運命の出会い
「なんかケイティがそわそわしてる!」
ベティが言った。
「おしっこか?」アルフレッドはマイクのスイッチを入れ、オーソンに呼びかけた。
「すまん、ケイティのおしっこタイムだ」
[了~解]
早朝の薄暗い・・雪化粧され寒さが緩んだ火星の大地に、大きな雪が舞う様に落ちている。
子供たちと子犬は喜んでローバーから降りてくると、雪の中に飛び込み遊び始めた。
風もなく深々と降る雪に誘われて、大人達も各々のローバーから降りてくる。
「また降ってきたわね」とアリソン。
「あぁ、今日一日こんな天気なんだろう」とアルフレッド。
近づいてきたオーソンが
「降ったり止んだりの天気だな、まぁこの程度なら問題なかろう」と言った。
遅れがちな旅程な為、日の出に合わせ出発し、日が暮れると休む。
そんな生活をここ数日過ごしていた彼らは、特に気がせくという訳ではなく、新しい生活に胸を躍らせている、といった感じだった。
雪をおしっこで黄色く染めたケイティが、鼻をクンクンさせながら屹立している岩山の方へと歩いていく。
「待ってケイティ!」とベティが追いかけて行った。
そんな様子をやさしく見守っていたオーソンが、息を白くさせながら言った。
「シリングタウンまであとどれくらいだ?」
「あと100kmぐらいだな。明日にはつくだろう」
オーソンは雪が舞い落ちてくる曇天の空に手をつき上げ伸びをしながら
「あ~アリソンのうまい料理が待ち遠しい」と言った。
「珈琲をいれるんで、少し待っていてくださいな」とアリソン
「いっつも悪いな、でもそれがなによりの楽しみなんだ」とオーソン
笑いながらアリソンはペグとローバーに戻っていく。
とそこへ、ベティが大慌てで帰ってきて叫んだ。
「とぉさん!大変よ!人が凍ってる!」
アルフレッドとオーソンは顔を見合わせた。
ベティに案内されるまま岩場の陰までくると、ケイティが雪をかぶった二人の人間の膝のあたりをクンクンと嗅いでいた。
二人は肩を寄せ合う様に座ったまま、凍りついた様に動かない。
「ケイティが見つけたの!」とベティ。
死んでるのか?アルフレッドはオーソンに目で聞いた。
解らない。とオーソンは首を振る。
「ベティ、ケイティを連れてローバーに戻っていなさい」
父のこの言葉は絶対だ。
「はい、とぉさん」とベティはケイティを連れてローバーに戻る。
アルフレッドはこの二人の生死を確かめようと口元に耳を近づけた。
かすかな呼吸音がしている。
「生きてる!まだ少女じゃないか!オーソンそっちの奴を頼む」と言うと、少女を抱え上げた。
「こっちもだ、ガタイはいいがまだまだ若い!傷だらけだが、まだ息はしてる!」
「アリソンに医療の心得がある!診てもらおう!」
二人はそれぞれを抱え上げて、ビーンのローバーに急いで戻った。
扉を開け
「すまん!アリソン来てくれ!」
珈琲を入れる準備を始めていたアリソンは驚いて振り向く。
「どうしたの?」
「遭難者らしい、こっちは女の子、オーソンの方は傷らだけの青年だ」
「解ったわ、ペグこれをお願い」と珈琲ミルをペグに手渡すと二人を寝室にいざなった。
アリソンは自分達のベッドに二人を寝かせ、怪我や骨折がないか確認する為、服を脱がせ始めた。
アルフレッドとオーソンは部屋から出て行く。
少女の左腕の袖が破り取られていて、青年の右足に巻かれている。
体のあちこちに血が付着している・・・
軽い低体温症と判断したアリソンは急いで二人を暖める為暖房を強くし、体の隅々まで診ると意外にも
傷一つない・・・それは青年の血がついたものと思われた。
乾いた心地のいい寝間着に着替えさせ暖かい毛布をかけてやる。
急いで青年の方を診ると、こちらは傷だらけで体のあちこちに血がこびりついている。
左肩と右太ももに貫通銃創があり、脇腹に浅く切り裂かれた傷があった。
血は固まっていて出血は止まっている。
信じられない事に低体温症にもなっておらず、健康的に息をしている。
青年の体力が信じられないほど強靭な事を物語っていた。
どうやらこの青年は、体を張ってこの少女を守ってきたようね・・・
アリソンにはそう思われた。
兄弟かしら?・・・とアリソンは思ったが、その容姿は違いすぎていた。
血をふき取り、貫通銃創には消毒ガーゼを押し当て固定する。
荷物の中から縫合セットを取り出して、脇腹は消毒、縫合し、体全体を包帯で巻いていった。
いったいどんな相手からこの少女を守ってきたの?・・・アリソンはガタイのいい青年を見下ろしながら、不思議に思った。
暖かい・・・なぜだろう?・・・外にいた筈だ・・俺は死んだのか?とさえ思った。
すぐ近くから女の子の笑い声が聞こえる。
マリア?・・・
いやもっと小さな女の子の笑い声だ・・・
まだまだ寝たりなかったが、起きなければという強い意志で目が覚めた。
ゆっくり目を開けると、心地の良いベッドで横になっている。
肩や太ももの傷は手当がされていて、清潔な服が着せられていた。
隣にはマリアが規則正しい寝息をたてている。
ブロディはほっとすると同時に、ここはどこか確かめたい衝動にかられた。
そんな時、開けっ放しの扉の向こうから
「よ~し、今度は俺の番だ!さぁ来い!」と野太い男の声が聞こえた。
「か~っ!またか!」
「オーソンさんポーカーフェースって知ってる?」とペグ
「知っとるが出来んのだ。どうしても顔にでちまう」
「賭け事には向かない性格だな」とアルフレッド。
「そこがオーソンさんのいいとこなのよ!」とベティ
「はっはっはははは」と全員が笑う。
なんかみんな楽しそうだ・・・部屋をのぞいたブロディは思った。
ブロディに気が付いたオーソンが
「おっ、目が覚めたようだぞ」と言った。
一斉に振り向かれてブロディはたじろいだ。
「大丈夫か?」とアルフレッド。
「・・・」ブロディは頷いた。
「そこに座るといい」空いていたイスを指さした。
アリソンとペグの間に座ったブロディを5人が見ている。
「まぁいろいろ事情がありそうだが、言える範囲で言ってみてくれないか?」とアルフレッド。
「・・・俺達はオリンポスのスペースポートから来た」
大きな出窓を思わせるランドローバーの室内で、外に広がる雪原を見ながらブロディは言った。
「歩いてか!?」と驚くオーソン。
「いや、途中までカーネリーを走らせて・・壊れちまってからは・・いろんな方法で・・・」
その声を聴きながら・・隣の部屋で寝ていたマリアも目を覚ました。
ブロディ?・・・ベッドから起きだした。
顔を出したマリアに、アリソンは立ち上がり自分の席をマリアにゆずる。
二人並んで座る姿を見ながら、オーソンが尋ねた。
「なんでまた、こんなところまで来たんだ?」
自然に全て語る事になった。
不思議だった・・なんの抵抗もなかった事に・・・
「俺はブロディ。この娘はマリア。3日前にスペースポートで出会うまでは、全く知らない間柄だった」
「彼女の乗ったマスバレットシャトルがオーバーランして、職員だった俺は駆け付けたんだ」
「そこで彼女を拉致しようとしている男達がいて、その時はなんとか追い払えたが、そのあとBRまでかり出してきて、スペースポートは戦場になった」
「バトルローバー?本当か?・・・なぜそこまでして君をさらおうとするのか、心当たりはあるのかい?」とマリアにアルフレッドは聞いた。
「よくは解らないんですけど・・・祖父の発明した物はなんだ?と聞かれました・・・」
「おじぃさんは何の研究をしてたんだい?」とアルフレッド
なぜか・・この人達は信頼できる・・・という安心感があった。
「フォボスの研究施設で・・NPTという所でニュートリノについて研究してました」
「ニュートリノ圧縮技術研究所か・・」
「そうです・・・そこで事故にあい亡くなりました」
マリアは少し驚いた。なぜこの人はそこまで知ってるのかと
「祖父が亡くなる前、私にメールをくれました。TМPに行けと・・ただそれだけ」
「おじぃさんの名前は?」
「タツヤ・ナカオカです」
「圧縮ニュートリノの父・・か」
「ご存知なんですか?」
「あぁ、有名な人だからね、なるほど・・そういう事か・・・」
「なんか解ったのか?」とオーソン
全員がアルフレッドに注目している。
「TМPの基本設計をしたのは、おじぃさんだよ。知ってたかい?」
「いえ・・・」
「おじぃさんはおそらくこうなる事を予測してたんだろう」
「得体の知れない連中の事か?」とオーソン
「あぁ、ナカオカ博士はニュートリノ研究の第一人者だ。なにか軍事転用できる技術を開発してしまったのかもしれない。それを第三国が奪おうとしている・・・そしてその鍵を君が持っているんだろう」とマリアを見た。
「そんな・・わたしなにも預かってません」
「TМPにその鍵があるんじゃないのかい?」はっとしたマリアは息をのんだ。
「でもどうしたら・・・」
「君はどうしたいんだ?・・・」
「俺が思うに・・・おじぃさんは発明したものを、人殺しの道具にするのか平和利用するのか、それを悩んでいた・・・そしてその判断を、おじぃさんは君に託したんじゃないかって・・・」
マリアは強い目でアルフレッドを見つめると
「人殺しの道具にだけはさせたくありません!」と決意を込めて言った。
「おそらく、おじぃさんも同じ気持ちだ。だから君に託したんだろう・・まずはTМPに行く事だ。全てはそこから始まる」
訳も分からず命の危険にさらされ、くたくたになって逃げ惑っていたブロディとマリアは一条の光を見る思いだった。
本人にそんなつもりはさらさらないが、人を勇気づけ立ち上がる力を与える。
アルフレッドにはそんな力があった。
だから自然と彼の周りには人が集まり、頼りにされるのだ。
「乗りかかった船だし我々の目的地も同じだ。知ってしまった以上、放ってはおけない。ともに行こう」
「あ~そうだ。俺もつきあうぞ!とことんな!」オーソンは立ち上がった。
マリアとブロディは体に震えが走るほど嬉しかった。
「さぁ、そろそろお昼にしましょう」とアリソンが支度を整えてテーブルに持ってきた。
二人はその一言で、自分達がひどく空腹である事に気が付いたのだ。
目の前に置かれたスープは、水とバターと塩だけで味付けした野菜のスープで、つづいてペグがパンとグーラッシュという、牛すね肉をトマト、クミン、オレガノなどで煮込んだ料理を持ってきた。
神に祈りをすませると7人は食事を始めた。ブロディは目を瞑っただけだったが・・
スープを一口すすると、うまみとあたたかさが体に浸み込んでいく様な感覚に
「うまい・・・」
「おいしい・・・」
とブロディとマリアは同時に言った。
ブロディは空腹に勝てずにガツガツと食べ始め
「ブロディ・・」とマリアに窘められる。
「腹が減ってたんだろう。構わんよ、どんどん食べなさい」とアルフレッドが進めた。
「そういえば自己紹介がまだだったな」とアルフレッドはまずオーソンを促した。
「オーソン・ハンズだ、よろしくな」
「アルフレッド・ビーンだ」
「妻のアリソンよ」
「長女のペグです」
「ベティよ!そしてケイティ!」ベティはケイティを抱え上げた。
心の底からマリアは笑って、ケイティの頭をなでながら言う。
「マリア・ウィンフィールドです」
「ブロディ・ベイル」ぶっきらぼうに答えるブロディを見ながら、マリアは心底ホッとしていた。
これから起こるかもしれない辛い出来事も乗り越えていける・・・そう信じられた。
3人の少女は楽しかった。
並んで寝ているだけなのだが、なぜか心が浮き立つ。
ロフトにケイティも引っ張り上げ、狭い寝床はさらに狭くなったがそれもまた楽しかった。
「ごめんね、お邪魔します」とマリア。
ケイティも嬉しそうにひっくり返って、足をバタバタさせ体をくねくねさせている。
「なにしてるのケイティ!もう寝る時間でしょ!」とベティ。
「マリアは学校どうしてるの?わたし達は通信教育を受けているのよ」とペグ。
「一年間の休学届けを出してきたの」
「ハイスクール?(高校)」
「ユニバーシティ(大学)」
「え~そんな歳にみえない!」
「AP(飛び級)で入ったの、14歳よ」
ペグとベティは尊敬のまなざしで
「すご~い!」と言った。
「ペグとベティは何歳なの?」
「8歳よ」とペグ。
「6歳!」とベティ。
「火星の一年は地球とは違うから、たまに解らなくなっちゃうの!」
3人の少女は小声でくすくすと、時間の経つのも忘れて話をしていた。




