第十二話「土曜はパフェの日と地味で黒縁メガネな彼 1」
「不倫カップル? マジでっ!」
小夜は声のボリュームを落としながら、如月に顔を近づけた。
「ああ、恐らくね」
場所は二階堂駅から程近い場所に店を構える【CAFE GIRAFFE】雑誌などでもよく取り上げられ、幅広い世代から指示を集める人気カフェだ。
店内はボーンホワイトを基調とした、温かみのある落ち着いた雰囲気。それに加えイームズなどの斬新なデザインの家具たちが、シンプルな店内に程よいスパイスを与えている。
今日は週末ということもあり、店内は女性客やカップルたちで賑わっていた。そんな中、如月たちはパフェに口をつけながら、窓際の席で顔を突き合わせていた。
周りの客たちと同様に、彼らも一見すると若いカップルが、デートを楽しんでいるように見える。幾分目面しいこの状況。ことの発端は前日の金曜日までさかのぼる。
その日の放課後――如月たちはいつものように、神無月駅を目指しとぼとぼと坂道を下っていた。
「絶品なのよっ! そこのパフェが。ねえ?」
小夜はテンションを上げながらいうと、隣の早苗に同意を求めた。すると彼女はしたり顔で頷いた。
「ふうん、パフェねえ……因みにあれって和製語なんだよ」
「へえ、そうなんだあ。じゃあ、語原はなんていうの?」
小夜は小首を傾げながら、如月の顔を覗き込んだ。
「凍結させたフランスの冷菓 ”パルフェ” が変化したもの、だといわれてるね」
「ほんと、相変わらずどうでもいい知識が豊富だこと」
「無知よりはマシだろ」
早苗には見向きもせず、如月はポツリと呟いた。すると案の定、彼女は不機嫌そうに眉間にしわを寄せ始めた。
「ちょっと、それどういう意味よっ!」
「まあまあ、落ち着いて」
小夜はすかさず彼女をなだめると、如月に顔を向け更にこう続けた。
「それよりさ、話は変わるけど明日って土曜日よね?」
「ああ、それがなんだい?」
「土曜日っていえばやっぱりパフェの日よね」
「パフェの日? 初めて聞いたよ」
「ええっ! 常識だよ。ねえ?」
「うん、常識、常識。如月もまだまだね」
「ふうん。まあ、百歩譲って明日がパフェの日でも構わないけど……行かないよ、僕は」
小夜の魂胆をいち早く見抜いた如月は、先回りをして彼女に釘を刺した。
「えー何で? 絶品なんだよ、絶品っ!」
「人気店なんだろ? じゃあ、休日だし混んでるじゃないか。悪いけど人ごみは嫌いなんだ」
如月は腕時計に目を落としながら、興味なさげに答えた。
「大丈夫だって、そこまで混んでないから」
「だって明日はパフェの日なんだろ?」
「……そうだけど」
「なら当然混んでるよ」
「まあ、そうだけど……」
「嘘をつく女性が嫌いだって、前にいわなかったっけ?」
「いってたね……そういえば」
「もう、いじわるしないでいってあげなさいよ」
見かねた早苗が助け船を出すと、如月はうんざりした顔を彼女に向けた。
「絶対に嫌だね、休日に人ごみなんて」
「なに隠居ジジイみたいなこといってんのよ。どうせ予定なんてないんでしょ?」
「いいや、あるよ」
「へえ、因みにどんな?」
「読書だ」
「そんな本ばっかり読んでるから、目悪くすんのよ! いい? そんなのは予定っていわないの。分ったら四の五のいわずに、小夜と一緒にパフェ食べにいっておいでっ!」
「うるさいなあ、耳元で……分ったよ、でも行列が出来てたらその時点で却下だよ」
「マジ? やったっ! じゃあ、二階堂駅に12時ジャストね」
小夜はそういうと、にこやかに微笑みながら神無月駅の構内へと入っていった。
最近、どんどんと押しが強くなってきている感じがする。このお節介な親友と手を組むと、本当に厄介だ……。如月は溜め息を漏らしながら、小夜の背中を静かに見つめた。
とまあ、以上が人気カフェで彼らが恋人同士のように顔を突き合わせ、小夜いうところの絶品パフェを食べている理由だった。
「どうして不倫カップルだっていい切れるの? 年の離れた恋人同士かもしんないし、上司と部下かもしんないじゃん」
「いや、それはない。男の左薬指を見てみなよ」
「薬指……あっ、指輪の日焼け痕?」
「ああ。恋人同士なら指輪を外す必要はない。ましてや上司と部下の関係なら尚更だよ」
「……ねえ、いっつもそんなことしてんの?」
「そんなことって?」
「人間観察」
「前にもいっただろ、ただの暇つぶしだよ」
「デート中に……しかも相手が目の前にいるこの状況で、なに暇つぶしなんてしてんのよっ!」
小夜の剣幕に周りの客たちも、何事かと彼らの方に目を向けた。
「大声を出すなよ、みっともない」
「そっちが出させてるんでしょうが……」
小夜が大げさに溜め息を漏らすと、二人の間に暫しの沈黙が訪れた。程なくして彼女は相変わらず無表情で、パフェを口に運んでいる如月にこう尋ねた。
「それで、小夜ちゃんオススメの絶品パフェのお味のほうはどうなの?」
彼女はパフェのグラスをスプーンでさした。それは濃厚な抹茶のアイスクリームと白玉のぜんざい、その周りには寒天とコクのある黒蜜が程よくかけられた、抹茶パフェだった。
「うん、絶品というだけあるね。美味しいよ」
「ねっ、来てよかったでしょ?」
「まあ、薄っすらとは」
「素直じゃないんだから」
小夜は機嫌を直すと、抹茶のアイスクリームを口に運んだ。
「それで、このあとはどうする?」
「このあとって?」
「これ食べたあとの予定。まさか帰るとかいわないわよね」
「いいや、帰るよ」
「ええっ! どうして? まだ時間あるじゃん、どっかいこうよ」
「どっかってどこ?」
「うーん……あっ、そうだ! 洋服買うのつき合って」
「基本、高校生は学生服が多いんだから、洋服なんて大して必要ないだろ?」
「んな訳ないでしょ、女子はねオシャレが――」
「分ったよ。つき合えばいいんだろ」
如月は観念したように彼女の言葉を遮った。ああ、面倒だなあ。まあ、最初っからパフェだけで済むとは思ってなかったけど……。
二人はその後、パフェをたいらげると会計を済ませカフェをあとにした。会計の際、小夜は誘ったのは自分だからここは奢ると申し出たが、如月はそれを頑なまでに拒否した。
すると予想通り、レジ前ではちょっとした一悶着が起こった。結局、彼は奢られることなく自分の分の代金を支払い、程なくして小夜のショッピングに付き合うはこびとなった。




