第三話 豊饒の女神
リモ子たちと出会った、翌日のこと。
ぶつけた頭を検査すべく、俺は病院に行く支度をしていた。
病院に行く服が無い。
服を買いに行く服が無い。
もこがこっちを見ていた。
見るな!俺は陰キャじゃない!ないったらない!
制服で行けばいいんだよ!病院なんだから!
にわか雨に遭ったカバンの代わりを、クローゼットから引っ張り出す。
このバッグを使うのは、中三の冬休み、冬期講習以来だから……四ヶ月ぶり?
ちょっと埃っぽく感じられたバッグをパタパタとはたく。
まだ何か、埃っぽい。ひっくり返してバサバサとはたく。
ころころちゃりーんと、硬貨が落ちてきた。
すかさずバッグを放り上げ、家具の隙間に入る前に回収しようとしたところ。
そのバッグの中から、さらにころりと。屈んだ俺の上に、落ちてきた。
何だか柔らかいものが。
押しのける際に、大きな二つの盛り上がりに手が掛かる。
柔らかく吸い付くような感覚。それを離すことを、手が拒否する。
……ああうん、何となく理解した。
キャーという悲鳴と共に、100円玉が俺の眉間にクリーンヒットした。
「で、君は?」
両手で胸を覆うようにして、半ばこちらに背中を向け、泣きそうな顔……は、長い前髪に隠れているためはっきりと見えなかった。
リモ子がその背中にしっかりと両腕を回すようにして抱き締めている。
眼福である。
「名前を聞く前に、言うことあるんじゃない?」
「悪かった!でも事故だろ、事故!」
「はずみです。物野はずみ」
やはり現代妖怪であった。
「『思ってもみなかった、ちょっとした幸せ』の妖怪です。カバンの中から転がり落ちてくる100円玉だったり、入学式に遅刻しそうになって走っていたらパンをくわえた美少女とぶつかってパンツが見えたり。スカートをストッキングに巻き込んじゃったけど、季節が真冬でロングコートを着てたおかげで見えずに済んだり。そういうのを司っています」
リモ子とは逆に、ありがたい妖怪ではないか。
熱いパンツ推しが特に良い。
胸も……いや、胸がはずむ。
「幸運の女神には前髪しかない」とか。
だから前髪が長いのかな。
あの、ひょっとしてのこりはヅラ……いえ、ウイッグ?
「知りません!!」
思い切りはたかれた拍子に、100円玉が飛んで行く。
そのままころころ、側溝へ。
はずみはそっぽを向いている。
幸運の女神に見放されぬよう、必死で詫びを入れた。
バッグの中に入っていた総計362円は、貢ぎ物のコンビニスイーツへと姿を変えたのである。
なお、脳にはなんの問題も無かった。
むしろそのほうが問題かもしれない。