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異世界おねぇ翻弄記 -リエルティーゼ騒動-

作者: me

 物心ついた時から享楽主義を拗らせていた。

 楽しければ外道なこともしたし、何の得にもならない人助けも奔走するアホだった。お祭りごとが大好きで、何時も友達と馬鹿みたいに笑いながら好き勝手に生きていた。


 海外旅行中に謎のテロ集団に囲まれ、周囲の阿鼻叫喚を聞いてるのは流石に穏やかな子守唄とはいかなかったが、死に際のネタとしては上出来だったと我ながら思う。クールな親友が泣きながらタイミングの悪さをボロクソに罵倒する光景を予想してひっそり笑い、親孝行が出来なかったことを謝罪したあたりでさっくり人生の幕を閉じた。


 自らの欲望のままに遊戯を堪能し、知識を漁り、技術を磨いた。やりたいことはまだあったが、積み重ねてきた経験だけでも十分満足感はある。さぁ、ゆっくり眠ろうと目を閉じた筈だが、神様とやらは想像以上にワーカホリックだったらしい。

 視界がいきなり切り替わり、眩しい光に一体何事かと事態を飲み込むまで時間を要した。


 死んだと思ったら転生していた。

 とんでもなく驚いた。次から次へ涙が洪水のように流れ、もう本当になにがなんだか良くわからなくなり、涙が止まった後に大笑いしてしまった。決して浮かれていたわけではないが、浮かれなかったかと言われれば嘘になる。


 産まれたのは日本ではなくて、それ以前に地球でもない所謂異世界。ベビーベッドのうえで戸惑いつつも心ときめかせていた時期もあった。

 王族支配の格差社会の中でも相当恵まれている類いの産まれのため、農民のようにあくせく働かなくとも衣食住に困ることがない。

 あえて不満を言わせてもらうなら、母似の可憐な容姿に股の棒は不要だったことくらいで、新しい人生を大いに楽しむ気概もあった筈なのだ。最初は。


「………つまらん」


 私はパタンと本を閉じて床に転がった。

 ゴロゴロ転がって壁のすみに置いてあったクッションに頭を埋めて息を吐く。ため息とはここ最近友達になった。もうすぐ親友になれそうだが、あまり仲良くしたくはない。

 初めは言葉を覚えることに熱中した。動けるようになってからはメイドの仕事を逐一観察するのも面白かった。文字をマスターして本を読み始めたとこまでは順調だった。そこから先を詰んだ。


 例えば庭にある草花の名前や効能なんてものを知りたがるとする。母は好きな花の名前は知っているが、他には興味がない。

 メイドは雑草名ひとつ満足に答えられず、庭師に尋ねることになる。庭師から花の育て方と名前は得られても、雑草に至っては薬師が一番詳しい。

 1日駆けずり回っても満足な答えが得られない。

 知識欲が中途半端に転がって、答えの得られない疑問ばかりが増えていく。昔の人が蓄える一年間の知識を現代っ子は1日で仕入れているというが、あながち間違いではない。潤沢な情報社会と比べると劣る伝達の乏しさは実感して頭を抱えた。

 本にしてもそうだ。図説はあるが非常に分かりにくい。もう少し噛み砕いた初心者向けはないのかと尋ねると、本は元々専門書の類いで一般には普及しておらず、もっといえば字を読めない人間も多いから専門職の殆どは口伝で師匠から弟子に技術を伝えるのだという。伝達者が途絶えたら失われた技術。自室で阿呆かと大声をあげた私は悪くない。


 次の弊害は血筋のよさだった。

 貴族階級しかも公爵家の我が家では子供をホイホイ外にだして泥遊びを堪能させてくれる家庭ではなく、蝶よ花よと箱にいれて可愛がる方針だ。

 お陰で花に触れたいだけでも、まず執事に頼み、庭師に依頼が行き、部屋つきのメイドの手により部屋の花瓶に飾られてからやっと花弁に触れられる。勿論、薔薇の棘みたいなものは全部取り除き済みで。

 サンプルとして集めたかったのにと落ち込めば庭師が変わる不思議。こんな子供の行動言葉ひとつが権力という魔法になる。窮屈すぎて息がつまる。床をバタバタしても許されるくらい幼くて幸いだった。


 母が次の子を身籠ったらしいので少しは自由になっが、なにか出来る事をしようとすればメイドが数人すっとんでくる。行動ひとつで彼女らの首がなくなることを学んでいたので強く反発はできなかった。だからまた床の埃を叩く日々が続いた。

 地面に這いつくばりながら、自分の身ひとつで出来て尚且つ毎日が楽しくなるような暇潰しをそれはもう必死に考えた。

 元々私は女だった。

 股の間にある一物のせいで六年くらいは男をやっていたはずだが、まだ意識下では女のほうが強い。


 ――― そうだ、女装男子からはじめて最終的におねぇを目指そう!


 その道の人からすれば、随分なめ腐った思考かもしれない。しかし中身は女だ。男だからなんだ?そう決意すると心が久しぶりに高鳴った。


 退屈は凡人ひとを殺す。

 間違いなく私の平凡な人生とやらは、こうして退屈な私に殺された。



××




 息子が明日から女装しますと告げたところで承諾する親はいまい。

 だが、男の娘を目指すにはやはり衣食が必要で、実をいえばその辺りには既に考えがあった。


 前述した通り、母は妊娠中。

 貴族には絶対的に跡取りとなる嫡男が必要で、予備として次男が産めれば妻としては上々。家には既に3才上の兄と私(次男)がいるので安泰であり、そうすると次に望まれるのは女の子でも良い。

 そこを思い切り煽った。


 現代日本でも幼い子供は三歳を迎えるのも苦労していた歴史があるように、異世界でも子供の死亡率は高い。この国特有の風習ではその背丈まで丈夫に育つよう産まれた時に五歳程度の大きな衣服を用意する。

 私にも沢山用意されていたが、当時のものが今の身体に合う頃には流行遅れとなるため、袖を通すまえに下げ渡わたしたものがほとんどだ。

 私は妹用の下げ渡すだけに用意されるそれをちゃっかり有効活用しようとしているだけだ。無駄がないのは良いことではないだろうか。

 妊娠した母に妹が良いですねと見舞いついでにお人形遊びの楽しさをそれとなく語り、父にも女の子特有の魔法『パパと結婚する』という夢を膨らませて、あれよあれよと服どころか髪飾り類や靴など沢山買わせて私はこれ以上なく浮かれていた。


「………なんだこれ。なんでこんなに沢山、女物が溢れてるんだ」

「ライ兄様お忘れですか?母上は妊娠中なのですよ。」


 春からパブリックスクールに入寮していたため顔を会わせるのも久しぶりだった兄上は、再開の挨拶よりも広げていた女物のドレスに意識気が向いたらしい。

 ラインハルト・リィン・グランヴィア。

 我が伯爵家の跡取りであり、父親譲りの見事な金髪碧眼と八歳にして育ちの良い肉体をしている。

 両親が新しい家族のために空き部屋を整え、小さな衣装箪笥まで用意していたので、勝手に入り込み遊んでいた。母親譲りの艶めく薔薇色の髪。大きな紫色の瞳には長いまつげが縁取られ、左目下の泣き黒子の美少年。そんな私の外見に一番似合う服を探すことは楽しかったが、まだ前段階。着替えるところまではしていなかった。

 その筈だが、異様なものをみたかのような兄の様子に首をかしげる。


「どうなされました?なにか気になることでも?」

「産まれる前にしては、やたら色々整えられているような……というか妹なのか?」

「弟が良かったのですか?弟なら私もいるのに。もっと可愛がってくれてもいいんですよ。」

「そうではなく!どこもかしこもあからさまに女物しかないが、こういうものは余程の確信がない限り両方備えておくものではと疑問なだけだ。妹なら妹で構わないんだが……」


 両親につられて家中の筆頭執事まで妹を期待したおまつり状態で気づかなかったが、外から帰ってきた兄の指摘は真っ当だった。浮かれていた私の笑みが固まった。


「妹が産まれるなら良いんだ、別に」

「ちなみに、ライ兄様は妹だと思います?」

「………妹であればと思う」

「弟だと思われてますね。そうなんですね。」


 あからさまに濁された言葉に空笑う。

 父の仕事を観察していて思うのだが領地運営は何にお金をかけ何を伸ばしていくかが肝になる。新しい技術者を育てたり災害による備えをしたり、貴族は領地を元手にした投資をしている。

 では、投資には何が必要かというと情報とセンスだと私は思う。

 自分は一般人寄りの人間だと自負しているので情報を元に統計から割り出した数字で切り売りを自動で行っていたが、センスがすばぬけた天才は『何となく』という曖昧な勘で事態を動かす。

 その天才はラインハルトのことだ。この兄はやけに勘が鋭い。神憑り的といえるくらいに外れたところを見たことがない。つまり急いで父に男物を進言することが決定した。


「兄様のお帰りが妙に早い理由はこれが原因でしたか」

「いや、確かにこれはこれで問題だと思うが……」

「まだ何かあるんですか?」


 むず痒いようなはっきりしない兄の態度に、腰に手をあてて言葉を促していると廊下から悲鳴が響いた。


「お、奥様が破水しました!」


 出産予定は来月だったのに。

 何となく兄を一瞥した。




×××




 出産の時間は人による。初産だから長いとか二度目だからあっという間とか、個人差だから奥様の経験話は全くあてにならない。ただ、時間が長くなるほど母体にかかる負担は大きくなる。

 部屋から響く悲鳴に父はソファーで頭を抱えたまま青くなり、兄は落ち着かない様子で右往左往に歩いていて鬱陶しい。私はといえば緊張はあれど大人しく紅茶を飲んでいる。医者と助産婦が頑張ってるのだから素人の出る幕はない。

 そうわかっているけれど温厚な母のつんざくような悲鳴が怖い。鼻から西瓜を出すようなものだとか、熱した鉄板をグリグリ押し付けられているようなものだとか、生きたまま切り刻まれているようなものだとか。出産の激痛に対するたとえは非常に痛々しい。

 生憎体験したことはないが、骨折の痛みが鼻で笑える程度だと友人が語っていた。逞しい。怖い。


「イヤー!イヤァアアア!いかないで!いかないでよ!あなた!あなた!あなたあなたああ!」


 ガタッと父が立ち上がり、隣室へ駆け込んだ。妊婦が痛みに錯乱して支離滅裂なことを叫ぶのは良くあるが、切迫感がある悲鳴に流石に紅茶を飲む手も止まる。ため息をついたところで、先ほどまでうろうろしていた兄が上をみながら動かないことに気づいた。


「兄様?」

「あの繭はなんだと思う?緑色の糸が綺麗だな」

「ごめんなさい兄様、なんのこと?」

「だからあそこにあるだろ。これくらいの光の繭。天井をすり抜けられないようでくりかえし体当たりしてる」


 掌サイズの玉を表現している兄につられて指差す方向を見上げるが、見慣れた天井しかない。


「霊的ななにかですか?ライ兄様なら見えることもありそうですが」

「全く意味がわからん」

「人魂みたいなものではないですかと言ったのですよ」

「誰の?」

「え?」


 真っ直ぐ見つめてくる兄の視線に嫌な予感を感じた。隣室からは悲鳴が続いている。

 子供の戯れ言ともいえるかもしれないが、兄がこんな場面でふざけた真似をするとは思えない。

 人魂、誰のだろう。さっきからお母様がいかないでばっかり叫んでるんだけど誰のだろう。

 何ともいえない気分で上を見て、俯いて、隣の兄に縋った。


「それおろして!上とか行かせるの、だめ!絶対にだめ!兄様はやく捕まえて!」

「捕まえろってどうやって!!」

「方法なんて良くわからないけれど、どうにかして!!見えるのライ兄様だけなんだから!」


 隣で母の啜り泣きが聞こえてくるからよけいに焦る。


「大人しくおりてこい!」

「そう!その調子!有るべきところに戻って健やかな人生を送りなさいって説得して!!」

「今、微妙に反応があったが、なぜか怯えている。お前なにかしたか?」

「何か?わたしが??」


 勝手に他人のもので遊んでしまっていたせいだろうか。女もので着せ替えごっこ。そこで兄の顔を見て、ハッとして天井を見上げる。


「……あああ、女の子なら着せ替えごっこ楽しみって母様と話してたのは悪かったと思う。貴方をだしにしていっぱいお洋服買わせたのも謝る!でも、産まれたら可愛がるつもりだったのは本当!!!」

「今震えたな。それでも降りてこないぞ」


 見えないことがもどかしい。兄の助言に考えて、稲妻に打たれたかのような衝撃をうけた。

 パズルのピースがはまるかのように酷く単純なことを忘れていたことに気づく。


「バカ!ばか!馬鹿!そんなこと………『妹』じゃなくたっていい!!そんなこと負い目に思わなくていい!!つべこべいわずにあんたは私の可愛い弟として産まれてくれば良いの!!!」


 必死になって叫んだ。

 トンっと胸のあたりに生暖かい何かがぶつかった気がして、何もない空間を掌で包み込む。


「これ魂だったのか?」

「気づくの遅いです」

「………まずくないか?」


 兄と顔を見合せ、隣室へ走る。

 消沈したようすの大人たちと両親を尻目に、布をかけられた小さな身体にかけよる。


「大丈夫?大丈夫なんです?」

「おそらく」

「大丈夫なんですよね!」

「いいから戻せ!戻しとけ!」


 胸の暖かさが兄の手によって奪われ、小さな身体に何かを押し付けるように触れた瞬間、鳴き声と一泊遅れて歓声が響いた。このとんでも救出劇は大人たちからみたら変な行動をしていた兄弟に過ぎないが、その眉唾話を聞いて私の可愛い弟、リエルティーゼは涼しい顔でこう語った。


「昔から僕って繊細だったんですね」と。


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