第十五話「面倒な努力義務」
「自業自得だね。人の忠告を聞かないからそうなるんだよ」
「すんません……」
小夜は頭をかきながら、反省しきりで俯いた。そんな彼女に早苗は呆れ顔を向けた。
「確かに今回は如月のいうことが正しいわね」
場所は1年D組の窓際の一角。いつものメンバーで昼食を囲むなか、小夜は肩身の狭い思いをしながら、自身が作った弁当に箸を伸ばしていた。その原因は三日前の彼女の風邪にある。
如月からのメッセージにより、小夜のテンションは急激に跳ね上がった。彼女はマンションに戻ると、体を休めるどころか前日に作る予定だった豚の角煮とポテトサラダを作り始めたのだ。
そしてようやく料理が出来上がったところで、小夜は体の変調を覚えた。症状は身震いするほどの悪寒と若干の咽頭痛。彼女が慌てて体温計で熱を測ると、熱は8度2分を示していた。要するに引きはじめだった風邪は完璧に悪化した、ということだ。
その後は如月の忠告通り、体を安静にしてビタミンCの摂取。水分もこまめにとり、ひたすらベットで横になっていた。だが時はすでに遅し。悪化した風邪はそう簡単に治るはずもなく、小夜は三日間ぐったりと寝込むこととなった。
「あんたさあ、風邪ひいてんのに豚の角煮って……ねえ?」
「ああ、考えられないね」
早苗の問いかけに如月は冷めた声色で答えた。
「食欲はなかったけど、何か作りたい気分だったのっ!」
小夜は頬を膨らませながら、恨みがましく如月を見つめた。だが彼はそんなことなどお構いなし、とばかりに淡々と昼食を続けている。
ああ、余計なこというんじゃなかった。今からでも時間を巻き戻したい……。
「そうか? 俺は風邪引いてても、焼肉とか普通に食えるぞ」
「あんたは特別なのよ……っていうか何で当たり前のように、うちのクラスで弁当食べてるわけ?」
早苗は眉間にしわを寄せながら、如月の隣で愛母弁当に箸を伸ばす清水を睨みつけた。
「廊下から3人が楽しそうに飯食ってんのが見えたからさあ、俺も混ぜてもらおうと思って……っていうかお前、ツッコむの遅せえよ」
「うっさいなあ、どっかいってよ」
「冷たいこというなって」
「嫌なのよ、部活以外であんたの顔見んの」
「ひっでえなあ……いいじゃんよ、一緒に飯食うくらい」
「ほんと、図々しいわね」
「……そんなことよりさ、二人って付き合ってんの?」
清水は話題を変えるべく小夜に問いかけた。すると彼女はにっこりと微笑みを浮かべると、当たり前のように頷いた。だがすぐさま如月がため息交じりで口を開いた。
「いいや、付き合ってないよ」
間髪入れずに否定されるとは……プライド傷つくわあ。小夜の顔は途端に曇り出し、場の空気は一気に微妙なものに変化した。
「何かややこしそうだから、あんま深くは聞かないことにしとくわ」
「余計なこと聞いてんじゃないわよ」
早苗は相変わらず眉にしわをよせながら、清水のボーズ頭を小突いた。すると彼は顔をしかめながら苦笑いを浮かべた。
「あっ、そうだ! これ見てくれよ」
清水は場の空気を変えるように、慌てて自身のスマートフォンを如月に見せた。その液晶の画面には、一人の少女がハニカミながら映っていた。
「誰だい?」
「俺の妹。どうだ、可愛いだろ?」
「ああ、キミに似なくて良かったね」
如月は液晶画面を見つめると、興味なさげに呟いた。
「ほっとけ」
「可愛い妹自慢は分ったけど、それが何なんだい?」
「実はな、妹がお前にお礼がしたいらしいんだ」
「お礼? 一体何の」
「決まってるだろ、プレゼント選びのだよ」
「あれなら僕はなにもしてないよ。ただキミらと一緒にいたけだ」
「まあ、それは口実でほんとはお前に一度会ってみたいんだと」
「僕に? どうしてまた」
「荒川からお前のことを聞いて、興味が湧いたらしい」
「ほんと、余計なことしかしないなあ」
如月は大げさに肩を落とすと、冷めた眼差しを早苗に向けた。
「ちょっと、それどういう意味よ」
「そのままの意味だよ。そんなことより、彼の妹さんには僕のことを何ていったんだい?」
「最近、小夜が夢中になってるのは、 ”地味でメガネな頭のおかしい変なやつ” って教えてあげたのよ」
「それを聞いてキミの後輩は僕に興味が湧いたと?」
「うん。そうらしいわね」
「先輩が先輩なら、後輩も後輩だな」
如月は無表情のまま独り言のように呟くと、ペットボトルの緑茶に手を伸ばした。
「失礼ね。ほっときなさいよ」
「まあ、話は分かった。一応いっとくけど僕は会わないよ」
「何でよっ! こんなに可愛いのに、ねえ?」
早苗はそういってスマートフォンを小夜に向けた。すると彼女は液晶画面を見つめながら、大きな瞳を丸くさせた。
「あら、暫く見ないうちに、また可愛くなっちゃって」
「私はちょくちょく会ってるけど、小夜は卒業以来だもんねえ」
「ロリロリの妹系にまた磨きがかかってんじゃん」小夜はスマートフォンの画面を見つめながら呟いた。そして早苗に視線を移すと「でも、どうして如月くんなわけ?」と、尋ねた。
「さあ? あの子も変わってるから……」早苗はそういうとにやけた笑みを親友に向けた。「これはライバル出現かもよ」
「……確かに強敵ねえ、これは」
小夜は目を細めながらスマートフォンを見据えた。
「何も付き合えっていってるんじゃねえんだ。会うくらいなら別にいいだろ?」
清水はそういって如月の肩にそっと手を置いた。すると彼はいつぞやと同じく、その手をそっと払いのけると、無言で昼食の続きを始めた。
「どうせ暇なんだからいいじゃん。それにあんたは有紀に会う義務があんのよ」
「義務って何?」
小夜は小首を傾げると、訝しげな表情を早苗に向けた。
「如月が欲しがってたあのビー玉。あれは有紀のプレゼント選びがなかったら、出会ってなかった。そういった意味では有紀のおかげ、といえなくもないでしょ?」
「何いってんのよ。あれは私が体を張って手に入れたんだから、功績は有紀ちゃんじゃなくて私のものよ」
「まあ、確かにそうだけど……有紀にも少しは感謝してもいいはずじゃん」
「無茶苦茶よ、あんたの論理。 ねえ?」
小夜は先程から、我関せずを決め込んでいる如月に顔を向けた。だが相変わらず反応はない。こ、こいつ、また聞いてなかったな……。彼女は心の中で呟くと、強引に彼の体をゆすった
「何だよ、いきなり」
「どの辺りから聞いてなかったの?」
小夜は呆れ顔で如月を見据えた。すると彼は悪びれる様子もなく、当然のようにこう答えた。
「 ”会わないよ、僕は” の辺りから」
小夜は大げさに溜め息を漏らすと、今しがた早苗が語った ”義務” とやらを如月に伝えた。すると話がビー玉の件になると彼は途端に顔色を曇らせ始めた。
恐らく論理はめちゃくちゃだが、早苗のいう通り有紀のプレゼント選びがなければ、あのビー玉とは出会ってはいなかった、とでも思っているのだろう。ムスッとした如月の顔を見つめながら小夜はそう推察した。
「分かったよ。会えばいいんだろ」
話を聞き終えた如月はため息を漏らしながら、吐きすてるようにいった。
「じゃあ今度の週末、日曜日でどう?」
「ああ。構わないよ」
「小夜もその日で大丈夫?」
「えっ、私もついて行っていいの?」
「当たり前じゃん。私もこいつもついて行くわよ」早苗はそういって清水の肩を拳で打った。「如月と二人きりじゃ、流石の有紀も身が持たないって」
「そう? あの子、人見知りしないじゃん」
「人見知りとかの問題じゃないのよ、こいつの場合は」
早苗はぶっきら棒に顎で如月をさした。
まあ、確かにそうねえ……。小夜は心の中で一人納得した。週末はブックカフェにでも彼を連れ出そうと思っていのに……でもその予定はこれでお流れになっちゃったなあ。何か最近タイミング悪いなあ。小夜は静かにため息を漏らした。そして気を取り直すように、止まっていた昼食を静かに再開した。




