急転
ブロディとマリアの乗るローバーは、空港入り口正面まで来ていた。
厳重警戒される筈の空港だというのに、検問ゲートは開けっ放しで誰もいない。
反対車線にいたブロディ達はローバーを中央分離帯に乗り上げそのままゲートから空港に侵入すると、ターミナルビルを横目に見ながら格納庫が建ち並ぶエリアへと高速で走らせる。
ブロディはキーに表記されている格納庫ナンバーを探す。
「あった!ブロディあそこ!」マリアが先に見つけ指さした。
ローバーを横付けし、幅が20m程の小型機用格納庫入り口に駆け向かう。
シャッター脇のボックスを開けるとキーの差込口があった。
キーを差込み右にひねると、シャッターが開き始める。
薄暗い格納庫には真っ白いモーターグライダーがあり、胴体の後ろにプロペラがついている。
「グライダーなんて初めてだ。マリアは乗った事あるか?」
「幼い頃お父さんに遊び半分で操縦桿を握らせてもらったぐらい」
「じゃあ経験者だな。マリア頼む」車輪止めと充電コードを外しながらブロディは言う。
「そんな、無理です!」
「四の五の言っている暇はない。でないとど素人の俺が動かす事になるぞ」
「まかせます。私もそのど素人だもん・・・」マリアは言いよどんだ。
「いいんだな。じゃあ後ろに乗れ」二人はコクピットの前と後ろに乗り込みキャノピーを下す。
ほとんどローバーのつくりと変わらない操縦席は、初心者のブロディでも扱い方が解った。
スターターを押すとモーター音とハードディスク音が重なり、5秒ほどすると正面のインジケーターに”飛行可能”の文字が浮かび上がる。
スロットルを握るとプロペラが回り始めた。
「行くぞ」とマリアに声をかける。
そのまま静かに倒していくとプロペラの回転速度が上がり機体が前進し始めた。
そのまま格納庫からゆっくりと出ると、乗り捨てられ置き去りにされた車両や荷をよけながら滑走路に向かう。
モーターグライダーの幅の何倍もある滑走路に出た。
彼らの視界の先には、宇宙まで続く青空と海の様な雲海が広がっている。
ほんの一瞬だけブロディはたじろいだ。
まるで運命の荒波に飛び込むかの様な気がしたのだ。
意を決してブロディはスロットルを大きく開けると、モーターグライダーが加速し始める。
とその時!
置き去りにされた荷を蹴散らしながら、BRが飛び出した。
マシンガンを連射してくる。
加速を続けるグライダーの周りを、空気を切り裂き弾丸が飛び抜ける。
じりじりするほど加速が遅く感じる。
ブロディとマリアは振り返りBRとの距離を確かめると、BRはかなり近づいている。
タイヤが地面を離れた。
機体がふわりと浮き上がる。
その時!左の翼に被弾した。
衝撃があり機体が左にもっていかれる。
なんとか態勢を立て直そうとしているグライダーの前に、6000mの断崖絶壁が迫る!
どんどん左旋回しながら高度を落としていく!雲海が目の前だ。
「ちっ!これでは真っ逆さまだ!やむを得ない、Cブロックの道路に着陸する」
と言うと、態勢を立て直すのをあきらめ、操縦桿を左に倒す。
機体が傾き左旋回しながら、断崖絶壁から逃れようとした。
しかし高度が足らない!
ガタガタと機体を震わせながら、Cブロック下の貧民窟めがけて落ちていく。
「つかまれ!」ブロディは叫んだ。
モーターグライダーは断崖絶壁に張り付く様にある貧民窟に突っ込んでいった。
突き出た配管と張りめぐらされたワイヤーに引っかかって、グライダーは落ちずに済んでいた。
そこに住み着いた人達だろうか、大声を上げて文句を言っている。
割れたキャノピーから聞こえるその声で、ブロディは意識を取り戻した。
「マリア!マリア!」すぐに後席のマリアの肩をゆすった。
「ブロディ・・」マリアも気が付いた。
どれくらいの時間が経ったのか、5分か10分か・・それとも1時間か?
とにかく急いでここから出なければならない。
キャノピーをこじ開けるとワイヤーに引っかかったグライダーがバランスを崩し、ガクッと落ちてまた止まった。
先に外に出たブロディが見下ろすと下は何もない状態で、6000m下の遥か彼方の地面はかすんで見る事ができない。
ワイヤーを掴むとマリアを引っ張り上げる。
「大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫。ブロディは?」
「大丈夫だ」
すると上の方から声がかかった。
「今助けてやる。じっとしていろ!」
おそらくCブロックの断崖から、ワイヤーを使って降りてくる男が叫んだものだった。
見るからに軍人といった男で、それがあのBRのパイロットであるのは明白だ。
「マリア逃げるぞ、いいか?」
「えぇ!」
ブロディは突き出た配管の通路に飛び降りた。
バランスを崩したが持ち直す。
「マリア、来い!」間髪を入れずマリアが飛び降りる。
「待て!」BRのパイロットはワイヤーにぶら下がりながら銃を抜く。
落ちかけたマリアをブロディが片手でつかんで引っ張り上げる。
まるで入り組んだ迷路の様な貧民窟に逃げ込もうとした時、銃声と共にブロディの左肩に血しぶきがあがった。
「くっ!」左肩を抑えながら、そのまま走りこむ。
彼らを追う様に2発3発と銃弾が撃ち込まれた。
昼間でも薄暗い貧民窟の通路を早足で歩きながら、真っ青になりながらマリアが悲痛な声をあげる。
「ブロディ!大丈夫?ブロディ!早く手当しないと!」
「時間がない!後だ!」
「どこに行くの?もう行く所がないわ!」
「心当たりがある。ついてこい」
彼等を追う足音が後方から聞こえる。
ブロディはショーンから奪った拳銃を取り出し、身を隠し反撃する。
BRのパイロットは、2人が武器を所持していた事に驚きつつも撃ち返してきた。
「この先だ」ブロディは肩をおさえながら、尚も先に進む。
相手が武器を持っていると知ったBRのパイロットは慎重にならざるをえず、先ほどの様な速度で追う事が出来なくなった。
細く入り組んだ通路には、様々な得体のしれないものが置かれており、二人はそれらをよけ、またぎながら先に進む。
足元から視線を前に戻したマリアは、見覚えのある通路に出た事に気が付いた。
「今朝通った通路・・」
「そうだ・・もうすぐだ・・」ブロディは顔をしかめながら、歩くのを止めない。
「あった、あれだ」被さっているシートを取り去る。
「ⅤTグライダー・・」そう言うと持っていたナイフで、なぜかシートを細長く切り出した。
「これで脱出するしかない。ちゃんと動くか怪しいもんだがな」
そういうとブロディは大きなバックパックを担ぎ上げ装着し始めた。
すぐそこまで追手の気配が迫っている。
「マリア、後ろ向きになれ」素直に後ろ向きになったマリアと、自分を細長く切ったシートで縛り始めた。
足音が迫り、はっとして後ろに向かって銃を撃つ。
BRのパイロットも撃ち返してくる。
身を隠す場所がない!
マリアをかばう様にブロディは背を向ける。
相手の撃った2発の弾の一発がブロディの右太ももに当たり、一発が配管に当たった。
なんという事か、配管の中に溜まったメタンガスが爆発した!
通路の一部を破壊し、二人を外に吹き飛ばす。
6000mの高さから真っ逆さまに、二人は崖のすぐ横を落ちていく。
ブロディはVTグライダーのスイッチを探すが見つからない。
その間にもどんどん落ちていく。
落下する勢いで呼吸が困難になる。
あった!左肩の付け根だ。ブロディはまよわずワイヤーを引く。
すると一気に翼を広げ、強い衝撃で二人を引き上げる。
冷たく薄い湿った空気と、視界のかすむ雲の中で安定飛行に入る。
マリアは腹部に食い込んだシートが苦しそうで、自分の手を差し込んで持ち上げた。
雲の中に入った二人は、前も後ろもまったく解らない。
勘を頼りにマリネリス峡谷の方向にグライダーを操作する。
「これで時間が稼げるといいんだが・・」ブロディがうめくように言った。
マリアの左肩と右足にブロディの血が滴ってきた。
「大丈夫!ブロディ!?」マリアが叫ぶ。
「あぁ大丈夫だ・・」
雲の中は視界がきかない。
方向があっているのか不安になる。
二人のグライダーは雲を抜け、地表が見えるところまで降りてきた。
どうやら方向は正しかった様で後方に断崖絶壁が見える。
ブロディは一瞬意識が遠のいたが、気力を振り絞って意識をつないだ。
地平線は惑星の曲線を描き、赤い大地が遥か下方に広がっている。
ブロディが久しぶりに俯瞰で見る火星の大地は、出血し朦朧としている事と相まって、ひどく脆く儚い物に見えた。
「人類のフロンティアか・・いまだ楽園だと信じてやって来る馬鹿な奴らがいる・・」
彼の痛切な思いなのか、また言った。
火星に来たばかりのマリアは、それほど過酷な環境であるとは実感がわかない。
「早く地上におりて手当てしましょう」
「いや・・TMPに向けて出来るだけ距離を稼ぎたい。行けるとこまで行くぞ」
「ブロディ・・」
マリアも火星の赤い大地を見下ろしながら、感慨深げに呟く様にブロディに聞いた。
「生きる意味って・・・考えた事ある?」
「生きる意味だ?」
「私はなんの為に生きていて、誰かの為になっているのかなって・・」
「生きる意味なんてもんはねぇよ、ただ生まれて死んでいくだけだ」
「人類の一部の富裕層の人達がテロメアの操作で寿命を延ばせても、いずれ必ず死ぬ運命にある・・・ましてや、なんの操作もしてない私たちはもっと短い・・・」
何を言い出すのかと、ブロディはマリアを見た。
「でも仮に全人類の寿命を延ばす事が出来たら、いずれ地球は人間でパンクしてしまう」
「人間は地球に住み着く寄生虫みたいなもんだ、いずれ資源や自然を食いつぶし自滅するのさ」
「そんな・・人類はもっと利口な種だと思われてた・・でも80億もの大群になると、それと変わらなくなってしまう。一人ひとりの欲望を80億倍したエネルギーを地球は受け止められない・・」
「人間は全滅するか、戦争でもして人減らしした方がいいのさ」
驚いてマリアはブロディを見た。
「人間の欲望や幸福を追い求める事を非としたら、絶望しか残らないわ。追い求める幸福が楽しい事や欲望を満たす事のみに費やされない様にしなきゃならない・・・」
「無理だな」にべもなくブロディは言った。
「あきらめてしまったら、そこで終わりになってしまう。道を模索しなきゃ・・」
「なんか目星でもついてんのか?」ふと興味をもって聞いた。
「もっと・・・人がもっと広い視野と考察をもてる様な政治をするとか・・・」
「その政治家を選ぶのが日々の生活に追われる人間なのさ、流暢な事を言っている政治家を誰が選ぶ」
「なら・・選ばれてからすれば・・・」
「マリアがするのか?なら一票入れてやってもいいが、結局政治は数の倫理だ。自分がやりたい事を通すには同調する人間が必要だ。それらの人間もしょせん我が身可愛さから、利己や保身に走るのが世の常さ。結局目先の事にとらわれて、そんなものがあったとしても崇高とやらな目的を見失うのさ。だいたい増えすぎた人間をどう減らす?」
「テロメアの遺伝子操作で逆に寿命を短くする・・とか」
「誰がするってんだ?わざわざ自分の寿命を短くする施術を」
「強力な指導者が国を引っ張って・・」
「どうやって?クーデターでもおこすか?一人で?それじゃ独裁政治とたいして変わらない」
「度重なる天災は、増えすぎた人類を減らす為に神様が与えた恩恵なのかも・・」
「それを遺族に言えるのか?人間の感情を否定するなと言ったのはマリアだろ」
マリアは考え込んでしまった。
突き詰めていけば危険な思想になっていきかねない。
かと言って人類が一つになって事に当たるなど、こんな状況下で戦争をしている現状では考えられない。
増えすぎた人類の一人である自分は、自らの命を絶ち少しでも地球環境に貢献するしかないのか。
そこで出てくるのが「生きる意味」なのだ。
自分がこの世界に出来る事とはなにか?
この歪んだ世界の為に出来る事はないのか?
しかしいくら考えても答えなど出てはこなかった。
「人になんの期待もできねぇよ。いっせぇのぉせで皆で死にゃいいんだ」
「そんな・・・あきらめてしまったら本当に終わりです。夢や希望をもって神に祈りながらでも絶望と対峙しなきゃ・・・」
「てめぇの人生にはほとほと嫌気がさしてんだ。それが神様って奴の仕業なら、俺は神って奴をゆるさねぇ」
「そんな・・・私も盲目的には神を信じていないけど、奇跡を感じた事はない?」
「奇跡だ?それはどこに転がってるんだ?もし神がいるんならなぜ赤ん坊を殺す?なんの罪を犯したってんだ?弱肉強食がこの世の倫理さ。強ぇ奴が生き残り、弱いやつが死ぬ。それだけさ」
マリアはあきらめたかの様にため息をついた。
シャトルから火星を見下ろしたとき感じた不思議な感覚・・・
そんな感覚がよみがえってきたマリアは言った。
「なんか・・火星に来たら解る様な気がしたの・・・生きる意味・・存在意義が・・・」




