最高の休日1
朝、エヌ氏が目を覚ますとキッチンからコーヒーの匂いと微かにお湯が注がれる音がした。
「お目覚めになりましたか?」
寝室の天井についてるスピーカーから囁きかける声。
「最高の休日を過ごす上で早起きほど重要なものはないな…」
エヌ氏は、天井を見つめながらそう呟くとキッチンへ向かう。ダイニングテーブルには入れたてのコーヒーが置いてあり、それを飲みながらテレビの方を見ると自然にテレビがついた。
エヌ氏は気まぐれな性格で日々の行動はその時の気分で決めていた。彼がもし3世代前のAIが搭載された部屋で暮らしたら、いっそAIなど存在しない方がマシだと言っていただろう。
一定の行動を正確にする家庭用AIなど…
彼は、最新型の有機端末を使っていた(内蔵していた)そのため、考えたことと部屋自体がリンクする。いちいち命令する必要がないのだ。
部屋の全てが彼の思い通りに動いた。ただ1つを除いて...
思い通りにならないのは、まだ起きてこないエヌ氏の彼女だった。
「K、彼女は、まだ寝てるか?」
「はい。起こして参りましょうか?」
「いや、いい」
彼は執事に対してはあまり話さなかった。無論、有機端末のおかげで話す必要がないことも理由ではあるが、大抵の人は、この執事に依存し良く話しかける。
「シャワーを浴びる。僕が外出してから洗濯してくれ。」
そういうとエヌ氏は寝巻きを廊下のクリーニングポストに入れ、そのまま玄関に向かった。
廊下の壁からは、程よい温度のシャワーが左右と上から吹き出し彼を包むと、やがてドライヤーに変わり。ミストになった。使い捨ての下着が彼にスプレーされると、ハンガーにかけられた服がレールに沿って出てきた。
着替え終わって出ようとした時、
「なんで起こしてくれなかったの?」
寝巻き姿の彼女が、廊下の奥から彼に向かって静かに呟いた。不思議そうに彼を見つめる。
「起こして欲しかったのか?」
「当たり前じゃない」
「そうか…」
エヌ氏の抜け殻のような呟きに、彼女はため息をついた。
「今日は休日じゃないの?」
「いや、休日だが…」
エヌ氏は何か気の利いた事を言おうと考えを巡らせたが、案の定何も出てこない。彼女が何を言いたいのか、エヌ氏は察していた。
「明日…一緒にどこかへ行こう。」
エヌ氏の言葉に彼女の表情は一瞬驚き、微笑んだ。
「その…明日も休日だ。だがら…君との…」
「わかった、楽しみにしてる。今日は、一人で行きたいんでしょ?」
彼女は嬉しそうにエヌ氏を見つめ、そう言っていた。
「ああ…ありがとう。」
そう言うと玄関の鍵が解け、ドア開いた。
「いってらしゃい」
彼女の穏やかな声に、エヌ氏は軽く頷き部屋を出た。
部屋の中で古い洗濯機の唸り始めた。