皇帝
むせかえる程のほこりと煙が舞い上がり、硝煙の匂いがたちこめる薄暗い通路の照明は、光に傘がかかりぼやけて見える・・・
廊下の隅にうずくまり震えているケイティを見つけ、そのリードを掴みペグが振り返り見たのは・・・
4人ほどの、霞みぼやけた輪郭の、黒い服を着た大きな男達だった。
恐怖でペグはケイティにしがみつく。
とその中の一人が、しゃがれた声で言った。
「この娘か?・・・」
しゃがみこんでいるペグは恐怖の眼差しで見上げる。
「違うな・・」と別の男が言った。
すると、最初に聞いた男が
「紛らわしい・・・」と言って、おもむろに大腿部のホルスターから銃を抜くとスライドを引きペグへ向ける。
なんの躊躇もなくペグを撃ち殺そうとした時!
ほこりと硝煙の中からブロディが飛び込んできて男の銃をはたき落とした!
男達が後方へ飛び退る。
震えながら見上げるペグの前に、敢然と立つブロディの後ろ姿があった・・・
その身のこなしに見覚えがあったのか、マッケンジーニが言った。
「お前・・あのBRに乗っていた奴だな?」
ブロディは油断なく、この窮地を脱する方法を探しながら
「お前らか・・あの赤い槍の連中は・・・」と言う。
男たちの間に殺気が噴きあがる。
マッケンジーニが一歩前に出ながら、
「手を出すな。こいつは俺が殺す・・・」
いきなりブロディに殴り掛かった!
両手でガードした体ごと、ペグがうずくまる壁までブロディの体を吹き飛ばした。
ちっ!・・なんて力してやがる・・・と脅威を感じながら
またもブロディの中の凶暴な獣が目を覚まし、口の端が吊り上がっていく。
「おもしれぇ・・・」
閃光の様な速さでブロディが低く動いた!
まさかなんの恐怖もためらいもなく、丸腰で反撃に移られるとは思っていなかったのか、
ブロディにタックルされると思ったマッケンジーニは、バックステップで距離を取る。
その低い位置からカミソリの様な左アッパーが、顎へと走る!
寸でのところで、その拳を捕まえたマッケンジーニのこめかみに強烈な右ブロウが襲い掛かる。
引かれた左拳につられ、右ブロウを躱そうと屈みこんだマッケンジーニに、ブロディの膝が襲う!
まともにそれを顔面に受けたマッケンジーニはのけぞる様に後方へとはじかれた。
二人の間に距離が生まれ、時間が止まる。
「てめぇ・・ぶっ殺してやる!」と言うマッケンジーニの鼻から血が一筋垂れた。
ブロディも驚いた。
あの膝をまともにもらって立ってられる奴は初めてだ・・・・と
「なさけねぇ、お前に格闘のイロハをおしえてやるよ」と横からブロディにレナルズが蹴りかかった。
その蹴りを背に受ける形で、回し蹴りをブロディは返す。
回転し屈みこんだブロディの背を空振りした、レナルズの腹部にブロディの強烈な左回し蹴りが炸裂する!
レナルズは後方へ吹っ飛んだ。
「くそがぁああああ!」
二人の狂気の度合いが、はじけていく。
カーター大尉はそれを後ろで興味を持って見ていた。
力もスピードもマッケンジーニやレナルズの方が上だ・・
なのに奴が二人を圧倒する理由・・・
それは数えきれないほどの場数を踏んだ経験値と、奴の持つ”なにか”だ。
それは呼吸や間合い、当て勘といったものか・・・
それらは、訓練や練習でどうこう出来るものではない。
そんなものが、肉体改造し薬漬けにされた人間を超えているのだ・・・
カーターはこの男に興味をそそられつつも、任務を思い出した。
悠長な事はしてられない・・・
「皇帝、頼む」と言った。
怒りで狂わんばかりに吠えている二人を、一人の男が制した。
皇帝が前に出ると、目をむいたマッケンジーニとレナルズが舌打ちし引き下がる。
マッケンジーニやレナルズより長身なその男・・・
それは意外過ぎるほど”静か”なたたずまいで、その端正なマスクは落ち着き払っている。
まだ若い・・20代半ばと言ったところか・・・
狂気な連中ばかりだと思っていたブロディは意外に思った。
こいつ・・・
えも言われぬ圧力に反発させられる様にブロディが左ジャブを何発もうちこんだ!
そのブロディの強烈な左ジャブを、左手一本でたたき落とす。
閃光の様な右ストレートがブロディを襲う!
それを紙一重でガードしたが、またも後方へ弾き飛ばされた。
くっ!・・・壁に背を預け前を見ると、皇帝は静かに立っている。
やろう・・・改めてブロディは”皇帝”と呼ばれている男を、彼の喧嘩人生の中から分析した。
これほどの奴は生まれて初めてだ・・・
拳が半端ねぇ・・・そしてなにより
体幹・・・それが前の二人とはかけ離れている。とブロディは感じた。
マーシャルアーツ・・・
前の二人もその格闘術を学び、素手で人を殺す事ができる筈だ・・・
しかし、この男はそれとは少し違う・・・なんだ?空手か?・・・
皇帝は、拳一つで人を殺す事ができる迫力と怖さがパンチ一つに宿っている。
こいつ・・・もとはプロの格闘家だ・・・ブロディの並外れた経験値が悟らせた。
と、皇帝が静かに距離を縮めた。
ブロディの死角から、強烈なハイキックが頭部を襲った!
ガード越しに頭を揺さぶられる!
「ちっ!」一瞬ふらついたブロディだったが、低い位置で態勢を立て直し反撃に移ろうとした!
が、それよりも皇帝は早かった。
強烈な左ボディがブロディの体を折れ曲がらせる!
素人が受けたなら、内臓破裂を起こし死んでいるほどの物だ。
が、ブロディは耐えた。
折れ曲がった体の下からアッパーを突き上げる!
それをバックステップで皇帝は躱し、今度は左ハイを蹴りこむ!
ガード越しのブロディの頭部へダメージが蓄積する!
よろめいたブロディの腹部に皇帝の回し蹴りが炸裂し、ペグがうずくまる壁に叩きつけられブロディはペグの横に崩れ落ちた。
”強ぇ・・”朦朧とした意識の中でブロディは思った。
カーター大尉が
「始末しろ」とマッケンジーニとレナルズに指示する。
二人が銃を引き抜いた。
ブロディとペグに向けられる。
恐怖にうち震え仔犬にしがみつく少女と、壁にもたれかかり朦朧とした意識の中で、うつむきながらも上目遣いに窮地に活を見出そうとしている青年・・・
皇帝はそれを静かに見下ろしている。
ラボの中でアルフレッドが叫ぶ!
「やめろぉ!!」
まさに二人の指が引き金を引こうとした瞬間!
ブロディがペグに覆いかぶさる!
その一瞬の・・・時の狭間に、意外な事が起きた。
皇帝が二人の銃をすさまじい速さで叩き落とし蹴り上げたのだ。
まるでスローモーションになったかの様な・・・
ブローバック拳銃が廊下に落ち、にぶい金属音をたてて転がった。
あっけにとられた様に皇帝を見たマッケンジーニとレナルズ・・・
そして皇帝の間に不気味な沈黙が流れ、少しづつではあるが殺気が滲みだしてくる・・・
カーター大尉は恐怖の色を顔に浮かべ後ずさる。
そしてマッケンジーニが言った。
「あんただけはまともだと思ってたんだがな・・・とうとうおかしくなっちまったか?」
マッケンジーニとレナルズが同時に皇帝に襲い掛かった!
瞬間!レナルズの顔面が跳ね上がり、糸の切れた人形の様に前方に倒れる。
マッケンジーニが殴り掛かる!
だがそこにもう皇帝はいない!
皇帝の動きが速すぎて追う事ができない!
横から打ち抜かれたマッケンジーニの顔面が跳ね上がり、膝が折れブロディの横に崩れ落ちた。
銃を抜こうとしたカーター大尉は、瞬時に間合いを詰め打ち込まれた左ジャブで一発で沈む。
ブロディは壁に背をつけ立ち上がりながらそれを見ていた。
圧倒的だった・・・
皇帝はブロディに背を向け立ち尽くしている・・様に見える。
とその時、ラボの扉が開き、全員が駆け出してきた。
「大丈夫か?ブロディ?」と背を向けている皇帝と、ブロディ、ペグの間にアルフレッドが滑り込む。
オーソンが拳銃を拾い背中に入れ、ブロディに肩を貸し、アリソンがペグを立たせ、ケイティのリードを引き受ける。
皇帝はそんな彼らに注意を払う事無く、静かに背を向け続けている・・・
そんな皇帝をちらちら見ながら皆がラボへと入っていく。
アルフレッドはラボに戻りながら皇帝を見ていた。
どういうつもりんなんだ?・・・声をかけるべきか?・・・
かけてどうする?・・・
アルフレッドは悩みつつも、周囲への警戒をといていない。
パニッシャーは十数機いた筈だからだ。
すると、立ち尽くし背を向けている皇帝の右手を、小さな手が握った。
皇帝がゆっくり見下ろす。
「こっちよ・・」ベティだった。
蒼い目、細面の端正なマスクの皇帝は、静かにベティを見下ろしている。
それを見たアルフレッドが、意を決して
「君も来い!」と皇帝に言った。
皇帝は一瞬、考えたようだったが・・・
ベティに引かれる様に皇帝は歩き出した。
それを皆が不思議そうに見ている。
皇帝を含む全員がラボに入ると、頑丈な扉が閉まった。




