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ハルへ  作者: はるのいと
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第十六話「依存から生まれた思い 2」

 5人は駅前通りをゆっくりと歩きだした。女性陣たちは有紀を挟むように、横一列に歩いている。その少しうしろを、如月が相変わらずの無表情でついてゆく。そんな彼の隣では清水が気遣うように、他愛もない話題を先程からふっていた。


「ねえ、どうして如月君に興味を持ったの?」


「小夜さんが夢中になってるって聞いて、どんな人なのかなあ、って気になっちゃって」


 小夜の問いかけに、有紀は照れくさそうに微笑みを浮かべた。


「それで、実際に会ってみてどうだった?」


「うーん、まだ分んない。でも第一印象はいまいち……いいや、いまに(・・・)かな」


 早苗の問いかけに有紀は遠慮なしに素直に答えた。そんな後輩女子の意見を受け、小夜は咄嗟に苦笑いを浮かべた。


「まあ、それが素直なご意見だわね。だって今までの男たちは、みんな名だたるイケメンばかりだったもん。ねえ?」


「そう? でも彼だってよく見ると可愛らしい顔してんのよ。それにね、大人しそうに見えるけどあれで結構メチャメチャなところがあるから、一緒にいて飽きないしね」


「確かにサッカー部の先輩との一件は凄いよね。早苗さんから聞いた時は、正直いっておもいっきり引いたもん」


「現場を目の当たりにした私はもっと引いたわよ。だってフルボッコにされてんのに、 ”問題ないよ” とかいって、あいつ平気な顔してんだもん」


 早苗はそういって苦笑いを浮かべた。そんな彼女の言葉を受け、小夜の脳裏にはナイフを素手でつかむ如月の姿が蘇ってきた。


 あの時の出来事をこの二人は知らない。この子たちに教えてやったら、さぞかし驚くことだろう……。小夜はそう思いつつ、そっと吐息を漏らした。


「小夜さん、付き合ってたんだよね? そのイケメンサッカー部と」


「うん。2週間だけね」


「どうして別れたの?」


「飽きたのよ、単純に。それに束縛きついし、なんかナル入っててキモかったから」


「じゃあ、あの人はそうじゃないの?」


 有紀は一瞬、如月に視線を送った。すると小夜は大げさに肩を落とすと、溜め息交じりでこう答えた。


「束縛どころか……こっちから話しかけないかぎりダンマリよ。それにデートの予約を取り付けるのだって、一流レストラン並みに難しいんだから」


「そんな苦労してまで付き合う必要あるの?」


「有紀、この二人はまだ付き合うどころか手すら握ってないのよ。ねえ?」


 早苗は嫌味交じりのにやけ顔を小夜に向けた。

 残念でした手はにぎったわよ。小夜は頷きながら心の中でほくそ笑んだ。


「ええっ! うっそだあ」


「ほんとよ。嘘だと思うなら本人に聞いてごらん」


 小夜はそういって如月に顔を向けた。すると彼は相変わらずスマートフォンで音楽を聴いていた。また、飽きもしないでラジオ体操第一を聞いてるなあ……。小夜はそう思いながら彼を静かに見つめた。その視線に気づいた如月は目線だけで『なんだい?』と、問いかける。すると小夜は隣で佇む有紀に視線を移した。


「何だい?」


 如月は面倒くさそうにイヤホンを外すと、今度は声に出して小夜に尋ねた。


「用があるのは私じゃなくてこの子よ」


 小夜はそういって有紀の背中を軽く押した。すると彼女は静かに如月を見つめる。そしておもむろに口を開こうとした丁度その時だった、通りの先から ”落ち着け、やめるんだっ!” と、いうけたたましい、叫び声が聞けえてきた。


 数十メートル先の人だかり――よく見るとそこには数名の制服警官たちの姿がある。何事かと思い小夜たちは騒ぎの現場へと向かった。

 するとそこには以前に、小夜がウリの世界に引き込んだ北田優香の姿があった。彼女は見知らぬ男に羽交い絞めにされ、首筋にナイフのような物を突きつけられている。真っ赤に血走った眼、深いクマが刻まれた青白い顔。その男が普通の精神状態ではない、ということは一目瞭然だった。


「この女は薄汚い売春婦だっ! 我が国の秩序の為に、先日モントギサールの戦いを制した、タンプル(・・・・)騎士団のこのエルムが、騎士道精神にのっとりこの売女を処罰する」


 男は周りの野次馬たちに大声でいい放った。

 優香……どうして? 大人しく人と関わるのが苦手だった優香にとっては、小夜は唯一の友人と呼べる存在だった。頭が良く美しい小夜に彼女は心酔していた。


 それは小夜が望めば、自分を売ることすら厭わないくらいに。だがそんな彼女を、小夜は一度として友人だと思ったことはなかった。それどころか、犬コロのように従順に自分に懐いてくる、そんな彼女のことを心の底から馬鹿にしていた。


 小夜にとって、優香はただの商品でしかなかった。恐らく彼女自身もそのことは薄々気づいていただろう。当然ながら権堂の仕事を辞めてからは、連絡も殆ど取り合っていなかった。小夜が無視を決め込んでいた為だ。


 優香は小夜を拠り所にしていた。だがそれを彼女はあっさりと切り捨てた。自分が如月に依存している今では、優香の気持ちが痛いほど分かる。


 軽い気持ちで、ウリの世界にあの子を引き込んだ。自分がそんなことをしなければ、彼女はこんなことに巻き込まれていなかったのではないだろうか? 小夜はそんなことを考えながら、野次馬たちをかき分けてゆく。


 そしてようやくの思いで、人だかりの最前列まで来た。周りでは警官たちがゆく手を遮っている。だが小夜は構うことなく歩みを進めた。丁度その時だった、誰かが手首を掴んできた。振り返ると、そこには見慣れた無表情の顔があった。


「やめときなよ」


「でも優香が……」


「どうしたんだ。キミはそんなキャラじゃないだろ?」


「だって私が引き込んだ、だから……だから、こんなことに――」


「あの男、明らかになんらかの薬物をやっている。加えて精神疾患に誇大妄想だ。いまキミが出て行ったところで何の役にも立たない」


「分かってる、でも――」


「殺されるぞ」


 如月は鋭い眼差しを小夜に向けた。


「でも……行かなきゃ」


 小夜はそういって如月の手を振りほどくと、警官たちの制止を振り切り素早く人だかりの内側へと入っていった。


「小夜ちゃん?」


 優香は目を見開き、驚きの表情を浮かべた。そんな彼女に小夜は優しく微笑みかける。


「久しぶり、元気?」


「ど、どうして……」


 微笑みながら徐々に近づいて来る小夜をみて、優香は大粒の涙を浮かべながら首を横に振った。


「ごめんね。最近忙しくて連絡できなくって」


「だ、だめ……」


「でもこれからはこまめに連絡入れるから」


「だ、だめ、小夜ちゃん……」


「だからさ、まえみたいにパフェとか食べに行ったりとか――」


「だめっ、小夜ちゃんっ。来ちゃだめっ!」


「大丈夫、いま助ける」


 小夜は自信満々にいうと、優香を羽交い絞めにしている男に鋭い眼差しを向けた。


「ねえ、その子をいますぐ離して」


「なんだ、貴様もこの女と同類の売春婦か?」


「だったらどうするの? いいからさっさと、優香を離せっていってんのよっ!」


「ふん、ではまずは貴様からだっ!」


 男は優香から手を離すと、途端に小夜に襲いかかっていった。だが彼女はそこから動くこともせずに、静かに瞼を閉じてゆく。すると以前、如月にいわれた ”自業自得だ” と、いう言葉が脳裏に蘇ってきた。


 ほんと、あなたのいう通りだったね……。小夜は心の中でそう呟くと、彼との日々を思い浮かべた。こんなことならキスくらいしとけばよかったかな。

 小夜は苦笑いを浮かべた。すると男の怒号と共にナイフが彼女の胸元に近づいてゆく。小夜は静かに瞼を開いた。すると凄まじい形相をした男の姿が見えた。


 ああ、やっぱり死にたくないあ……ねえ、誰か助けてよ。彼女は襲いかかってくる男をぼんやりと見つめながら、心の中で呟いた。まさにその時だった、人だかりの中から聞きなれた、よく通る声が小夜の鼓膜に届いてきた。


「待たれよ同士、そのご婦人たちは断じて娼婦などではないっ!」


 如月は男を見据えながらいった。一方、小夜は突然の出来事に声も出せずに呆気にとられている。


「誰だっ、貴様はっ!」


「私はタンプル騎士団・第一師団のバリアンだ。忘れたのか? 何度か顔を合わせたことがあるだろう。それとも同じ団員の顔を忘れるくらいアヘンに溺れているのか? 知ってるとは思うが、それは騎士のみならず重罪行為だぞ」


「い、いいや、違う。ああ……す、すまん、そうだったな。バリアンだ、ああ、いま思い出した」


 男はおでこに浮かんだ汗を拭った。そして如月に向き直ると更にこう続けた。


「だ、だがバリアンよ、なぜこの女たちが売春婦ではないと断言できるんだ?」


「何をいってるんだエルムよ。本当にどうかしてるぞ」


 如月は呆れ顔を作ると、ゆっくりと男のもとへと歩みを進めてゆく。すると隣にいた警官たちが、慌てて彼に声をかけてきた。


「ちょ、ちょっとキミ……」


「大丈夫、問題ないです」


 如月は小声で答えた。その黒い瞳には強い意志が込められている。そして彼は静かに目の前の男を見据えた。


「エルムよ、このご婦人たちをよく見てみろ。彼女たちは娼婦の目印である、赤い頭巾や黄色の長帯をつけているか? そしてこのような高級な衣服を身に纏うご婦人たちが、なぜ娼婦風情などと思える」


 如月は男に突き飛ばされ、倒れていた優香に手を差し伸べた。そして小声で「三島さんを連れて警官のもとに」と、ささやいた。


「そういわれれば、確かに貴様のいう通りだが……」


 男は目を泳がせながら頷いた。


「そうだろう」


 如月は頷きながら、小夜と優香を警官たちのもとへと誘いざなう。そして彼女たちの安否を確認すると更にこう続けた。


「エルム、今回の件は師団長には黙っといてやる。だから今すぐにその剣を収めよ」


 如月は諭すように語りかけた。しかし男は首を縦には振らない。


「だが……」


「騎士の誇りをそんな下らないことに使うな」

 

 その一言が決め手となった。暫しの沈黙のあと、男は観念したように、ナイフをジーンズのポケットにしまい込んだ。如月はそれを確認すると素早く振り返り、呆けた表情を浮かべている警官たちに小声で ”確保” と伝えた。それを機に警官たちがどっとなだれ込み、程なくして無事に男を取り押さえた。


「謀ったな、同士」


 警官たちに取り押さえられながら男は叫んだ。如月はそんな男を冷めた眼差しで一瞥すると、大股で小夜のもとへと向かっていった。


「一体どういうつもりだっ!」


「……ご、ごめんなさい」


 こんなに怒った顔、はじめて見た……。眉間にしわを寄せ、睨みつける如月に彼女は俯きながら呟いた。


「僕に謝っても仕方ない――」


「小夜っ!」


 如月の言葉は、人ごみをかき分けてきた早苗の声でかき消された。そして彼女は、涙を潤ませながら小夜に駆け寄ってゆく。


「お、おい、大丈夫か?」


 清水は不安げに如月の顔を覗き込んだ。すると彼は頷きながら静かに吐息を漏らした。程なくして現場に数台のパトカーが到着した。

 犯人の男は両脇を警官たちに抱えられながら、後部座席に押し込まれてゆく。その間、男は如月たちに対し発狂しながら「絶対に殺してやるぞ。何年掛かっても必ず見つけ出して、貴様ら3人を殺してやるっ!」と、叫び続けていた。


 そんな男を如月は先程と同様に、冷めた眼差しで見つめていた。その顔はすっかりいつもの無表情に戻っている。一方、小夜たちは目立った外傷はなかったが、念のためパトカーで病院へと向かうこととなった。

 結局、優香が犯人に突き飛ばされた時に出来た掠り傷以外は、3人に目立った外傷はなかった。そして程なくして、パトカーは彼女たちを乗せて警視庁へと向かっていった。



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