奔流
二時間ほど仮眠をとり起きだしてきた二人は、トムに事情を話した。
「そんな事があったのか・・驚いたよ・・・警察に行ってみたらどうだい?」
軍隊に保護を願い出るつもりだったが、それも一案か・・・とブロディとマリアは顔を見合わせた。
彼らはトムが用意してくれた街の地図へ、珈琲を飲みながら目を落とした。
「今いるブロックがここBブロックさ、この街の警察署はAブロックにある。ブロック毎にゲートがあって通行許可書が必要だが、僕が持ってるんで問題ない」
「ちなみにこのAブロックは、金持ち連中の豪華な家々が立ち並ぶ富裕層のブロックさ」
マリアとブロディは目を見かわした。
その富裕層のブロックにある警察が、はたして飛び込んできた部外者の事で動いてくれるのか?保護の対象としてくれるのか?警察が動いてくれない場合どうするか?奴らが警察で張っていたらどうするか?など、考えなければならない事が山ほどあった。
なんといっても、スペースポートをBRで襲撃するような奴らだ。
2人の面は割れている。とりあえず警察に電話をかけてみる事にした。
トムは比較的所得が安定している模範的な市民といっていい。
それに見合った番号が警察に通知される。無下にはされない筈だ。
トムに電話を借り、マリアが電話する事になった。
スペースポートの騒動はすでに警察も把握している筈だ。動いてくれる可能性も高い。
マリアは受話器をとり、番号をいれる。しばらくし怪訝そうな顔をした。
「誰も出ない・・・」
「おかしいな、そんな事は今まで一度もなかったのに」トムはマリアから受話器を受け取るとかけなおした。
が、結果は同じだった。
「なにが起こってるんだ?」
「いったい君たちは何に追われてるんだ?」とトムは心配そうに言った。
「それが解れば苦労しねぇよ」
「いきなりスペースポートで襲われたんです。その時はなんとかブロディに助けてもらって・・・」
「スペースポートは自爆テロがあった事になってるよ」
事実は捻じ曲げられている。
荒れていたブロディを、なにこれとなく面倒みてくれたケビンは死んでしまったのか?
また一人、知り合いがいなくなってしまったのかと、寂しさが彼を襲った。
「呼び出しはしてるようだけど、警察の電話が通じないなんてありえないよ!車で20分ほどだから行ってみよう」とトムが言った。
3人はガレージに降り1台のローバーに乗り込むと、マリアとブロディは身を隠すように後席へと座り、トムは勢いよくローバーを走らせた。
「まぁ普通にしていてくれ、ゲートでの話は僕がするから」
ローバーは高架橋に上がると、街を見下ろしながら速度を上げていく。左手に空港があり高い塀に囲まれているが、空港内を見渡す事が出来た。
しばらく空港を見ていたブロディとマリアは、違和感を感じた。
空港の動きがまったく無いのである。
離発着する飛行機はもちろん、整備車両などの動きがまったく無いのである。
前を向いて運転しているトムは気づかずハンドルを握っているが、マリアとブロディは少しでも空港内の動きが無いか目を凝らしたが、見つけられなかった。
そうこうしているうちにゲートに着いた。
トムは速度を落としながら検問所へローバーを横付けする。
当たり前の様にそこにつめている署員へ話しかけようと窓を開けた・・・が
信じられない光景がそこにはあった。
誰もいないのである。
深夜の出入りは制限され封鎖されるものの、誰もいないなどという事は過去に一度もない事だったのだ。
3人は顔を見合わせた。
「なにが起こってる?」
「このまま行ってみよう」トムはボタンを押してゲートを開けるとローバーを進ませた。
富裕層が住む街は、もともと閑静ではあるがそのレベルではない。
人っ子一人いないのである。
トムの住み暮らすBブロックで異常は全く感じられなかったのに、このAブロックは異常の域を超えている。
ところどころローバーが打ち捨てられていた。
「警察へ行こう。なんか解る筈だ」とトム
「おかしい引き返そう、なにかある」とブロディ
「このままではおちおち仕事も手につかないよ。もう少しだけ行かせてくれ!」
いろいろしてもらった恩義があるので、ブロディも無下には断れなかった。
トムは気がせかれるままアクセルを踏み込み、時速100km近くのスピードでカーブを曲がって行く。セントラルパークの緑が見えてきた。
その時!
高架橋に砲弾が飛来した!
爆音が耳をつんざき、側壁が吹き飛ぶ。
「うわっ!ああああああ!」トムが絶叫をあげる。
トムは側壁にローバーをこすりつけながらも、なんとかローバーを立て直す。
セントラルパークの木の陰にBRが1機、高速で流れゆく景色の中に消えていく。
「あいつらだ!」
高架橋にいたのではいい的になってしまう。
「ハイウェイを降りるんだ!」とブロディ
強いRを描きながら、ローバーは高架橋をおりていく。
住宅街だというのに遠慮なく砲弾を撃ち込んできた。
トムは歯を食いしばりながらハンドルをきっている。
タイヤが悲鳴をあげ続けた。
ローバーの至近距離に着弾、車体の右側が浮き上がる。
浮いた車輪が”ドン”という音と共に着輪、蛇行する。
トムはなかなか運転がうまい。
なんとか蛇行を立て直すとアクセルを踏み込んだ。
「なっなな、なんなんだあいつは?!」トムが叫んだ。
「あいつらだよ、俺達が警察に行く事をよんで待ち伏せしてたんだ」
「戦争でもおっぱじめようっていうのか?あいつらがここの住民をどうかしたっていうのか?!」
「いや・・それはないな、ここの住人がいなくなったのは他の理由だ」とブロディ
そんな事ができるのであれば、スペースポートであれほどの騒ぎは起こさなかった筈だ。
「なんでそんな落ち着いていられるんだ?!でっ!なんの理由なんだ?」
「さあな、しかしなんか解ってきた・・・」
「なんだ?」
「今は戦時中だという事さ」
「休戦条約はまだ破られてない筈だ!どことどこが戦争してるって言うんだ?」
「AARF(独裁政権国家連合)・・・」それまで黙っていたマリアが呟くように言った。
「AARF?国連軍と?」とトム
「火星に来る途中のスペースクルーザーの中で聞いたの、近いうちに大規模な艦隊戦が行われるんじゃないかって・・・」
「それが現実のものとなった・・・」ごくりとトムは唾を飲み込んだ
「ここの富裕層の住人には、軍へ通じている人間が多い・・・」
「それがまとめて逃げ出したって事は、国連宇宙艦隊が負けたって事さ」
「なんで僕達に知らせない?僕達だってこの街のれっきとした市民だぞ!」
トムの心の中に貧民窟の人達が入っていたものかどうか・・・
AARFはおそらく火星を我が物とする為、進駐してくるだろう事は明らかだった。
「パニックになって自分達の避難が遅れるのを恐れたのさ」
「おそらく今頃避難警報があんたのブロックにも鳴ってる頃さ」
「自分勝手すぎる・・・」呆然とトムはうめいた。
「あんたが朝いたとこ(貧民窟)なんて、そんな警報すら出ないだろうよ」
トムのアクセルを踏む力が落ちていく。
「どうしたらいいんだ・・・」
「金があんなら地球に帰んな、とりあえずスペースポートに向かうしかないな」
「君達はどうするんだ?」
「スペースポートは俺達には危険だ。火星で身を隠せる場所を探すさ。」
「・・・解った。僕は地球に帰るよ。北ゲートからスペースポートに行くよ」
「私はTМPに行きます」思いのほか力強くマリアは言った。
「それしかないだろうな・・付き合うぜ」とブロディ
マリアはブロディを見つめた。
「お金ならあります。ブロディも地球に帰って下さい」
「お断りだ。自分の事は自分で決める。人の指図は受けない」
「もう十分良くしてくれました。妹さんもそれを望む筈です」マリアも引き下がらない。
「もう、うんざりなんだよ。運命とやらに振り回されるのは」
どこかふっきれた様なブロディは
「自分の運命は自分で切り開く。神様とやらには愛想がつきてんだ。だから俺もTМPへ行く。マリアの運命とやらを見届けてやるよ」
マリアは目に涙を浮かべ
「ありがとう・・・一緒に行きましょう」と嬉しそうに言った。
「航続距離が100km程度しかないけど、空港に僕のモーターグライダーがある。良かったら使ってくれ」
「いいのか?」
「あぁ狂信者どもにくれてやるぐらいなら君達にあげるよ。そのかわりモデルの件考えてくれよ」
そう言うと格納庫のキーをブロディに投げた。
「あぁ、生きてたらいくらでも付き合ってやるよ」
「今までありがとうございました」とマリア
「そこの乗り捨ててあるローバーの前で下してくれ」とブロディ
「解った」
トムは手を上げて別れを告げると走り去っていった。
マリアとブロディはまた二人っきりになった。
金持ちが惜しげもなく乗り捨てていったローバーは、ハイパワーの高級車だ。
「こいつはいい」ドライバーズシートに乗り込んだブロディは、ニヤリと笑う。
本革シートに至れり尽くせりの装備がついている。
助手席にマリアがちょこんと座った。
そんなマリアをブロディは横目に見ると思った。
大国同士の争いの渦に、この少女は巻き込まれているのはあきらかだ。
あまりにも巨大な渦に翻弄され、マリアはどういう運命をたどるのか?
運命とは?宿命とはなんだ?
勝手気ままなくそ親父に無理やり連れてこられた火星だが、もう地球での生活は考えられない。
親父が火星に来た理由・・・それは親父なりの夢や希望があったに違いない。
が、俺からなにもかも奪った親父と火星が許せなかった。
いや、憎んでさえいる。
しかし、そのくそ親父も世界の流れとやらいう運命に翻弄されたってんなら、
「その世界とやらを見物しに行くのも悪くない・・・」
「なに?」マリアがブロディを見た。
まだ幼さの残る彼女の眼差しを受けて、ブロディは我に返った。
「独り言さ」そう言うと、エンジンを始動させアクセルを踏み込んだ。




