第一話 美脚妖怪リモコン隠し
……リモコンから、足、いや脚が生えていた。
すんなりと、かたちの良い脚だった。
伸びやかな指先、滑らかな足の甲、薄紅色のくるぶし。きゅっと引き締まったふくらはぎから、白くすらりと伸びる大腿へ。
人間で言うなら膝上15cmまで見えていた。
「そこから上」が気になるところだけど。
そちらに目を移せば、テレビのリモコンなのである。
妙なものを見せられたのは、にわか雨のせいであった。
「うわ~。ぐちょぬれだ~」
独り言を叫ばなくては、やってられない気分だった。
カバンはグチャグチャ。高校に入学して5日と経っていないのに。
こんな思いは、もうこりごり。
天気予報を見ようとすれば、ちょうど午後6時50分過ぎで。
リモコンは……
あれ?見当たらない?どこだ?必要な時に限ってこれだもの。
ん?何か動いたか?
って、そこにあるじゃん、リモコン。
誰だよテーブルの下の、それもこんな物陰に置いたのは。
…………ガツンと来た。
「目から星が出る」なんて表現をたまに聞くけど。実際ピッタリの形容だ。
後頭部をテーブルにぶつければ、誰だってそうなる。目がくらくらする。
リモコンに手を伸ばしたら、すり抜けた。
シャワー浴びたばかりで、汗はかいてないはずだけど。めまいのせいかな。
え?また動いた?
まさかね、見間違いだろう?……と、身を乗り出して覗き込めば。
リモコンから、足、いや脚が生えていた。
すんなりと、かたちの良い脚だった。
伸びやかな指先、滑らかな足の甲、薄紅色のくるぶし。きゅっと引き締まったふくらはぎから、白くすらりと伸びる大腿へ。
人間で言うなら膝上15cmぐらいまでが見えていた。
「そこから上」が気になるところだけど。
そちらに目を移せば、テレビのリモコンなのである。
そこでようやく、我に帰った。
わけの分からない叫び声を上げ、逃げようと跳びすさり。
案の定ふたたびテーブルに頭をぶつけ、俺は気を失った。
「ユウタ。……ユウタ! どうしたの!?」
母さん?
「あ、リモコン取ろうとして頭ぶつけて」
「リモコンならテーブルの上にあるじゃない。で?頭ぶつけたって、大丈夫なの!?」
「あ、うん。そうそう、天気予報見なくちゃ」
6時55分の前だった。気絶していたのはせいぜい2~3分。
それはいいんだけど。リモコンはなぜかテーブルの上。
「心配だけど……この後、私は夜勤だし……。いい?明日絶対に医者に行って検査してもらいなさい!頭は怖いんだからね!何なら連れて行くからね!」
母さんは看護師だ。それだけに、「頭は怖い」のひと言が重い。
忙しい仕事だもの、煩わせる気は無いよ。
「心配いらないって。安心してよ、あした絶対行くからさ」
心配顔がようやく笑顔に変わる。
そのままばたばたと音を立て、母さんは仕事に出て行った。
「さあ!天気予報を見るぞ~!明日はにわか雨、無いといいなあ~!」
独り言を叫ばなくては、やってられない気分だった(30分ぶり2回め)。
手動で主電源を入れたら、ちょうど天気予報で。
リモコンを使うまでもなかったという事実に、ほっと胸をなでおろす。
視界の端に、リモコンが入り込んでいた。
少し立ち位置を移したけれど、やっぱり視界から消えない。
リモコンは部屋の真ん中、絶妙のポジションを占めている。
テレビ画面に集中する。明日の天気、明日の天気……。
――カタカタと音がした。
震度1、微弱な揺れ。そうに違いない。
――細長いものが2本、視界の端をチラチラしていた。
さきほどよりも、もう少し上まであらわになっている。
幽霊が見えても目を合わせちゃなんね、ばっちゃがそう言ってた。
だけど。見てはならぬ、見てはならぬと思いつつ……怖いもの見たさに負けた。
断じて、脚が見たかったわけでは無いのよ?
リモコンからは、すんなりとかたちの良い脚と……スカートが生えていた。
なんだかじたばたしている。あんまり怖くない。
リモコンが右に左に、ねじれるように回転し始めた。人間がキツイ着ぐるみを脱ぐ時に腰をひねっているかのように。……そして。
ひっくり返った。
ひっくり返れば見えるものがある。
白!
俺は何をやっているんだ!
頭を抱えつつも、目を離せずにいたところ。
ひっくり返ったことがきっかけになったものか。
すぽんと。
リモコンの中から女の子が飛び出してきた。
目が合った。
頬を赤く染め、スカートの裾を直している。
目をそらした。
視界の端に、女の子が映っている。全長30cmぐらいの女の子が。
……視界の端ゆえ明らかではないが、首を傾けこちらを窺っているような雰囲気。
女の子がそろりそろりと移動して来る。
視界の中央付近へと。
視線をそろりそろりとずらす。右へ左へ。
女の子の動きが止まった。
……腕組みをしているような雰囲気が感じられる。
「見えてるんでしょ?」
今さら恐怖心に負けた。必死に見えていない振りをする。
……女の子が腕組みを解いたようだ。視界の片隅に、その雰囲気が感じられた。
「本当に見えてないの?これでも?」
スカートの裾をつまみ、そろそろと上げていく。
……雰囲気を感じるのではなく、凝視してしまう。
「バカー!!」
槍投げの要領でリモコンを投じて来たその時も、翻るスカートの裾に意識が行っていたものだから。
身をかわすことができず、アゴにクリーンヒット。
俺は再び意識を手放すことになった。
「で?君は何なの?」
認めざるを得なかった。見えているということを。
「よくぞ聞いてくれました!私は妖怪、いや大妖『リモコン隠し』!その名もリモ子!」
都市伝説でよく聞く、アレであった。
恐怖心が一気に去って行く。
「何だよー。もう少し驚いてよー」
「いや、存在そのものはけっこう有名だからさ。必要な時に限ってリモコンが見つからないのは、『妖怪リモコン隠しの仕業だ!』ってことなんだろ?」
「むー。有名だってのは、そのまま存在感の偉大さ、妖怪としての格を示すから、嬉しいんだけど。レア度が低いと驚かれない、畏れられないのかー。それも嫌だなあ」
めんどくさいヤツだな。
なんだ?こっちをチラチラ見て。
「驚かれない、畏れられないって、それも嫌だなあ」
はいはい、大事なことなんですね?
「でも驚いたなー。まさか実際目にするなんて。あんまり驚いて頭ぶつけちゃったしー(棒)」
「そうそう。畏れ敬ってくれていいのよ?」
畏敬してもらいたければ、それなりの態度ってもんがあるでしょう。
誠意とは対価なのである。
「ご利益は?」
「より頻繁にリモコンが隠れます。リモコンに限らず、トイレで紙が無かったり、宅配便が来た時に限ってハンコが見つからなかったり、包丁で指先切ったときに薬箱が見つからなかったり。学校に教科書持って行き忘れたり。……すべて私のしわざです!」
いらんわ!あっち行け!
しっしっと手を振ったところ、風が起こった。
リモ子が裾を押さえる。
あーうん、何だその。ご利益?
再びリモコンがアゴを直撃したのであった。