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ハルへ  作者: はるのいと
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第二十五話「良妻の条件 2」

 現在、如月は視聴覚室で上映中に流すナレーションの原稿を作成していた。その隣では小夜がスマートフォンから流れ出すFMラジオに耳を傾けながら、ぼんやりと彼を見つめている。


「相変わらず博学だねえ……」


 星座たちのエピソードを、そら(・・)で書き進めていく如月に彼女は呆れた顔を向けた。


「その知識欲をたまには他のことにも向けてみては?」


「他のことって?」


「恋愛、友情、()、部活――青春を謳歌する高校生なんだから色々あんでしょ?」


「何か一つ余計なワードが入ってたみたいだけど」


 キーボードを打鍵しながら独り言のように呟くと、如月は軽く吐息を漏らした。


「そんな無駄話してる暇があるんなら、ドーム作りでも手伝ってきなよ」


「駄目よ。だって私はキミのサポート役なんだから、ここを離れるわけにはいかないもん」


「サポートっていうよりも、寧ろさっきから邪魔をしてるじゃないか」


「邪魔ってなによっ! 独り寂しくこんな殺風景な場所でキーボード叩いてるより、私みたいな美人が横にいるだけまだマシでしょ?」


 小夜がふくれっ面で如月の顔を覗きこんだ時だった、FMラジオから音楽が流れ出してきた。


「あっ、私この曲好きっ!」


 不機嫌そうだった表情を一変させると、小夜は瞼を閉じながらスマートフォンからながれる美しい歌声に耳を傾けた。

 正直、音楽はあまり興味がない……だけどなぜかその独特な歌声と綺麗なメロディーはとても心地がよかった。


「これなんていう曲?」


「CHARAの蝶々結び。いい曲でしょ?」


「まあ、それなりに」


「もう、素直じゃないわね。如月君もラジオ体操第一ばっか聞いてないで、たまにはこういう音楽も聞きなさい」


「ふん、ほっとけ」


 如月はそういって小さく鼻を鳴らした。

 文化祭の準備が始まって、早や5日が経過――この頃になるとドーム作りの方も8割がた完成していた。この分だと予定より早く完成するだろう、と思いつつ彼は原稿作りに没頭した。


「そういえばさあ、有紀ちゃんの件はどうなった?」


「さあ? あれからLINEもメールも電話も完全に無視してるから」


「……それって結構マズいかもよ」


「どういう意味だい?」


「このまま連絡つかないようなら直接乗り込んでくるわよ、あの子……」


「まさか、そこまで暇じゃないだろ」


「……だといいけどね」




 その後、暫くして如月は原稿を仕上げると、ドームの制作状況の確認のため教室へと向かった。するとパーツはすでに完成しており、教室では生徒たちが後片付けをしている最中だった。如月は仕上がったパーツを手に取り検品してゆく。生徒たちは彼からの審判を固唾をのんで待っていた。


「どう?」


 小夜の問いかけ――暫しの沈黙が流れる。


「うん、よく出来てるよ。これなら綺麗なドームが出来るはずだ」


「みんな、現場監督からのOKが出ました」


 小夜の言葉に生徒たちから歓喜の声が上がる。如月はそんな彼らの様子を見つめながら、不思議な気分を味わっていた。

 たかが5日の単調な作業。彼らにとっては何の利益にもならない雑務のはずだ。それにも関わらずクラスメイトたちはとても良い顔をしていた。


「どう? こういうのも、たまには悪くないでしょ」


 小夜の問いかけに如月は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 どうやら変わったのは、彼女だけじゃなかったみたいだな……。彼は完成間近のドームを見つめながら心の中で小さく微笑んだ。




 翌朝7時20分――教室に向かうため廊下を歩いていると、不意に背後から声をかけられた。如月が振り返ると、そこには陸上部のジャージに身を包んだ早苗の姿があった。


「朝練はどうした?」


「ドームが……」


 彼女は悲しげにぽつりと呟いた。

 教室には早苗と同様に、朝練のため登校していた生徒たちが、顔を曇らせながら各々の席に腰を下ろしている。彼らの視線の先にはボロボロに切り裂かれた、ドームのパーツがあった。よく見ると至るところに如月に対する罵詈雑言が書かれている。


「酷いよ、一体誰がこんなこと……」


 そういって一人の女子生徒が涙ぐんだ。すると早苗は伏し目がちに如月に視線を合せてゆく。


「文化祭は明日……今からじゃ、もう間に合わないよね?」


「ああ、とてもじゃないが無理だろうね」




 担任の菅原は朝のHRで、ドームのパーツが壊されていたことを生徒たちに報告した。恐らく犯行は昨夜、校内に忍び込み行われたのだろう。 ”多分犯人はこういうことに慣れている人物だ” という言葉から始まり、名探偵ばりの推理が彼女の口から10分ほど語られた。


 流石に鬱陶しくなった生徒たちから、徐々に文句が溢れ出してくる。多勢に無勢――菅原は自身の推理をひけらかすのを諦めて、話しを本筋に戻した。

 今から再度ドームを作り直すのは、時間的な面からいっても不可能。菅原は妥協案として教室のカーテンを遮光のものに替えて暗室を作り、そこでプラネタリウムを上映する、ということを提案した。


 その提案にクラスメイトたちの顔色は途端に曇だす。だがその案を否定するだけの時間は1年D組には残されてなかった。ボロボロにされたドームのパーツには如月への中傷以外にも ”三島小夜から手を引け” や ”お前は彼女とは釣り合わない” などの文言が書かれていた。


 恐らく犯人は彼女のファン、といったところだろう。相変わらずモテモテだねえ、三島さん……。如月はそう思いながら残り少ない時間で、どうやってドームを完成させるかを考えていた。実質5日かかった仕事を半日で収めよう、っていうんだ。少なく見積もっても倍以上の人員が必要になる。だが僕にはそんな伝手(つて)はない、あるはずもない。人員の確保……まあ、一つだけ方法はある。そして、それはとてつもなく簡単(・・)だ。




 放課後――1年D組の生徒たちは、下校することなくドーム作りを再開していた。

 無理だっていってるのに……全くもって諦めの悪い連中だ。如月はクラスメイトたちの様子を見つめながら心の中で呟いた。そして首の骨をコキリと鳴らし深呼吸を一つすると、彼は静かに教室の出口へと向かってゆく。


「ちょい、どこ行くのよ?」


 如月の肩に早苗が手をかけた。すると彼は振り返りながら「ちょっと、2年F組のある人に(こうべ)を垂れに」と、いった。


「そっか……頑張っといで」


 早苗は満足そうに微笑みながら、如月の背中を張った。彼はいつもの無表情で頷くと、足早に教室から出てゆく。すると数十メートル先から鈴木が何十人もの生徒を従え、こちらに向かってくる姿が見えた。

 どうやら彼女に先を越されたようだ……。如月は俯きながら肩を揺らした。


「これで借りを返したとは思ってない、ましてや償いになるとも……でもドーム作りを手伝わせて欲しい」


 鈴木はしっかりと如月の目を見据えながらいった。

 誰が鈴木に頼んだのか、相手は自明だ。三島小夜が一声かければ集まってくる男子生徒は山といる。だがそれでは先の犯人のように、邪魔をする人間がいないとも限らない。


 そこで彼女は考えたんだ。サッカー部のヒーローである鈴木の取り巻きたちなら、その可能性はなくなると。何せこの状況で彼に恥をかかせるのは、太鼓持ちとしてはご法度だからだ。相変わらずの猿知恵。


「因みに彼女はなんといって?」


「……大切な人が困ってる」鈴木はそういって瞼を閉じた。「 ”あんたが私にしようとしたことは忘れる……だから力を貸してください” って」


 これじゃまるでダメ亭主を陰から支える出来た女房だろ……。如月は珍しく口角を上げると、鈴木を静かに見据えた。


「お前が俺の力を借りたくないってのは分る、でも――」


「いいえ、借りますよ。余すところなくすべてね」


 お節介を焼かれるのは嫌いだけど、それは焼かれる相手にもよるんでね。如月はそう心の中で呟くと、鈴木たちを作業場へと案内した。


 結局ドームは鈴木たちの助けと、途中から応援に駆け付けた清水たちの頑張りもあって、午後21時過ぎには全て完成していた。その後、鈴木は特に如月たちには声をかけることなく、静かに作業場をあとにしていった。


 一応、礼くらいはいっとくべきだったかな。如月はそんなことを考えながら、今回の立役者に目を向けた。すると彼の視線に気付いた小夜は、ピースサインを作りながら微笑みを浮かべていた。

 



「随分と遅くなっちゃったね」


 小夜はスマートフォンで時刻を確認した。二人が神無月駅に到着した頃には、既に22時近い時間になっていた。彼女の隣では半額になった弁当を例のごとく二つ購入した如月が、いつものように無表情で電車の到着を待っている。


「これくらいで済めば御の字だよ」


「それにしても誰も諦めなかったね、うちのクラスの子たち」


「全くもって諦めの悪い連中だね」


「……自分だって鈴木のとこに行こうとしたくせに」


「ドームがあんなことになったのは、明らかに僕への逆恨みが原因だからね。そりゃ、少しは責任も感じるさ」


「ほんとにそれだけ?」


「ああ、それだけだよ」


 如月がそういって頷いた時だった、彼が乗る電車がホームに入ってきた。そしていつもの停車位置で扉が開く。だが如月は一向に電車に乗ろうとはしなかった。


「どうしたの?」


「家まで送るよ」


「えっ、いいよ。時間も時間だし」


「女の一人歩きは危険なんだろ? 特に夜道の」


「……何だか今日は優しいじゃん」


「借りはすぐに返す性質(たち)でね」


「そう……ならこんなことは滅多にないから、素直に甘えようかな」小夜はそういって如月の手を取ると「これくらいのオプションは付けてもいいでしょ?」と、いって片目を瞑った。


 如月は鼻を一つ鳴らすと、ホームから見える外の街に目を向けた。するといつもより暗い街中に、ネオンが煌びやかに光っていた。

 まあ、たまにはこういうのも悪くないか……。彼はそう思いつつ小夜の手の温もりを感じながら、静かに電車が来るのを待った。

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