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手紙 「便り、嫌がらせ」 【挿絵あり】

て−がみ 「ルカへの便(たよ)り、ルーデリックへの便り(いやがらせ)



 ジークハルトは今日も書類と格闘していた。

 先日、休憩中にシズルと手合わせしたことに対して、ジークハルトはシルベスタに散々小言を喰らった。

 その側近シルベスタが、今日は後ろで睨みを効かせている。


 監視付きで、渋々仕事に励んでいるところへシズルがやって来て、文字と文章の練習も兼ねて手紙を出してみたい、と言い出した。



「誰に出すんだ? いつそんな知り合いが出来たんだ、お前」



「知り合いというか、瑠花ちゃんに出したいんです」



「ルカチャン? ああ、城にいる『偽りの聖女』か。それは構わんが、多

分本人まで届かないぞ?」



「ああ、存在は秘匿されてるんでしたね。それ以外の理由も何となく分かりました。私はチャラ、いえ王太子ルーデリック様に疎まれてますからね」



 邸に乗り込んで来た時のあの剣幕から察するに、ルーデリックは何故かシズルを嫌っている。疎まれるどころか、嫌悪されているのではないかとジークハルトは感じていた。当のシズルに尋ねても、嫌われる理由は皆目見当がつかないという。

 それはそうだろう。実際にここに乗り込んで来るまで、ルーデリックとシズルは接触らしい接触はなかったのだ。


 ルーデリックは反対に『偽りの聖女』ことルカ・シノミヤの事は、自身がしっかり囲い込んで側から見ても分かるくらいに溺愛している。

 そんなルカに、自分が嫌悪している相手からの手紙を渡す訳がないとジークハルトは思った。

 そのことはシズルも理解しているようだったのだが。



「ですから、是非ジークハルト様の出すお手紙に、ついでに同封させていただけないかと思いまして」



「まあそれくらいなら構わんが、一応手紙の中身は確認させてもらうぞ」



「構いませんよ。実は添削もお願いしたくて、今ここに持って来てます」



 シズルは狡賢い上に手際がいい。

 ジークハルトは見せてみろ、と手紙を受け取った。


 一枚はルーデリックに宛てて、簡単な時節の挨拶。もう一枚は、何やら様々な形の記号のようなものが、隙間がないほどびっしりと綴られていた。何かの魔術式や魔法陣というわけでもなさそうだが、ジークハルトには何が書いてあるのか判別できなかった。



「これは何だ」



「異世界の、私たちの母国語ですね」



「何て書いてあるんだ」



「簡単な挨拶文ですよ。元気でいますか? こちらも元気ですよ、とかそんな感じです」



 ジークハルトの胡乱な視線に、シズルは説明を続けた。



「これなら瑠花ちゃん()()、確実に私からの手紙だと分かりますから。それに、こればかりは信用してもらうしかありませんが、そちらに都合が悪い事は何も書いてないですよ?」



「・・・もしかしてだが、これはルークに対する嫌がらせか?」



「嫌ですね、何言ってるんですか。ルーデリック様にはちゃんと挨拶状を書いてるじゃないですか」



 何て白々しい。

 胡散臭い笑顔で答えるシズルに、ジークハルトは、自分の感想が間違いないと確信した。



「安心して下さい。何か奸計(わるだくみ)を巡らせるほど、この世界に詳しい訳でもないですし。第一そんな事をして、私になにか利点がありますか?」



「まあな」



 シズルが言うことももっともなので、ジークハルトは結局その申し出を承諾して、ルーデリック宛てに親書を送ることにしたのだった。






 ルーデリックは、聖女召喚の時、ルカと一緒にこちらに来た、あの異世界人が最初から気に入らなかった。


 ルカより年長のその女は、辺りを伺いつつも無表情なままその場にじっと突っ立っていた。始終落ち着き払っていて、まるでこちらをじっと観察しているようだった。

 あの女の、真っ黒なその瞳で見られると、ルーデリックは何故か落ち着かない気持ちになった。

 上から下まで、全身黒ずくめなのも気味が悪かった。


 その点ルカは怯えてはいたが、纏う空気は柔らかく可憐で美しかった。


 ルーデリックが名乗り、手を差し伸べると、不安そうにこちらを見上げながらも自分の手を取った。労働を知らない貴族のような、柔らかくて小さな手だった。

 魔力の測定を待つまでもなく、彼女が聖女に違いないとルーデリックは思った。

 しかし、その場にいた魔導士が、魔力の有無を確認しなくてはならないと譲らなかったので、不安がるルカを安心するように宥め、魔力測定を行った。


 だがルカには魔力がなかった。しかしルーデリックはその測定結果が間違っていると思った。


 聖女召喚に応じて、異世界からやって来た可憐な少女。

 召喚術自体は成功している。

 魔力がないのはきっと異世界から来たばかりのせいで、この世界に慣れれば必ず魔力の発現があると思った。自分が側についてこの世界の事を教え理解が深まればきっと、とルーデリックは考えた。


 絶対にルカが聖女で間違いない。間違いである訳がない。


挿絵(By みてみん)




 もうひとりの異世界人にも魔力がなかった。当然だと思った。

 鑑定結果を伝えてもさして何も感じた風もなく、やはり無表情のままだった。その気味の悪い異世界人の只人から、いち早くルカを引き離すべくルーデリックはその場を去る事にした。

 別室へ随伴する際ルカは、その同郷の只人をちらちら振り返り気遣う様子を見せた。心根も優しく正に聖女の証のようで、ルーデリックにはそれが更に喜ばしかった。


 ルーデリックはルカの里心に火がつくのを恐れ、尚且つあんな気味の悪い只人に、ルカが心を割くのが許せなかった。

 残った者に只人の処分を任せ、そのままその場を後にした。


 その後暫く、ルカにこの世界の事を色々教え、あるいはルカに異世界の事を聞きながら、柔らかく穏やかな日々を過ごしていた。


 そんなある日、辺境の魔導士が、城の近衛兵団所属の魔導士を通じて、ルーデリックに知らせを寄越してきた。

 ルカとの素晴らしい暮らしの中ですっかり忘れていたが、こともあろうに塔に封じたはずのあの只人が、自身の叔父で辺境伯でもあるジークハルトの邸の中を、自由にうろつきまわっているというのだ。


 異世界の只人の分際で、伯爵邸に入り込んで何をしているのか。

 ルーデリックは怒りに身が震えた。


 すぐさま側近たちをつれ、転移陣で伯爵邸へ飛んだ。

 只人の所在を突き止めて追求しに行けば、叔父の近くに部屋を与えられ、そこで呑気に何か書き物をしていた。


 ルーデリックは怒りのままに怒鳴りつけたが、返されたもっともな言葉の数々に次第に返答に窮していった。

 只人はとにかく口が達者で、次から次へとルーデリックに悪罵とも取れる正論を浴びせてくる。反論の言葉を考えあぐねているうちに、叔父のジークハルトがやって来た。


 叔父が割って入った事で只人の口撃が一旦止まり、その間に半ば逃げるように城に戻る事になった。


 城に戻ると叔父の言っていた通り、ルカが心配そうにルーデリックに駆け寄って来た。安心させるため正直に、召喚の時に一緒にいた異世界人の様子を見て来たのだと伝えた。

 するとルカはにっこり笑って、今度行くときは一緒に行きたい、自分も会って話がしたいと言い出した。



 しまった、と思ったがもう遅かった。



 そんな事があって暫く経って、私のところにあの生意気な只人から手紙が届いた。


 普段ならあんな無礼者、しかも只人の手紙など読むどころか受け取りさえしないが、叔父からの親書の中に紛れ込んで、ルーデリックの下まで届いてしまったのだ。


 叔父の手紙に同封されていたそれは、ルーデリック宛てに下手くそな文字で、時節の挨拶が綴られているものともう一枚、ルカ宛てに何やら判らない記号のようなものが書かれた紙が入っていた。


 側にいたルカが覗き込み、あっと声をあげた。



 そこに綴られていたのはルカの母国語だった。

 ルカに頼まれ記号の書かれた紙を渡すと、嬉しそうな懐かしそうな笑顔になった。


 ルーデリックがルカに、そこに何が書かれているのかと問うと、元気にしているかの挨拶に始まって、趣味や異世界の甘味や嗜好品の話、今の季節に()()()()咲いている花の話、ルカがどこに住んでどこの学校に通っていたのかとの質問や、もしかしたら同じ街に住んでいたのかもしれない、ならばどこかで偶然会ったことがあるかもしれない、などとルカの里心を刺激するような内容ばかりだった。



 ルーデリックには理解できない言葉や情景、異世界人同士にしか通用しない共通の話題。



 案の定、ルカはすぐにでもその異世界人の只人に逢いたいと強請ねだった。折角ルカが、自分にもこの世界にも慣れてきたところだというのに。

 やはりあの只人は彼女に近づけてはいけないと思った。



 ルーデリックは苦い顔をして、自分宛の手紙を握りつぶした。









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