邂逅 「辺境伯と招聘者」
かい−こう 「思いがけない出会い」
さて、どう切り出せばいいのものか。
溜息をひとつ、辺境伯であるジークハルトは考えを巡らせた。
エデル国国王の箱入り息子、王太子のルーデリックが自分の魔力を誇示する為に長い間忘れられていた召喚術を強行した結果が今ここに在った。
ジークハルトにとっては義理の兄である現エデル国王バシレウスは、現在病に臥せっている。その名代を務めているのがまだ若い王太子のルーデリックだったが、実際の実務は病床のエデル王の指示の下、国の重鎮たちが執り行っている。今回の一件はその事も少なからず影響している。
ルーデリックは賢王と誉れ高い父王に憧憬とそれと同等の劣等感を抱いていて、いつも認めてもらいたいと強く思っている。それなのに任された名代は名ばかりで実がないものだった。鬱屈していたルーデリックのその承認欲求を権力に目の眩んでいる取り巻きの貴族や、召喚術そのものを試してみたかっただけの魔導士たちに上手く利用されたようだ。
世界を救うとされる聖女召喚。
多大な魔力を必要とするその術は千年前の大災害、あとは数百年に一度起こる魔物の大発生時に数回行われた記述があるのみで、ここ最近では百五十年前に行われたのが最後だった。
召喚には多大な魔力が必要となる上に、異世界からどのようなものが召喚に応ずるか分からない為、諸侯や魔導士が協議を重ね慎重に行われるものだった。
今回の召喚は、ルーデリックの王太子という立場をより確かにするための、ただの権威付けに過ぎないもので、聖女召喚そのものに何ら意味はなかった。
そんな意味のない行為だったためか、城の召喚の間にふたりの女性が召喚されてしまった。その場にいたものは困惑した。即座に立ち合っていた高位の魔導士が調べたが、ふたりからは魔力を感じることができなかった。その事から導かれる事は即ち──聖女召喚は失敗だったという事だ。
召喚に応え現れたのは、何の魔力も持たない『只人』だった。
だが異世界人のひとりは可愛らしい少女だったようで、ルーデリックはその少女に一瞬で心を奪われてしまったようだ。彼は何を血迷ったのか、少女は異世界からの召喚に応じたのだから聖女に間違いないと言い張り、訳の分からないまま怯える少女を華麗にエスコートし、その場からさっさと連れ去ってしまったのだ。
残されたもうひとりの異世界からの招聘者は、少女よりも年嵩でどこにでもいるような凡庸な娘だった。
ルーデリックの言い分ならば、彼女も召喚に応じたのだから聖女という事になるが、責任者が出て行ってしまい、残された者は娘の扱いをどうすればいいのか途方に暮れた。それでも召喚された娘なので放ってもおけず、暫くは城に留め置いていたようだった。
だが十日ほど経った頃やはり扱いに困ったのか、あろうことか城にある転移陣を使って、辺境にある貴人専用の塔へ飛ばしてしまったのだ。その塔は貴人専用には違いないが、貴人の『罪人』を軟禁するための建物だった。
程のいい厄介払いである。
先触れもなくいきなり塔の転移陣が発動した事に驚いた建物の管理者は、魔導士を伴って現場へ駆けつけた。とはいえ作動中の転移陣を止める事など出来ないし、転移はあっという間なので、彼らが転移の間に着いた時には既に転移は完了した後だった。
そこには全身黒ずくめの変わった格好をした娘がぽつんと、所在なさげに立っていたという。
塔のある辺境の地フロトポロスはジークハルトの治める土地で、外遊で領地を離れていたその滞在先で事の次第を聞かされる事になった。
慌てて領地に帰った彼は、召喚の実態を確認すべく休む間も無く邸の転移陣で王都に押しかけた。が、甥のルーデリックが捕まらず、代わりに召喚に立ち合った魔導士のひとりをひっ捕まえて詳細を確認することに成功した。
甥の愚行に愕然としつつ即座に辺境に引き返したジークハルトは、飛ばされてきた娘の世話をしていた者を屋敷に呼び出して話を聞き、やっと本日の邂逅となったのだった。
この時点で、娘がここへ飛ばされて来て五日経過している。召喚されてからだと二十日近く経っている計算になる。
厄介払いされる事になったその異世界人の名は『シズル』と名乗ったという。塔の管理者の戸惑いもよそに、凡庸と言われたその娘は怯えもせず至って冷静に事情説明を求めた後、そのまま大人しく部屋に滞在しているという。
ジークハルトは俄かには信じられなかった。
いきなり見知らぬ世界に連れてこられた挙句二十日も放置され、それでも文句も言わず平然としているなど、そんな肝の座った女性が存在するのか。衣食住は保障されていたとはいえ聖人君子でもあるまいに、文句のひとつやふたつ言いそうなものである。
今、目の前にいる娘は、窓際に置いた椅子にちょこんと座っている。
想像していたよりも小柄で、成人していると聞いていたが少女のように見える。肩ほどの黒髪を後ろで一つに束ねて、こちらで与えられたのだろう簡素なワンピースを着ている。飛び抜けて美人ではないが、意志の強そうな目が印象的だった。
しかしジークハルトはその黒い瞳に見つめられた途端、首の後ろの毛が逆立った。異世界人の娘が、まるで子供が興味津々に虫や草花を観察するように、こちらをじっと観察しているのに気がついたからだった。
こんな目をする娘のどこが凡庸なのだ。このような者が普通の筈がない。
そう感じたジークハルトは、出来るだけ平静を装って話しかけた。
「初めてお目にかかる、異世界のお客人。私はこの塔の建つ伯爵領を治めている領主でジークハルト・アフティ・フロトポロスという。所用で領地を離れていて対応が遅くなって申し訳ない。この度は甥のルーデリックが大変失礼した。私からも改めてお詫びする」
謝罪しながらも注意深く、気取られないように娘を観察する。
「今回の大体の事情は聞いているが何か不都合はないだろうか。できるだけの事はさせてもらいたいと思っているので遠慮なく言ってくれ」
「ご丁寧な挨拶痛み入ります。初めまして伯爵様。異世界人のシズルと申します」
シズルは立ち上がり軽く礼をしてから話を続けた。
「では遠慮なく。先ほど客人と言われましたが、その割にはあちらこちらたらい回しで困りました。随分とぞんざいな扱いでしたが、貴方様の謝罪はお受け致します。これは私感ですが元いた世界とこちらとでは大層常識が違うようですしなにぶん私は下賤の者ですので、こちらこそ失礼があってもどうかお許しください」
いきなり慇懃無礼な言葉で横っ面を叩かれたジークハルトは、ほら見ろどこが凡庸なんだと心の中で悪態を吐いた。
「こちらの皆様には良くして貰っています。軟禁されている割には環境は整っていると思いますので、どうぞお気になさらずに。ただ、そろそろ解放して頂きたいのですが。それはそうと、貴方様の甥御さんとやらからは謝罪は一切受けた記憶がありませんが、はて、私の記憶違いでしょうか」
にっこり微笑んでジークハルトを見るが、目は笑っていなかった。
シズルからすらすらと吐き出される棘だらけの言葉がジークハルトに刺さった。彼女は至って冷静な態度で言葉は丁寧だが激怒しているのが手に取るように理解った。当然だろう。だがジークハルトにしてみれば、言われっぱなしなのも些か業腹だ。
「シズル殿から強く外出を望まれた事はない、と聞いたが?」
「塔の外へ出たいというのは、部屋の外に張り付いている警備の方に何度かお願いしましたが、その度に申し訳なさそうに止められるので諦めたんです。さすがに実力行使で無理矢理というのも警備の方が気の毒ですし」
シズルの口撃に一矢報いようとしたジークハルトの耳に、先程の苦言とは違う何やら不穏な言葉が聞こえた。
「……分かった。貴女は罪人ではないのだから確かにここに閉じ込めておく理由もない。出来るだけ自由に出歩けるようこちらで手配しよう」
「ありがとうございます」
シズルは静かに頭を下げた。ではまた、とジークハルトは部屋を後にして、やたらと緊張した初対面は終了した。
部屋から出たところで、ジークハルトの後ろでずっと控えていた彼の側近兼護衛のシルベスタがすぐ側まで近寄って話しかけてきた。
「ありゃ何だジーク! アレのどこが凡庸で大人しいんだよ」
乳兄弟でもあるふたりは、仕事以外でほかに人目がない時には友達のような気安さで話す事も多かった。
「言うなシル、俺が聞きたい。あの小さい身体で何て威圧感だ。漏らすかと思ったぞ」
「ちびるなよ。あの娘は魔力を持ってないんだろう? 実力行使ってなんだ? 何するんだ」
「本当に漏らすわけなかろうが。何するかなんぞ知るか! というか知りたくない。異世界人怖い」
誰もいない回廊でひとしきり戯れ合った後、ジークハルトは急に真顔になった。仕事用の顔に切り替わったのを察したシルベスタも、先程までの軽い雰囲気を引っ込めた。
「シルベスタ、あのシズルとかいう異世界人を暫く監視しろ」
「私は貴方の護衛なんですが」
「この領内で俺に敵う奴がいるのか?」
「いませんね」
「俺が今この場で一番恐ろしいと思ったのはあの娘だ」
辺境伯の顔に戻ったジークハルトは主としてシルベスタに命令した。
2021.3.23改稿




