崩壊
薄暗い通路をぬけ、武蔵甲板まで伸びる細い梯を滑る様に飛び抜けると、空いたままの分厚いハッチをくぐる。
ほぼ無重力の艦内の通路を進みエレベーターに乗り、粟野は武蔵の巨大な艦橋に行き鷹森に声をかけた。
「どうですか?」
「駄目です・・起動認証の方はブロックを解除できません・・・手動で試す準備は進んでいます」
再試行をするのでさえこれほどの時間がかかる。何回試せばニュートリノエンジンはかかるのか・・・
エンジンを始動させる認証・・・
それ以外にも認証を必要とする開かずの扉が、戦艦武蔵にはいくつもある。
武蔵のシステムエンジニアでもある鷹森教授ですら、その中は知らない・・・
秋川の言った言葉が粟野の脳裏をよぎった。
権限を与えすぎたのかもしれんな・・・
しかし中岡博士がいなければ、武蔵そのものが存在しなかった・・・
さっき立花一佐は”頼む”と言った。
それは武蔵を動かせる状態にしてくれ・・という意味の他に、もし敵の手に渡る恐れがあるなら、フォボスもろとも自沈させてくれ・・という事だ。
それは風前の灯の日本の、唯一の希望を破壊するという事である。
それだけはなんとしても避けねばならない。
鷹森達の必死の様子を見ながら、粟野自身、絶望と戦っていた。
フォボスを離岸したマツシマ他7艦は、絶望的な戦いに身を投じようとしていた。
態勢を立て直した南アメリカ艦隊とは5倍近い兵力差がある。
立花の戦術をもってしても覆し難い。
南アメリカ艦隊はフォボスを囲む様に展開していく。
それは肉眼でも確認できるほどの距離だった。
立花はブリッジの乗組員の様子を見た。
なにかしていなければ不安に押し潰されてしまう・・・とでも言うかの様に皆が作業に集中している。
そんな様子が見て取れた。
ただ時間を稼ぐ為、日本の希望を守る為に、この命を捧げる・・・
その想いは全員が共有していた。
相対速度を上げていく日本艦隊が南アメリカ艦隊につっこんでいく・・・
フォボスの火星周回軌道上で艦隊同士の戦闘が始まり、ミサイルを撃ち合い、それを迎撃する連続で撃ちだされる光弾が虚空に消えていく。
双方の艦艇の周りでいくつもの火球が広がり、迎撃しそこねたミサイルが重巡洋艦ハチノヘに直撃した。
ハチノヘのブリッジでは高橋艦長が叫ぶ。
「一隻でも多くの艦を道連れにする!敵艦によせろ!至近距離からミサイルを叩き込め!」
その決死の操艦は敵艦にもすぐ解る。
ハチノヘから逃げようと南アメリカの艦艇が回避行動をとる中、BR群がハチノヘに襲い掛かる。
ハチノヘ対宙機銃の光弾の軌跡が宇宙の闇に描かれると、次つぎにBRを撃墜していく!
その光弾の軌跡をすり抜けた一機のBRが、至近距離で対艦ミサイルを撃ち込んだ。
そのBRはハチの巣になり撃墜されるが、ハチノヘの右舷にそのミサイルが命中した!
さらに撃ち込まれた対艦ミサイルが、艦首、左舷で爆発する!
ハチノヘ艦内を炎が駆け巡る。
マツシマのブリッジのモニターに映ったハチノヘ艦長高橋が
「立花!後を頼む!」と叫んだ直後、ハチノヘは轟沈した。
高橋・・・同期の高橋の死を見た無表情の立花の心中はいかばかりか
その立花のマツシマへ正面から対艦ミサイルが迫る!
「面舵15!艦首左舷ノズル最大!」
首を振ったマツシマの左舷をミサイルが走り抜ける!
「右舷艦首ノズル最大!モーメント0にしろ!2時方向の敵戦艦を沈める!2番砲座40度で固定、ロール角3・・・・撃えっ!」
マツシマから放たれたミサイルが、立て続けに戦艦の右舷に叩き込まれ、火球が連続で発生する!
南アメリカの戦艦が轟沈した。
入り乱れた艦隊の中で、友軍艦の場所が解らないほど敵艦艇に囲まれている。
「追跡してくる駆逐艦に照準!3番砲座170度、俯角5度固定・・・撃えっ!」
マツシマを追尾し射角を取ろうとしていた駆逐艦に命中、爆発、撃沈した。
誘導ミサイルが撃てない状況下では、艦長と航海士、火器管制官の呼吸が物を言う。
回避行動と照準合わせ運動を同時にこなす立花の見事な指示と、練度の高い日本艦隊の実力が、南アメリカ艦艇を上回った。
重巡洋艦マツシマがアメリカ艦艇を撃沈していく。
的確な指示を出しながら立花は、なぜかD小隊の出撃がない事に気が付いた。
なぜD小隊が出てこない?・・・
乱戦の中、立花に報告が相次ぐ
「ヒタチ撃沈!コウリョウ大破!火星に堕ちていきます!」
僚艦が撃沈されていく・・・
「艦長!マツシマ以外の僚艦全て撃沈されました!自艦も全兵装残弾ゼロです」ボロボロになっていたマツシマは撃ち返す弾が無くなってしまった。
「総員退艦!繰り返す、総員退艦!」立花は艦内に指示を出す。
「艦長?!」
「操艦システムをこちらへ」と艦長席に艦のコントロールをまわす様に言った。
「私も残ります!」と管制官。
「これは私の仕事だ。君達には日本を立て直すという大仕事が残っている。日本を頼む」
「艦長・・・」管制官は敬礼するとブリッジから出て行った。
多くの脱出艇が火星に降下していく。
さすがに南アメリカ艦艇から、それらに攻撃はなされなかった。
煙を吐き出しながら、満身創痍のマツシマは最後の力を振り絞る様に加速していく。
目指すは南アメリカ艦隊旗艦巡航戦艦テキサス。
それを阻止しようと駆逐艦とBRの猛攻撃が集中する。
立花決死の操艦も、しょせん無謀な行為だったのかもしれない。
被弾し姿勢制御もできなくなったマツシマは、くしくもテキサスの向こうにフォボスを見る形となった。
ミサイルが直撃しマツシマの艦尾で爆発が起こる。
なんとかテキサスへマツシマをぶつけようとしていた立花は、どんどん離れて行くテキサスを見て唸った。
瀕死のマツシマは逆にフォボスへと近づいていく。
立花は敵旗艦への体当たりを断念した。
ただ爆死したのでは無駄死にである。
立花のもっとも嫌うとろこである。
必要であれば死すら厭わないが、無駄な死には意味がない。
この様な時の為に、緊急脱出用のポットがブリッジの横に設置されている。
ドッキングハッチを兼ねたそれのハンドルを手動で回すと、分厚いハッチを開いた。
そこには一人用の棺の様なポットが狭い通路いっぱいに横たわっている。
立花は横になる様にポットに入り込みキャノピーを閉じるとレバーを引く。
勢いよくポットが射出された。
今までの戦闘が嘘のような静けさで満天の星が見える。
ほんの一瞬だけそれに見入った立花だったが、横になった姿勢で、首を立てるように正面を見ながらフォボスを確認する。
立花はマツシマを捨てて、僅かばかりの燃料でフォボスへと、ポットのベクトルを向けた。
立花を乗せたポットを粟野二尉は向かえた。
「よくぞご無事で・・・」
「死にぞこなったよ。状況は?」
二人は戦闘指揮所へ飛ぶように向かいながら話す。
「南アメリカ艦隊はフォボス包囲網をひきつつありますが、まだ攻撃はありません」
戦闘指揮所に入った二人に通信士が振り返り言った。
「南アメリカ艦隊より入電!一方的な勧告の様です。モニターに出します」
画面に現れた南アメリカ艦隊将校は無表情に勧告し始めた。
「私は南アメリカ宙軍第2遠征打撃艦隊所属、テキサス艦長アトウェル中佐だ。我々はAARFとは違う。
施設を放棄し投降すれば、条約に基づき捕虜は人道的に処する事を約束する。
30分待って返答が無い場合は攻撃を再開し、フォボスを宇宙の塵にする。
司令官たるもの部下の命を第一に考え、投降する様に、以上」
「あいつらはここになにがあるか知っている様ですな」
「無傷で拿捕したいのだろう」
通信士が振り返った。
「秋川一尉の乗ったシャトルが近づいてきます」
「ここの保安任務長です」と粟野が立花に説明した。
「なんで保安任務長がここを離れていたんだ?」と立花
粟野は両手を上にして、”さぁ”とジェスチャーした。
「なんの用だと聞け」と立花。
モニターに出た秋川は、なんでそこに佐官がいるのか驚いた様だ、
「フォボス保安任務長の秋川です。フォボス入港の許可を願います」
立花一佐に向かって聞いた。
「なぜ保安任務長がこの有事にここを離れていた?」
「国際宇宙ステーションの偵察に行ってきました」
「なぜ部下に行かせない?」
「はっ・・この目で確かめたく・・」
焦ったように言いつのる秋川の言葉を遮り、
「地球へ帰ろうとしたが、宇宙ステーションはAARFに囲まれて近づけなかったんだろう?」
「いぇ!違いま・」
「黙れ!フォボスへの入港は許さん。火星に降りろ」
「一佐!」
「通信終わり」立花は通信を切ってしまった。
粟野が目をあわせ、ニヤッと笑った。
「あいつは俺の権限で解任だ。武蔵はどうなっている?」
「残念ながら無理かもしれません・・・」
「そうか・・ぎりぎりまで頑張ってくれ。脱出用のシャトルを準備しておけ」
「無念です・・博士がここまで武蔵起動認証を難解なものにするとは・・・」
「もし、していなければ最初の襲撃で南アメリカに持ち去られていただろう・・・博士は正しかったのだ」
「そう・・ですね。確かに」
「今の日本に、ここの防衛へさける余裕はなかった」
「ここの情報が露呈した段階で、すでに無理な話だったのかもしれません」
「敵軍が指定した時間まであと10分です」
粟野は武蔵のブリッジにモニターをつないだ。
「鷹森教授、どうですか?」
「今までとは別の条件で試そうかと準備をしています。これが駄目だったら・・・」鷹森は言いよどんだ。
「立花一佐です。それが最後となります。もし駄目だったら、フォボスを脱出する為、全員火星に降下するシャトルに乗って下さい」
「解りました。私は不信心な人間ですが、成功を神に祈ります」
「道は必ずある。と信じましょう」
「では準備に戻ります」と通信が切れた。
その時!爆発音と強い振動がした。
「何事か?」と粟野
「第三隔壁爆破されました!特殊部隊が突入してきます!」
「まだあと10分有る筈だ!」と粟野
「フェイクだ、我々に自爆の猶予を与えない為の」
モニターにフォボス各区画の略図が出ていて、敵制圧エリアが赤く表示されていく。
「第五ブロック制圧されました!第六ブロックで死守しています」
また一つ、赤い表示エリアが武蔵建造ブロックに近づいていく。
「ここの自爆操作は武蔵から出来るのか?」
「はい!できます!」と粟野
「総員、武蔵に乗艦急げ、退路を塞がれる前にだ」
「はっ!」そこにいた全員が立ち上がり、武蔵に向かう。
とその時・・・
「あっ・・ちょっと待って下さい!中岡博士のMAⅤがフォボスに向かってきてます!」
「なに!?誰が乗っているんだ?」と粟野
遮る様に立花が聞いた。
「敵艦隊をすり抜けられそうか?」
「はい、ちょうど反対から近づいて来ています・・が、ドッキングベイが敵の制圧下です!敵の手に落ちてしまいます!」
「くっ・・」粟野は八方塞がりの現状にうめいた。
「通信はできるか?」と立花
「出来ません!通信システム破壊されました!」
「やむを得ん。武蔵乗艦急げ」立花はその通信士と粟野を促すと、自らも武蔵へと急いだ。
第六ブロックを死守していた黒崎三尉は、突入してきた敵との銃撃戦を指揮していた。
「第18隔壁閉鎖!しばらくは時間が稼げるはずだ!」
隔壁が閉じると、つかの間の安寧に黒崎が軽口をたたいた。
「今回はD小隊の面々はおでましにならなかったな・・・そのおかげで最悪の事態はさけられたが・・・」
無重力の空間で縦横無尽に動き回り、俊敏な動きと正確な射撃で、多くの仲間の命を奪った黒ずくめの連中・・・
それは彼らの脳裏に焼き付き、トラウマの様に彼らを恐れさせた。
「三尉!撤退し武蔵に乗艦する様に指令がありました!」
それが意味する事は黒崎にも解った。
「よし全員武蔵に向かうぞ!我々が通った通路の隔壁は全て降ろせ!」
「了解!」
各ブロックの守備についていた残り少なくなった隊員達が撤退していく。
退去してきた彼らは細い梯を頼りに、武蔵甲板から乗艦していった。
南アメリカの特殊部隊は隔壁を破壊しながら武蔵へと近づいてくる。
「準備完了しました!行けます!」と研究員の一人が声を上げた。
武蔵のブリッジで鷹森は立花と粟野に振り返る。
立花はそこにいる全員の顔を見回してから短く言った。
「お願いします」
うなずいた鷹森は
「フライフォイール及び加速器を回してください。封じ込めたヒッグス場及び、メビウス加速器スタート。陽子を高速まで加速」
「圧縮注入器スタンバイ!」
うなる様な音と振動が艦橋を震えさせる。
「場の速度光速に近づいていきます!」
モニター上の時間軸がどんどん遅くなっていき、臨界を示す表示が赤く連なって行く。
皆が緊張した顔でそれを見ている。
頼む・・・・
衝突を示す放射状に延びる大量の線がモニターされ衝突を示した!
「陽子衝突!ヒッグス粒子検知!」
が、モニター上に光点が現れた。
「ヒッグス崩壊、光子確認・・・ヒッグス・・やはり維持できませんでした・・・」
フライフォイールの空回りする音が小さくなっていく・・・
唸る様な音も振動も小さくなり、そして・・・
静寂が武蔵の艦橋を包んだ。
「駄目・・でした・・・」力なくうなだれる鷹森。
がっくりと首を落とした粟野。
静かに立花が
「この武蔵を敵の手にくれてやる訳にはいかない。このフォボスごと爆破する・・・みんなよく戦ってくれた。感謝する」
みんな静かに聞き入っていた。
反論する物は誰もいない。
力なくしゃがみ込んで壁にもたれかかる者、呆然と立ち尽くす者、拳を握りしめて涙する者、様々だった。
「フォボス爆破シークエンス開始」と立花
「フォボス爆破シークエンス開始します。立花一佐認証をお願いします」
立花が自らの認証コードと粟野に教えられたコードを入力、配線に繋がれたアタッシュケースの中央、丸い筒の上にある持ち手を右に回し、金属の筒を引き出した。
その筒を二つに割った中に、自爆スイッチがあった。
立花は少しだけ時間を空けた後、スイッチを叩いた。
[フォボス自爆シークエンスを開始します。10分後にフォボスが爆破します。総員フォボスから退去してください]女性の声で日本語と英語のガイダンスが淡々と流れた後、フォボスの各ブロックでライトが赤く明滅し、”フォアンフォアン”とサイレンが鳴り始めた。
武蔵の通路にいた黒崎は、部下の中山と話をしていた。
「ここまでか・・まぁよく頑張ったよな」明るく言った。
「はい・・しょうがありませんね・・」と中山。どこかさばさばしている。
「みんなで死ぬんだ。あの世で会おう」
「死んだら上官も部下もありませんからね」といたずらっぽく中山は言った。
「お前と死ねて良かった」と黒崎は笑った。
ブリッジでも、力なく崩れ落ちていた者もあきらめがついたのか、みんな笑っている。
それぞれの肩や背を叩きながら、冗談を言い合っている。
そこにはこれから一緒に死ぬんだという、連帯感や一体感みたいなものがあった。
[あと8分で爆発します。総員フォボスより退去してください]
このアナウンスは南アメリカ兵も聞いている筈だ。
急ぎ撤退しているに違いない。
とその時、
「立花艦長!」と管制官
「私は武蔵の艦長ではない」とすげなく立花は言った。
「すいませんなんとなく・・中岡博士のMAⅤが隠し通路を通ってここに向かってます!」
「隠し通路?そんなものがあるのか?」と粟野
「はい、カモフラージュされた隔壁が開いていきます」
「今どこらへんだ?」
「ここより200m離れた通路を進んできます。6時方向」
立花と粟野はブリッジを出て、艦橋後方にある窓越しに艦尾方向を注視した。
巨大な円形のドームからせり上がった後部甲板へと続いている。
そのせり上がった後部甲板越しに、武蔵と比較すると小さく見えるが、大きなハッチが開いていきMAⅤが姿を現した。
その白いMAⅤは逆噴射をし制動をかけ姿勢を制御しながら、武蔵の艦橋へと近づいてくる。
立花らのいる第一艦橋左横で制止すると、ドッキングアームが伸びてきた。
ブリッジに戻った二人には死角になり見えなくなったが、”ゴトンッ”という音と、かすかな振動が接続された事を確信させた。
立花も粟野も鷹森も、そこにいた全員がブリッジの奥にあるドッキングハッチを注視している。
と・・分厚いハッチが自動で開いた。
[フォボス爆発まであと6分です]無機質な声が残り時間を告げる。
それすらも意識する事無く、皆が緊張の面持ちでハッチを見続けた。
すると・・・
一人の男が出てきた・・・
ハッチに一番近寄っていた立花と目が合う。
立花は運命的なものを感じて聞いた。
「君の名は?」
その男は無重力のブリッジで、姿勢を正すと
「アルフレッド・ビーンだ」と答えた。




