第十二話「土曜はパフェの日と地味で黒縁メガネな彼 2」
「あっ、この店見てってもいい?」
小夜はイタリアの一流ブランド店の前で立ち止まった。如月が無言で頷くと、彼女は慣れた様子でショップへと足を踏み入れてゆく。すると小夜に気付いた女性店員が、にこやかな微笑みを浮かべ会釈をしてきた。
どうやら彼女はかなりのお得意様らしい。如月はそう思いながら店内を見回した。モノトーンで統一されたシックなデザイン。そこには落ち着いた大人の雰囲気が漂っていた。そのせいか大人びた小夜はともかく、童顔な如月はかなり浮いて見えた。
そういえば相良先生もこのブランドが好きだったなあ……こんな高いだけの洋服のどこがいいんだろう? 彼は値札を覗きながらが、心の底からそう思った。
「こんな高級店でいつも買い物を?」
「うん、そうだよ」
「高級マンションで独り暮らし、加えて洋服も一流ブランド。キミの家は相当な資産家みたいだね」
「父が物流関係の会社を経営してるからね。自分でいうのも何だけど、私はそこそこのお嬢様よ」
「へえ、そうなんだ」
「でもここ一年くらいは、自分で稼いだお金で洋服とかは買ってるけどね」
「因みにその金はどこから?」
如月は洋服の値札を小夜に示した。
「ちょっとした闇のバイト。とはいっても如月君とすれ違った、あの雨の日を境にもう辞めちゃったんだけどね」
小夜は黒いレースのキャミソールを手に取った。
「ふうん。闇のバイトねえ……何となく想像がつくよ。まあ、犯罪の匂いがプンプンとするから詳しくは聞かないけど」
「そういってくれると助かるわ」
軽く苦笑いを浮かべると、小夜は持っていたキャミソールを体にあてがった。そして小首を傾げると、彼女は悩ましげな表情を如月に向けた。
「それより、これどう? 似合う」
「それ、下になにか着ないと透けるんじゃないの?」
「うん、そうだね……試しにちょっと想像してみて」
「なにを?」
「このスケスケのキャミを着た私のことを」
小夜が悪戯っぽく如月を見つめた時だった、彼の鼓膜に聞きなれた声が届いてきた。
「ハル君?」
如月が振り返ると、そこには琴音の姿があった。
「相良先生……」
「何やってんの? こんなとこで」
「嫌々、買い物に付き合わされてます」
「あっ! もしかして、あなたが小夜ちゃん?」
琴音は如月の背後で、所在なさげに佇む小夜に視線を向けた。その問いかけに彼女が訝しげな表情で頷くと、如月を強引に押しのけて小夜の目の前まで駆け寄ってゆく。
「会いたかったわ……いやあ、しかし予想以上ね」
小夜の顔をまじまじと見つめながら、琴音は溜め息を漏らした。
「あ、あのう……如月君?」
小夜はたまらず如月に助けを求めた。
「この人は相良先生といって、僕の――」
「ハル君の小学校時代の担任、相良琴音です。よろしくね、小夜ちゃん」
如月の言葉を遮ると、琴音はまくし立てるようにいった。カウンセリングに通ってるという事実は、出来るだけ他人にはいわない方がいい。琴音は以前からそう彼に忠告していた。
欧米と違い未だ日本では心療内科や精神科には、少なからずの偏見が付きまとうからだ。正直なところ如月はそんな必要はないと感じていたが、今回は琴音の嘘につきあうことにした。
「あのう、何で私のことを?」
小夜は不思議そうに小首を傾げてみた。
「うん? ハル君から聞いたのよ。この子なんでも私に相談してくるから、ねえ?」
「そうなの?」
小夜は意外そうな表情を浮かべると、如月の顔を覗き込んだ。
「まさか、妄想だよ。先生、病気まだ治ってなかったんですか?」
「誤解を招くようなこと、サラっといってんじゃないわよ。そんなことより今日は、もしかしてデート?」
「いいえ、デートじゃ――」
「はい、デートです」
如月の言葉を遮ると小夜は、はっきりそう答えた。
「ふうん、デートなんだあ……なんか、ちょっと妬けるわね」
琴音はゆっくりと如月の首に腕を回した。そして相変わらずの表情を浮かべている、彼の耳たぶを優しく弄んだ。すると途端に小夜の眉がピクリと吊り上ってゆく。
「小学校の時の担任がすることじゃないですね。もしかして彼のこと狙ってます?」
「だったらどうする?」
「全力で阻止しますよ、オバサン」
「ほんと、これだから嫌なのよねガキは。ちょっとからかっただけで、すぐにトサカにくるんだから」
「まあ、あなたからすれば私は確かにガキですもんね」
「はいはい、分ったわよ、私が悪かったわ。はい、これで仲直り」
琴音は小夜に握手を求めると、彼女は渋々といった様子でそれに応えた。
「仲直りついでに一つ質問いい?」
琴音が握手の手に力を込めると、小夜も同様にそれに倣った。
「何ですか?」
「この子のどこに惹かれたの?」
琴音は如月を顎でぞんざいにさした。
「どうして初対面のあなたに、そんなことを答える必要が?」
「あれ、いえないいんだ。本当に好きなの? ハル君のこと」
「先生、もうそのへんで」
二人の険悪なやり取りに、見かねた如月が溜め息を漏らしながら間に割って入った。
「何よ、只の日常会話じゃない。ねえ?」
「ええ、只の日常会話よ。如月君」
そうは見えない……二人とも目が血走っているじゃないか。
「で、まだ答えを聞いてないんだけど、この子のどこが――」
「地味で黒縁メガネなところとか。でも近くで見ると可愛い顔とか。無意味な知識を沢山知ってるとことか。口の減らないところとか。めちゃくちゃだけど、以外に頼りになるとことか。滅多に見せない笑顔とか。ときたま見せる分りにくい優しさだとか……まあ、今のところはこんなとこです。なにか文句ありますか?」
「……いいえ、ないわ」
琴音は首を横に振りながら、満足そうに微笑みを浮かべた。
「あのう……お客様どうかなされましたか?」
店内で言い争いをする二人を見かねた女性店員が、顔を引きつらせながら訪れた。
「いいえ、もう大丈夫です」
如月は女性店員に小声で伝えると、彼女は一瞬の間を置き小さく頷いた。そして軽く会釈すると、静かにもといた場所に戻っていった。
揉めるにしても時と場所を考えて欲しいな……。依然としてこちらを窺う女性店員の視線を感じながら、如月は大げさに肩を落とした。
それにしても……黒縁メガネはまだしも、地味は余計だろ? 自嘲した表情を浮かべながら、彼は小夜に視線を向けた。
「それじゃ、デートの邪魔しても何だから私はこのへんで」
「あ、あのう、この近くに美味しいケーキを出す店があるんですけど……もしよかったら一緒にどうですか?」
小夜は咄嗟に琴音の背中に声をかけた。すると彼女は振り返り、怪訝そうな表情を浮かべた。
「私は別に構わないけど……でも二人きりの方がいいんじゃないの?」
「それはそうなんですけど……でも彼のことを色々と聞きたいから」
「ふうん。まあ、本人からは無理だものね」
琴音は目を細めると静かに如月を見つめた。
「何ですか? その嫌な眼差しは」
「別に。それよりハル君はいいの? 私がくっついていっても」
「僕はどっちでも構いませんけど」
「そう? ならちょうど小腹も空いてたところだし、その美味しいケーキとやらでも、食べに行きますか」
琴音はそういってニコッと微笑を浮かべた。
なんだかややこしいことになってきたなあ……。如月は二人の美女を見つめながら、心の中で溜め息を漏らした。




