惨劇
日が落ち暗くなり、美しく誘導灯が輝くスペースポートの一画で火の手が上がる。
一般客は使用しない搬入口にある守衛所で激しい銃撃戦が繰り広げられ、銃弾の閃光が激しい炸裂音と共にいき交っている。
大きな爆発音と、粉砕されたコンクリートの散乱する音が重なり、分厚いコンクリートで外部と遮られた壁の一部が破壊される。
3機のBRがスペースポートへ乱入してきた。
足裏のBSBでローラーブレードの様に滑ってくる!
それもかなり速い。
腰を落とし滑走してくるBRは巨大な機関銃を持っている。
手にした端末で監視カメラの映像を確認したケビンは
「ブロディ!その娘を連れて裏口にあるカーネリーで逃げろ!早く!」と言ってブロディに鍵を放り投げた。
カーネリーとは4本脚のWRの総称であり、ギリシャ神話のケンタウロスの様な半人半獣の姿をしている。
その鍵を受け取ると、うなずいて
「こっちだ!」とマリアの手を引いた。
窓越しに接近してくるBRが見える。
逃げ惑う人々を縫う様にケビンは武器庫に向った。
あっという間にターミナルビルまで疾走して来たBRは、スピードを落とさずそのままガラスをぶち破りビル内に突入してくる。
けたたましいガラスの割れる音がホール内に響き渡り、吹き抜け2階の人々が驚いてそちらを見た。
タワー内部の吹き抜け構造は、全長5mを超えるBRでも余裕で動き回る事が出来る。
立ち上がったサイをイメージさせるBRが、ぬっとターミナルビルの中に入ってきた。
ケビンが反撃を開始する。
”カンッカンッカンッ”とBRの装甲に弾が弾き返される。
人間用のマシンガンではBRに歯が立たない。
アクチュエータのサーボモータ音が頭部からし、辺りを見渡しマシンガンが撃ち込まれる場所をBRが探す。
銃を構えるケビンとBRの目が合った。
粉塵が立ち込める吹き抜けのホールで、一歩踏み出したBRの銃がケビンに向けられた。
ビルの2階からカーネリーに乗り込んだブロディとマリアは、搬入口から侵入してきた敵に気付かれない様に、スペースポートの裏口に向ってカーネリーを走らせる。
スペースポートは騒然としている。
カーネリーを蛇行させ、逃げ惑う人々を避けて走る。
しかし、1機のBRに見つかってしまった。
距離にして500mの距離を狙撃してくる。
着弾し数人が巻き込まれた。
「あぁ!」マリアが悲鳴をあげる。
ブロディは人々を避けながらカーネリー走らせている為、スピードを出す事が出来ない。
BRは人を弾き飛ばし、引き潰しながら追いかけて来た。
着弾し撒きあがる火柱と、逃げ惑う人々を避けながらブロディはカーネリーを走らせる。
人々の群れが切れた。
ブロディはアクセルを目いっぱい踏み込む。
BRは腰を落とし滑走しながらマシンガンを連射してくる。
トーイングトラクター(シャトルを牽引する特殊車両)に着弾し爆発する!
それをよけ、車体を左右に傾け、蛇行しながら弾道から避ける。
必死にカーネリーを操作するブロディには目算があった。
悪路における走行性能はBRよりカーネリータイプの方が上である。
4本脚の為、より安定しスピードを出す事が出来るのだ。
ブロディ達の活路はスペースポート外の悪路にある。
街の外にでればBRを引き離せる筈だ。
それをブロディは狙っていた。
BRが距離を縮めながらマシンガンを乱射してきた。
”ガンガンガン”何発か当った。
当ったのは後ろの荷台だ。
あおりに巨大な穴が空いている。
ブロディはカーネリーを右に大きく傾けると右旋回する。
今いたカーネリーの場所を空気を震わせて弾がかすめる。
すれ違ったトラックに積んであったドラム缶をとっさに拾うと、タイミングを見計らって追いかけてくるBR目がけて放り投げた。
狙い違わず、追いかけてきたBRの足元に落ちると潰れてオイルを撒き散らす!
ブロディ達を追おうとして機体を右に傾けた瞬間だったので、滑って転倒、ゴロゴロと横に転がりながら破片を撒き散らした。
遅れて追ってきたBRが発砲してきた。
まだ遠い為、弾は大きくそれていく。
カーネリーはフェンスを突破しスペースポート外へ出た。
高速で走らせるブロディ達の視線の先に、赤い大地が広がっている。
岩がゴツゴツとしていて下手をすると横転しそうになる。
ブロディは巧みにカーネリーを操作し大きな岩を避けて走る。
2・3発近くに着弾し岩を粉砕、まき散らしたが、徐々にBRを引き離していった。
後ろを確認しながらカーネリーを走らせるブロディの横で、鎮痛な顔をしてマリアはうつむいていた。
自分のせいで何人もの人が犠牲になったと思ったからだ。
察したブロディは、なにか言おうかと思ったが
「気にするな・・・」とだけ言った。
「うん・・」と小さくマリアはうなずいた。
振り返ると、地平線にわずかばかりの夕日が残るスペースポートのターミナルビルは、炎に包まれていた。
2人は60kmほど南下を続け、もう大丈夫だと判断し一休みする事にした。
ライトに照らし出される火星の赤い荒野に、壁のように岩壁が屹立している。
その大きな岩影にカーネリーを潜ませる様に停め、2人は降りて車体の状態を確認した。
あおりに撃ち込まれた弾痕を確認すると2cm以上あった。
人に当ればひとたまりもない。
ブロディとマリアはカーネリー各部を点検し、これからの走行に特に支障がないのを確認した。
日が落ちると寒さは厳しさを増していく。
2人は室内に戻りシートをリクライニングし休む事にした。
しばらく天井を見ながら沈黙していたが、ブロディが口を開いた。
「大丈夫か?」
「・・・ごめんなさい・・」マリアは質問には答えずうつろに謝った。
「なに?」マリアは目を閉じている。
「巻き込んでしまって・・ごめんなさい・・・」ブロディは視線を窓の外に戻すと
「妹を一緒に葬ってくれたんだ。借りを返しただけだ・・・」とだけ言った。
「そんな・・・もう充分良くしてくれました・・ありがとう・・」
これ以上ブロディに迷惑をかけられない。
「・・どこかで私を下してください・・・」
自分がいなければ、これ以上彼に災難が及ぶ事はないだろうと思ったからだ。
「俺の顔も割れている。奴らが俺をそのままにしてるとも思えない。一緒に逃げた方がいい」
「・・ごめんなさい・・・」理はブロディにあった。
話を変えようとブロディは一呼吸おいてから聞いた。
「火星に来た目的は爺さんの遺品整理だけか?」
「わからないの・・・どうしたらいいのか・・なにをすればいいのか・・」
2人とも天井を向いたままだ。
「TМPに行けば何かしら解るんだろう?」
「・・うん・・」マリアは深く息を吐いた。
「・・そう・・だね・・・」
疲れたのか、マリアは静かに寝息を立て始めた。
彼女の顔にはまだ赤い土がついている。
ブロディは自分のジャケットをマリアにかけてやった。
そしてマリアの寝息に引き込まれる様に、ブロディも眠りに落ちていった。
浅い眠りの中、ヘリのローター音が聞こえる。
はっとして起き上がると、上空をヘリがサーチライトであちこち探し回っていた。
”あいつらだ”このままやり過ごせないか?ブロディに緊張が走る。
しかしその期待とは裏腹に、ヘリは蛇行しながらも近づいてきた。
「なに?」マリアも目を覚ました。
「あいつらだ」カーネリーを潜ませた大きな岩の後ろをヘリが通り過ぎる。
2人とも肩をすくめてローター音のする天井の方を見る。
ヘリは通り過ぎていった。
「やり過ごした?」2人は目を交わし安堵の溜息をつく。
念のため、ブロディはマリアに車内で待つように言うと、厳寒の中カーネリーを降りて岩に登り辺りを見渡した。
息が白い。冷え込みがさらに厳しいものになっている。
夜空を見上げたブロディは、はっとして屹立する岩壁の遥か先に目をやった。
巨岩の向こうから何かが近づいてくる。
ライトをつけていないが、微かな走行音で近づいて来るのが解る。
間違いない。
我々に気付かれない様に、距離を縮め様としているのだ。
さっきのヘリはわざと解らないふりをして遠ざかって行ったと思われる。
その証拠に蛇行しながら近づいてきたのに、去る時はまっすぐだった。
ブロディは急いでカーネリーに戻ると
「見つかった!出るぞ!」カーネリーを急発進させる。
岩陰から飛び出したカーネリーのライトを視認した3機のBRは、ライトを点灯、隠密行動をやめ急加速させる!
1機が狙撃してくるが着弾は遠い。
カーネリーの特性を生かして再び距離を開けられるかと思われた。
がその時!
急速にローター音が近づいてきた。
ヘリが機銃掃射してきたのだ。
カーネリーのすぐ横を着弾が走り抜ける。
カーネリーを蛇行させ着弾から避ける。
右に左に車体を傾けながら避け続けるが執拗に着弾が追いかける。
ガンッガンッと室内を弾が走り抜けた。
2人は首をすくめる。
同時に冷たい外気が入り込んできた。
このまま蛇行し銃弾を避け続けていては、いずれ後方のBRに追いつかれてしまう。
なんとかしなければ・・ブロディは焦った。
なにか方法がある筈だ・・・
大きな岩と着弾をよけ高速に走らせながら、必死になって考える。
「マリア!荷台を見てくれ、なにかないか?」
急いで荷台を確認するマリア。
「なにかパイプの様な物が積んである!」
「よし!」蛇行し車体が傾いたタイミングを見計らって、上体をひねりパイプを掴み、車体の前でヘリから隠す様に2本持った。
ブロディは狙いを定める。
カーネリーの後方から狙いをつけ迫ってくるヘリに向って一本投げつけた。
回転しながらヘリに迫る。
パイプはヘリの頭上に飛んで行くと、それを避けようとヘリは急降下した。
「今だ!」カーネリーに急制動をかける!
カーネリーが目前に迫ったヘリは、右急旋回でカーネリーのすぐ横をすり抜けようとする。
そこへもう一本パイプを投げつけた。
狙い違わずローターに直撃、ヘリは機体を回転させながら墜落する。
「BRは?」遥か後方にライトが見える。
発砲してきた。
空気を震わせ閃光が飛来する!
だがまだ遠い。
ブロディはアクセルを思いっきり踏み込んだ。
徐々に距離が離れていく。
BRのライトは見えなくなった。
「マリア、空いている穴に布を詰め込んでくれ」
「はい」マリアは急いで落ちていたウェスを穴に詰めこむ。
室内は急激に冷え込み、彼等の息は白くなっている。
「とにかく休まず進もう。まずは距離を開ける事だ」
「オリンポス山の裾野、南東400kmの位置にデモインっていう大きな町がある。北アメリカの駐屯軍がいる筈だ。保護してもらえ」
「うん」
彼等はまるで猟犬に追い立てられるウサギの様に、残された逃げ道を全力で駆け始めていた。




