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7月20日①

それは、高梨咲希が中学生三年の、夏休み初日の出来事だった。


咲希は、いつものように早起きして朝食を作った。

ここ二週間程ずっと、兄は元気がなかったが、何かあったのか聞いても何もないよと言われるばかり。だから、夏休みで時間もある今日は、いつもより少し気合いを入れて、兄の好きな朝食メニューにした。

でも効果はなかったようで、今日は何やら難しい顔をしている。


「…お兄ちゃん、どうかしたの?」


咲希は向かいに座る兄、秀に問いかけた。普段の秀は、咲希の前ではいつも穏やかで優しい…いや、時々意地悪ではあるが、とにかく咲希に心配をかけることはしない。それなのにこの様子は一大事だと、咲希は感じていた。ずっとはぐらかされてはいるが、このまま放ってはおけない。咲希にとって、秀は唯一の家族であり、最優先でもあった。何とか元気がない理由を聞き出して解決に尽力したいが……

声をかけてから早数分。今日も教えてもらえないのかと、俯いて次の手を考え始めた時―――


「咲希、大切な話がある。」


秀のその言葉に、咲希はハッと顔をあげた。


「うん!何?お兄ちゃん!」


ついに打ち明けてもらえるのだろうか、とソワソワする咲希に秀は内心苦笑いした。どうか喜ばないでくれ、と。


「後で咲希の部屋に話しにいくから待ってて。」

「わかった!」


そうと決まればのんびりしていられない。咲希の朝は忙しい。食事の片付けはいつも秀がしているが、まだ洗濯と掃除があるのだ。早く終わらせて落ち着いて話す時間をつくらねば。咲希は食事に集中した。―――その咲希の様子を、秀は焼き付けるように見つめていた。




======


10時を過ぎた頃、咲希は一通りやることを終えて自室でそわそわしていた。秀には先程声を掛けたので、もうすぐ来るはずだ。


(どんな話なんだろ……うん。どんな話でも絶対大丈夫!絶対お兄ちゃんの力になるんだ!)


そう意気込んでいると、扉をノックされた。


「咲希、入っていい?」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん!」


答えると同時に扉を開け、咲希は秀を招き入れた。そして、カーペットの上に置かれた折り畳み式の丸テーブルで向かい合わせに座ると、咲希は正座して秀の言葉を待った。


「じゃあまず、夏休みの宿題全部出して。」

「………え?」


予想外の言葉に咲希は固まった。


「……え?宿題?」

「そう。さっさと出す出す。」


秀に催促され、咲希は腰を上げ鞄を持ってきた。そして、テーブルにどんどん宿題を出していく。


「やっぱり受験生はたくさんあるね。これは各科目のワーク……うわっ分厚いな……。あとこっちの一覧表は……読書感想文と受験対策の小論文か。……これは大変だな。」

「まあ受験生だからこれだけって訳にもいかないし、頑張るよ。……それで話って……?」


咲希は本題を促す。宿題以外にも勉強しなければならないし、やることはたくさんある。咲希にとって忙しい受験の夏、時間はいくらあっても足りない。それでも、咲希にとって秀は最優先事項だ。何より、秀の顔を曇らせている原因を一刻も早く知りたかった。


「実は、夏休み中咲希にして欲しいことがあるんだ。だから、この宿題は俺が引き受けるよ。」

「…え?いいよ!自分でやるし、お兄ちゃんのお願いももちろん聞くよ?お兄ちゃんだって大学のレポートとかバイトとか忙しいんだから気にしないで。」


秀は、勉強を教えてくれることはあっても宿題を手伝うことは一切なかったし、咲希も手伝って欲しいと思ったことはなかったので、その言葉に驚いた。秀のお願いがどんなことだろうと、何より優先するのは咲希の中で決定事項だ。ただ、咲希は宿題をやらずに済むならラッキーと思うタイプではなかった。何より、咲希が狙っているのは学費免除の私立特待か公立のトップ高だ。以前受験せずに働くと言ったら秀に激怒され、色々話し合ってそういう結論に至った。


「これは宿題しながらは無理なんだ。咲希は成績優秀だし頭も良い。夏休み勉強しなかった分は必ず取り戻せるよ。俺が保証する。」

「でも……」


咲希は困った。咲希は、自身を頭が良いとは思っていなかった。秀はとても優秀で、そんな兄の妹として胸を張れるようにと努力しているだけで、努力しない期間があれば一気に落ちていくと思っていた。しかし秀が意見を変える様子はない。この兄は穏やかな気性に見せてかなり頑固であった。

(お兄ちゃん言い出したら聞かないから……そんなところも好きだし、仕方ないよね。話を聞いてから両立するって主張するぞ!)


「……わかった。私は何をすれば良いの?」

咲希の問いに、秀は一度目を閉じ……覚悟を決めてそれを差し出した。

「…?これは……」


秀が差し出したのは、PC用の記録媒体。しかもかなりの容量のものだった。


「この中に、あのゲームのデータが入っている。」

「ゲームって、お兄ちゃんが作った乙女ゲーム?」

「そうだ。咲希には夏休み中ここに行って欲しい。」

「行く…………?」


どういうことだろうか、と咲希は兄の顔を見た。

咲希が中学生になった頃、秀はある乙女ゲームを作った。高三で国立大学を志望していた兄の行動に、咲希はかなり驚いた。イラストではなく3Dのようなスチル。しかも、シナリオはもちろんゲームの世界の言語まで自作のもので、咲希はそれを攻略するためにゲームの舞台の国語『ソルディール語』を勉強することから始まった。なんと秀は『ソル和辞典』まで作っていたのだ。咲希は「頭の良い人の遊びはよくわからないなー」などと思いながらも、大好きな兄から秘密の言葉を教わっているようで嬉しかった。そして学校の勉強と平行してゲームをすること二年。咲希は中学三年に進級する春休みに、ついにその攻略を終えた。その間学校の成績も三位以内をキープするあたり、咲希の努力が伺える。ただ、攻略を終えた春休み以降も、何故か家の中では時々ソルディール語で会話したりしていた。秀と違ってカタコト気味ではあるが、咲希も会話はできるレベルになっていた。そんなことを回想していた咲希は、閃いた!と言わんばかりに勢いよく立ち上がった。


「そっか!そういうことね!つまりお兄ちゃんは、また新作のゲームを作ったから私にさせたかったけど、受験の夏休みだし言いにくかったのね?大丈夫!ゲームやる時間くらい作るよ!勉強と両立なんて余裕余裕。安心して。なんだそっかー!良かった私に出来ることで!」


咲希は嬉しそうに一気にそう言うと、ゲームデータを持ってPCに向かった。


「早速始めるね!楽しみだな~」


咲希のその言葉に、あまりの勢いのよさに呆けていた秀はハッと我にかえった。


「――――ちょっ、咲希!待って!!」


慌てて秀が止めるが、時既に遅し。咲希はこの一瞬でゲームを立ち上げていた。高梨咲希は頭が良く優しい。大切な人が嬉しければ一緒に喜び、迷うときは一緒に解決に努め、悲しいときは一緒に泣いてくれる子だ。だからこそ兄や友人に大切にされている。ただ……そう、彼女は思い込みが激しくそそっかしい、ドジな一面がある。そして、思い付いたら即行動する子であった。勘違いで突っ走って、兄や友人達に怒られることも多い。といっても彼女の懸命さの表れなので微笑ましいものばかりではあるが、今回は違った。


「大丈夫。任せてっ――――て、え…………?」

「咲希っ――――――」


突如、激しい閃光が咲希を包んだ。PC画面から放たれたその光は一瞬で咲希の姿を隠していく。


「咲希っ!着いたらルイ・ローレンスもとに行け!あいつがいるのは街の――――――」


直後、痛い程の激しい閃光があり………そして光が消えた部屋には、秀だけが残されていた。秀は先程まで咲希がいた場所を茫然と見つめる。



「………だからいつも人の話は最後まで聞けって言ってるだろ、バカ咲希っ」

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