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魔狼 「魔導士の正体、後始末」

ま−ろう 「魔狼(ヴォロリュコス)とシズル。ジークハルトの誤算」



 エイシャ村の騒動は何とか解決を見たが、村にやって来た四人の男たちの正確な身元が判明すると、その事後処理の方が大変なことになった。


 結界を張った魔導士とその従者。

 魔導士の後ろ盾となっていた貴族とその従者。魔狼ヴォロリュコスに怪我をさせられたのがこちらの従者だった。

 問題は貴族本人の方で、伯爵領と隣接する(となりの)子爵領の次男だった。



 この貴族に怪我を負わせたのがシズルだった。



 ジークハルトが村長の家で会ったその次男は、呪文を唱えさせないように口に布を突っ込まれ、魔法陣を描かせないように縄でぐるぐるに縛られて床の上に転がされていた。しかもシズルの攻撃を受けていて、顔が腫れ上がって酷い有様だった。


 一緒にいた子供たちが、その次男から頻繁に魔術で折檻を受けていたこともあって、村人たちは貴族相手にも一歩も引かない姿勢をみせるほど、皆シズルの味方だった。


 ジークハルトはすぐさま子爵家に連絡を入れ、次男の引き取りを要請した。その時に今までの次男の所業を報告し、何とかシズルの加害との相殺を図ろうと試みた。


 引き取りに来た子爵家の使者は、簡単な治療は施してあるものの、人相の変わってしまっている次男を見て驚いた。驚く使者に次男を引き渡す時、ジークハルトは自らの署名の入った子爵宛の親書を一緒に持たせた。


 子爵は変わり果てた次男の有様にも驚いたが、何より一緒に齎された辺境伯の親書に書かれていた、その内容に驚愕した。



 凶暴な魔獣を他領に勝手に持ち込んだ事、許可無く他領の一部を占有した事、その間住民の生活に支障が出た事、無償で衣食住を強要した事、住民(こどもたち)に危害を加えた事、辺境伯の護衛官シズルに危害を加えようとした事などなど。



 枚挙にいとまない、己が息子の愚行の数々が記された辺境伯()()のその文書に、子爵家の当主は真っ青になった。



 しかも現場の村に辺境伯本人がいたのだ。



 結果、シズルの加害は問題にされなかった。それどころか子爵家当主から、この度の次男の不始末をどうか不問にしてくれと、逆に平謝りされるほどだった。


 魔導士とその従者の処遇については子爵家に任せた。次男とはいえ、子爵家が後ろ盾となっていたからだ。単にジークハルトがこの件から早く手を引きたかった、というのもある。それほど今回の出来事はジークハルトをうんざりさせていた。

 子爵領に引き取られて行くことになった魔導士は、出発の直前までシズルと話をしたいと懇願していたが、シズルは最後まで無視し続け了承しなかった。


 そして、そちらで好きに処分して貰えないだろうか、と子爵家が引き取りを頑なに拒否した魔狼だけが森に取り残されたしまった。







「処分しろと言われてもなぁ」



 ジークハルトは、アウレーの森の中に流れる小川で、魔狼をごしごし洗っているシズルを見ながら言った。

 あの後魔狼はシズルから離れなくなった。

最初はジークハルトやシルベスタが近寄ると、唸り声をあげて威嚇していたが、シズルが窘めると唸り声はあげなくなった。しかしジークハルトたちとは一定以上の距離を空け、そこからは決して近づくことはなかった。



「しかしこのままここに置いておくわけにもいかないんだろう?」



 シルベスタが答える。

 その向こうでは、もはや洗っているのか遊んでるのか分からないほど、びしょ濡れになって騒いでいるシズルと魔狼を、子供たちがおっかなびっくり遠巻きに見ている。

 子供たちは子供たちで、魔導士を自称していた傍若無人の貴族を『退治した』という事で、ずっとシズルに纏わり付いている。



「村人の大半は魔狼を怖がっているからな」



 ジークハルトがどうしたものかと考えていると、ついに子供たちも水遊びに参加したのか、小川がさっきより騒がしくなった。水しぶきの音と、子供たちの歓声が大きくなる。



「ジークハルト様! あれやってください、あれ」



 小川から能天気なシズルの声が聞こえてきた。ジークハルトがちらりと視線を向けると、シズルも魔狼も子供たちも皆びしょ濡れになっている。



「あいつは俺を何だと思ってるんだ」



「さぁ。オレの事も火起こしに便利、くらいの扱いでしたからね」



 ジークハルトは深い溜息をついて、座ってた切り株から腰をあげ、水際で騒いでいる子供達に声をかけた。



「お前たちそこに並べ」



 小川からあがった一同が一列に並ぶ。魔狼も行儀よくシズルの隣に並んでいる。



「ラ・ルファステグノステ・マリャ」



 魔力を調整して呪文を唱えると右から左に渦を巻きながら、並んだ子供たちに全員に風が吹き抜けた。ついでに魔狼にも。



「すげー」



「すごい」



「もうかわいちゃった」



「ガウ!」



 何故か最後に魔狼にも返事をされた気がした。シズルがしみじみと魔狼に語りかけている。



「ね? 凄い便利だよねぇ」



 ジークハルトのこめかみが引き攣った。

 異世界人シズルにかかると、魔術もただの便利な道具に過ぎないようだった。






 大騒ぎの水浴びの後、子供たちはそれぞれ帰っていった。シズルが手を振って見送ると、森にはジークハルトたちと魔狼だけになった。


 汚れが落ちて綺麗になった魔狼は灰色ではなく、綺麗な銀色の毛並みをしていた。大きな体躯の首のあたりにしがみついて、シズルはご機嫌だった。



「・・・もふもふ。これぞアニマルセラピー」



 また意味不明な言葉を呟きながら、魔狼の毛並みを堪能している。魔狼の方も緋い目を細めて気持ちよさそうにしている。

 だが。



「そいつは連れて行けないぞ」



 ジークハルトがシズルに伝えた。

 その言葉にシズルは魔狼の首から顔を離して立ち上がり、拍子抜けするほどあっさりと了承した。



「そうですね」



 そして魔狼の首筋をするりと撫でると、その緋色の目を正面から見て話しかけた。



「君とはここまでだよ。今度は人間に見つからないように暮らすといい。ほら、君は自由だ」



 シズルはそう言ってまっすぐ森の奥を指差した。



 魔狼はシズルと、シズルの指した方を交互に見つめ暫く逡巡していたが、やがてのっそり立ち上がると森の奥へ歩いて行った。一度、シズルの方を振り向いたが、そのまま茂みの向こうに姿を消していった。



「・・・いいのか? シズル」



 魔狼の消えた方向を見つめたままのシズルに、シルベスタが心配そうに声をかけた。だが、先程まであれほど戯れ合っていたのが嘘のように、特に何の愛着も感じさせずシズルは淡々と話した。



「もちろん。相手は野生動物ですよ。人間が気まぐれに手を出していいものじゃありません」



 そう言ったあと、不意にシズルがジークハルトに向き直って言った。



「後はご自由にどうぞ。この世界にはこの世界の慣習(ルール)があるんでしょう? 害獣として()()するなり、このまま放置なさるなり、判断はお任せします」



「・・・おい」



「シズル?!」



 ジークハルトは眉を顰めた。

 シズルはジークハルトたちに魔狼を駆逐しても構わないと言っているのだ。



「この世界では魔獣の何を判断して害獣とするのか私にはわかりません。それは単に人間側の判断基準です。彼、魔狼には魔獣として判断する基準(生き方)があるでしょう。ですからもし魔獣(かれ)とジークハルト様たちの『基準』が相対(あいたい)して、双方が殺しあったとしても、私は特に何も思いません。それがこの世界の慣習なんでしょう? ですからご自由に、と言っているのです」



 ジークハルトからじっと目を逸らさずにそう言った。



 しかし、シズルは状況を見極める時にみせる、あの瞳をしてジークハルトを見ている。自分シズルにとって信用するに足る価値が有るのか無いのか、じっと観察しているのだ。


 ここで判断を間違えるとどうなるのか。



「いいのか?」



「どうぞ? でしたらおふたりとは()()()()()()ですね」



 そうきたか、とジークハルトは思った。



「皆がそれぞれ自身の判断基準で行動するなら、私も自分の判断基準で()()()()までの事です、これまでと何も変わりません」



 シズルは、さも当然だと言わんばかりの態度で、平然と言ってのけた。



 今、こうしてジークハルトたちと行動を共にしているのは、()()()()()()()()で、彼女が必要ないと判断すれば、あっさりと捨て去ることができると言っているのだった。



 何ということだ。



 うまい具合に転がして、手の中で保護してやっていると思っていたのは、ジークハルトの思い上がりだったようだ。



 (つい)にジークハルトは白旗をあげた。



「・・・分かった。今回は魔狼の処分は見送る」



「いいのか、ジーク」



「よくない」



 ジークハルトは眉間に皺を寄せて答えた。



「よくないが、ここでシズルに去られるのも困る。凶暴凶悪な人間を野放しにするより、魔狼を森で生かしておく方がましだ」



「何だか私の評価が酷いんですが」



「当然だ。邸の魔導士に続いて、貴族まで血祭りにあげるやつを、それ以外にどう評価するんだ」



「とにかく村長に話をしてみよう。今までも魔物と共存共栄してきたんだ。話くらいは聞いてくれるさ」



 睨み合うジークハルトとシズルを、宥めるようにシルベスタが言った。










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