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ハルへ  作者: はるのいと
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第二十六話「魔法にかけられて」

 抜けるような青空。カラッとした陽気は人を外へと(いざな)わせる。ご多分に漏れず小夜もこの陽気につられマンションを飛び出し、いつもの並木通りを歩いていた。そんな彼女の目的地はこれまたいつもの商店街。


 本日の夕飯メニューは黒酢の酢豚と、鶏皮と&春巻きの皮で作るなんちゃって北京ダック。あとは白菜とキクラゲのサラダと春雨スープ。余った分は明日のお弁当のおかずに回そう。小夜はそう思いつつ風に揺れる髪を押さえながら、先日の文化祭のことを思い出していた。




 我がクラスのプラネタリウムは意外といっては何だが、かなりの好評でカップルを中心に予想外の盛況ぶりだった。

 ”静かに星を見るもよし、星そっちのけで恋人と語り合うもよし、満点の星空のもと雰囲気に任せ○○をするもよし、1年D組のプラネタリウムは、カップルに優しいアトラクションとなっております!”


 早苗が作ったキャッチコピーも教師からのウケこそ悪かったが、生徒たちからはかなり好評だった。そんな中、如月から完璧な無視を受けていた有紀が、とうとう堪忍袋の緒を切らし満を持して文化祭へと乗り込んできた。



「ねえ、お兄ちゃん、どうして私のこと無視すんのっ!」


「料金は一人200円です。カップルの方は専用シートもありますので、そちらをご利用ください」


 1年D組の入り口では、受付係のプレートが置かれた席に腰を下ろす如月の姿があった。そんな彼は先ほどから訪れた客たちに、いつもの無表情で事務的にアトラクションの料金説明をしていた。そんな中、先程から無視し続けられている有紀が、再度、彼に詰め寄ってゆく。


「お兄ちゃんっ!」


「あのね、清水君の妹さん――」


「有紀だよっ!」


「見て分かる通り、僕はいま仕事中なんだよ」如月はうんざりした表情を有紀に向けた。

「だから正直キミに構ってる暇はないんだ。悪いけど騒ぐならどっか他の場所でやってくれ」


「そんないい方ないじゃないですかっ!」


 有紀の隣にいた少年が如月に詰め寄った。


 ほっそりとした華奢な体躯。一見すると女子を思わせるような中性的な容姿。同じ雰囲気を持つ有紀と並ぶと、まさにベストカップルといった感じであった。


「キミは?」


「柳田です」


「それで、彼女との関係は?」


「クラスメイトです。そんなことより有紀ちゃんに謝ってくださいっ!」


 柳田が鋭い眼差しで如月を見据えると、彼は静かに有紀に視線を移した。


「悪かったね、妹さん。これでいいかな?」


「……はい」


「それじゃ、邪魔だから彼女を連れてどこかへ消えてくれ」


「だからそんないい方――」


 そろそろ潮時かな……。小夜はそう心の中で呟くと、クレープとドリンクを乗せたプレートを持ちながら、小走りで如月のもとへと向かっていった。


「お待たせー」


「遅いよ……」


「ごめんごめん、クレープ屋めっちゃ混んでてさ」 


 小夜はクレープの一つを如月に手渡すと、微笑みながら有紀に顔を向けた。


「いらっしゃい」


「小夜さん久しぶりー」


 有紀は甘えるように彼女に抱きついてゆく。相変わらずスキンシップの多い子ねえ……。小夜はそう思いつつ有紀の小さな頭を優しく撫でると、チラリと如月のほうに目を向けた。


 いつもの無表情――でも今日は普段より幾分お疲れモードらしい。理由は知っている。何故なら先程から廊下の隅で彼らのやり取りを見ていたからだ。


 どうしてそんなことをしたのか? それは困り顔の彼を見たかった、というのが主な理由だった。 ”大丈夫?” 小夜が声を出さずに尋ねると、如月は彼女を無視するかのように、そっぽを向きながらクレープを頬張った。


「それで、こちらの美少年とはどういう関係なの?」


 一頻り落ち着いたところで、小夜は有紀の顔を覗き込んだ。すると彼女は隣で佇む美少年に目を向けた。


「これは同じクラスの柳田。ほら、小夜さんに挨拶して」


「は、はじめまして。柳田、柳田修一です」


「はじめまして、三島です。よろしくね、柳田君」


 小夜はそういって一歩前へと出ると、柳田を見据えながら微笑みを浮かべた。


「……こ、こちらこそ」


「それにしてもすっごい美少年ね。キミ、モテるでしょ?」


 柳田に顔を近づけながら、小夜はそっと耳もとで囁いた。すると途端に彼の顔が紅潮してゆく。


「モ、モテないですよ、僕なんか……」


「そう? あれっ、どうしたの、お顔が真っ赤だけど」


「……べ、べつに」


「もしかして今ので興奮しちゃったとか?」


「そ、そんなこと……」


「嘘っ、感じちゃったくせに」小夜は小首を傾げながら、柳田の顔を覗き込んだ。「もしかして顔だけじゃなく、下の方も反応してたりして」


「だからそんなことないって――」


「先輩に小生意気な口きいちゃダメよ」


「えっ?」


「こんなんでもキミより2コも上なんだから、上級生は敬わないとね」


 小夜は無表情でクレープを頬張る如月に一瞬だけ顔を向けると、すぐに柳田に視線を戻した。


「で、でも、いくら年が上だからって――」


「お願い」


 小夜は潤んだ瞳を柳田に向けた。すると彼は渋々といった様子で「分りました」と呟いた。そして相変わらずクレープを頬張る如月に、視線を移してゆく。


「先程は失礼な態度をとってしまい、本当にすみませんでした」


 頭を下げる柳田に対し、如月は何事もなかったように、クレープを頬張りながら無言で頷いた。そんな光景を見て小夜は満足そうに彼の隣に腰を下ろすと、先程から所在なさ気に佇んでいた有紀に顔を向けた。


「二人とも折角だからプラネタリウムでも見てきたら?」


「僕はいいですけど……」


 柳田は気まずそうに有紀に顔を向けた。すると彼女は不機嫌そうに「……私はお兄ちゃんとここにいる」と、いった。


「そのお兄ちゃんたちが、苦労して作ったプラネタリウムよ? 一見の価値はあると思うけどなあ……」


 小夜が目を細めながら小首を傾げると、有紀は俯きながら「小夜さんがそこまでいうなら……見る」と、答えた。


「お二人で400円です」


 如月は無表情で柳田に顔を向けた。すると彼は途端に目を丸くさせた。


「あのう……今の流れでいうと無料(ただ)じゃないんですか?」


「400円です。カップルの方は専用シートもありますので、そちらをご利用ください」


 如月の有無をいわさぬ言葉を受け、柳田は料金を素直に払い有紀と共に1年D組へと入っていった。




「お疲れモードみたいね」


「よく分かるね。顔には出ない性質(たち)なんだけど……」如月は大げさに溜め息を漏らした。「そんなことより、相変わらず人を掌握するのが上手いな」


「どういう意味よ?」


「いったままの意味だよ」


「ふうん……まあ、いいけど」素っ気ない態度で小夜はクレープを口に運んだ。「そんなことより、随分と有紀ちゃんに好かれたみたいね。正直、ちょっと妬けるんだけど」


「そんなんじゃないよ。あれはただのふり(・・)だ」


「ふり?」

「ああ、彼女が本当に興味を持っている人間は別にいる。いわば僕はダシ()()に使われている、といったところだね」


「ダシ?……ああ、そういうことね」


 暫しの沈黙の後、小夜は納得するように頷いた。


「でもさ、どうしてそんな面倒なことすんの? どうみてもあの柳田って子、有紀ちゃんのこと好きだと思うけど」


「僕という恋敵を登場させる。焦る奥手な柳田少年。グズグズしているとこのメガネに大好きな有紀ちゃんを取られてしまう。ここは一つ先手必勝、彼女に告白だ、といった感じでことを運びたかったんだろうね」如月はうんざりした様子で、クレープの最後の一口を放り込むと「いかにも中二女子が考えそうな猿にも劣る浅知恵だよ」と、続けた。


「可愛いじゃん……必死の浅知恵って」微笑みながら小夜は教室の中に目を向けた。「それにしても相変わらずよく見てるわね。人間嫌いなくせに」


「よく見なくても分るよ。それに自分が他人からそう簡単に、好意を持ってもらえるような人間じゃないってことは、誰よりも僕自身が一番よく分ってるからね」


 如月がそういうと、小夜は自分の顔をさしながら無言で彼を見つめた。


「何だい?」


「ここに一人いるんだけど」


「何が?」


「あなたに好意を持ってる女の子が」


 小夜はそういって如月を見据えた。すると途端に沈黙が二人の間に訪れる。丁度その時だった、早苗が大量の食べ物を抱えながら彼等の前に現れた。


「ほれ、食べな」


 焼きそば、お好み焼き、クレープ、チョコバナナ等々――早苗は受付の席にそれらの品を置くと、手近にあったパイプ椅子に腰を下ろした。


「どうしたのよ、これ」


「うん? 貰った、百合(こっち)系の先輩たちから」


「相変わらず、お姉さま方にモテモテねえ。そんじゃお言葉に甘えて」


 小夜はそういってチョコバナナに手を伸ばした。


「あんたも遠慮しないで食べな」


「僕はいいよ。いまクレープを食べたばかりだから」


「あっそ、それより有紀たちは?」


「プラネタリウム」


 小夜が教室の中を顎でさすと、早苗はにやけ顔を彼女に向けた。


「一緒に来てた子、超美形だったっしょ?」


「うんっ! 一瞬、女の子かと思ったもん」


「でしょ。あんないい物件が近くにいるっていうのに、よりにもよってどうしてこんな……」


 早苗は溜め息を漏らしながら如月を見つめると、豪快に焼きそばを頬張った。


「あっ、やっぱあんたも気付いてなかったんだ」


「えっ、何のこと?」


 小夜は先ほど行なわれた、如月とのやり取りを早苗に説明した。すると彼女は鼻で笑いながら、手のひらをひらつかせ始める。


「いやいや、それはないって」


「どうして?」


「だってあの柳田って子、少し前に有紀に告って見事に撃沈してるもん」


 早苗は焼きそばを食べ終えると、今度はお好み焼きに手を伸ばした


「えっ、そうなの?」


「うん。だから有紀が柳田美少年を好きだってことはまずないわね。幾ら鋭い洞察力があるっていっても、こと恋愛問題に関しちゃ全然ダメね」


 早苗はお好み焼きを頬張りながら、如月に顔を向けた。すると彼は吐息を一つ漏らすと、いつもの呆れ顔を浮かべた。


「炭水化物の摂り過ぎは肥満の原因になるぞ」


「アスリートだから大丈夫なのよ」


「一度、告白を断ったからって、彼のことを好きじゃないとはいい切れないよ。その告白がきっかけで、相手を意識してしまい心変わりが起きる、ってことも十分あり得るだろ?」


「負け惜しみは止めなさい。自分の推察が間違っていたのがそんなに悔しい?」


「まさか」


「じゃあ、賭ける?」


 如月は暫し間、早苗を見つめると、なにかを悟ったようにこう続けた。


「随分と今日は絡んでくるな。何か魂胆であるのかい?」


「別にないけど……」


「そうか。ならとりあえずこれで、その青のりだらけの口元を拭け」


 如月はジャケットから、ポケットティッシュを取り出した。すると彼女は眉間にしわを寄せながら、ティシュをひったくるように受け取った。


「それで、賭けはどうするのっ?」


 早苗は口元を拭いながら、照れ隠しのように如月に詰め寄ってゆく。すると彼はかぶりを振りながら「折角だけど止めとくよ」と、答えた。


「ああっ、やっぱ自信ないんだっ!」


「そうかもね」


「よしっ、その賭け私が受ける」


 小夜が二人の間に割って入いると、如月は彼女に鋭い視線を投げかけた。


「ちょっと、おい――」


「OK! で、何を賭ける?」


 如月を無視して二人の少女は交渉を始めた。


「私が勝ったら……」


 小夜は一瞬の逡巡のあと早苗に耳打ちをした。すると彼女は軽く頷くと「OK、分った」と、だけ短くいった。


「じゃあ、私が勝ったらねえ……」早苗はなにかを思いついたように、嫌らしい微笑みを浮かべた。「あんたのダーリンに、フリフリのメイドにでもなってもらおうかな?」


 親友同士の睨み合い――。


「よしっ、乗ったっ!」小夜が自信満々で拳を振り上げた時だった、教室からプラネタリウムを見終えた有紀たちが出てきた。「どうだった? うちのプラネタリウムは」


「面白かった……」


 小夜の問いかけに有紀はポツリと呟いた。その表情からは先程までの元気はなく、明らかに柳田との間に何かあっただろう、ことは容易に想像できた。


「ふうん。それにしては随分とヘコんでんじゃん」早苗は気遣うようにいうと有紀の頭に手のひらを乗せた。「中庭にも出店が沢山あるから一緒に行く?」


「うん」


 途端に有紀の表情が幾分明るくなった。その後、二人は手を繋いで中庭に設けられた出店へと向かっていった。

 如月はいつもの無表情で早苗たちの背中を眺めながら、不機嫌そうに「なに勝手に決めてるんだ」と、小さく呟いた。


「いいじゃん、ほんとは自信あるんでしょ?」


「どうしてそう思う?」


「まあ、顔を見ればそれくらいはね」


 小夜が当然のようにいってのけると、如月は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「そんなことより一緒に行かなくていいの?」


 彼女は隣で佇む柳田を見上げた。


「なんか有紀ちゃん、機嫌が悪くて。僕が一緒にいると怒らせちゃうから……」


「そっか……まあ、そこでボー立ちしててもなんだから取りあえずここに座って」


 小夜がそういうと、柳田は力なくパイプ椅子に腰を下ろした。

 さてとどう攻めようかな……。小夜は俯く美少年を静かに見据えた。


「有紀ちゃんに告って撃沈されたんだってね。一回拒否られたくらいで諦めるの?」


 まずは軽くジャブから。彼女は心の中でそう呟いた。


「フラれるのは一回で充分ですよ……」


「随分と淡泊ねえ。魚でいうと(たら)ってところね」


「三島さんはフラれたことがないから、そんなことがいえるんです」


「まあ、確かにフラれたことはないけど……」


 拒否られたことは何度となくありますけどねっ、隣の朴念仁にっ! 小夜はそう思いながらこう続けた。


「じゃあ、諦めるの? 有紀ちゃんのこと」


「仕方ないです、だって彼女の心の中には僕の入る余地はありませんから」


 柳田は恨みがましい眼差しを如月に向けた。

 ったく、この子はどんだけマイナス思考なわけ? こういうネガティブシンキングの男の子って厄介なのよね……。小夜は静かに溜め息を漏らした。

 さてと……どうすっかなあ。彼女が早くも途方に暮れてる時だった、先程からプラネタリウムの見物客を一手に引き受けていた如月が、独り言のように口を開いた。


「ショートケーキは好きかい?」


「えっ?」


「ショートケーキだよ。苺が乗ってるシンプルなやつ」


「ええ、好きですけどそれが何か?」


「苺は最後の楽しみに取っておくタイプ?」如月の問いかけに柳田は無言で頷いた。


「じゃあ、隣からその苺を取られたことも一度や二度じゃないだろ?」


「ええ、まあ……」


「実はね、僕はその苺を取るタイプの人間なんだよ」如月はそういって柳田に微笑みを向

けた。「別に苺がそこまで好きというわけでもないんだ。だけどね、他人が楽しみに取っておいた苺は大好物なんだな……分るかなあ」


「あのう――」


「苺なら取られても果物屋に走れば幾らでも代わりがきくけど……」如月はそういって一呼吸置いた。「でも、あのツインテール(・・・・・・)はそういう訳にもいかないからなあ」


「……一体何がいいたいんですか?」


「顔の割には頭の回転が悪いな。要するに僕は人の物が欲しくなるタイプだってことだよ。別に興味のないショートケーキの苺でも他人が欲していれば、僕もそれが欲しくなる。キミの大事なツインテールもしかりだ」


 如月はニヤリと口角を上げると、静かに柳田を見据えた。


「ふ、ふざけんなっ!」柳田は顔を紅潮させて如月につかみかかってゆく。「有紀ちゃんは……彼女はあんたのことを――」


(さき)んずれば人を制す、意味は知ってるか?」


 如月は胸倉をつかまれながらいった。そして呆ける彼を静かに見据えると更にこう続けた。


「何事も人より先に行えば、有利な立場に立つことができる、という故事成語だ」


 如月はそういうと、柳田の手を素早く払いのけた。暫しの沈黙――柳田は考えを巡らせるように瞼を閉じてゆく。そして数秒後、目を開けると同時に廊下を全速力でかけて行った。


「ヒール役、ご苦労さんです」


「まあ、出来るだけのことはやった」


「相変わらず言葉(まほう)で人の心を動かすのが上手ね。有紀ちゃんの為に一肌脱いであげたんでしょ、お兄ちゃん?」


 小夜は微笑みながら小首を傾げた。


「まさか、僕はメイドになりたくなかっただけだよ」


 素直じゃないんだから……。


「ほんとにそれだけ?」


「ああ。こんな僕でも羞恥心はあるんでね」


「大丈夫よ。万が一賭けに負けても、如月君がメイド姿になることはない。なぜなら私があなたの身代わりになるから……」小夜は潤んだ瞳で彼の手を握った。「だってあなたのメイド姿は私だけのものだもの……」


「一生、いってろ」




 結局、柳田の告白は如月の読み通り見事に成就し、めでたく美少年と美少女のベストカップルが誕生した。早苗は落胆した様子を見せることなく、後輩の幸せを素直に喜んでいた。


 恐らくこの絵を描いたのは早苗だ。当然、そのことを如月も気付いている。だからこそ自信があったのにも関わらず、彼女の安い挑発には乗らなかったのだ。ほんと、どんだけ曲者揃いなのよ。まあ、私も人のこといえないけどね……。小夜は溜め息を漏らしながら苦笑いを浮かべた。


 その後はハッピーなカップルを従えて、一行は隣のE組へと向かった。そこには本日の主役でもある清水信二が、顔を紅潮させながら女子生徒たちを接客していた。ボーズ頭にフリルのカチューシャ。ピンクを基調としたメイド服は超がつく程のミニだった。


「いやっ、キビシっ! あんた、ちょっとしたテロ行為よ、その風体は」


 早苗は彼の姿を見るなり顔をしかめた。


「うっせえっ! そんなとこに突っ立てないで早く席につけ」


 清水はトレイを持ちながら、5人をテーブル席へと誘う。そして全員が腰を落ち着けたところで伝票を取り出した。彼が注文を取ってる間、有紀はあられもない姿の兄を見つめながら、先程カップルになったばかりの柳田を紹介した。


 その際、清水は「こんな形で会いたくなかった……」と、いって溜め息を漏らした。そして気を取り直すと「こんな恰好をした俺がいうのもなんだけど……妹をよろしく頼む」と、いって握手を求めた。すると柳田は恐縮した様子でそれに応じた。


「よっ! いいぞ、ボーズメイドっ!」


 早苗が微笑みながら声をあげた。そこにいるみんなが笑っていた。小夜はゆっくりと隣の如月に視線を移す。すると彼だけはいつもの表情だった。悲しそうに、そしてなにかを憂いでるような、そんな暗い瞳で……。

 



「一体どこに行くんだい?」


 各クラスの片付け等も滞りなく終え、怒涛の文化祭は無事終了した。そして祭りを終えた生徒たちが続々と下校して行く中、如月は鎮まり返った廊下を歩きながら、小夜に訝しげな表情を向けた。


「まあまあ、黙ってついてきて」

 程なくして小夜は歩みを止めた。そこは殆ど使われることのない旧校舎のとある教室の前だった。彼女がドアノブに手をかけ教室に入ると、先程分解したはずのドームがあった。


「どうして?」


「せっかく作ったのに、一回こっきりなんて勿体ないじゃん。だから如月君が委員会の仕事をしてる間に、みんなでここに運んで組み直したの。それに一番の功労者が、まだ見てないのに壊すわけにもいかないからね」


 小夜はそういって彼をドームの中へと誘う。


「……一番の功労者はキミだろ」


 如月はそういって薄く微笑んだ。教員連中の説得は小夜が、時間外労働を強いるクラスメイトたちの説得は早苗が行った。これが賭けに勝った報酬だった。

 まあ、短い時間で結構大変だったけど、彼の笑顔が見れただけでも、苦労した甲斐はあったかな……。


「……ナレーションは?」


 上映が始まると、録音しておいた星座の説明をするナレーションが流れるはずだったが、今回はその演出がない。訝しんだ彼が尋ねてきた。


「今回のナレーターは――」

 

 小夜が悪戯っぽい表情を如月に顔を向けると、彼は小首を傾げながら「僕が?」と問いかけた。


「原稿見なくてもそらでいえるでしょ?」


 如月は大げさに溜め息を漏らしながら、小夜を見つめた。


「僕じゃなきゃだめなのかい?」


「ええ。これだけは譲れません。だって私は一番の功労者(・・・)なんでしょ?」


 彼は珍しく微笑むと「嫌な性格だな」と、いってきた。


「お互い様よ」


 彼のお株を奪ってやったっ! 小夜はそう思いつつ静かに如月を見据えた。そして暫しの沈黙の後、彼は観念したように口を開き始めた。


「頭上に見えるのがアンドロメダです。アンドロメダといえば、アンドロメダ星雲を思い浮かべる方が殆どでしょう――」


 その後、小夜は如月のよく通る声で、星座たちの説明を聞きながら満天の星空を楽しんだ。

 こんな贅沢なアトラクションには、もう二度と出会えないかもしれない……。彼女は心地よい言葉に耳を傾けながら、静かに魔法使い(・・・・)の肩にそっと頭を預けた。


 あの時は超良い雰囲気だったのになあ……でも結局帰りはいつもと同じようにお弁当二つぶら提げて、「それじゃあ、また」だもんなあ……。小夜は楽しかった文化祭の回想から、溜め息まじりで戻ってきた。


「実際のところどう思ってるんだろ、私のこと……」


 小夜がぽつりと呟きながら信号待ちをしている時だった、背後から聞きなれた声に呼び止められた。彼女が振り返ると、そこには今のモヤモヤした気分を一掃してくれそうな、女前(・・)が一人佇んでいた。

 相変わらず女子力低いなあ……でも、それが物凄く癒されるんだけど。小夜はそう思いつつ、微笑みながら声の主に手を振った。

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