担当車を手に入れた
この物語は元タクシードライバーの作者の手元に残っている営業日報を元に脚色・再構成したものです。なお私は成田往復はやったことがありません。
首都交通向島営業所に勤務するタクシードライバー、三津。彼はタクシーに乗るようになって2年目のまだまだ若手である。先日ようやく担当車両が割り当てられ、ついこの間個人タクシーを開業して独立した赤崎の担当車だった8101号車が三津の担当車となった。
朝、営業所へ出勤し、点検日報と売上記録用ICカードを受け取り、制服に着替える。制服に着替えたら点検日報、釣り銭、売上金入れ、未収券(チケット・電子マネー・クレジットカードの伝票)入れを持ち、8101号車の元へ向かう。8101号車は向島営業所へ配置されて3年目の車両で、フェンダーミラーのセダンだった。タクシー車両大手メーカーがタクシー向けセダンを廃止すると発表があった時期に駆け込みで購入したものだという。
売上金入れ、未収券入れを運転席横の小物入れにセットし、エンジンを掛ける。前照灯・テールランプ・ウィンカー・ハザードランプ・車内灯が点灯するか確認し、異常がないことを点検日報へ記入する。点検を終えた頃、同期の島郷が点検のためにやってきた。
「おはよう島郷」
「お、三津か。調子はどうだ?」
「昨日はノー高速で売上3コロ。銀座11号に並んで30分待って行き先が恵比寿だったよ。」
「そうかー。俺は昨日は3.5コロ。羽田行の予約配車が回ってきたけど現着してすぐキャンセルになっちまってさー。」
「そりゃ辛いなー。ま、お互い気楽に頑張ろうぜ」
お互いに軽く談笑し、再び事務所へと向かう。事務所で運行管理者の尾高が見ている前でアルコールチェックを行い、きちんと0.0mgであることを確認。尾高からアルコールチェックOKの判子を貰い、点呼開始まで時間つぶし。事務所にはこれから点呼を受ける乗務員が多数屯している。
「おはようございます」
三津が声をかけたのは営業所の先輩で主任の小海だった。
「お、三津ちゃんか。最近調子はどうだ?」
「タクシー運賃改定のおかげかお客さんは多いには多いんですけど、文句を言うお客さんもそれなりに増えましたねぇ」
「客商売だからこれが難しいんだよ。あまり下手な対応するとタクセンがすっ飛んでくるし、とにかくすみませんって謝ってお客さんには納得して降りてもらって降ろしてからストレス発散すりゃいいのさ」
「小海さんはどうです?」
「俺はそこそこだな。一昨日夕方中央線がストップしただろ?新宿西口に付けたら6時台に八王子まで行ったよ。」
「6時に八王子ですか!?小海さんって運持ってますよねぇ」
「毎日、神様拝んでるおかげかな」
小海は冗談めかして笑う。
「もうすぐ、点呼だ。遅れるなよ」
「はい!」
あと5分で点呼が始まる。事務所の奥の点呼室へ行き、点呼が始まるのを待つ。朝7時台は出庫する乗務員が多いので点呼室は賑やかだ。
5分後、点呼室に運行管理者の若松がやってきた。若松が点呼台に立つと乗務員達は皆静かになる。
「皆さん、おはようございます」
若松が挨拶をすると全員が挨拶を返す。点呼と言ってもやることは毎回運行管理者からの連絡事項がメインとなる。
「今日は3つ連絡事項があります。1つ目はニュースでも見た方がいるかと思いますが、3年前に退職し個人タクシーを開業した真城さんが先日タクシー強盗に襲われ、殺害されるという痛ましい事件がありました。もしタクシー強盗に遭った場合、その他命の危険を感じた時はためらわずに防犯灯のスイッチをオンにして下さい。次に2つ目ですが、最近財布の忘れ物、大変多くなってます。お客様がお降りになる際は必ずお声掛けお願いします。最後3つ目は横断歩道を通過する時の注意事項です。先週横断歩道での歩行者優先違反で検挙された運転手さんが5人も出ました。横断歩道を見かけたら近くに歩行者・自転車が居ないか確認し、もし歩行者・自転車を見かけたらすぐ減速して下さい。連絡事項は以上です。」
連絡事項が終わると毎朝おなじみの安全標語の読みあわせが行われる。安全標語の読みあわせが終わると若松は運転手一人ひとりの点検日報に出庫OKの判子を押していく。三津も判子を貰い、再び車の元へ向かう。
車に乗り込み、釣り銭をセット。メーターに営業記録用のICカードをセットし、エンジンをかける。エンジンがかかると連動して無線機・ナビ・メーターの電源も入る。ICカードには乗務員の情報が記録されており、カードをセットするだけで開局処理が完了する。
開局し、営業所を出庫。早速配車要請が入る。
「配車要請。墨田区向島●-●徳倉様がお待ちです。」
「あー、徳倉さんってよくウチのタクシー乗ってくれるあのおばあさんね。受けるか」
三津は配車要請に了解し、迎車ボタンを押して配車先へ向かう。配車先で徳倉既に外に出て待っており、すぐに乗車の手配を行う。
「徳倉さんお待たせしましたー。」
「いつも悪いねぇ」
徳倉を乗せ、目的地を尋ねる。
「運転手さん、今日はちょっと遠くまでお願いしますよ」
「どちらまで参ります?」
「今日は海外に住んでる孫が来るんですよ。だから成田空港までお願いできるかしら。」
「成田空港ですね。ありがとうございます」
「それじゃ発車します。空港まで途中高速に乗りますので、シートベルトの着用をお願いします」
三津の運転するタクシーは明治通りを南下し、京葉道路を右折。すぐ錦糸町ランプへ向けて左折し、高速イン。小松川線、京葉道路、東関道を経由し、成田空港を目指す。
成田空港が近くなった頃、三津は徳倉にどのターミナルへ付けるか尋ねる。
「徳倉さん、どのターミナルへ行きます?」
「第1ターミナルへお願いできるかしら」
「第1ですね。かしこまりました」
三津は第1ターミナルへ向かう。成田インターから新空港道へ入り、第1ゲートを抜け、空港ターミナルビルに向かう。第1ターミナルに到着し、料金を精算する。
料金の支払いを終え、ドアを開ける
「運転手さん、9時になったらまたここに来てくれるかしら。孫と一緒にまた帰りますので」
「あ、ありがとうございます。」
時計を見ると時刻は8時30分。表示を回送に切り替え、第1ターミナルの駐車場に入庫する。駐車場に車を停め、車外へ出て外の空気を吸う。自販機で缶コーヒーを買って飲み干し、小用を済ませると車に戻り、再びエンジンをかける。交通情報をチェックするとどうやら東関道が混んでいるらしい。渋滞キロ数から勘案し、迂回するよりもそのまま突っ込んだほうが早いと判断。お客さんにもそう説明することにした。
9時前に徳倉の指定した場所へ予約車表示で到着。徳倉が孫を連れて戻ってきたのでドアサービス・トランクサービスを行い、準備を整える。
「お客様、この先東関道が混んでいますが、どうします?」
「そうねぇ、高速そのままと一般道降りるの、どっちが早いかしら?」
「一般道は信号の影響をモロに受けるので、動きが断続的になりがちですが、高速は基本的に動きが一定になるので高速のほうが早いかと」
「じゃあ高速のままでお願いするわ」
「かしこまりました。」
三津は徳倉と徳倉の孫を乗せ、再び向島へと向かう。タクシードライバーになって2年。成田空港へ来ることは何度かあったが、往復仕事は今回が初めてだ。
東関道の渋滞もそこまで激しいものではなく、10時半には向島へ戻ってこれた。成田往復だけで当日の足切りをクリアしたため、今日はそこまでがっつく必要もなくなった。
徳倉を降ろした後、スマホで得意先からの配車要請がないか確認する。確認したら11時に東京駅日本橋口に来てほしいという要請が。
「さて、もう一仕事するか。」
三津はスーパーサインを回送表示に切り替え、一路東京駅へと向かう。
日本橋口には配車希望時刻の10分前に到着。しばらくすると予約を入れたお得意様が現れる。
「三津さーん、お久しぶりです」
「これはこれは馬場さんじゃないですか。今日はどうなさいました?」
「都産貿台東館までお願いできる?」
「都産貿台東館ですね。荷物はどうします?」
「トランクに入れちゃって」
「かしこまりました」
三津のお得意様である馬場は関西を拠点に活動する同人漫画家。主に女性同士の恋愛を描いた百合作品をメインに執筆しており、最近男装した執事とその主人(女)の百合漫画「私に命令させないで」で商業デビューを果たした。
馬場を乗せ、都産貿へと向かう。車内では馬場と会話が繰り広げられる。
「馬場先生、読みましたよ。デビュー作の私に命令させないで」
「あらありがとう。で、どう?感想は?」
「いやぁ、最近ああいう感じの主従関係のある百合に飢えてたんですよ。もう次回が今からでも気になるくらいです」
「そう言って頂けると嬉しいわ。」
三津と馬場が出会ったのは三津が首都交通に入社したばかりの頃に参加した大規模同人誌即売会だった。三津は百合作品が大好きで、特にアイドルアニメの百合系二次創作で名を馳せた馬場のファンであった。何しろ田舎に居た頃から馬場の描いた二次創作同人誌をすべて集めていたほど。そんな馬場と初めて生で出会った時、新刊を買ったついでに首都交通でタクシードライバーをしていること、もし東京でタクシーに乗る機会があればここにメッセージを送れば迎車料金無料で迎えに行くことを話していた。
「間もなく都産貿です。」
「ありがとう、ここでいいわ」
「料金は1,930円です」
「じゃあちょうどで」
「1,930円ちょうどですね。ありがとうございます。今、ドアとトランク開けますんで少しお待ちを」
すぐにトランクとドアを開け、すぐに車外へ出て荷降ろしを手伝う。
「馬場先生御利用ありがとうございました。次号と新刊、期待してます!」
三津は馬場を見送ると再び回送に切り替え、営業所へと戻る。営業所へ着くと、メーターの休憩ボタンを押し、無線機のスイッチ、エンジンを切る。
車を降り、近くのコンビニへ昼食を買いに行く。新発売の冷麺弁当とお茶、デザートのプリンを購入して営業所に戻り、休憩室で昼食を取る。休憩室には先輩運転手が2人居た。
「お疲れ様です」
「おぉお疲れ」
1人は入社5年目の沖、もう1人は入社4年目の沢田だ。
「三津君だっけ。今日調子はどうだい?」
「今日は運がいいですよ。成田まで往復仕事とお得意様のおかげでもう足切りクリアです」
「そりゃすごい!俺だって成田までは何度もあったけど、往復は一度もないもんなぁ」
「沖さんはどうです?」
「俺は基本駅付けだからな。そこまで売上は上がらんよ。」
「沢田さんは?」
「俺か、俺ももう足切りはクリアしたよ」
「沢田さんも運いいじゃないですか!」
「今朝、出庫する時に操車の宮脇から俺に指名配車が入ってるって伝えられて行ってみたらさ、御殿場まで行ってくれって。御殿場だぞ御殿場。御殿場まで送って、1時間待ちでまた戻り。往復7万は軽く超えたね」
「御殿場まで、そのお客さんは一体何があったんだろう」
「お前はまだ知らんか。四ツ木駅の近くには足の悪いおじいさんが住んでるんだけど、その人は定期的に御殿場まで買い物に行くんだよ。足が悪いからタクシーで御殿場まで往復するんだとさ。」
沢田の話に思わず聞き入る三津。営業の参考にとメモを取り、昼食を取る。昼食を食べ終えると車に戻り、車内で仮眠をとる。起きると時刻は既に午後3時だった。
「ちょっと営業しよか」
再び営業所を出庫し、都心に向けて車を走らせる。夕方近くになると営業のサラリーマンよりも子供連れなどが結構乗ってくる。
東麻布から三田までベビーカーを押した母親と子供2人を乗せる。ベビーカーをトランクに収納するのも運転手の役目。料金570円
三田で親子連れを降ろした後、今度は渋谷駅方面へ向かう。途中六本木交差点の近くで若い女性を乗せる。道玄坂までとのこと。料金2,330円。
道玄坂で女性を降ろしてすぐ男性が駆け寄ってくる。乗せて目的地を尋ねると目黒の郵便局とのこと。その方面では普段営業しないためあまり詳しくないと断りを入れ、自前の地図とナビで場所を調べる。場所が分かったので車を発進させる。
30分ほどで到着し、料金は2,930円。
男性客を降ろすと再び都心に向かって戻っていく。赤坂まで来たところスーツを着た男性4人グループの手が挙がる。乗せると目的地は有楽町駅とのこと。すぐにルートを提案し、了承も得られたので発進。料金1,370円。チケットでの支払いだった。
サラリーマンのグループを降ろし、新橋へと向かう。西新橋の交差点でサラリーマンの手が挙がる。今度は一人だ。
「運転手さん、チケット使える?」
「ここに記載のあるチケットなら全部使えますよ」
三津は手作りの使用可能なチケットリストを乗客に見せる。サラリーマンは手元のチケットと見比べ、安堵した表情を見せると目的地を告げる。まず有楽町駅近くの九重会館まで行き、そこで待っていてほしいとのこと。
「かしこまりました。それでは発車いたしますのでシートベルトのご着用をお願いします」
10分もかからないうちに九重会館脇に到着。
「それじゃ運転手さん、上司を連れてきますのでここで待ってて下さい」
「では予約表示で待ってますので」
「何か置いていったほうがいいですか?」
「あ、大丈夫です。」
サラリーマンは九重会館に向かって消えていった。三津はメーターの経由ボタンを押し、点検日報の予約車表示使用場所に「有楽町」と書き入れる。わざわざチケットが使えるかどうか確認したんだから篭脱けの心配はないだろうと思い、運転席で待つ。得意先からの配車要請をチェックしてみるが、配車依頼はなし。SNSを開いてみても特に変わったことはなし。10分・20分と時が過ぎてゆく。気分転換に車外に出て軽く体を動かしてみる。
40分経過。流石に不安になってきた。まさか籠抜けされたか?不安がよぎる。ここでメーターを止めれば被害は最小限で収まる。だがお客さんが戻ってきた時に実入りが減る。様々な考えが脳内をグルグル回っていたその時、さっきの男性が上司と思しき男性3人を連れて戻ってきた。
「運転手さん、お待たせしました」
車外に出ていた三津は男性と上司が戻ってきたのを認め、すぐにドアサービスを実施。上司3人が後部席に、最初に乗ってきた男性が助手席に座った。
「それではどこまで参りましょうか」
「また西新橋まで戻ってもらえるかな」
「かしこまりました。それでは発車します」
メーターは3000円台後半を指していた。予約車表示を消し、乗客が戻ってきた時刻を軽く覚えておく。5分ほどで西新橋の交差点へと到着。
「この辺でいいです」
最初に乗ってきた男性がそう告げると三津はハザードランプを付け、メーターを支払にする。停車後合計ボタンを押し、最終的な料金を確定させる。4,010円だった。
合成音声が料金を伝える。メーターの画面を見ながら男性はチケットに金額を記入し、三津へ手渡す。三津はチケットと引き換えにレシートを男性へ手渡し、ドアを開放。
「ありがとうございました。また御利用下さいー」
時刻は既に19時を過ぎていた。
「晩飯にしよ」
三津はスーパーサインを回送表示に切り替え、AMラジオを付けて夜の都心を走る。青山墓地の近くにタクシーだけが路上駐車できるポイントが設けられており、三津はそこを夜の休憩場所に選んだ。車を止めるとメーターの休憩ボタンを押し、無線機・エンジンを切り近くのコンビニで食事を調達。夜はサンドイッチとサラダだけにした。食べ終えると座席を倒し、仮眠体制に入る。目が覚めたら既に午後9時半を回っていた。
「さて、営業するか」
眠気覚ましにエナジードリンクを飲むと、休憩体制から復帰。車内を軽く掃除し、営業できる状態へ戻す。だがサインは回送のまま。燃料補給をしないとそろそろガス切れになりそうなのだ。夜はとにかくロングが出やすい。五反田のガスステーションで燃料を補給する。補給ついでに釣り銭のチェックを行い、不足気味だった1000円札と小銭を補充する。
補充を終え、次に向かうのは銀座1号タクシー乗り場。夜の銀座は長距離客が出やすい分、乗り場以外でのタクシーの乗車が厳しく制限されている。1号乗り場に並ぶためにはまず築地にあるタクシープールへ入構し順番を待たなければならない。築地のプールに到著すると幸いにもまだ空きがあった。
入構するとそこにはタクシーが一杯。でもこのプールはかなり回転が早いため、さほど待つ必要がない。
20分ほどで出庫番が来た。出庫可の表示を確認し、車を発進させる。プールを出て左折し、海岸通りに向かって右折。蓬莱橋の交差点が見えるところにもタクシーがずらりと並んでいた。前には三津の直前に出ていったタクシーが停まっている。とりあえず動くのを待つ。待つ間、乗車禁止地区リーフレット・ドアロックのチェックを行い、乗り場でのルールも再確認しておく。15分ほどで乗り場先頭になり、ドアを開ける。
「おまたせしましたー」
乗ってきたのは青のレディーススーツを着た女性だった。
「運転手さん、ナビ入れて下さい」
「かしこまりました」
三津はすぐにナビの住所入力画面を表示し、入力を可能にしておく。
「神奈川県」
ロングが確定した瞬間である。三津は心の中で小さくガッツポーズを取る。
「相模原市○○-○-○-○」
女性は番地まで言い終え、三津はそのとおりに入力したナビの画面を見せる。確認が取れたので発車する。
「途中高速道路を通りますので、シートベルトを必ずお締め下さい」
女性にそう一言伝え、三津は運転に集中する。乗り場を出てすぐの交差点を直進し、コリドー街へ入る。入ってすぐの交差点を左折し、新幹線のガードをくぐる。この場所は夜間は空車での通過が禁止されているが、実車であれば堂々と通過して良い。霞が関までひたすら直進し、霞が関交差点を左折して首都高に入る。
「運転手さんがナビ使えて助かりました」
女性が三津に話しかける
「そんな、当たり前のことをしただけです」
「いや、実は前のタクシーに乗ろうとしたんですが、運転手さんがナビが使えないと言ったんで降りて並び直したんです。私、ナビで連れて行ってもらわないと不安なんです」
「何かあったんですか?」
三津は女性に尋ねる。
「あれは数年ほど前のことでした。銀座で飲んだ後、タクシーに乗って家へ帰ろうとしたんです。たまたま止めたタクシーの運転手さんに場所を伝えるとすぐ発車したんです。それで、安心して寝たんですが、起きたらそこはラブホテルの部屋の中で、運転手さんに乱暴されかけたんです」
「そんなことがあったんですか…。安易に聞いて申し訳なかったです。」
「いえいえ。私もそれ以来ナビを入れてもらってナビ通りに進行してくれるタクシー以外乗らなくなったんです」
女性客との会話を終える頃、車は3号線に入っていた。流石にこの時間帯は大橋ジャンクション付近も混んでいない。3号線内では西へ向かう高速バスが多数走っており、それらを追い抜いたり、追い抜かれたりしながら走る。
1時間も経たないうちに目的地が近づく。三津がルームミラーで女性の様子を見ると眠っているようだったので、目覚まし用のチャイムを鳴らす。すると女性は目を覚ました。
「長らくのご乗車お疲れ様でした。間もなく到着します」
「それじゃこのあたりで止めて下さい」
「それでは停車致します。」
ハザードランプを点灯させ、停車体制に入る。減速し始めた段階でメーターを止め、完全に停止後、料金を確定させる。
「料金は高速代と合わせまして16,450円です」
「丁度で」
「16,450円、丁度頂戴しました。それではドアを開けます」
「ありがとうございました。またの御利用をお待ちしております」
女性客が降りたのを見届け、車を発車させる。とりあえず近い高速のインターを探し、そこから高速に乗って都心へと戻る。
都心に戻る頃には既に人影はほとんどなく、空車で2時間近く走り回ってしまった。午前2時を過ぎた頃、新橋駅の近くで男性の手が上がり、すぐに停車。ドアを開ける
「戸田の駅のあたりまで。なるべく早いルートで」
「戸田ですね。では土橋から板橋本町まで高速に乗るルートでよろしいですか?」
「それでお願いします」
「かしこまりました」
ルートの確認が取れたため、発車。土橋から高速に乗り戸田を目指す。板橋本町で高速を降り、中山道を北上。後は乗客の指示で戸田橋を渡ってすぐの交差点を左折し、路地へ入った場所が目的地だった。
「料金は9980円です」
「チケットで。」
「チケットですね。ありがとうございます」
乗客にレシートを渡し、そこに書かれた金額をチケットへ転記する。転記の終わったチケットを乗客から受け取り、ドアを開ける。
「ありがとうございました。ごゆっくりお休みくださいませ」
チケットの処理を終える頃にはもうすぐ3時だった。
「さーて、帰るか」
三津はスーパーサインを回送に切り替えるとスマホのミュージックプレイヤーを起動し、お気に入りの曲を流しながら車庫へと帰る。車庫にたどり着く頃には3時半を過ぎていた。
車庫到着後、入庫処理を行い全てを終えるとエンジンを切り、事務所に向かう。事務所では大勢の運転手が納金計算を行っていた。
「お疲れ様です」
先輩に一声かけて空いていた席に座り、計算を開始する。
「えーと、今日のチケットがこれで、クレジットがこれで、交通系がこれで…」
未収券の伝票を整理し、まとめておく。整理し終えると現金の計算を行う。一度計算し終えると再計算し、誤差がないか確認。日報・伝票・現金を持って納金機に向かい、現金を納金する。納金後出てきたレシートを日報と一緒にし、入庫のアルコールチェック。OKが出たので事務に日報と伝票を手渡し、ついでに配車板を見て次に誰が自分の車に乗るか確認する。
「お、明日は俺の車は休みか。さーて洗車洗車」
タクシードライバーは乗務終了後自分が運転した車を洗車する義務がある。モノグサな運転手の中には同僚に2,000円ほど金を払って洗車を代行してもらう者もいるが、三津はそんなことせず自分で車を洗う。