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散歩 「ぶらぶら歩く」 【挿絵あり】

さん−ぽ 「護衛騎士(シルベスタ)と強制散歩」


 ジークハルトから外出許可をもぎ取った異世界人『シズル』こと守山モリヤマ静流(シズル)は、さっそく塔から出て周囲を散策中だった。

 といっても塔の周囲はぐるりと塀に囲まれていて敷地の外に出る事は叶わない。塔の敷地の中には小さな庭園と見張り小屋のようなものしかなく、あとは何もない広場があるだけだ。

 

 シズルの生まれてからの現在までの二十四年間は実に波瀾万丈だった。

 現在もその真っ只中とも言えるが、平凡に擬態して大人しくしていてもどこからかトラブルが舞い込み、その度散々な目に合ってきた。大人しく全てを運命に任せるタイプではない彼女は、その時々で出来うる限りの抵抗を試みていた。

 トラブルや闘争けんかに巻き込まれているうち、シズルは次第に女性らしさからは遠くなり、いつの間にか警戒心ばかり強い皮肉屋の人間嫌いになってしまった。

 

 幸か不幸か、幼い頃から護身を兼ねた色々な体術を習得していたおかげで、大した怪我もしないほどには危機回避能力は高かったシズルは、この世界に来て早々『只人ただびと』という無能な一般人に認定されたものの、警備兵を行動不能にする実力はあると自負していた。

 だが、さすがに異世界転移などという突拍子ないものに対抗する術など持ち合わせているはずもなく、そのためシズルはささやかな抵抗として名を名乗っただけで、余計な事は一切話していない。

 おまけにこの世界の人間は魔術というものが使えるらしい。

 シズルは自分の力と未知の魔力との力量差を図りかね、大人しく他の機会を待つ選択をしたのだ。

 

 

 城で十日、転移陣とやらでここに飛ばされてから五日ほど。ほぼ軟禁状態でよく我慢したと、シズルは自分自身を褒めてやりたいと思っている。しかし今回はトラブル慣れしていたシズルもさすがに困惑した。

 

 トラブルの原因、聖女召喚とやらを主導したルーデリックは赤い長髪のすらりとした優男で、見た目はいかにも貴公子然とした誰もが認めるいかにも『ザ・王子様』という風貌だった。

 しかしその後の彼の行動も鑑みて、シズルはルーデリックを『軟派なチャラ男』と決定づけた。

 

 ルーデリックやその場にいた他のローブ姿の男たちは、シズルと一緒に召喚された篠宮シノミヤ瑠花(ルカ)という女子高生には腰が低く丁寧な態度で接し、対するシズルにはやたら上から目線で扱いも雑だった。その態度から察するに、あの場にいた者全員が最初からシズルの事など眼中になかったようだ。

 

 確かにルカは大層可愛らしく、ウェーブのかかった柔そうな栗毛で大きな瞳をうるうるさせて小動物のように震えていた。

 そんな庇護欲を掻き立てる可憐な美少女と、無表情で平然と突っ立っていたシズルを比べれば、前者が聖女に見えたのも仕方ないのかもしれない。



 挿絵(By みてみん)



 ただし、両者がただの一般人と分かった後でもその態度はあまり変わらなかった。聖女とやらの選択基準にルーデリックの嗜好が多大に反映されていたのは間違いない、とシズルは考えていた。

 だからといって勝手に異世界から召喚ゆうかいして無視した挙句、謝罪も説明も他人任せで放置し遠くへ追いやっていい理由にはならない。

 王太子か何か知らないが、人としてどうなのかとシズルは苦々しく思っていた。

 

 誘拐犯の『軟派なチャラ男』を甥っ子だと言ったジークハルトは、ルーデリックとは正反対の風貌をしていた。

 筋骨隆々ではないが上背もあり、がっしりとしていて存在感がある伯爵は黒髪短髪で精悍な顔立ちをしていた。装飾品の類は一切着けおらずその容姿も相まって、王家に縁のあるお貴族様というより軍人だと言われた方が余程納得できる。チャラ男と似ているのはその碧い瞳だけだった。

 ジークハルトの後ろにいた美丈夫の金髪緑眼の従者の方が、よっぽど高貴に見えたくらいだ。

 

 召喚時の諸々を思い出したシズルは不機嫌になった。

 しかしそのことよりももっと、現在進行形で神経を逆撫でしていることがあった。

 自由にと言われたのに、ジークハルトが去ってからどこへ行っても誰かがついてくる気配がするのだ。恐らくはジークハルトの指示だろうが、シズルのことを完全な不審者扱いである。

 でかい図体で短髪のドーベルマンのようなジークハルトは、いかにも脳筋でございという風貌だが、意外と慎重な性格なのかもしれない。先日の初対面の時も、あの碧い目で隙なくこちらを窺っていたのをシズルは肌で感じていた。

 人の気配に敏感な彼女は、始終感じる視線を大層鬱陶しく思っていた。

 

 さてどうしようか。とりあえずはいらつくストーキングを止めてもらって、仲良く一緒に散歩でもと平和的に頼んでみようか。

 シズルは普段あまり仕事をしない表情筋を使って悪い笑みを作った。

 

 

 

 


 シズルという娘は何をするでもなく、時折空を見上げながら塔の周囲を彷徨いている。こうして見ると、ジークハルトに平然と口撃を仕掛けたのが信じられないほど普通の娘だ。

 シルベスタはここ数日、付かず離れずの距離を保ちながらシズルを観察していたが、ジークハルトは警戒しすぎているのではないかと考えていた。

 

 突然目の前の人物が突然くるりと振り返って、猛然とこちらに突進してきた。

 

「え」

 

 シズルのそのあまりの素早さに咄嗟に身体が動かず、シルベスタはその場に立ち竦んでしまった。距離は充分保っていたが、今いる庭園には隠れる場所がどこにもない。普通の娘と思っていた彼は、完全に油断しその隙を突かれたかたちになったのだ。

 唖然としているシルベスタの目の前でシズルが立ち止まった。


「こんにちは」

 

 シルベスタを見上げる彼女の黒い瞳と目が合った。

 

「フロトポロス伯のお供の方でしたよね? 私はシズルと言います。えーと貴方のお名前は……」

 

「護衛騎士の、シルベスタ・エシ・メントルと申します」

 

「そうそう。失礼いたしました、()()()()様でしたね」

 

 シズルとシルベスタは以前会った時名乗りを交わしていないので、今のやり取りで強制的に名乗らされたといえなくもない。

 まんまとしてやられたようで、シルベスタは内心落ち着かなかった。

 

「で、何か御用でしょうかメントル様」

 

 シズルは微笑んでいるのに目は笑っていない。

 丸腰な筈のシズルに剣先を突きつけられているような気がして、シルベスタは思わず腰の短剣に手をかけそうになった。

 

「いえ」

 

 咄嗟に何も浮かばなかったシルベスタは言葉を濁した。

 するとシズルが急に、納得したように手を打って嬉しそうに言いだした。

 

「ああ! 成る程わかりました。伯爵様に私の相手を仰せつかったんですね。嬉しいです! ひとりで退屈していたところなんです。ご一緒して下さって感謝します、メントル様」

 

 逃げ道を塞がれるように、暗に『ジークハルトに指図されているのだろう』と言われてしまっては『(そうです)』と答えるほかない。

 シルベスタは諾々とシズルと寒々しい庭を散歩することになった。

 


 

 


「それで塔の周囲を仲良く散歩してきたわけか」

 

 ジークハルトは領主邸の執務机に顔を伏せ肩を震わせ始めた。笑っている。

 シズルの様子を報告していたシルベスタが抗議の声をあげた。

 

「笑い事じゃないです、肝が冷えました。ジーク顔負けの腹黒さですあれは」

 

「おいちょっと待て、聞き捨てならん。俺のどこが腹黒だ」

 

「色々話をさせられましたが、天気の話から食べ物の話、そうそうあとは、ジークは何食べてあんなにでかくなったんだとか。本当に他愛のない話ばかりで、こちらの事情を探るような様子はなかったですよ。本当にただ散歩の相手が欲しかっただけにしか見えなくて、何考えてるのかさっぱり分からないですね」

 

「俺の話は無視かよ。まあいい」

 

 ジークハルトは先日の邂逅以来、シズルが本当に偶然召喚に巻き込まれただけなのか、それともどさくさに紛れて何某なにがしかの思惑のために、ここに送りこまれたのか計りかねていた。

 シズルという異世界人は愛想もなく慇懃無礼で、怖いもの知らずな風だが決して馬鹿ではない。寧ろ頭の回転は早い方だと思う。今のところ実害はなさそうだが、彼女の底の見えない何かがどうもジークハルトには引っかかっていたのだ。

 

「どうも胡散臭いが決め手がないな」

 

「でもジークの野生の勘に引っかかってるんだよな」

 

 仕事モードを引っ込めたシルベスタがジークハルトに問う。

 

「確かにそうだが、他に言い方はないのか。最近益々俺の扱いが酷いぞ、シル」

 

「ああそれから、こんどは塀の外へ出て町が見てみたいそうですよ。案内していいんならオレが行きますよ」

 

「俺の話を聞けよ、全く。塀の外か、そうだな……」

 

 ジークハルトは気のない返事をした。

 

 品のいい呑気な若者に見えるこの側近シルベスタは、護衛騎士としての腕も確かで、見かけによらずデキる男だ。そんな男を手玉に取るような娘が、只人として国境沿いの辺境の地にいる。そんな偶然は到底信じられない。

 辺境伯ジークハルトの警戒心はシズルよりも強いものだった。





 



2021.3.24改稿

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