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火星の雪  作者: 上泉護
23/42

ナカオカ博士

頑丈で洒落(しゃれ)た扉には” Dr Nakaoka ”と書かれている。


マイクがマスターカードキーを取り出しセンサー部に走らせると

” プシュゥ ”という音と共に扉が開き、広いオープンフロアの部屋全体が徐々に(あら)わになっていく。


3人は凍り付いた・・・


部屋が荒らされていたのだ。

壁際に置かれた書棚は倒され、机の引き出しや書類が散らばり、本や紙が散乱し無残な状態になっている。


気を取り直して、アルフレッドとオーソンは足の踏み場もないほど散らかった部屋へ慎重に入っていった・・・


窓が割られている。

音が立たない様にフィルムが貼ってあり、監視カメラやセキュリティの(ほとん)どが無効化されている・・・

明らかにプロの手口だ。


「荒らされてから、かなり時間が経っているな」とアルフレッド。

「なぜ解る?」とオーソン

「窓際の書類だ。一度濡れて乾いた跡がある。雪か夜露かにさらされたんだろう」

「おぉ、本当だ」


「後は勝手にやってくれ」と言って、マイクは部屋を出て行った。それどころではないのだ。


それを見送りながら、アルフレッドは考えた。

もし自分が博士の立場だったらどうするか?

こんな侵入されやすい所に、なにも知らず火星を訪れた孫娘に手掛かりを残すだろうか?

残すとしたら、あまりにも自然だが二人の間でしか解らない数字的な物ではないか?


部屋を見渡すと・・・簡単なシンクが部屋の隅にあり、4人がかけられる向かい合ったソファーが応接用のテーブルを囲んでいる。


荒らされていなければ書斎を思わせただろう部屋の窓際には、大きな木製の机がありその上には顕微鏡が置かれていた。

これと言って暗号らしきものはなく、書棚の本は荒らされ散らかっていて、本の並びや配置など細かい部分は到底解らない。


引き出しは二重底になっていたが、はがされていた。

最悪の場合、そこに何らかのメッセージが書かれた物が入っていて、侵入者にとられたか・・・

その場合はもっと最悪になる。


なんとか目的の場所を見つけて辿り着いたら、そいつらが待っているという事になる・・・

ナカオカ博士程の頭のいい人が、そんな迂闊な真似をするだろうか?


もっと自然な物だ、もっと・・・


オーソンがアルフレッドに聞いた。

「この部屋にはどれくらいの頻度で来たんだろうな?」

「工事の進捗状況の確認や、調査の為だったと聞いている・・・月に一二度、その程度じゃないか・・・」

「博士の私室と呼べる場所は、この建屋以外にもあるんじゃないか?」

「日本人だからな、フォボスにもあるのは間違いないだろうし、地下にもあるかもしれん・・・しかしなにも知らないマリアが目指すとしたら、まずここだろう・・・」


「う~ん・・・」オーソンは部屋を見渡すと、ふと興味を持って机の上の顕微鏡をのぞいた。

その姿を見て、アルフレッドが

「なにか見えるか?」

「いや・・何もない。ただの顕微鏡だ・・・」


顕微鏡は倍率が高い物ほど、振動を拾って画像がブレない様に重たくなっている。

侵入者が顕微鏡の裏を確認しようとしたんだろう、ズラした跡が机に残っていた。

それをしばらく見ていたアルフレッドは意外な事を言いだした。


「この顕微鏡だけ押収させてもらおう」

「これをか?」

「あぁ、悪いな、オーソン手伝ってくれ」

「おぅ」

アルフレッドはオーソンに手伝ってもらうと、顕微鏡の裏から隅々まで入念に調べた後、アルフレッドは背に、オーソンは腹に乗せる要領で持ち上げようとした時、床に散乱している紙の中に気になる物を見つけた。


「これは・・・」一度顕微鏡を机に置くと、アルフレッドはそれを拾い上げた。

オーソンがそれを覗き込む。


「日本の漢字だな・・・」その漢字は四つ並んでいて、日本語が解らないアルフレッドでさえ、それが達筆な筆で書かれた字であると感じた。


「なんて書いてあるんだ?」とオーソン。


「解らん・・・これももらっていこう」


二人は顕微鏡を持ち上げると、部屋を出てエレベーターに乗り込み、先ほどと反対方向の通路を進み、ビルの裏口の扉から顕微鏡を外に出した。


受付の窓口に戻ると、マイクがバタバタと荷造りしていた。

「マイク、助かった。失礼するよ」と声をかけると、

「あぁ、あんた達は逃げないのか?」と聞いてきた。

「もちろん逃げるさ。スペースポートでまた会うかもな」

「かもな、じゃあ俺はいくよ。じゃあな」と言って荷物を抱え部屋を出て行った。


アルフレッドとオーソンは入った場所から外に出ると、まだ数人の男達は残っていて、(いぶか)し気に二人を見た。


「いや~さっぱりしたよ、助かった」外にいた男達に向かってオーソンが

「あれこれと問い正してみたが、あいつは本当になにも知らないみたいだぞ、地球に帰る潮時かもしれんな」と言った。


アルフレッドとオーソンはここで働く事を諦めきった様子で、カーネリーを走らせ立ち去った・・・フリをして、

誰にも気づかれない様に、静かにビルの裏口に回り込んでカーネリーを停めた。

置いておいた顕微鏡をカーネリーに積み込み、気づかれない様に走り去る。


「そんなどこにでもありそうな顕微鏡なんかどうするんだ?」とオーソン。

「そこさ、どこにでもありそうな顕微鏡が、世界的権威の博士の机の上にあったんだ」

「そんなもんかね・・・」

「例の男まだいるかな?」とアルフレッド。

「俺に考えがある。気づかれない様にCポイントの手前で停めてくれ」とオーソン。

「危険じゃないか?」オーソンがこれからしようとする事に察しがついたアルフレッドは聞いた。

「まぁ、俺に任せとけって」


Cポイントの手前2kmの位置でカーネリーを停めて岩陰に隠すと、二人は歩きだした。



ジョージ・マクレガーが民間軍事会社に籍を移した年、アメリカは南北に分裂した。

祖国がまさか分裂するなんて夢にも思っていなかったが、彼の住まいは南アメリカのアーカンソーにあった事と、民家軍事会社に籍を移していたので、戦争に巻き込まれる可能性は低いだろうと楽観視していた。


現在30歳。地球には妻と一人娘が彼を待っていた。

火星での仕事をさっさと終えて、何事もなく地球に帰りたいと思っている。

スペースポートでは嫌な仕事だった。

なんの関係もない民間人を数人跳ね飛ばしてしまったからだ。

数日経った今でも夢でみる。

うなされるのだ。その度に飛び起きて寝汗をかいている自分に気が付く。

そんな彼が眠い目をこすった時、遠くから声が聞こえてきた。


「お~い!お~い!」手を大きく振りながら駆け足で近づいてくる。


さっきのカーネリーの男だ。

男は片手を上げて、荒く息をしながら小走りに近寄ってくる。


とうとうバテてしまったのか、20mほど先で両膝に両手をそれぞれ乗せうつむいて

「はぁ、はぁ」と荒く息をしている。

一見丸腰に見えるし、遠くから声をかけられた安心感から、ほぼ無防備に近づいて行った。

「どうし・・・」と聞こうとして、そこから彼の記憶は目覚めるまでなくなるのである。


「うまくいったな」とアルフレッド。

岩陰に潜んでいたアルフレッドが、男の後ろから一発お見舞いしたのだ。

「こいつ・・・目が覚めたら縛り付けられてて・・さぞ驚く事だろうよ・・よし・・俺が縛りつけておくから・・カーネリーを持ってきてくれ」と息も絶え絶えにオーソン。

「歩くのが面倒なんだろう。ちょっと太り過ぎじゃないか?」とアルフレッド。

「な~に、標準サイズさ・・ちょっと駆けたんでくたびれたのさ・・それにしても迫真の演技だったろう」

アルフレッドは隠してあるカーネリーに向かって駆けだしながら

「演技?ただの運動不足にしか見えなかったぞ」と笑いながら揶揄した。

「はっはっはっは、失敬な、演技さ、演技」

挿絵(By みてみん)

アルフレッドはカーネリーを走らせながらマイクを取ると話しかけた。

「こちらアルフレッドよりアリソンへ、こちらアルフレッドよりアリソンへ」

「こちらアリソン、どうぞ」すぐに返信があった。

「たいした問題じゃないんだが、こちらは少々遅れそうだ」

「どうしたの?」

「ドライブシャフトが一本折れたんだ」

「大丈夫なの?」

「あぁ、なんとかね。まったくこんないい天気だっていうのに、ついてない」

「まぁ、いい天気の時で良かったと思えばいいのよ」

アリソンはあえて確認の為、”天気”を繰り返した。

「そうだな・・・じゃぁ先に現地に行っててくれ」

「解ったわ」アリソンは無線を切ると、外で遊んでいたペグとベティを呼び寄せ、ブロディとマリアに目配(めくば)せするとローバーを発進させた。



10分もしない内にカーネリーを持ってきたアルフレッドは、

「あいつは?」とオーソンに聞いた。

「あぁ、銃とトランシーバーをとって寝かしてある。気が付いたら自分の足でシリングタウンに向かうさ。連絡いれたのか?」

「あぁ、じきに来るはずだ。」


1時間ほどすると、嬉しそうにペグとベティが窓から手を振っているランドローバーが到着した。


「なにもなかったかい?」とアルフレッド。

「うん!」とベティ、ペグ。

アリソン、ブロディ、マリアもローバーから降りてきた。


岩陰にあるBRを見てアリソンが聞いた。

「どうしたの?」

「ここで一人網を張ってた奴のだ」とオーソン。

「その人は?」とアリソン

「岩陰に寝かせてある」岩陰に目をやり、頷く様に振り返ったアリソンが聞いた。


「収穫はあった?」

「どうかな、マリアに見てもらいたい物があるんだ」とアルフレッド。

「はい」

「オーソン、顕微鏡をランドローバーに移そう」

「解った」と言うと、オーソンはカーネリーのアームに顕微鏡を乗せると、操作してランドローバーの扉までアームを動かした。


それを受け取ったアルフレッドとブロディが、ローバー内のテーブルに顕微鏡を乗せ、マリアが見やすい様に位置を調整する。


「これは、おじぃさんの部屋の机の上にあった顕微鏡だよ。見覚えあるかい?」

「いえ、初めて見る物です」

「なんの変哲もない顕微鏡だが、ちょっと覗いてみてくれないか」

「はい・・・」と言うとマリアは、両目で見るタイプの顕微鏡を覗き込んだ。

「特に何も見えません・・・」

「じっとして・・」とアルフレッド。


すると、マリアの視線の先に文字が浮き出てきた。

”網膜認証、マリア・ウィンフィールド確認。今は安全な状況かい?安全ならば3回、(まばた)きしてくれ”

マリアは文字通り3回瞬きする。


すると顕微鏡から低い作動音がしたかと思うと、音声が発せられた。


「マリア、すまなかったね・・・私だ」とナカオカ博士の肉声が流れてきた。


マリアが顕微鏡をのぞく視線の先に、祖父の映像が現れる。

「久しぶりだね。元気にしていたかい?」

「これを見ているという事は、私はもうこの世にいない。という事だ・・・気を強く持ってこれから私の言う事を聞いて欲しい」


「私はフォボスの研究所で、ある画期的な発明をしたんだ・・・それは戦局を一変させるほどの巨大な力を持つとても危険な物で、今の日本にとって・・なくてはならないものだ」


「不幸な事にそれが、第三国に露呈してしまった」


「もし ”それ” が奪われれば、多くの尊い人の命が危険に(さら)される事になってしまう・・・それだけは避けねばならない」


「もしそれが大量殺人者の道具になる様な恐れがあったら・・・お前の手で破壊して欲しい」


「用心の為、今はここまでしか言う事が出来ないが、勘弁しておくれ」


「ここセントラルタワーに重機を地下400mまで降ろす巨大なエレベーターがある」

アルフレッドとオーソンは顔を見合わせた。それを確認していたからだ。


「まずはそれに乗り込んで欲しい・・・こんな事に巻き込んでしまって本当に申し訳ない。すまないが急いで欲しい」と画像も音声も止まってしまった。


しばしの沈黙のあとオーソンが

「しかしよく解ったな、これがそんな風になってるなんて」と言った。


「思ったのさ、マリアがあの部屋に訪れて、なにをするか・・・侵入者が怪しいと思わず、気になったとしても持ち帰る事を躊躇する物とは?とね」


「な~るほど、まったく大したもんだな」

「大したもんなのは博士だよ・・・そうそうマリアにもう一つ見て欲しい物があるんだ」

そう言ってアルフレッドが取り出したものは


散らかった部屋に落ちていた一枚の紙である。

そこには達筆な文字でなにか書いてある。


「日本の漢字・・・ですね・・・意味は解りません・・・」


「そうか・・・しょうがないな・・・これはとりあえず後回しだ」とアルフレッドはテーブルの紙をそのままにし、顕微鏡を収納の下にしまい込んだ。


「みんな、正念場だ気を引き締めていくぞ!」と言うアルフレッドに、ペグもベティまで全員頷いた。


実はこの時ベティは、冒険するかの様な気持ちで、わくわくしていたのだ。

そんな楽しそうなベティの前の紙には







”  戦 艦 武 蔵  ”と書かれていた。









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