デモイン
スペースポートからデモインまで約400km、右手に巨大なオリンポス山を見ながら延々とカーネリーを走らせること10時間。
とうとう街の明かりが見え始め、久しぶりに見る人工の光に2人は安堵のため息をついた。
「街の灯りがこんなに綺麗に見えるなんて・・・」とマリアがつぶやいた。
「あぁ・・」
「私は湖畔の家に住んでたの・・夜になると湖は真っ暗になって・・湖の向こう側の・・街の灯りが別世界のように見えたわ・・デモインの街はそれ以上・・異世界に見える」
「勉強のし過ぎじゃねぇのか?ただの街の灯りだ」
「聞いていいですか?」突然マリアが尋ねた。
「なんだ?」
「ブロディの子供の頃はどんな子だった?」
「はっ!思い出したくもねぇ、時間を潰したいんだったら別の話にしな」
「お父さんはどんな人だったの?」
少しでもブロディの人となりを知りたくて、マリアはしつこく聞いてしまった。
「アル中(アルコール中毒)のくそ野郎だよ」ブロディは吐き捨てる様に言った。
「そう・・でもお父さんにはお父さんの事情があった筈よ」
「俺が殺す前に勝手に死にやがった。無責任なくそ親父さ」
「火星にはどんな経緯で?」
「くそ親父が勝手に決めて、無理やり連れてこられたんだ。火星に来てからは呑んだくれて、家族にあたって、お袋も俺も妹も、散々な目にあったもんだ」
「お父さんも一人の人間よ、運命に翻弄されてお酒に逃げてしまったのかもしれない・・」
「知った事か!てめぇで決めて来た火星で、うまくいかないからって家族に迷惑をかけるなんて、運命だかなんだか知らねぇが、父親として最低のクズ野郎だよ」
これ以上父親について聞くのが憚られたので、母親の話に変えた。
「お母さんはどんな人だった?」
「お袋は・・・俺が荒れてた時があって・・逆に散々迷惑をかけた。どんな時でも見放される事はなかった・・いつも優しく温かく見守ってくれた・・」
「いいお母さんだったのね・・でも今は荒れている様には見えないね」
「グレるのが早かった分、立ち直るのも早かったのさ」
自分の話ばかりでうんざりしたブロディは
「マリアはどんな子供だったんだ?」と逆に聞き返した。
「私は・・・普通の子、どこにでもいるような普通の子よ」
「普通の子が飛び級して大学に入るか?親父さんはなにしてたんだ?」
スペースポートで保安官に年齢を尋ねられた時、マリアが言っていた事を思い出してブロディは言った。
「大学で准教授をしていたの。母方の祖父が有名な科学者で・・気にしてたみたい。私もいい高校いい大学に行って、科学者になれって言われ続けたわ・・・父も頭のいい人だったから、よけい義理の父に対してコンプレックスを持ってたのかもしれない・・」
「ふ~ん、そんな親に敷かれたレールを生きていておもしろいのか?」
「本当はね、保母さんになりたかったの、でも親の期待を裏切る事が出来なかったんだ・・・」
「なに言ってる。まだ14のガキのくせに、これから職業選択の自由があるだろうが」
「父も母も3年前の交通事故で他界したの。そして祖父も・・私も天涯孤独なのよ・・・」マリアはニコっと笑った。
「父の願いを叶える事が、何よりの供養だと思ってる」
「すねに傷持つ者同士が、傷をなめあっても始まらねぇな」
「別にすねに傷なんてもってないわ。あるのはブロディだけでしょう」
二人は笑って、また黙り込んでしまった。
街まであと5kmといったところで、カーネリーのメインモーターが”ガッガガ”と異音を発し停止してしまった。
「ここでこいつは捨てよう。歩いてデモインに入る」
「うん・・・」
今は早朝の5時である。外気は恐ろしく冷たい。
外に出た二人は、外気の冷たさでいっぺんに眠気が吹っ飛んだ。
白々と明けていく大地は青い世界になっている。
砂の下はすぐ岩盤が有る様で歩きやすかったが、疲れからか足取りは重かった。
疲れから遅れがちになったマリアは、大きな背中を見ながらふと思った。
なぜだろう・・・こんな時なのに、彼が前にいるだけで安心できる・・・
出会ってまだ一日も経ってないのに、長い事一緒にいたような気がする。
妹さんが亡くなったのは昨日の事・・
お墓で深い悲しみに沈んでいたのは知ってる・・
でも、今彼は力強く歩を進めている。
一歩一歩、前へ・・前へと
精神の落ち込みと、それに反する肉体の力強さのアンバランスが、他の人と彼の違いを引き立たせているのかもしれない・・・
そんな事を思っていた時、ブロディが振り返った。
「どうした、疲れたのか?」
乱暴で、つっけんどんな物言いにも、どこか優しさを感じるのが不思議だった。
「ちょっとだけ・・大丈夫」マリアは微笑んだ。
「もう少しだ」そう言うとデモインに向け、また歩き出した。
デモインは、オリンポス山南麓の断崖絶壁に建設された軍事基地が始まりで、街のレイアウトもその特色が色濃く表れている。
6,000mの断崖絶壁の淵に位置し、街の中央に中規模の空港がある。
断崖を吹き上がる風が離陸を容易くし、軍用の観点から空港のはじが断崖絶壁になっている。
火星におけるどこの街でも共通して言える事は、街の外れに至るほど、バラックなどの低所得者の住まいが点在する事だ。
この街は中央に空港が位置し、その騒音や危険性からブルジョア階級の家々は少々離れた場所にあったが、ここも例外ではない。
街外れには赤い砂にまみれたバラックが、点々と存在していた。
霧が発生してきた・・・視界は50mくらいか。
ブロディとマリアは低い柵にかこまれた一軒のバラックを横目にみながら、さらに中心へと進む。
バラックはその間隔を少しづつ縮めながら建込み始めた。
朝の早い所では灯りが着き、生活音がしている。
2階建てのバラックも見え始め、10分も歩き進めると入り組んだ路地に明けていく空が小さくしか見れなくなった。
ドアから出てきた主婦らしき中年女性が、怪訝そうな目でこちらを見ている。
得体のしれない奴らから逃れる為この街へ来たものの、軍隊に保護をもとめたくても宛てがなかった。
彼らは入り組んだ路地の小さな空を見上げると眩暈を覚えた。
「ここはどこら辺かな?」不安になってマリアが口を開いた。
「まだ街の外れだ。もう少し中へ入ろう」
見通しのきかない路地の角を曲がった瞬間、ギョッとして彼らは立ち尽くした。
「街が空に浮いている・・・」
断崖絶壁に迫り出す様に街が突き出している。
雲海がまるで海のようだ・・・
遥か下の地面は見る事ができない。
この街の特徴として、朝方はオリンポス山から吹き降ろす冷たい風と、断崖絶壁から吹き上げる比較的暖かい風がぶつかりあい、まるで流れ落ちる滝の様に、街を包み込む雲が断崖を落ちていく。
その壮大さと美しさにマリアが呟いた。
「天空の街・・・」
「こんなとこでよく暮らせるもんだ」
時として見せる火星の美しい情景は、一部の人の心をうたずにはおかない。
一人の男が突き出した配管に三脚を固定して、夢中にカメラで撮影していた。
どこのどの世界でも、早朝における犯罪発生率は著しく低い。
この物騒な区画でも例外ではないのだ。
近づいていく二人の足音を聞いても、ファインダーから目を離さず撮影している。
ただ単に気が付かないだけなのかもしれない。
マリアとブロディは目を見交わすと、マリアが口を開いた。
「あの・・すいません・・ちょっといいですか?」
若く透き通った少女の声を聴いた男は、驚いてすぐに顔を上げた。
マリアを見、息をのんで
「美しい・・・」と小さくうめいた。
「君は?」彼は声を絞り出した。
「スペースポートから来たんですが、この路地はどこまで続いてますか?」
「残念ながら、この先は軍から落ちてくるジャンク品や盗品を扱う店が軒を連ねるだけで、袋小路になるだけだよ。まぁいわゆる街の最下層さ、警察も近づかない」
マリアはともかく、ブロディはそれが犯罪の巣窟である事を嫌というほど知っている。
「基地まで行きたいんだが、安全なルートはないか?」とブロディが引き継いだ。
「だったら一回街を出て北ゲートをくぐるといい。身元がしっかりしていれば入れてくれるはずだよ」
どう見ても貧民窟の住人には見えない男が答えてくれた。
「もし君が被写体になってくれるんだったら、案内してやってもいいよ」とマリアに言った。
「あなたはここの住人なんですか?」とマリア
「い~や、ここのこの美しさに執り憑かれてしまった者さ。幸い朝方は治安も悪くないから、こうやって日を開けずに写真を撮りに来るのさ」
「まぁ写真家のはしくれさ。トム・ニールソンだ」と手を差し出した。
「マリア・ウィンフィールドです。こちらはブロディ」とマリアは握手した。
「で、どうする?被写体になってくれるかい?」
「訳あって街の外には出たくないんです。何とかなりませんか?」
「なんで?・・まぁいいか、人には色々事情があるもんだ」
「じゃぁ、少々金はかかり危険を伴うけど、構わない?」
「それでお願いします」
それまで黙っていたブロディが口を開いた。
「その金とやらはモデル料でまかなえるんだろう?」
トムはブロディをちらっと見て、マリアを見つめた後、
「えぇい!やむを得ん、いいよ出すよ。早速だ。その突き出た配管の先まで行ってくれ」
太さが60cm程度で作業用の手すりがついている配管だが、落ちれば6000m下まで真っ逆さまだ。
雲海が足元に広がっている。
冷たい風にブロンドの髪をなびかせながら、マリアは配管の先へと歩き出した。




