分断
一瞬体が重く感じた後、エレベーターの扉が静かに開く。
目の前に現れたのは、少し開けたフロアーを二分するごつい鉄格子だった。
塩素系の匂いの中に、かすかな腐臭が漂っている・・・
おそらく防弾であろう分厚いガラスが格子に区切られ、ここから先の聖域には空気さえフィルター越しでしか通さない。そんな厳重さがあった。
だが、その雰囲気は刑務所のそれに近いものがあった。
鉄格子の向こう側に守衛所らしきものがあるが、今は無人で静まり返っている・・・
その守衛所の前を鉄格子の通路が5m程続き、その中を進み歩容認証(歩き方で個人を特定するシステム)で本人確認と持ち物スキャンする仕組みとなっていた。
まずその鉄格子の通路の扉を開けなくてはならない。
しかしそれは今までとは違い簡単に見つける事が出来た。
なぜなら鉄格子の通路の扉に、網膜認証用の覗き込むシステムがあったからだ。
アルフレッドが
「マリア」と促す。
マリアが覗き込むと、
「網膜認証マリア・ウィンフィールド確認」と扉が開いた。
マリアが中に入ると静かに入り口の扉が閉まる。一瞬マリアは振り返り皆の顔を見たが、意を決して反対側の扉まで歩いていく。
「歩容認証マリア・ウィンフィールド間違いありません」と音声が流れた後、博士の音声で
「マリアそこの人達は味方かい?」と聞いてきた。
やはりここもフロアー全体を感知する熱センサーかなにかで状況を把握し、音声ガイダンスで事を運ぶシステムなのだろう。
「味方です」と言うと、反対側の扉と同時に入り口の扉も開いた。
ケイティを含めた全員がその鉄格子の通路に入り聖域へと進んでいく。
途切れる事無く全員が通過すると、両方の扉が閉まった。
その”門”の向こう側の通路は、今までの喧騒や慌ただしさが嘘のような静けさに包まれている・・・
通路には彼らの歩む足音が響き、それ以外の音は聞こえない・・・
「人の気配がまったくしないな」とオーソン
「ここの人達にはAARFの進駐は真っ先に知らされたんだろうさ、なんてったって国の宝であるシンクタンクの人達だからな・・」アルフレッドは注意深く進みながら言った。
「人の値踏みね・・」ブロディは以前マリアと話した”生きる意味”について思い出し、マリアを見た。
マリアは真剣な顔で長い通路の先を見ている。
その姿は、過酷な未来と対峙し様とする決意が見てとれた。
ブロディはマリアの肩に優しく手をおくと
「肩の力を抜け・・」と言った。
「うん・・」とブロディを見てかすかに微笑むと、前に向き直る。
「ここからはちょっと入り組んでいる。マリア、オーソン解るか?」とアルフレッドは地図を見た二人に確認を取った。
「あまり自信がありません・・」と言うマリアと
「すまん、駄目だ思い出せん」とオーソンが諦めたように言った。
「みんな、はぐれるなよ」ならば、とアルフレッドは歩きだした。
静まり返った通路の光沢は、乾燥し帯電した様な不快感と共に冷たさを帯びた寂寥を感じさせる。
そしてこのフロアーに入った時に感じた腐臭は不思議と消えていた。
当初は慎重に歩を進めていた彼等も、それに慣れてきて自然と早足になる。
長く伸びる通路に所々ある頑丈な扉には”KEEP OUT”の文字がある。
ここのフロアーは最下層の研究室のフロアーの様で、直上階とはまったく区切られていた。
直上階は地熱発電に利用される塩水を真水にする設備と共に、スケールと呼ばれる配管、機器の目詰まりの原因となるパイプ内に付着し問題を起こすマグネシウムやカルシウムなどを、塩化マグネシウムや塩化カルシウムにし排出する設備がならんでいる。
さらにそれらの設備の間には不純物を多く含む塩水を真水に濾過する設備などが複層階にまたがっていた。
階層的には研究室のフロアーと同じ階にあたるが、行き来が出来ない様になっていた。
このフロアーを俯瞰で見れば、それらの設備を縫い様々な研究施設が併設されている様に見えただろう。
それは立地条件が合っているというものもあれば、研究内容が外に漏れにくいという利点を生かした物も多かった。
その頑丈な扉の上に掲げられている研究内容のプレートを確認しながらアルフレッドは進む。
バイオテクノロジーや、レーザー技術に関するもの、”conversation of Internal organs”など訳の解らないものもあった。
それを見つけたオーソンが
「なんだ?臓器の会話ってのは?」と聞いた。
マリアが心ここにあらずといった様子で
「脳を介さない臓器同士のやりとりの事です・・・それを利用しての治療の研究でしょう・・」と言うと
「へぇ~」と行き過ぎた扉を振り返りオーソンが感心している。
それどころではないアルフレッドが探すのは
”Higgs boson "(ヒッグス粒子)を冠した研究室だった。
地中に全周27kmの円を描くLHC(大型ハドロン衝突型加速器)につながっている為、フロアーの端に位置する。
早足になり、行き過ぎる扉と分岐する通路を確認しながら皆を導いていくアルフレッドは思った。
迷路の様に入り組んだ通路に、様々な研究室が並んでいる・・・
地下迷宮・・・その言葉がアルフレッドの脳裏を再びよぎった。
3人が横になって歩ける程の通路を、一行は急ぐ。
ケイティが研究室の扉の前で、くんくんと匂いを嗅いでいる。
なにか旨そうな匂いでもするのか、体重をかけて強情に動かなかった。
「ケイティ!早く来なさい!」
とペグがなかば強引に引っ張ると、ケイティは名残惜しそうに振り返りながらも、すぐに皆の先頭に立とうとする。
そんな様子を見ながら、アルフレッドはふと物思いにふけった。
この様な地下深くにこんなにも様々な研究施設を作り上げるとは・・・
新しくシリングタウンができたのもうなずける・・・
ここはTMP建設の工事関係者の街・・と言うよりも研究学園都市の構想があったのではないか?・・・
火星の厳しい環境の事実は、少しずつではあるが地球にも知れ渡り始めている。
そのイメージを少しでも払拭する為に、国連が経営する宇宙規模の大学を誘致する事で、優秀で若い人材を火星に送り込もうとしたのではないか?・・・
などとアルフレッドは考えていた。
通路は幾重にも分岐を重ねていく。
その度にアルフレッドは慎重に記憶をたどりながら、皆を導いていった。
「ここだ・・・」
頑丈な扉の上のプレートには、
”ヒッグス場と相互作用・・ "と書かれている。
やはりその扉の横には網膜認証のシステムがあった。
マリアが覗き込むと
”マリア・ウィンフィールド確認”と音声が流れた後、
”プシュゥ”と扉が開く。
博士のラボ・・・そこはセントラルタワーの博士の私室と同じ様なオープンフロアになっていて、見慣れぬ機器や操作パネルが並び、各ブース分けされたデスクにはコンピューターのケーブルが張り巡らされていた。
もしかしたら荒らされているかもしれない。と思っていたアルフレッドは
ここは無事だったんだな・・・と安堵した。
アルフレッドはオーソンと目を見交わすと、うなずいた。
「いかにもって感じだな・・」とオーソン
緊張し固まっているマリアを横に、アルフレッドが先に一歩踏み入れる。
やはりここにもマリアを認証させるシステムがある筈だ・・・と部屋全体に目を走らせた・・
その時!
彼らが通過してきた通路、30mほど後方の壁が突然爆発した。
爆風が彼らを襲う!
アルフレッドはとっさに、すぐ近くにいたベティを引っ張り込みながら叫んだ。
「みんな!早く中に入れ!」
皆が次つぎに扉の中に飛び込んでいく中、爆発に驚いてケイティが駆けだした。
ペグの手からリードが外れ、ペグが慌てて追いかける。
それに気が付いたブロディがペグを追いかけた。
アルフレッドが追いかけ出ようとした寸前で扉が閉まる!
「くっ!」
アルフレッドが扉を開けようとするが、びくともせず、ボタンの反応もしない!
「ペグ!ブロディ!」全員が叫び、扉をたたく。
アルフレッドとマリアが扉を開ける方法を探すが解らない。
「外はどうなっている?!」アルフレッドが叫んだ。
廊下の監視映像がモニターされているのに気づいたオーソンが皆を呼ぶ。
「外の様子が見れるぞ!」
皆が駆け寄り、小さなモニターを覗き込んだ。
天井に取り付けられたカメラの映像・・・
そこに映し出されていたのは・・・
舞い上がるほこりで霞む廊下に、黒いコンバットスーツを着た兵士達に囲まれ、ケイティにしがみつきしゃがみ込むペグの姿だった。




