ラボ
アルフレッドが閉まった扉のロックボタンを押すと、
”カシャッ”と何かが噛みこむ大きな音がした。
振り返った研究室は200㎡程度で、見慣れぬ機器や操作パネルなどが並び、ブース分けされたコンピューターには太いケーブルが張り巡らされている。
一見冷たさを感じるその空間の手前に、不思議な・・・情景があった。
ベティに手を引かれる長身で端正なマスクに蒼い目の若い男。
その静かな佇まいは・・それにそぐわない黒いコンバットスーツを身にまとっていた。
でかいブローバック拳銃が大腿部のホルスターにぶちこまれていて、左足のふくらはぎにサバイバルナイフが挿してあり、マガジンを入れるポケットが腰回りに並び、弾丸や手榴弾が体前面にベルトで装着されている。
防弾ヴェスト、ホルスター、ベルトに至るまで黒一色で、襟元と指先、サバイバルナイフの柄が血の様な赤い色になっていた。
ブロディが頭を振りながら、不敵にニヤリと笑い、皇帝へにじりよって行く。
「邪魔な奴らがいなくなった・・続きと洒落こもうじゃねぇか・・・」
「待て、待て!」とオーソンがブロディを後ろから羽交い絞めにした。
そのオーソンの巨体を引きずりながら、ブロディが距離をじりじりと詰めていく。
「邪魔するな!」
「なんでこぅ、お前さんは血の気が多いんだ!まったく」と頭に包帯を巻いたオーソンが必死に抑え込みながらうめいた。
そのにじり寄るブロディに背を向ける形で、皇帝との間にアルフレッドが割込んだ。
ブロディも止まらざるを得ない。
身長180cmのアルフレッドが、3人の間で小さく見える。
「まずは礼を言う・・・ありがとう」
皇帝は黙ってアルフレッドを見ている。
この男の精神はまともだ・・・と皇帝の静かな蒼い目を見ながらアルフレッドは思った。
しかし
「アルフレッド・ビーンだ」と言って差し出された手を、皇帝は見るだけだった。
「・・・まぁ、いい」と手を引っ込めると
「これから君はどうするつもりなんだ?」と聞いた。
しかし皇帝の返事はない。
「だからここで決着をつけるのさ!」
とブロディがオーソンをふりほどき殴り掛かった!
当たった・・・しかしそれは皇帝の頭部を守った堅固なガードの上からだったが・・・
ジロリとブロディを見た皇帝だったが、ベティが掴む指先はピクリとも動かない。
すると・・優しく・・とアルフレッドには見えた。
ベティの手を外した皇帝が前に出る。
と、アリソンがアルフレッドと一緒に間に入り込んだ。
「待って!・・・娘を助けてくれて本当にありがとう・・・あなたも一緒に私達と来ない?」と言った。
「待て!俺はこいつと決着をつけるんだ!」
「まて!落ち着け!ブロディ!」
「熱くなるな!頭を冷やせ!」
と暴れるブロディを、アルフレッドとオーソンが前と後ろから抑え込む。
そんなブロディにベティが下の方から大きな声で言った。
「ブロディ!大人になりなさい!」
18歳の青年は目を丸くして6歳の少女を見下ろす。
一瞬の沈黙の後・・・
「はっはっはははは、ブロディ、ベティの言う通りだ!はっはっはっは」
皇帝以外の全員が笑う。
ベティの一言で急に興ざめしたブロディは
「ちっ、ベティにはかなわねぇや・・・」とふてくされたように言った。
「はっはっはっはっは」また一同は笑う。
笑うアルフレッドは見た。
皇帝がかすかに微笑しているのを・・・
そこでアルフレッドの心が決まった。
笑いながら皇帝の二の腕を掴むと、
「一緒に行こう。俺達は運命共同体だ!」
不思議そうにアルフレッドを見た皇帝が、人間らしい表情を垣間見せた。
とまどった様なそぶりで、なにか言おうとしては言葉が見つからない・・・
そんな感じだった.
そして初めて口を開いた。
「ウェイド・セローンだ・・」
全員が皇帝を見た。
そして、名乗っていく
「オーソン・ハンズだ」
「アリソン・ビーンよ」
「ペグ」
「ベティよ!」
「マリア・ウィンフィールドです」
そして最後にブロディが
「ブロディ・ベイルだ・・・決着はいつか必ずつける」と睨みつけた。
すると皇帝が・・・
「お前は俺に似ている・・・」と静かに言った。
「?・・・」ブロディは変な顔をして皇帝を見る。
とその時!
”ガンッ”という凄まじい音と共に、扉が変形した!
「忘れてた!みんなマリアを認証させる物を探すんだ!」
扉の外で、破壊しようとする物音がしている。
皆が手分けして研究室の中を探し回る中、皇帝はでかい銃を引き抜き扉の横で待機する。
それを見たオーソンが、拾ったこれまたでかい銃を構えて反対側の扉の横に着いた。
ニヤリと笑ったオーソンが
「お前さん、元のお仲間相手じゃやりづらかろう?」と言った。
オーソンを見た皇帝だったが、すぐに扉へと目を向ける。
「あった!マリア!」アリソンの声が研究室に響く。
皆が、重そうにケイティを抱えるアリソンの元に集まり手元を見る。
研究室には不釣り合いなマイクが置かれていて、首を伸ばしてケイティがそれを嗅ごうとしている。
そのマイクの横に幼い少女の写真が飾られていた。
「私です・・・」とマリア
スイッチを入れたアルフレッドが、マリアを促す。
「なんて言えば?・・・」
「呼びかけてみるんだ」
マリアがマイクに口を近づけると、一緒になってケイティも顔を近づける。
マリアはケイティの顔の横で
「おじぃちゃん・・・」と声をかけた。
すると
「声紋認証マリア・ウィンフィールド確認」と音声がし、ナカオカ博士の肉声が響いた。
「よくここまで来てくれたねマリア・・・もう少しだ。この研究所の奥にLHCに通じる扉がある。
暗証番号は495637685だ。入ったらその正面の壁の赤いパイプにある隙間を覗き込むんだ。急げ危険が迫っている」
その扉は確認している。アルフレッドは扉の横のオーソンと皇帝に叫んだ。
「オーソン!ウェイド!来てくれ!」
奥の扉へと駆けだす一行を追う様に、オーソンと皇帝が駆けだす。
そのすぐ後に、爆発し扉が研究室内に吹き飛んできた!
飛び込んでくる黒いコンバットスーツの男達!
皇帝が駆けながら半身になり、銃を撃つ
”ドンッ”と一人が後方へとふっとんだ。
だがすぐに起き上がってくる。
オーソンも撃った。
凄まじい衝撃がオーソンの右肩にのしかかる!
「なんて銃だ!」と大声でぼやいた。
デスクや機材の間をすり抜け、先に扉についたアルフレッドが暗証番号を急いで打ち込む。
”プシュゥ”と扉が開いた。
コンピューターが並ぶデスクを片手をつき飛び越えた皇帝と、回り込んだオーソンが追いつく。
”カンッカンッカンッ”と彼らの周囲に弾丸が空気を切り裂き降り注ぐ!
皇帝、オーソンとその扉に飛び込むと間一髪のところで扉が閉じた。
彼らが飛び込んだ空間は・・・冷たい空気とどこか焦げ臭さを感じる、異様な巨大通路で一見するとTMPの様にも見える・・・
しかしその規模は遥かに小さかった。
天井まで丸く続く壁がかすかなRを描き遠い視界の先で湾曲しているのが解る。
その通路の中央にパイプが延々と伸びていた。
太いパイプの周りを細いパイプで束ねた形状で、巨大なドーナツ状のホールを周回するLHCの円形空間の一部部分だった。
その大小様々なパイプの束をくぐる様に、入った扉の反対側の壁に行き赤いパイプを探す。
それは簡単に見つける事が出来た。
赤いパイプが人の腰ほどの高さで壁を左右に走っている。
皆が博士の言っていた隙間を探す。
「あった!」ペグが声を上げた。
それは幅が1cmほどの不自然に空いた長さ20cm程の穴で中は暗く見えない。
急いでマリアが覗き込むと・・・なんの音声もガイダンスもなく
”ドンッ”という音をたて、ただの側壁だと思っていた部分が壁の向こう側にゆっくりと引いていく。
マリアは一瞬たじろいだ・・・
運命・・・その扉が・・ゆっくり開いていく様な気がしたからだ。
それにつられる様に皆が暗い通路の前で、立ちつくす。
「こりゃぁまた・・・」とやはりオーソンが真っ先に口を開いた。
とその時、扉を破壊しようと、扉の裏から炸裂音がし始めた。
おそらく扉をマシンガンで破壊しようとしているのだろう。
顔を見合わせた一同は、アルフレッドを先頭に暗い通路へと入っていく。
すると、人感センサーが感知したものか照明が付いた。
だんだんと手前から遠くへと照明がついていく・・・
それは恐ろしく長い直線の通路で、その先は霞んで見えない程、距離のある事が解った。
そして彼らの前には・・・
小さな・・屋根もドアもない乗り物がレールに4台連結されている・・・
一台に二人掛けのシートが2列並び、16人乗れるようになっていた。
「これで進めって事か・・・」とアルフレッド
先頭の車両にアルフレッドとオーソンが乗り込み、2台目、3台目にケイティを抱えたアリソンと娘達が乗り込む。
そして最後の車両にブロディと皇帝が前と後ろになり乗り込んだ。
それが合図だったかの様に、扉がゆっくり閉まっていく・・・
安全を確認したアルフレッドが先頭の車両でスロットルを少しずつ開けていく。
すると8人を乗せた小さなモノレールがゆっくり動き出した・・・
「とうとう本丸だな・・」と言うオーソンにアルフレッドが呟く様に答えた。
「この先になにがあるというんだ?・・・」
冷たい風を切りながら速度を上げていく・・・
後ろに座る皇帝を意識しないフリをよそおい、ブロディは娘たちの向こうに果てしなく続く直線の通路を眺めた。
延々と続く真っすぐな通路・・・
先の見えない未来へ、ただただ真っすぐ・・真っすぐに伸びている・・・
ブロンドの髪をなびかせ凍り付いたように動かないマリアの後ろ姿を見て、ブロディは彼女の決意を改めて思う。
”人殺しの道具にだけはさせたくない”
そうマリアは言った・・・
それがもうじき現れるのだ・・・
運命に翻弄される人生・・だがそれは断固とした意志の力で選び取る自由が・・いや・・想いが人には残されている・・・
そんな事を思うブロディの後ろで、皇帝は振り返り後方を確認する。
走り去るモノレールを見送るかのように、
”ドンッ”と、まるで・・・
”もう後戻りはできないぞ”と言わんばかりに扉が閉まった。




