岐路
風もなく穏やかな夜の雪原が白々と明けていき、雪が降り積もったランドローバーと4本足のカーネリーの姿が露わになってくる。
一本ピンと緊張の糸が張った大気と、どこまでも透き通った空へと続く白い世界で、わずかにそこだけ・・人の動きが認められた。
いつもの様にアルフレッドとアリソンは、朝早くから起きだしてそれぞれの仕事をしている。
それだけ見れば、日常と変わらない火星の一日が始まろうとしている様に見える。
しかし彼らは断固とした決意をもってこの日を迎えた。
奔流の様な世界の濁流から、無垢な子供たちを守るのだと・・・
深い眠りから気持ちよく目が覚めたマリアは、寝ているペグとベティを起こさない様にそっとベッドで起き上がった。
それに気が付いたケイティが、
”なに?遊ぶの?”
としっぽをぶんぶん振りながら立ち上がる。
「まだ寝てて・・・」と頭をなでてやり、ロフトから降りアリソンに小さく声をかけた。
「おはようございます。私になにか手伝える事はありませんか?」
振り向いたアリソンが
「ありがとう、いいのよ、ゆっくりしてて」と笑顔で答える。
マリアはその言葉に甘える事にして、着替えてローバーの外に出た。
息が白くなる・・・氷点下の大地は白く化粧され、底冷えの寒さが身を切るようだ。
明けていく蒼い空はどこまでも続き、ふと己の存在を忘れさせる。
昨日までのマリアであれば、それは孤独や不安といった感情を同時に想起させるものであったが、今のマリアにはとても心地のいい気持に思えた。
しばらく空を仰ぎ見ていたマリアだったが、そこにオーソンのカーネリーに泊まらせてもらっていたブロディが起きだしてきた。
その顔はげんなりしている。
「おはようブロディ、どうしたの?」とマリアは楽しそうに聞いた。
「あぁ・・・鼾がすさまじくてな・・・ほとんど眠れなかった・・マリアは?」
「久しぶりにゆっくりできたわ、楽しかった」
「よかったな・・俺も寝る前は面白い話で良かったんだが・・・」
「すぐ慣れるわ」
「1年はかかりそうだ・・」プッとマリアが吹き出した。
「笑いごとじゃない。あんな凄まじいのは初めてだ」
「ふっふふふ」楽しそうにマリアが笑う。
つられてブロディも笑いだした。
とそこに起きだしてきたオーソンが
「おはよう!お二人さん」と声をかけてきた。
ブロディは会釈、マリアは
「おはようございます」と慌てて言った。
オーソンがブロディに向かって
「どうだ?よく眠れたか?」と聞いた。
とうとうマリアは笑いだしてしまった。
「なんだ?」オーソンがきょとんとしている。
ランドローバーの下から出てきたアルフレッドが
「おはよう、楽しそうだな」
挨拶を返す3人に
「アリソンが珈琲をいれてくれている筈だ。中に入ろう」とアルフレッドが言った。
室内に入ると、ペグもベティも起きだしていて、狭い室内をケイティが走り回っている。
7人が囲むと狭すぎるテーブルにはイスが一脚足らない為、娘達のベッド下にある収納ケースをイス替わりにした。
暖かい室内から外を見渡すと、朝日に輝く雪原がどこまでも広がっていて美しい。
目の奥がうずくような眩しさに、ブロディは目を細めた。
マリアがアリソンを手伝ってテーブルに珈琲を持ってくる。
「ありがとう」
それを受け取り珈琲をすすりながらアルフレッドが
「今日、日が暮れるまでにはTМPに着くはずだ。その前に作戦をたてよう」と言った。
「作戦?」とオーソン。
「あぁ、たぶんマリアを追っている連中は、当たりをつけてTМPで網を張っている筈だ」
緊張しながらも、ブロディはなぜか楽しくなってきた。
心強い味方がいるというのは気分を逆転させる。
「一言にTМPと言っても、火星を一周する巨大なリングだ。
地表に出ている建造物は、火星の赤道を挟むようにある二本のリング上に等間隔で3カ所、計6ケ所ある」
「じゃあ6つのうちのどれかって事か?」とオーソン。
「いや、これから行くシリングタウンで間違いないだろう」
「なぜだ?」
「6カ所全てナカオカ博士の基本設計に違いないが、実際に現場で直接指揮をとったのは今から行く所だけだからだ」オーソンは以前から疑問に思っていた事をアルフレッドにぶつけた。
「なぁアルフレッド、お前さんはどうしてそんなにいろんな事を知ってるんだ?」
ブロディもマリアも同じように思っていたので、アルフレッドの答えを待った。
「昔な・・・」言いよどんだアルフレッドに
「いや、いいんだ・・」とオーソンは深く追求しなかった。
人には振り返りたくない過去があるものだ。
それを根掘り葉掘り聞くのはオーソンの男気から外れる。
「で、そのシリングタウンのどこを目指すんだ?」
「超電導コイルパイプは地下に埋設されているんだ。そこにはセントラルタワーのエレベーターから行くしかない。地下に降りるにしろ降りないにしろ、まずはセントラルタワーに行けば、ナカオカ博士がヒントか手掛かりか・・何かを残しているかもしれん。それを探そう・・・それにセントラルタワーには人員募集の窓口もある」
「実際、軍資金も稼がにゃならんしな」とオーソン。
「あの・・・」とマリアが口を挟んだ。
「すいません、言い忘れてたんですが・・・私たちはデモインを通ってきました。
そこで富裕層のエリアの住人が全ていなくなっていたんです・・・・おそらく・・・」
「国連宇宙艦隊とAARFの艦隊戦で、国連軍が敗北したって事か・・・」とアルフレッドが引き継いだ。
「なんだって!?」と驚くオーソンをよそに、アルフレッドは自分の顎を右手で掴むと考えこんでしまった。
全員がアルフレッドに注目している。
しかし外に目をやったアルフレッドはなかなか口を開こうとしなかった。
そこに重い空気が流れる・・・
しばらくして、アルフレッドは重い口を開いた。
「マリア、君を追う連中の特徴を教えてくれないか?」
「特徴・・・」考え込んでしまったマリアの代わりにブロディが答えた。
「当初はヘリも使用していたが撃墜できて、後半はBR3機で追跡された。国籍を示すものや部隊マークはいっさい無かった」
「機種はBRT-48だったか?」
「そこまでは・・・」
「頭部の砲身の横に昆虫の目の様に見える装眼カメラが無かったか?」
「あった、折り畳み式の砲身を挟む様に」
「間違いない。BRT-48だ。南アメリカの民間軍事会社で使われている」
「南アメリカ?なんでマリアを付け狙うんだ?」とオーソン。
南アメリカはAARFには加盟してはおらず、艦隊戦にも参戦していない。
表向きはあくまでも資本主義陣営にある。
しかし軍部への大統領のシビリアンコントロールが機能しなくなりつつあった。
軍部の右傾化は今や公然の事実となっており、各国は苦々しくそれを受け止めている。
アメリカファーストを謳うニーソン大統領は、アメリカの都合を押し通そうとする軍部に引きずられる形となっていた。
「AARFとの密約があるんだろうな・・・おそらく」
「でなんで民間軍事会社なんだ?」
「まだ本格的に北アメリカと敵対したくないんだろう・・・民間軍事会社を使う事で、軍を動かす国家戦略の露骨さを緩和させる為だ」
「ますます解らない。なんでそんなまどろっこしい真似をするんだ?」オーソンは興奮気味に聞いた。
「日本だよ、北アメリカの同盟国で、南とも微妙な関係の日本を攻撃しようって腹だ」
「きな臭くなってきやがった。さしずめどうする?・・・国連が負けたっていうなら火星もただではすまないだろう」とオーソンが厳しい顔で言う。
「十中八九火星に進駐してくるだろうな。
道は二つだな・・・
地球に帰るか、火星で身を隠せる場所を探すか・・・
火星で身を隠すとしたら、厳しい生活を余儀なくされるだろう・・・
二人はTМPに行ってからどうするつもりだったんだ?」とブロディとマリアに聞いた。
「とりあえず行ってから考えようかと思ってた」と言うブロディの横でマリアが頷いている。
「ナカオカ博士の意図か・・・マリアをTМPに呼び寄せてどうするつもりだったのか・・・
確かに解らない事ばかりだ・・・」
「かわいい孫をわざわざ火星まで呼び寄せたんだ、そのナカオカ博士になにか考えがあるんじゃないのか?」とオーソン。
「そうであるかもしれんし、そうでないかもしれん・・・しかし我々が取れる道もそうある訳ではないのは確かだな」
「で?」とオーソン。
「ここでどうこう言ってても始まらないという事さ。まずはシリングタウンへ向かう。その為の作戦が必要だ」
「だな」
「まずはマリアを追う、新たな戦争を始めようとしている連中の目をくらませる事からだ」
「本当に・・・どうしてこう人間って愚かなのかしら、今は人間同士が争ってる場合じゃないでしょうに・・・」とアリソン。
「まったくだな、突き詰めれば物欲的な裕福さを”幸せ”と勘違いしている人間が多いという事だ」とアルフレッド。
「おっ、哲学だな?」とオーソン。
「そんなんじゃない・・悲しいだけさ、他者の立場を顧みる事もせず、ただ己の都合や幸福のみを追求しようとする」
「人間っていう生き物の悲しさか・・どうすれば戦争はなくなるんだろうな?」オーソンもしんみり言った。
「大きな戦争でもして、地球が一つの国になればいいのさ」とブロディが言った。
「そして多くの人達が死んで、抑え込まれた人達がテロを起こすんだ」アルフレッドは諭す様に続けた。
「自然を破壊し、資源を食いつぶし、死体の山を築いて残るのは、恨みと憎しみと悲しみに凝り固まった人間と、自己保身に長けた自分勝手な人間だけさ」
「人間は一度滅んじまった方がいいんだよ」ブロディは物騒な事を言い出した。
この青年の心を、ここまで頑なにさせた彼の半生はどういうものだったのか?アルフレッドは思った。
「なぁブロディ、じゃあマリアもペグもベティも死んだ方がいいと思うか?」とオーソンが優しく聞いた。
「・・・・」ブロディは答えられなかった。
「俺達に出来る事なんて本当に小さな事だけだが、その小さな事を積み重ねて大きな物にして、世界を変えていこうとする気持ちをなくしたら、本当になにも残らない殺伐とした世界になっちまう」オーソンはしみじみと言った。
「小さい事って?」ブロディは小さな声で聞いた。
「教育よ」アリソンが力強く言った。
「人は過ちを犯しても成長していく。それはそれでしょうがない事だわ。でも後戻りが出来なくなる様な過ちをさせない様に、人間の本質を自らで探る努力が必要なの・・・
心理学に根差した教育が必要なのよ」
「そんなの全員が理解できる訳ない、あぶれ者が必ず出てくるさ」
「そう、だからより多くの人がそうなれる様に国の教育プログラムにするの。国の指導者達だけでも理解できていたら素晴らしい事だわ」
「不可能だ」ブロディは決めつけた。
「少なくとも北アメリカの多くの政治家はそうであると信じてるよ」とアルフレッド。
「ナショナリズムだ」ブロディも引き下がらない。
「かもな、しかし全てを疑ってかかってはなにも始まらない。
少なくとも我々には投票権があり、国の代表を選ぶ権利がある・・・
しかし国民投票は人気のある代議士の言動やアジテーション、パッションで決められてしまう恐れがある・・・」アルフレッドはアメリカで起こった南北分裂と、第二次世界大戦時のドイツに思いをはせて言った。
「過去の独裁者達も、国民投票で指導力や決定力を強めた歴史があるのさ」雪に反射した太陽の光が室内に満ちている中、アルフレッドは続けた。
「我々国民が、心地のいい過激な言動に惑わされず、感情に流される事無く、未来をしっかりと見据えて一票をいれる。それが最初の第一歩だ」
アルフレッドのその言葉に、ブロディが何か言おうとした時。
「お腹すいた~」とベティが半目で訴えた。
「あぁ、ごめんなさいね」とアリソンが朝食の支度を整えに行く。
話の腰が折られた一同は、目を見交わすと笑いあった。
「まぁ、ゆっくり話合えればいいのさ」とアルフレッドが締めくくり、アリソン達が用意した朝食をみんなで食べ始めた。




