直ぐ上がっていった。

 シズルはそれを目で追って、柵を超え落ちていった先に拾いに行った。月明かりの中、目の前に黒い影絵となって浮かび上がっているアウレーの森が見えていた。

きらり、とその森の中にふたつの光が見えた。



 ジークハルトはそれが何なのか、すぐに気がついたが黙ったままでいた。しかしどうやらシズルのほうもそれに気がついたようだった。

 竹蜻蛉を拾いその場で立ち止まって、少しの間黙ったまま森を見ていたがやがて、



「ばいばい」



 シズルはそう呟いて戻ってきた。











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