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火星の雪  作者: 上泉護
38/42

フォボスの戦い


平行なひっかき傷の様な跡が、いくつも走る火星の衛星フォボス表面で発光現象が見て取れる。

スティックニーという名の、直径9kmほどのクレーターの中心に爆発が集中していた。


衛星軌道を回るフォボスは7時間40分で火星を周回し、平均高度はわずか5,898kmしかない。

もし誰かが火星地表からフォボスを見上げたとしたら、みるみる動いていく、地球から見た月の3分の1程度に見える衛星のところどころで、チカチカと点滅する光が見て取れた事だろう。


あちこちで吹き上げる煙が宇宙空間に霧散している。

また大きな炎がクレーターの一部で噴き上がった。


フォボスの日本軍事研究施設は風前の(ともしび)だった・・・


頼りの保安任務部隊は度重なる襲撃で大勢の戦死者を出し、わずかばかりの保安任務部隊員が、フォボスを占領しようとする敵軍にあがきの様な抵抗を繰り返していた。


が・・その敵はAARFではなく、無傷の南アメリカ艦隊だったが・・・


その必死の抵抗も力尽き、陥落寸前のフォボスでは絶望的な戦いが繰り広げられていた。


スティックニークレーター地中深くの、薄暗い巨大な空間にある大きな艦橋で、保安任務部隊長の秋川一尉が怒鳴っているのが見える。


「フォボスが落ちるのももう時間の問題だ!」


「あきらめるのは早い!鷹森教授!まだ立ち上がらないのか?」

粟野二尉が叱りつける様に言った。


「だめです!ブロックが掛かっていて立ち上がりません!」

鷹森と数人の研究者達は、必死に戦艦武蔵の起動コードを探していた。


「認証が解けなければニュートリノエンジンは始動しません!」

「なんだ!その認証とは?!」と秋川。

「解りません・・」と鷹森。

「どこの馬の骨だか解らん研究者に、権限を与えすぎたんだ!」

秋川は一呼吸開けると、

「このフォボスごと自爆させる!総員退去準備!」秋川一尉が命令を下そうとした。

「駄目です!もう一度お願いします!」粟野二尉が叫ぶ。

「何度やっても同じだ!認証キーが解らなければどうしようもない!」

「解除するんだ!日本最後の希望をそうやすやすとあきらめるな!」粟野の勢いに押されて黙り込んだ秋川は、鷹森を励ます粟野の二人を見ながら、そろりそろりと静かに退室した。


「ですがWIMPウィンプ(弱い相互作用をする質量のある粒子)をSIMPシンプ(素粒子が組み合わさって出来た複合粒子で、強い相互作用する質量のある粒子)にする最初の段階ですら難しい状況です。わずかばかりの質量を持つニュートリノを圧縮したヒッグス場で質量を倍加し、ニュートリノ振動の振幅を大きくして、第四のニュートリノを誕生させヒッグス場の相互作用を・・」


「解りました!とにかく作業を続けて下さい!」粟野は己の理解の及ばない事を説明させ、時間を潰してしまう愚を犯さない為、(さえぎ)った。


「わ・・解りました。やってみます」鷹森は迫力におされて頷いた。


もう一人の研究者に、

「準備は整っているので手動で試してみます。フライフォイールおよび加速器を回してください。

封じ込めたヒッグス場を加速しつつ、ほぼ光速まで加速させた陽子同士を衝突させます。圧縮注入器スタンバイ!」

うなる様な音と振動が艦橋を震えさせる。


「場の速度光速に近づいていきます!」

モニター上の時間軸がどんどん遅くなっていき、臨界を示す表示が赤く連なって行く。

「頼む・・・いってくれ・・・」鷹森がうめいた。

と、なんの前触れもなく衝突を示す中心から放射状にのびる大量の線が表示される。

それは人の瞳孔を想起させた。


「陽子衝突!ヒッグス粒子検知!」

モニター上に光点が現れる。


「ヒッグス崩壊、光子確認・・・ヒッグス維持出来ません・・失敗です・・・」


フライフォイールの空回りする音が小さくなっていく。


「駄目か・・・」


「条件を変えて何度でも頼む」見守っていた粟野はもう一度言った。

爆発音や銃撃音はすぐそこまで迫ってきている。


フォボスの外では南アメリカ艦隊が衛星を遠回しに取り囲んでいる。


その様子をモニターで見た粟野は

もう駄目か・・・


と絶望感にとらわれそうになった時、信じられない事が起こった。


南アメリカ艦隊が包囲陣形を解き、フォボス以外の方向へその舳先(へさき)を向け始めたのだ。


それに合わせる様に南アメリカ兵が撤退していく。


「粟野二尉、フォボスの全エリアを奪還しました」

「了解、再突入への警戒を厳とせよ」

「はっ!」

そこでなぜ自分に報告が来たのか疑問に思った粟野は


「秋川一尉は?」と部下に聞いた。

「国際宇宙ステーションに向けてシャトルを発進させました。偵察に行くとの事です」

「なんだと!?」粟野はあきれ果てるとともに、よく南アメリカの包囲を突破出来たな・・・

と感心した。

「どうしますか?」と部下の一人が聞いた。

「放っておけ、それよりも今なにが起こっているのか?」


「小惑星帯での艦隊決戦の生き残り艦が救援に駆けつけてくれた様です・・あっ、通信が入りました」

[こちら小惑星帯国連方面軍マツシマ艦長立花からフォボスへ、小惑星帯国連方面軍マツシマ艦長立花からフォボスへ・・]

「こちらフォボス研究所保安任務副長粟野二尉です。どうぞ」

[フォボスを取り巻く南アメリカ艦隊を押しのける。フォボスへの接岸を願う]


「是非、お願いいたします。フォボスでお待ちしております」

[感謝する]立花は短く通信を切った。


粟野はそれが気に入った。

無駄な事を一切言わない男だと。

秋川一尉は無駄な事ばかり言いつのり、全然前に進まない男だった・・・

彼がいない事だけが唯一の救いだった。


速度を落とさず火星に近づいてくる残存日本艦隊は、重巡洋艦マツシマをはじめ、同じく重巡洋艦ハコダテとハチノヘ、軽巡洋艦ハシダテ、リュウキュウ、巡航宙母ヒュウガ、駆逐艦ヒタチ、コウリョウの8艦。

対して南アメリカ艦隊42艦。


勝敗の行方は明らかだった。


傷だらけの重巡洋艦マツシマのブリッジで、立花は光学望遠鏡でとらえているフォボスを囲む南アメリカ艦隊を見ながら思っていた。


南アメリカにはあの男がいる・・・


それは皇帝と呼ばれるエースパイロット。


D小隊と呼ばれるトップガンの中で、他の追随をゆるさず、味方にすら恐れられている男。

凄腕のBR乗りでマガダン艦隊を壊滅に追い込んだ張本人。

諜報が進み、その名前すら知れ渡っている。

” ウェイド・セローン ”それが皇帝と呼ばれる男の名前だ。


相対速度を落とし皇帝の発艦を許したら、それだけでとてつもない脅威となる。

ぎりぎりまで相対速度を落とすことは出来ない・・・


この宇宙に名を馳せる男か・・・技術革新も行きつくところまで行くと、人一人の力が、戦局を左右させるまでになるものか・・・立花は思う。


そしてもう一人・・・南アメリカではないが、軍関係者だったら知らぬ者のない名前があった。

ジョン・アンダーソン提督を支えた神業の様な操艦技術を持つ天才航海士だ。


この宇宙に名を馳せる二つのビッグネーム。

一人は” 皇帝ウェイド・セローン ”、そしてもう一人が” アルフレッド・ビーン ”だ。


12年前の無国籍艦隊との艦隊決戦時、相対速度を落とさず艦隊同士がすれ違い、入り乱れる艦隊の中を神業の様な操艦ですり抜け、艦隊に勝利をもたらした男。


今回の艦隊決戦まで無敗を誇ったアンダーソン提督を支えたのは間違いなく、

この” アルフレッド・ビーン ”であったと言えよう。


その”無敗”がアンダーソンの慢心となり、今回の敗戦に繋がったといっても過言ではないだろう。


一航海士でありながら、参謀のたてた策に意見したと言われる。


もう何年も前に除隊し行方が知れていない・・・そう立花は聞いていた。



相対速度を落としD小隊の発艦を許してはならない・・・

それが彼の戦術の大きな要点であったといえよう。


今から彼が行おうとしている戦術に、アルフレッド・ビーンという男がいてくれたならば、どれほど心強いか・・・そんな思っても意味の無い事を立花は思わざるを得なかった。


日本艦隊は相対速度を落とさず南アメリカ艦隊へと突っ込んでいく・・・


立花の狙いは当たった。


相対速度を落とさず突っ込んでくる日本艦隊に、南アメリカ艦隊が、

神風(かみかぜ)”(特攻(とっこう))か?

と誤認し、衛星軌道から外れ大きく回避行動をとったのだ。


南アメリカ艦隊はフォボス包囲網を一時諦め、衛星軌道へ戻る為、火星を再度一周するコースを選んだ。


そして日本艦隊は、火星の大気を利用し減速して、南アメリカ艦隊より早く火星を一周した。


ぎりぎりまで速度を落とさずフォボスへと近づいて行き、最大減速をもって傷だらけの重巡洋艦マツシマがフォボスに接岸した。

残存艦艇もそれにならう。


フォボスの係留ブロックで粟野二尉が出迎えた。

「フォボス保安任務副長粟野二尉です」

「マツシマ艦長立花だ」

「フォボス防衛に尽力して頂きありがとうございます」

「日本の命運をかけたふねのある場所だ。当然の事だ。しかしやつらが反攻に転じるのも時間の問題だ・・・あれを見てみたい」


「武蔵ですか?」

「あぁ」

「こちらです」と粟野に導かれるまま、エレベーターに乗りフォボスの中心へと降りて行く。

エレベーターの扉が開いた。そこには・・・


度重なる戦闘で、照明のいくつかが切れている薄暗い空間に、巨大なシルエットが見てとれた。

立ち上がる大きな艦橋の前に、巨大な砲座らしき物が見える。


「超ド級戦艦武蔵か・・・」立花はうめいた。

「なぜ武蔵なんだ?」と艦名の由来を聞いた。


「設計開発から建造にいたるまで全てにかかわった中岡博士の曾祖父が、第二次世界大戦時、武蔵に乗艦されていたそうです。中岡博士にとって特別な名前だったのでしょう・・コードネームとして呼ばれていたものが、そのまま艦名に採用されたそうです」

「乗員は?」

「艦長以下300名、突然の襲撃で戦死されました。どうやら敵は最初っからそれを狙っていたようです」苦しそうに粟野が答える。


「ではエンジンが回ったとしても、武蔵は動かせない。という事か?」

「火器管制システムさえ立ち上がれば、強力な砲とエンジンを積んだ戦艦だと思えば、操艦は変わりません」


「しかしこれだけ巨大な戦艦となると、操艦できる者も限られる・・・」

と言った立花の頭に、またあの男の名前が浮かんだ。


心弱くなっているんだろう・・・彼は苦笑いした。


それを見た粟野が、

「どうされましたか?」と聞いた。


「いやなんでもない・・」と静かに答えた。


「状況は?」

「よくありません。武蔵の起動認証キーがなんなのか解りません」

「解除できないのか?」

「今、鷹森教授のチームが頑張ってくれてます」

「そうか・・しかしそう時間はないぞ」

「はい、やるしかありません。でなければフォボスごと爆破しなければなりません」

「それは日本の希望を捨てるという事だ」

「はい、死力を尽くします。と言っても鷹森チームにまかせっきりですがね」

「まったくだ。彼等には日本の未来をかけて頑張ってもらわんとな」

「まったくです」


フォボスの戦闘指揮所に上がった立花と粟野に

「南アメリカ艦隊、接近してきます!」と報告がたちまちになされた。

「距離5万km、火星の渚稜線(しょりょうせん)から視認できました。急速に接近してきます」

「総員戦闘配置、マツシマ以下残存艦艇はフォボスより離岸準備急げ」

「粟野二尉」立花は粟野に呼びかけた。


「これが最後だろう・・・武蔵を頼む」


「はっ!」粟野は敬礼した。


敬礼を返すと立花は、傷らだけの重巡洋艦マツシマに向かった。



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